線維芽細胞

線維芽細胞は、組織の恒常性維持に不可欠であり、がんを含む多くの疾患の発症に重要な役割を果たす間葉系細胞です。線維芽細胞は、細胞外マトリックス(ECM)を構成する繊維状タンパク質と基底物質を形成し、これらが実質を含むすべての組織を支えています1。 線維芽細胞の不均一性は多くの研究で示されており、その機能的な分化は、由来する器官と体内での局在部位によって異なります。線維芽細胞は、同じ臓器でも部位によって異なるフェノタイプを示すことが確認されています1

形成

線維芽細胞線維芽細胞は最終分化しておらず、様々なサブタイプへ分化できる可能性を持っています1。原腸形成期にエピブラストがタイプ1の上皮間葉転換(EMT)を経て間葉系へ移行する過程で生じます2。さらなる分化により間胚葉が生じ、その後に生じる内胚葉と中胚葉が真の間葉を形成します2。組織に常在する(成熟した)線維芽細胞は、結合組織、骨、軟骨、血液およびリンパ循環系の他の細胞とともに、間葉に由来します2。また中胚葉は、脂肪細胞、上皮細胞内皮細胞、血管周囲細胞、骨髄由来の線維芽細胞や線維細胞を形成し、成熟した線維芽細胞とともに損傷に応答して線維芽細胞様細胞を産生します2

線維芽細胞の発生起源の多様性は、哺乳類の真皮で最もよく解明されていますが、この特徴は、腸、肺、心臓、筋肉などの他の組織にも共通すると考えられています3。 線維芽細胞のこうした多様性は、内因性の要因(転写調節ネットワークやエピジェネティックプロセスなど)と、外因性の影響(細胞間接触、分泌シグナル伝達因子、ECM要素との相互作用3など)が組み合わさって生じると考えられています。この組み合わせは、細胞が体内のどこにあるかによって、変わります。

機能

成熟した線維芽細胞の主な機能はECMを形成し維持することであり、構造タンパク質や接着タンパク質、基質を含むECMの全構成要素を産生・分泌します。構造タンパク質は明確な特性を持ちます。例えばI型コラーゲンはECMの剛性を高め、エラスチンは可塑性を高めます1。フィブロネクチンやラミニンなどの接着性タンパク質は、細胞同士や、細胞とECMをつなぐ役割を果たします。基質は血管の届かない組織に栄養を届けるとともに、細胞間コミュニケーションの経路として機能します1

これらの構成要素が果たす機能により、線維芽細胞は組織損傷時の創傷治癒に不可欠な存在となります。創傷治癒においては、線維芽細胞は炎症や免疫細胞の動員といった役割も担います。線維芽細胞はサイトカインやケモカインに応答すると同時にそれらを分泌し、炎症反応を誘導します4。また、筋線維芽細胞に分化してミオシンや α 平滑筋アクチンを産生します。α 平滑筋アクチンはECM産生の増加に関与します。 線維症は、筋線維芽細胞や線維芽細胞の無制御な増殖を特徴とする病態で、さまざまな臓器において多くの疾患の原因となります。臓器不全では、その大部分のケースに関与しています1。例えば、心疾患の多くで線維症が認められ、ECMの過剰な蓄積が心臓組織に有害な再構築をもたらします。その結果、心機能に悪影響を及ぼし、心不全のリスクが高まります5,6 。他の臓器や組織に影響を及ぼす線維症の例としては、特発性肺線維症、肝硬変、腎臓線維症、全身性硬化症などがあります1,6。線維芽細胞は、ウロキナーゼプラスミノーゲン活性化因子とその阻害因子を産生することによって血液凝固にも寄与し、内皮細胞と相互作用を通じて血管新生を促進します1

線維芽細胞が人の健康に大きく影響するもう一つの側面に、がんの進行への関与があります。がん関連線維芽細胞(CAF)は、腫瘍のECMを合成・再構成するとともに、増殖因子の産生し、血管新生を促進します。その結果、薬効や治療反応性に影響を与えます7。実際、CAFがECMに及ぼす影響は組織の剛性を高め、それが、がん細胞の生存や増殖を促すシグナル伝達を活性化と機械的ストレスの増加につながります。その結果、がんはより攻撃的なフェノタイプを示し、薬物送達効率を低下させます7

近年注目されている研究

CAFは新規がん治療の開発において大きな注目を集めており、CAFの数や機能の変更が転帰と関連することが、複数の研究で示されています7。現在、CAFから生じる細胞コミュニケーション(TGF β やCXCL12シグナル伝達など)を遮断する方法や、CAFを再プログラムして抗腫瘍性フェノタイプを開発したり、「正常な」線維芽細胞に変換したりする方法の探索が行われています7

