幹細胞

幹細胞

幹細胞は、生体の臓器や組織を形成する、特定の機能を持つ細胞の元となる細胞です。成熟細胞とは異なり、幹細胞は長期にわたって自己複製し、分裂を続けることができます。 どの種類の細胞に分化できるかによって、全能性幹細胞、多能性幹細胞、複能性幹細胞、単能性幹細胞に大別されます2。幹細胞の系統や機能は、外因的要因(化学的要因や物理的接触)と内因的影響(遺伝的プログラミングなど)の組み合わせによって決まります3。幹細胞は分化して娘細胞を形成します。娘細胞は幹細胞として維持される場合もあれば、生体内や培養環境下で適切な条件が整うと、特定の機能を持つ細胞に分化します。実験室で培養されたヒト幹細胞は、新しい治療法を試験するためのより優れたモデルとなり得ますが、その使用には、まだ対応が十分とないえない倫理的・免疫学的課題が残されています。

分化能に基づく幹細胞の種類

全能性幹細胞(TSC)は 、最も分化能が高く、胚性(3つの胚葉すべて)および胚性外組織(胎盤、卵黄嚢、臍帯)の両方を形成します。受精卵や初期の割球期にある胚は、人の全能性細胞の代表例として知られています4

多能性幹細胞(PSC)は、 生体を構成するあらゆる機能細胞に分化できます。ただし、胚や胎盤の細胞には分化できない点で、TSCと異なります。PSCは胚性幹細胞(ESC)と人工多能性幹細胞(iPSC)に分類できます1

  • ESCsとは、子宮に着床前の胚盤胞に存在する50~100個の多能性細胞のことです。研究に使用されるESCは、体外受精の結果生じる未使用の胚に由来します。ESCは長期間にわたって増殖し、成熟した組織型に分化できます。ただし、これまでの研究の多くはマウスモデルに基づいており、ヒトへの応用にはさらなる試験と規制基準の整備が必要です。
  • iPSCsは 成熟体細胞にオクタマー結合転写因子(Oct4)、性決定領域Y(Sox2)、クルッペル様因子4(Klf4)、Myc遺伝子を発現させて再プログラム化することで得られます。多能性細胞は、長期間にわたりあらゆる種類の細胞へと増殖できるため、失われたり病変した組織を置き換えるための安定した供給源となり得ます。このほか、幹細胞治療において胚の必要性を回避できることや、自家性であるため免疫拒絶のリスクを減らせることもiPSCの利点です。iPSC研究に取り組む研究者の間では、神経変性疾患の治療に役立つ可能性が高いと期待されています5

複能性幹細胞は PSCより分化可能な範囲が狭く、特定の系統の中で、複数の明確に異なる細胞種へ分化します。例えば造血幹細胞(HSC)は、あらゆる種類の血球を生み出します。複能性幹細胞は、特定の胚葉のすべての前駆細胞に分化できるため、臨床応用にも実現可能な選択肢です1

寡能性幹細胞では、 分化能はさらに狭まり、特定の組織内で2系統以上に分化します。複能性幹細胞から派生する骨髄性前駆細胞は、複数の種類の白血球を生成できますが、赤血球などの他の細胞を生成することはできないため、寡能性であると考えられます。

単能性幹細胞は、 分化できるのは1種類の細胞のみです。例えば、筋幹細胞の成熟は筋細胞への一方向性のみです。単能性細胞は繰り返し分裂することができるため、治療や再生医療への活用が期待されます5

幹細胞の起源と分化経路に基づく分類

幹細胞は、その起源によって次のように分類することもできます。

  • ESCは 胚由来のPSCです(上記参照)。
  • 胎児幹細胞は、 胎児の臓器に存在する複能性細胞であり、多能性幹細胞や造血幹細胞に分化できます。
  • 乳児幹細胞は、 臍帯に存在する複能性幹細胞です。
  • 成体幹細胞は、 未成年・成人両方の組織に存在します。成体幹細胞は中間細胞型である系統の決定した前駆細胞を生じ、さらに分裂によって完全に分化した機能細胞を生成します。成体幹細胞には複能性から単能性までが含まれ、それぞれの幹細胞は特定の細胞系列しか生成できません。また、環境要因や突然変異によって生じた異常を継承してしまう可能性が高く、治療薬への応用は制限される可能性があります。生体幹細胞には以下のサブタイプがあります。
    • 間葉系幹細胞(MSC)は、 成体および周産期の組織から単離できる紡錘状の細胞で、骨、軟骨、脂肪へ分化します。線維芽細胞に似た形態を示し、骨髄や脂肪組織から容易に単離できます6
    • 神経幹細胞(NSC)は、 ニューロンとオリゴデンドロサイトやアストロサイトなどの支持細胞を生み出します。NSCは、脳や脊髄に関連する疾患を対象とした細胞ベースの治療戦略において、重要な研究対象となっています7
    • 造血幹細胞は、増殖して複数の系統決定ステップを段階的に進み、骨髄系かリンパ系のいずれかが決まります8。リンパ球に似た球状の非接着性の細胞で、球状の核を持ち、核に対して細胞質の比率は低いです。
    • 消化管幹細胞は、腸管クリプト や胃腺にあるニッチに存在します。自己複製能とクローン形成能を特徴とし、腸上皮の様々な細胞タイプへ分化できます9
    • 上皮幹細胞は ケラチノサイトなどの細胞に分化して、皮膚の保護層を構成します。皮膚の基底層に位置し、正常な皮膚の細胞再生の維持、創傷治癒、新生物形成に関与します10
    • 肝臓には肝幹細胞が存在します。これらの特徴はまだ解明されていませんが、慢性肝障害により刺激されると肝細胞に分化することが知られています11
    • 膵臓幹細胞 は複能性で、これまでの研究から、胚発生期に形成される前腸内胚葉に由来することが示唆されています12
    • がん幹細胞(CSC)は、腫瘍内に存在する小さな細胞サブポピュレーションで、従来の化学療法や放射線療法に耐性を示します。また、転移や腫瘍再発の起源と考えられています。CSCはシグナル伝達経路(Wnt/β カテニン、HH、BMI。CSCに対してはNF-B、MAPK、Notch)や腫瘍微小環境(TME)への依存性において、正常な幹細胞とは異なります。CSC はTME内の解剖学的に独立したニッチに存在しています。そこでは、CSCの主要な特性が維持され、免疫系から守られ、転移能が高まります。CSC は現在、新たな抗がん剤の標的として注目されています。ですが、腫瘍内の治療抵抗性CSCの割合と、がんの悪性度との関連性を明らかにするには、さらなるエビデンスが必要です13

