細胞外小胞の不均一性を紐解く

THE NEXT CHALLENGE: ‌細胞外小胞の不均一性を紐解く

見た目も大きさも違う:細胞外小胞の多様性の評価

細胞外小胞(EV)は、細胞、細菌、その他の生物によって生理的に産生される、内腔領域を持つ、ナノサイズからマイクロサイズの小胞(30-500nm)の不均一なポピュレーションです。EVは細胞膜(大きな小胞)が内向きに出芽することによって形成され、細胞外に放出されるか、エンドソーム(小さな小胞)から放出されます。EVは大きさ(30〜500nm)と内腔領域に内包する物質の含有量によって分類されます。EVは体内のあらゆる場所に移動して細胞内に侵入し、内包物を送達することが可能です。EVは数十年前に発見されましたが、生理や疾患におけるEVの役割が明らかになってきたのは最近のことです1。現在、EVの研究は、

  1. EVの不均一性と病態への関与を理解し、
  2. 治療薬を送達する医薬品/化合物デリバリーのカーゴとして利用すること
を目的としています。

このように、EV分野は、科学的知見をもたらし、将来的に医療の進歩に貢献できる可能性があります。

EVは不均一2で、大きさと内包する物質が異なります(Figure 1)。この不均一性は、由来細胞や生理学的状態、EV放出に影響を与える刺激が異なることが原因で生じます 。EVの不均一性を理解し、生物学的機能、診断への応用可能性、および治療用途を包括的に評価するには、 EVのサイズと内包物質の正確な特性評価が不可欠です6。言い換えれば、EVの不均一性を研究することは、EVの機能をよりよく理解することにつながります。

  • 生物学的役割 - 由来する細胞タイプが異なるEVや、異なる条件下で放出されたEVは、カーゴプロファイルや生物学的活性が異なる可能性があります。EVの不均一性を特性評価した上で比較すれば、細胞間コミュニケーション、免疫調節、疾患進行に重要な役割を果たすEVの特定のサブセットを同定することが可能です。
  • 診断に使える可能性 - EVの不均一性を理解することにより、疾患特異的なカーゴを運ぶ特定のEVサブポピュレーションをターゲットとする、より正確で感度の高い診断アッセイを開発することができます。
  • 治療アプリケーション - EVは、医薬品、核酸、タンパク質などの治療カーゴの自然由来の担体として利用できます。不均一性を理解することで、単離、遺伝子操作、カーゴ積載戦略を最適化することができます。‌さらに、免疫調節機能や再生機能などの望ましい特性を持つ特定のEVサブポピュレーションを同定することで、治療の可能性を広げることができます。

Deciphering the Heterogeneity of Extracellular Vesicles Cell Composition

Figure 1. EVのサイズと組成の不均一性。EVのサイズは約30〜500 nmと様々です。また、EVの表面に発現しているマーカーや内部組成も非常に多様です。こうした多様性は、由来細胞やその活性化状態の違いによるものです。

EVの不均一性を研究するための手法

サンプル内のEVの分布を調べる手法は数多くありますが、最も一般的に用いられるのはナノ粒子トラッキング解析(NTA)です。NTAは、EVを単離した後の品質管理方法として広く使用されていますが、NTAが提供するのはバルクデータで、EVのサイズ情報のみです。‌EVポピュレーションの不均一性を理解するには、内包物の特性評価が不可欠です。細胞と同様に、EVもゲノミクス(PCR、シーケンシング)、プロテオミクス(ウェスタンブロット、ELISA、 フローサイトメトリー)、リピドミクス(クロマトグラフィー、質量分析)、その他のEVの成分を同定・定量できる方法で特性評価を行うことができます4,5。これらの方法は有用性が証明されている反面、同定に不可欠なEVの表面タンパク質と内腔部にあるタンパク質を区別することができません。さらにNTAと同様、得られるのがバルク解析データであるため、ポピュレーションの個々のEVの詳細な特性評価はできません。個々のEVの特性評価は、イメージング法やフローサイトメトリーで行うことができます。イメージング法ではEVの視覚的情報が得られますが、スループットが非常に低く、不均一性を十分に反映していないという制限があります。.

