密度勾配超遠心法による生体高分子高純度精製のしくみ

様々な種類の生体分子を研究する際、これらの生体分子を回収した後、高純度に精製する必要があるケースがあります。密度勾配超遠心法(DGUC:Density Gradient Ultracentrifugation)は、ウイルス、核酸、分泌小胞、タンパク質の超分子複合体、細胞内小器官などの生体分子の高純度精製法として長年使用されている方法です。
本ホワイトペーパーでは、超遠心機を用いた高純度精製の事例とDGUCの仕組みをご紹介します。

 

1. 高純度精製アプリケーションの事例

1-1. ウイルス粒子の高純度精製

Figure 1. DGUC vs イオン交換クロマトグラフィー回収量の比較

遺伝子治療用ウイルスベクターの開発において、使用目的に応じて様々なウイルス種がベクターとして開発されています。これらのベクターが医薬品として適用されるためには、高純度化が必要になります。精製が不十分なウイルスベクターには、密度が異なる不均一なウイルス粒子が混在し、このうち中空ならびに中間体は副作用の原因物質と考えられ、これらの除去を目的とした高純度化精製工程の確立が必須になります。

ここでは、DGUCとイオン交換クロマトグラフィ法によるアデノウイルスベクターの精製効率の比較をご紹介します。DGUCでは水平ロータSW 41と展開溶媒として塩化セシウム(CsCl)を使用しました。DGUCでは感染能のあるウイルスベクターがイオンクロマトグラフィ法に比べて、回収量は582倍高いことが示され(Figure 1 )、ウイルスベクターの多重感染度(MOI)ならびにCt値評価等によって、25%以上機能性の高いウイルスベクターが調整できたことが示されました。

さらに、DGUCによって精製し濃縮したウイルスベクターサンプルには、エンドトキシンのコンタミが検出されませんでした。このことから、ウイルスベクターの高純度精製においては、DGUCが有用であることが示唆されました。

 

1-2. プラスミド、ゲノムDNAの精製

 
Figure 2. プラスミドDNA・ゲノムDNAの高純度精製

遺伝子発現用プラスミドDNAやゲノムDNAなどの核酸精製では、現在、カラム精製法が一般的に使用されています。しかし、精製したプラスミドDNAでタンパク質が発現しない、精製したゲノムDNAが次世代シーケンサーで読めない、などのトラブルがあります。これらの原因の1つとしては、カラム精製工程においてニック(傷)が入ったDNAがカラムで分離できなかったことが考えられます。一方、DNAにエチジウムブロマイドをインターカレートさせると、完全なDNAとニックの入ったDNAの間に密度差が生じさせることができます。これらの密度が異なるDNAをCsClによるDGUCで分離することで、高純度でニックのない完全なDNAを取得できます。高純度でニックのない完全なDNAを精製したい場合では、近垂直ロータがよく採用されます(Figure 2)。

 

1-3. 細胞外小胞(EV)の分離

EVsは50 ~ 150 nmの細胞外小胞で、小胞表面にはテトラスパニンなどの様々な膜タンパク質が存在し、小胞内にはmRNAといった核酸やタンパク質などが内包されています。このため、生物学的な多様性に富んでおり、生体機能も複雑なため、研究を進めるためには、超遠心法などによりEVsを単離・精製する必要があります。

しかし、EVsは粒径ならびに密度が幅広く、沈降係数は数十から1,000 Sと数十倍異なり、流体力学的にも非常に不均一性の高いことが知られています。このため、超遠心法を利用しEVsの単離・精製を行うためには、研究対象のEVsを特異的に回収可能な最適な遠心条件を設定する必要があります。

超遠心によるEVsの分取法には、ペレットダウン法、スクロースクッション法、オプティプレップを用いた密度勾配試薬によるDGUCの3種類の方法があり、研究目的によって使い分けられます(Figure 3)。

例えば、EVsの詳細なプロテオーム解析ではDGUCが採用されます。DGUCによって不均一性の高いEVsを分画でき、サブクラスに分類することができます。このサブクラスに対してマーカータンパクを認識する抗体を用いたウエスタンブロット解析により、サブクラスに含まれるEVsのマーカータンパク質の発現量を解析できます。

  
Figure 3. EVの分取方法

 

2. 密度勾配超遠心法のしくみ

2-1. 遠心沈降の基本原理

高い回転数で遠心を開始すると、溶質には摩擦力、遠心力、浮力の3つの力が発生し、溶質は沈降を開始します。この摩擦力、遠心力、浮力の関係式から、溶質が沈降するためには、浮力と摩擦力よりも大きい遠心力が必要であることが分かります。この関係式を展開することで溶質の沈降速度が求まります。沈降速度は角速度の2乗に回転半径かけた値に比例します。つまり、溶質の沈降速度は、回転中心から遠ざかるほど加速することが分かります(Figure 4)。

ここで、この比例定数を沈降係数Sとして定義すると、溶質の特性を示す係数として扱えます。沈降係数Sは、溶質の体積から算出される粒径、溶質と溶媒の密度差、溶媒の粘度をパラメータとした式によっても定義することができます(Figure 5)。