近年注目されている研究

幹細胞移植は、白血病やリンパ腫などのがんに対する標準治療であり、化学放射線療法によってがん化した骨髄を破壊した後に、造血幹細胞の供給を補充します。幹細胞には自家性と同種性の2種類があり、ドナーが患者自身か、別の提供者かによって分けられます。同種iPSCから自家iPSCへの画期的な転換により、免疫拒絶などの問題を解消できる可能性があります14

患者の体細胞から疾患iPSCを作製し、それを遺伝子修復によって正常化したうえで、傷害部位や変性した組織に移植することも可能です。この疾患iPSCは修復を行わずに体細胞へ分化させ、疾患モデルや薬剤スクリーニングに使用することもできます15

HSCは、特定の血液疾患に対して、他の方法では得られない特有の治療機会を提供します。正常なHSCを体内に戻すことで、造血の起点での異常を修正し、その後の複数の細胞系統への分化が正常化されます。このアプローチは現在、自家性HSCを遺伝子改変して用いる方法の検討へと発展してきています16,17

造血幹細胞・前駆細胞(HSPC)を対象とした遺伝子治療は、単一遺伝子性の血液の疾患に対する有効な治療法として注目を集めるようになっています。遺伝子改変したHSPCを再投与すると、これらの細胞は自己複製し、その細胞集団が形成されます。さらに分化の過程で、その導入遺伝子は血液形娘細胞に引き継がれます18

治療用クローニングでは、成熟した皮膚細胞の核を、胚を除去した卵母細胞に移植することで胚が形成され、ESCが得られます。この胚からは、皮膚細胞と同一の遺伝情報を持つESCを得ることができ、遺伝性疾患や遺伝的背景を持つ疾患の研究に利用できます。将来的には、治療用クローニングによって同一の遺伝情報を持つ組織を再生して使用することで、移植片拒絶リスクが極めて小さい臓器移植や修復が可能になると期待されています19

幹細胞を研究するためのツール

RT-PCR、フローサイトメトリー、蛍光顕微鏡などのツールは、幹細胞を識別・分類する細胞マーカーの組み合わせを解析し、研究での利用の仕方を決めるために用いられます。ハイスループットのプロテオミクス技術を使用すれば、MSCのタンパク質成分の解析や、生理学的または病理学的状態で起こる変化を定量化できます。

細胞マーカー

幹細胞マーカーの概要:20,21,22

細胞マーカー 幹細胞の種類 発現部位
CD73 MSCs, CSCs 表面
CD90 MSCs, HSCs 表面
CD92 BMSCs 表面
CD105 MSCs 表面
CD110- 幹細胞 表面
CD123low HSCs 表面
CD131 HSCs 表面
CD133 HSCs 表面
CD143 MSCs 表面
CD172a Brain SCs 表面
CD174 幹細胞サブセット 表面
CD318 HSCs 表面
CD326 ESCs 表面
CD340 HSCs 表面
CD349 MSCs 表面
CD362 MSCs 表面
CD369 HSPCs 表面
SSEA-3 ESCs/iPSCs 表面
SSEA-4 ESCs/iPSCs 表面
TRA-1-60 多能性マーカー 表面
TRA-1-81 多能性マーカー 表面
CD34 HSCs 表面
Stro-1 MSCs 表面
SSEA-1 negative ESCs and iPSCs 表面
CD49f HSCs 表面
CD44 MSCs 表面
CD271 MSCs S表面
CD15 CSCs Surface
CD24 CSCs Surface
CD34 CSCs Surface
CD44 CSCs Surface
CD45 CSCs Surface
CD49f CSCs Surface
CD166 CSCs Surface
CD338 CSCs Surface
Nanog ESCs/iPSCs Intracellular
Oct3/4 ESCs/iPSCs Intracellular
Sox2 ESCs/iPSCs Intracellular
Pax6 NSCs Intracellular
Sox1 NSCs Intracellular
Nestin NSCs Intracellular
Musahi-1 NSCs Intracellular

参考文献

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