遺伝子治療用ウイルスベクターにおける精製・品質管理の課題への取り組み

組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクターは、治療用遺伝子を運搬するために非常に有望なメカニズムです。しかし、産業用に開発された細胞株の多くはゲノムのパッケージング効率が悪く、その結果、中空体、中間体、完全体のキャプシドが混在する不均一性の高い製造物となってしまいます。そのため、製造や品質管理の観点から、このような異なる分子種のキャプシドを精製、同定、定量することは極めて重要です。完全粒子でないキャプシドは、望ましい治療効果が得られないだけでなく、意図しない免疫反応を引き起こす可能性があります。本稿では、ウイルスベクターの超遠心分離法を用いた精製ならびに超遠心分析法を用いた特性評価の利点に焦点を当てながら、rAAVプロセス開発に関連する様々なトピックをご紹介します。

超遠心機を用いた遺伝子治療用ベクターの精製

遺伝子治療産業において、堅牢で信頼性の高いAAVベクターの精製と特性評価は必須です。分析用超遠心機(AUC)を用いれば、中空体、中間体、完全体のキャプシドのベースライン分離が可能であることから、高次のキャプシドの分子種の存在下でも高い分解能での定量を行うことができます。

超遠心分離法の概要

密度勾配遠心法(DGC)は、密度(粘度)の異なる展開溶媒を遠心し、サンプル内の成分の物理的特性(粒子径、質量、密度)に基づいて分離します。サンプルは低速(重力加速度の数百倍相当)で遠心します。

分離を行う展開溶媒には、非常に重要な特性が2つあります。1つ目は粒子の沈降速度に影響を与える粘度勾配です。原則的には、溶媒の粘度が高くなるほど粒子の沈降速度は遅くなります。2つ目は、粒子の位置(十分に長い時間遠心した後、最終的に粒子が垂直に集積するチューブの位置)に影響を与える密度勾配です。

密度勾配超遠心法(DGUC)は、DGCと同じプロセスに基づき、同じ物理学的法則に従いますが、重力加速度が異なり、DGUC では通常100,000 xgを超えます。DGCは通常、粒子径が約0.1 μmまでの粒子を分離するために使用されますが、DGUCは粒子径が200 nm未満の粒子を分離できるため、エクソソーム、ベクター、ウイルス、プラスミドDNA、抗体やタンパク質の精製や、密度が非常に近い生物製剤についても高純度で均一な分離することが可能です。

密度勾配超遠心法(DGUC)

キャプシドが3層構造と2 層構造のウイルス粒子の密度差はわずか0.02 g/mLですが、DGUCはこれらを分離することができます。さらに安定同位体標識物では、これより密度差の小さい0.0036 g/mLの違いでも分離が可能です。こうした分離が可能な理由は、多くのウイルス粒子の核酸とタンパク質の含有比率が異なるためです。例えば、AAVは核酸の含有量が変化しますが、他のウイルスではタンパク質のシェル(キャプシド)構造体の量も変化します。タンパク質は、核酸よりも密度が小さいため、核酸とタンパク質の含有比率が異なると、全体の密度が変化する可能性があります。

超遠心分離法

Figure 1に様々な超遠心分離法を示します。一般的な低速遠心での分離法であるペレッティングでは、分離は粒子径、質量、密度、粘度に依存します。これはS値として知られています。

超遠心分離法の比較

超遠心分離法はペレッティングよりもさらに高速で遠心する方法で、分離原理は同じです。さらに、速度ゾーン遠心法ではチューブ内に高い密度の展開溶媒を作成することで、沈降時間を大幅に長くすることができるため、より高い分解能を得ることができます。

これらの超遠心分離法よりさらに高度な方法である平衡密度勾配遠心法では、予め形成した密度勾配中で物質を密度によって分離でき、物質のバンドが形成されます。この方法は1 ステップの精製プロセスであり、ウイルスベクターの精製に用いることができます。

等密度(または浮遊密度)遠心法は、溶媒密度の連続的な自己密度勾配形成で分離する平衡分離法で、密度勾配法で達成し得る最高の分解能が得られます。平衡密度勾配遠心法と等密度遠心法はともに遺伝子治療ベクターの精製に用いられますが、最も分解能が高いのは等密度遠心法です。

 

ケーススタディ:イオジキサノールおよび塩化セシウムを使ったAAV精製の比較

DGUCを実施するチューブ内に密度勾配を形成する試薬として一般的に用いられるのは、イオジキサノールと塩化セシウム(CsCl)の2つで、どちらにも利点があります(Figure 2)。

塩化セシウムとイオジキサノールを用いたAAVベクター精製の比較

イオジキサノールを用いた場合では、遠心時間が比較的短く、結果としてスループットが高くなります。精製した完全体キャプシドの純度は80%程度で、研究段階で使用可能な実験材料を得ることが可能です。

塩化セシウムを用いた場合では、より長い遠心時間が必要ですが、cGMP製造プロセスに適合する最高純度99%の完全体キャプシドを得ることができます。また1 回の実験でより多くのサンプルを遠心処理できる点も利点です。

 

超遠心分析法(AUC)によるAAVの特性評価

AAV製造における品質管理には、以下のような問題があります。

  • インタクトなウイルスキャプシドの割合と、崩壊したウイルスキャプシドの数はどれくらいありますか?
  • 崩壊していない中空体のウイルスキャプシドと、インタクトでかつ目的遺伝物質を内包する完全体のウイルスキャプシドと区別することは可能でしょうか?
  • 遺伝物質の一部しか内包されていない中間体のウイルスキャプシドの定量は可能でしょうか?