Figure 4. 遠心中の溶質にかかる遠心力・摩擦力・浮力の関係
Figure 5. 沈降計数Sの計算式

 

2-2. 密度勾配超遠心法の特長

DGUCには速度ゾーン超遠心法(Rate Zonal法)、当密度勾配超遠心法(Isopycnic 法)、平衡密度勾配超遠心法(Equilibrium Zonal 法)の3つの種類があります(Figure 6)。

速度ゾーン超遠心法は、連続ないし不連続のショ糖などの密度勾配中を移動する分子を速度論的に分離する方法です。溶質が、溶媒の密度勾配中を通過する際に対流が発生し、溶質の加速度が抑えられるため、溶質は減速しつつ沈降していきます。例えば、5%~ 20%の直線勾配中では、溶質は等速度で沈降することが知られています。溶質が沈降していき、溶媒と溶質の密度が同じ位置にさしかかると対流が止まり、溶質のバンドが形成されます。このことから、速度ゾーン超遠心法でのバンドの形成は、溶質の沈降係数と溶媒の密度、粘度の要因で決定されることが分かります。

等密度超遠心法は、塩化セシウムなどの自発的連続密度勾配形成に伴い、浮遊密度が異なる分子を分離する方法です。溶質が塩化セシウムなどの溶液中に一様に拡散した状態から開始します。遠心場がかかると、試薬の自発的な密度勾配の形成に合わせて、溶質も移動します。長時間の遠心後、溶媒と溶質の密度が平衡状態に達した位置で、溶質のバンドが形成されます。つまり、等密度超遠心法でのバンドの形成は、溶質と溶媒の密度の要因で決定されることが分かります。

最後に、平衡密度勾配超遠心法は、不連続の塩化セシウムなどの密度勾配中で、浮遊密度の異なる分子を分離する方法です。溶質は、溶媒の密度勾配中を加速度が抑えられて沈降し、さらに、試薬の自発的な密度勾配の形成に合わせて、溶質は同じ密度の位置に移動します。その後、溶媒と溶質の密度が平衡状態に達した位置に、溶質のバンドが形成されます。つまり、平衡密度勾配超遠心法でのバンドの形成は、等密度超遠心法と同様に、溶質と溶媒の密度の要因で決定されることが分かります。

DGUCで使用される試薬について、速度ゾーン遠心法では、ショ糖やグリセロールなどの密度が低く粘度が高い試薬がよく使用され、より精密な分離が要求される平衡密度勾配遠心法や等密度遠心法では、塩化セシウムなどの密度が高く粘度が低い、遠心力によって、自発的に密度勾配が形成される試薬が使用されます。したがって、DGUCと試薬を適切に組み合わせることで、研究目的に応じた生体分子の高純度精製が可能となります。

Figure 6. DGUCの種類と特長

 

2-3. 密度勾配の作り方

不連続密度勾配は、分注用ノズルとシリンジを使い、界面を崩さないように、遠心チューブの底部にノズルを差し込み、濃度の低い展開溶媒から順番にロードするアンダーレイアプローチによって簡単に作成できます(Figure 7)。一方、連続密度勾配は、自動密度勾配装置を使うことによって、再現性の高い密度勾配を作成できます。

 
Figure 7. 不連続密度勾配の作り方
 

2-4. ロータの種類の違いによる分離能と遠心時間の違い

ここで、同一のチューブが使用できるスウィングロータと垂直ロータを使用して等密度超遠心法を行った場合の分離能ならびに遠心時間について比較します。分離能については、スウィングロータの遠心方式では、バケット自体が方向転換するため、チューブ内の密度勾配の方向は変化せず、超遠心中と遠心後のバンド間の距離は同じです。一方、垂直ロータでは、遠心中、チューブ内では垂直方向の密度勾配が形成されますが、遠心後は密度勾配が重力方向に転換し、バンドは水平方向に形成されます。この時、バンド間の距離がチューブの高さと横幅の比率に応じて変化し広がるため、バンドの分離能が上がります(Figure 8)。例えば、39 mL容量のチューブでは、高さが89 mm、横幅が25 mmで、高さと横幅の比率が3.5倍のため、垂直ロータの遠心後バンド間の距離は3.5倍に広がり、分離能が上がります。

遠心時間については、自発的な密度勾配が形成されるまでに要する時間は、理論上、チューブの回転半径の長さの2 乗に比例します。例えば、39 mL容量のチューブの沈降経路長をもとに比較すると、水平ロータは89 mmで、垂直ロータは25 mmで、これらの密度勾配の形成時間を比較すると、理論上、垂直ロータは、水平ロータの約13分の1と推算することができます。このことから、垂直ロータを使用することによって、遠心時間を大幅に短縮できることが分かります。

Figure 8. スウィングロータと垂直ロータの比較

3. おわりに

本ホワイトペーパーでは、DGUCのしくみとDGUCを用いたアプリケーション例をご紹介いたしました。ベックマン・コールターでは、お客様の研究に合わせて最適な超遠心機、ロータをご提案しております。アプリケーションや製品に関するより詳細な情報をお知りになりたい場合は、お問い合わせフォームからお気軽にお問い合わせください。

 

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