赤血球
赤血球(RBCまたはErythrocytes)は、総血液量の40-45%を占める、中央がへこんだ円盤状の小さな細胞です。赤血球の主な機能は、酸素(O2)を各組織へ運び、二酸化炭素(CO2)を肺に戻すことです。また酵素炭酸脱水酵素の作用により血液中のCO2の変換を助け、全身の酸塩基平衡を維持します1。近年、赤血球が一酸化窒素(NO)の代謝や心血管止血においても役割を果たすことが明らかになってきています2。
形成と構造
赤血球は、 骨髄で造血 幹細胞(HSC)から赤血球計へと分化する赤血球生成(エリスロポエーシス)によって形成されます。その後、約7日間の成熟期間を経て循環血中に放出されます。放出後の寿命は100-120日です。赤血球は老化に伴って小型化し、柔軟性も低下します。最終的には脾臓、肝臓、骨髄のマクロファージによる食作用によって循環から除去されます。
赤血球の産生は、主に腎臓から分泌されるホルモンのエリスロポエチンによって調節されています。赤血球は毎日その約1%が入れ替わっており、これは毎秒200~300万個に相当します。網赤血球(未熟赤血球)の絶対数は、赤血球産生の信頼性の高いマーカーとして、貧血や汎血球減少症の鑑別診断に用いられます。
赤血球は独特の円盤状の形をしているため表面積が大きく、ガスの交換を効率よく行うことができます。赤血球は核を持たないため、細胞質の3分の1をヘモグロビン(酸素と結合するタンパク質)が占めることができます。赤血球膜は、主にスペクトリン、アクチン、バンド3、プロテイン4.1、アンキリンからなる二次元細胞骨格の上のリン脂質二重層で構成されています。この構造により膜は高い変形性と可鍛性を持ち、赤血球は直径2-3 µmの細い毛細血管でも通過できます。この特性が赤血球に独自のレオロジー特性を与えています。
赤血球の表面にはABO式などの血液型を決める天然の抗原性タンパク質も存在しています。これらのタンパク質に対する抗体は、妊娠中や輸血中に形成されることがあり、妊娠中に形成された場合には胎児性貧血や新生児の溶血性疾患を、輸血中に形成された場合は交差適合の問題を引き起こす可能性があります。

赤血球の機能
赤血球の主な機能は、O2を各組織に運び、CO2を肺に戻すことですが、血管収縮、血小板凝集、T細胞の増殖と生存などの他の生理活性の調節にも関与しています3。赤血球の障害は、産生が不足する場合(鉄欠乏性貧血など)や、赤血球そのものの固有の欠陥の場合(サラセミアなど)のいずれにおいても、主な臨床結果は貧血として現れます。
近年注目されている研究
近年、赤血球が一酸化窒素(NO)やアデノシン三リン酸を放出することで、血管緊張の調節に関与していることが明らかになってきました2。さらに、赤血球の機能変化(付着性の向上、活性酸素種の増加、タンパク質組成の変化、酵素活性の変化など)が、特に糖尿病に関連して心血管疾患に関与していることも明らかになってきています。このことから、NOの放出を増やす、RBCアルギナーゼ活性を阻害する、赤血球への酸化ストレスを減らすといった介入によって、内皮機能や心臓機能の障害を改善できる可能性が示唆されます4。
健康な状態では、赤血球は互いに接着したり内皮に付着したりしません。しかし鎌状赤血球症(SCD)や遺伝性球状赤血球症などの遺伝性疾患では凝集しやすくなり、血管閉塞や組織への酸素供給障害、臓器不全を引き起こす可能性があります。分子シグナル伝達経路における変異依存的な変化と、それに関連する臨床的影響を明らかにすることは、遺伝子編集療法などの堅牢な治療戦略の開発に役立つ可能性があります5。
赤血球を研究するためのツール
フローサイトメトリーでは、赤血球の成熟度、浸透圧脆弱性、および病態に伴う赤血球形態の変化を評価できます。マラリアなどの感染症では、赤血球は正常な円盤形の形態を失い、宿主赤血球の膜が硬くなります。マラリアでは、フローサイトメトリーを用いて寄生虫に感染した赤血球を直接検出・解析できるため、抗マラリア化学療法の開発に役立つ重要な知見が得られます7。
細胞マーカー
初期の赤血球は核を持ち、CD71とCD235aを表面に発現しています。成熟して骨髄から末梢へと移行する過程で核を失い、網赤血球となります。この段階ではリボソームRNAが残存しますが、CD71の発現とともほぼ消失します。CD45は、他の全ての分化した造血細胞に発現する一方で、赤血球には発現しないため、陰性マーカーとして利用できます6。
| 表面マーカー | 別称 |
|---|---|
| CD297 | ART4、ドンブロック血液型 |
| CD234 | ダフィー抗原受容体、DARC |
| CD235a | グリコフォリン- A(フローサイトメトリーで頻繁に使用) |
| CD235b | グリコフォリン- B |
| CD236 | グリコフォリン- C/D |
| CD238 | ケル血液型糖タンパク質 |
| CD239 | ルーテル血液型抗原、B-CAM |
| CD240CE | Rh式血液型ポリペプチド(CE) |
| CD240D | Rh式血液型ポリペプチド(D) |
| CD241 | RHAG, RH50 |
| CD242 | ICAM-4 |
| CD173 | 血液型H抗原タイプ2 |
| CD175Tn | SialylTn |
| CD71 | トランスフェリン受容体 |
| CD45 | 白血球共通抗原 |
| CD55 | 崩壊促進因子(DAF)、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカータンパク質 |
| CD59 | プロテクチン、MAC阻害タンパク質、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカータンパク質 |
参考文献
1. Kuhn V, Diederich L, et al. (2017). Red Blood Cell Function and Dysfunction: Redox Regulation, Nitric Oxide Metabolism, Anemia. Antioxid Redox Signal. 26(13):718-742. doi: 10.1089/ars.2016.6954
2. John Pernow, Ali Mahdi et al. (2019) Red blood cell dysfunction: a new player in cardiovascular disease, Cardiovascular Research, 115:11. doi.org/10.1093/cvr/cvz156
3. Arosa FA, Pereira, CF et al. (2004). Red blood cells as modulators of T - cell growth and survival. Current Pharmaceutical Design. 10(2):191-201 doi: 10.2174/1381612043453432
4. Pretini Virginia, Koenen Mischa H.et al. (2019). Red Blood Cells: Chasing Interactions. Frontiers in Physiology.10:945. doi:10.3389/fphys.2019.00945
5. Rai D, Wilson AM et al. (2021). Histology, Reticulocytes. StatPearls Publishing. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK542172/
6. Samsel, L., & McCoy, J. P., Jr. (2015). Imaging flow cytometry for the study of erythroid cell biology and pathology. Journal of immunological methods. 423, 52–59. https://doi.org/10.1016/j.jim.2015.03.019