分析用超遠心機(AUC)でサンプルを解析することで、こうした疑問に対する答えが得られます。Figure 3に示すように、セル内部のサンプルセクターでは3つの異なる層に分かれます。1つ目はエアギャップ層(赤色)、2つ目はバッファのみの層(水色)、最後の紺色はバッファと溶質の層です。バッファのみの層(水色)とバッファと溶媒の層(紺色)の間のエリアは移動境界面と呼ばれます。実験の時間経過とともに形成される移動境界面の形状とセル底部に向かって沈降する速度から、溶質の粒子径、質量、形状を計算するのに必要な全ての情報を得ることができます。

超遠心分析法の概要

遠心時間がたつにつれて、移動境界面はセルの底側に向かって下方へと動きます(Figure 4)。SEDFITソフトウエアによる数値解析によって、沈降係数(S値)をX軸、相対的なシグナルをY軸とする沈降係数の分布関数が表示されます。Figure 3は抗体の解析例で、沈降係数が6.35である抗体が大部分を占め、これより高次の分子種が沈降係数9.46に認められます。なお、ウイルス粒子を解析する場合、沈降係数の値が大きく異なることに注意することが重要です。

抗体の分離により得られたAUCの生データと数値解析の例

 

AUCによるウイルスベクターの品質管理

Figure 5は、AUCによる核酸含有量の異なるAAVキャプシドの定量に関する報告事例です。Wangらが2019年に報告したこの沈降係数分布では、沈降係数がX軸に、ピークシグナルがY軸に表示されています。中空体のキャプシドは60 S付近、完全体のキャプシドは90 S付近に認められます。さらに中間体のキャプシドは75 S付近にみられ、約1.8%と全体に占める割合は非常に少ない成分でした。また、より高次のキャプシド構造体と考えられる成分も確認されました。このような内包する核酸含有量の異なるキャプシド全てを識別することは非常に重要です。その理由はFDAのガイドラインが指摘するように、治療用遺伝子を内包していないウイルスキャプシドは治療効果を持つ可能性は低く、キャプシド自体が望ましくないアレルギー応答を引き起こす可能性があるためです。

AUCによるAAVキャプシドの核酸含有量の定量

VIGENE社での参考研究

下記はVigene Biosciences 社で作成したAAV参照標準ライブラリを用いた解析結果です。Figure 6の生データおよび数値解析から、AUCの解析精度の高さが見て取れます。

AUCの生データおよび数値解析

Figure 7は沈降係数分布です。中空体のキャプシドは63.9 Sで、全シグナルの約86%を占めています。中間体のキャプシドは78.4 S で、全シグナルの4.5%を少し上回っています。最後に、完全体のキャプシドは93.7 Sにみられ、全シグナルの約2%を占めています。中空体、完全体、中間体のシグナルをベースラインで分離し解析が可能なAUCでは、このような品質のデータを得ることができます。

参照標準サンプルにおける中空体、完全体、中間体キャプシドのAUCによる定量データ

Figure 8はVigene Biosciences 社から提供を受けたサンプルをAUCで解析したデータです。このサンプルは同社の参照標準ライブラリのものではなく、汎用サンプルです。

Vigene Biosciences社サンプルにおける中空体、完全体、中間体キャプシドのAUCによる定量データ

ここでも、異なる分子種のキャプシドが確認でき、またそれら全ての成分について値付けされています。中空体のキャプシドは65.5 S付近にみられ、全シグナルの約22%を占めています。完全体のキャプシドは93.65 S(ピークD)にみられ、全シグナルの約42%強を占めています。またこの例では、中間体が1 種類でなく2種類(ピークBおよびピークC)存在していたことがAUCの解析で確認できました。ピークBは全シグナルの5.3%、ピークC は8.8%を占めています。最後に、キャプシドのより高次な分子種が105.6 Sとして検出できました。

まとめると、AUCは核酸含有量の異なるウイルスキャプシドの数値解析において、ベースライン分離することが可能です。さらに中間体のキャプシドだけでなく、キャプシドのより高次な分子種も識別し、中空体と完全体の想定的な割合を区別し定量することができます。

 

知見

DGUCは、重要な生物学的製剤に適用することができる、分離能の高い精製技術です。塩化セシウムを用いたDGUCでのAAV精製においては、cGMPグレードでの製造が可能で、最高で純度99%の完全体のAAVキャプシドを製造できます。対照的に、イオジキサノールを用いたDGUCでは、研究グレードでの製造が可能で、最高で純度80%の完全体のAAVキャプシドを製造でき、スループットについては塩化セシウムを用いた場合よりわずかに高くなります。

AUCは、サンプルを天然状態でかつ水溶液中で解析をすることができ、サンプル中に存在する様々な分子種のAAVキャプシドを定量します。また、中空体/完全体キャプシドの比率からキャプシドの核酸含有量を見積もることも可能です。AUCは、中空体、完全体、中間体のキャプシドの数値解析においてベースライン分離できます。また、完全体より高次のキャプシドの分子種を定量することもできます。

最後に、AUCは、研究対象の遺伝子型や遺伝子に関する知識に全く依存することなく、ほぼ同一の測定プロトコルや数値解析プロトコルを用いて解析を行うことができます。つまり、AAV2に最適化されたAUCの測定プロトコルおよび数値解析プロトコルは、AAV5やAAV7の解析にプロトコルを再設計することなく適用することが可能です。

 

参考文献

1. Wang C, Raju Mulagapati SH, Zhongying Chen Z et al. Developing an Anion Exchange Chromatography Assay for Determining Empty and Full Capsid Contents in AAV6.2. Mol. Ther. Methods Clin. Dev. 2019; 15: 257–63.

 

分析用超遠心機 Optima AUC

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