線維症の治療法についても探索が進められています。その1つのアプローチとして、恒常性機能を維持しながら病態的線維芽細胞のサブセットのみを特異的に抑制する方法が研究されています3,8。例えば、線維芽細胞の分極や線維化に大きな役割を果たす転写因子PU.1を不活化することで、線維芽細胞を「正常」型へと再プログラムし、線維化の回帰を誘導できることが示されています8。 活性化線維芽細胞に高発現するαvβ1インテグリン阻害薬などの小分子アプローチ9は、 サイトカインを介した抗線維化戦略と並んで、活発に研究が進められている分野です8。 線維芽細胞の膨大な不均一性と疾患への関与に関する研究が進むことで、これらの治療法の開発が加速すると期待されます。

線維芽細胞の研究ツール

蛍光フローサイトメトリーによるセルソーティング(FACS)は、背側皮膚の線維芽細胞系譜の同定10や、マウス肺線維芽細胞のサブポピュレーション解析11に有効に利用されています。 しかし、線維芽細胞の細胞表面マーカーの発現は、細胞を培養環境に移すと変化することが示されており、培養中の増殖刺激も、細胞のアイデンティティに影響を与える可能性があります3。 単一細胞マルチオミクス解析の進歩は、これらの問題の克服を後押ししており、すでに線維症研究にも適用され始めています3,8

細胞マーカー

線維芽細胞の細胞マーカーは、サブタイプや存在する組織によって異なります。例えば、CD44CD49b、CD87、CD95、Ly-6Cは、マウスモデルではCAFの細胞表面マーカーとして同定されています12が、 PDGFRα、MEFSK4、DDR2、CD90、Sca1は心臓線維芽細胞のマーカーとして知られています13。線維芽細胞のマーカーは線維芽細胞だけに特異的に発現するものでないため、表面マーカーの検出だけで線維芽細胞を同定するのは困難です。

線維芽細胞用マーカー一覧3,6,7,8,10,11,12

細胞マーカー

別称
CD10 MME, NEP
CD26 DPP4
CD40 Bp50
CD44 HCAM, ECMR-III
CD90 THY1
CD133 プロミニン-1
CD140b PDGFRβ
CD142 組織因子、F3
CD248 TEM1
CDH9 カドヘリン-9
FAP1 家族性腺腫性ポリポーシス1
FAP-α 線維芽細胞活性化タンパク質 α
FSP1 S100A4
FSA 線維芽細胞表面抗原
HSP47 熱ショックタンパク質47
ITGA8 インテグリンサブユニット α8
ビメンチン
αSMA α-平滑筋アクチン

参考文献

1. Kendall RT, Feghali-Bostwick CA. (2014) Fibroblasts in fibrosis: novel roles and mediators. Front Pharmacol. 5:123. doi:10.3389/fphar.2014.00123

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3. Lynch MD, Watt FM. (2018) Fibroblast heterogeneity: implications for human disease. J Clin Invest. 128(1):26-35. doi:10.1172/JCI93555

4. Ogawa M, LaRue AC et al. (2006) Hematopoietic origin of fibroblasts/myofibroblasts: Its pathophysiologic implications. Blood. 108(9):2893-2896. doi:10.1182/blood-2006-04-016600

5. Yong KW, Li Y et al. (2016) Paracrine Effects of Adipose-Derived Stem Cells on Matrix Stiffness-Induced Cardiac Myofibroblast Differentiation via Angiotensin II Type 1 Receptor and Smad7. Sci Rep. 6:33067. doi:10.1038/srep33067

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8. Henderson NC, Rieder F et al. (2020) Fibrosis: from mechanisms to medicines. Nature. 587(7835):555-566. doi:10.1038/s41586-020-2938-9

9. Reed NI, Jo H et al. (2015) The αvβ1 integrin plays a critical in vivo role in tissue fibrosis. Sci Transl Med. 7(288):288ra79. doi:10.1126/scitranslmed.aaa5094

10. Rinkevich Y, Walmsley GG et al. (2015) Skin fibrosis. Identification and isolation of a dermal lineage with intrinsic fibrogenic potential. Science. 348(6232):aaa2151. doi:10.1126/science.aaa2151

11. Matsushima S, Aoshima Y et al. (2020) CD248 and integrin alpha-8 are candidate markers for differentiating lung fibroblast subtypes. BMC Pulm Med. 20(1):21. doi:10.1186/s12890-020-1054-9

12. Agorku DJ, Langhammer A et al. (2019) CD49b, CD87, and CD95 Are Markers for Activated Cancer-Associated Fibroblasts Whereas CD39 Marks Quiescent Normal Fibroblasts in Murine Tumor Models. Front Oncol. 9:716. doi:10.3389/fonc.2019.00716

13. Ivey MJ, Tallquist MD. (2016) Defining the Cardiac Fibroblast. Circ J. 80(11):2269-2276. doi:10.1253/circj.CJ-16-1003

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