一方、フローサイトメトリーでは、一度に1つ1つのEVの特性評価が可能です12。大部分のEVに共通して発現しているマーカーとして、CD9、CD63、Tsg101、CD81、 Alix、Hsp70が同定されています。これまで、この共通マーカーの発現は、ウェスタンブロッティングやその他の時間のかかるバルク法で検証されることが多く、精度にばらつきがあありましたが、フローサイトメトリーではEVのサイズ、数、プロファイルを迅速かつ費用対効果が高く正確に測定できます。ですが、どのフローサイトメーターでもそれが可能であるというわけではなく、いくつか特定の調製も必要になります。事実、ほとんどのフローサイトメーターでは、EVのような小さな粒子を検出することはできません。信頼性が高く正確なEVのサイズ評価・データ報告の方法をどのようにして特定するのか、という問題があるわけですが、最近公表されたガイドラインによって、ある程度の合意が導かれています。近年、フローサイトメーターで特定の構成(バイオレットレーザーで励起した側方散乱光の測定)を用いれば、1 µm未満の粒子を検出できることが報告されています。最近では、フローサイトメトリーを用いた検出限界下限(LLOD)のEVを検出するためのソリューションがいくつか報告されています。検出感度の高さは、フローサイトメーターの重要な特徴として考慮すべきです。というのも、大部分のフローサイトメーターはLLODが~100/200 nmですが、EVポピュレーションの50%以上が200 nm以下という可能性があるためです。つまり、より小さな粒子を検出できることは大きな利点なのです。検出感度が高ければ、研究において生物学的に重要な意味を持つ可能性のあるEVを、サイズが小さいために検出されず対象から除外されてしまうリスクを回避できます。サイズの小さい白血球(T細胞、B細胞、NK細胞)を除外して、免疫系の正確なマッピングができるでしょうか?それは不可能です。より小さなEVを調製から除外してもバイオマーカーの発見に影響を与えない、ということを証明した研究がない以上、同じことが細胞外小胞にも当てはまる可能性が高いでしょう。EVの複雑さを紐解くことで、早期の疾患検出、治療への反応や予後までをもモニタリングできるツールを開発することが可能になります(Figure 2)。フローサイトメトリーなどの単一EV解析技術の進歩により、EVの研究がさらに促進されます。

EVの展望:トランスレーショナル研究の障壁を打ち破る

EEVは、神経変性疾患、心血管疾患、がん、外傷など、さまざまな病態で研究されています6-10。特定の疾患においてEVがどのような役割を果たしているかを理解することは、全体像を把握するために必要なデータ量が膨大であるため、非常に複雑で時間のかかる作業です。ですが、エビデンスの蓄積により、EVは新たな細胞コミュニケーションチャネルであり、疾患プロセスにおいて重要な役割を果たしていることが示されています11。これは主に、EVがすべての種類の細胞から自然に分泌され、細胞機能の変化は放出されるEVの組成と量に反映されるためです。また、EVはがん、神経変性疾患、心血管疾患など様々な疾患における診断・予後バイオマーカーとして使用できる可能性もあります。

Deciphering the Heterogeneity of Extracellular Vesicles Enriched Body Fluids

Figure 2. EVは体液に豊富に含まれるため、非侵襲的に収集し解析することが可能です。そのため、診断や予後予測のためのツールの開発が可能になります。‌EVは、治療反応のモニタリングや疾患の転帰の予測にも使用できます。

 

Deciphering the Heterogeneity of Extracellular Vesicles Flow Cytometry Principles

Figure 3.フローサイトメトリーの原理。粒子を懸濁した液を、装置のシース液流路に流し、一つ一つの粒子を1つずつ流して光源(レーザー)で励起します。バイオレットレーザー(V-SSC)の照射によって得られる側方散乱光から粒子のサイズ特性を評価できます。前方散乱光(FSC)は、細胞サイズの測定に日常的に使用されていますが、検出限界の小さな粒子を検出できるのはV-SSCだけです。装置が発光を検出し、プロットに表示される電子信号に変換された後、解析します。蛍光プローブや抗体を組み込んで、EVの特性をさらに詳細に評価します。

EVの特性評価と製造の最適化を目指す研究が進行中ですが、治療への応用の可能性を探るための臨床試験も、すでにいくつか始まっています。注目に値する臨床試験の1つは間葉系幹細胞(MSC)由来のEVを使用するもので、急性呼吸窮迫症候群、固形臓器移植、クローン病、潰瘍性大腸炎、火傷、ジストロフィー性上皮溶解症、新生児の気管支肺異形成、歯周炎、重度の感染、多臓器障害、その他の様々な疾患を対象に、30件以上の臨床試験が行われています。この例から、EVがいかに多様な疾患の治療用途への有用性を示しているかがうかがえます。これらの試験のほとんどはまだ初期のフェーズ(I/II)ですが、実施数が増えていることは、EVを用いた治療への関心が高まっていることを示しています。

MSC由来のEV以外にも、脂肪組織、マクロファージ、尿、心筋細胞、人工多能性幹細胞(iPSC)、神経幹細胞、原発腫瘍、母乳、肝幹細胞などの他の細胞に由来するEVに関する臨床試験もいくつか行われています11。このように由来の様々なEVが利用されていることは、EVベースの治療薬の可能性が非常に大きいものであることを浮き彫りにしています13

より最適でターゲットを絞った治療用アプローチを設計するためには、EVの不均一性をより深く理解することが重要です。特定のタイプのEVを用いることで、より最適な結果が得られる可能性があるためです。フローサイトメトリーでは、バイオレットレーザーの照射により得られる側方散乱光など、さまざまな散乱情報を利用することで、EVをより高い分解能で評価できることから(Figure 3)、EVをより詳細に特性評価し、EVが疾患に果たしている役割や治療用途に応用できる可能性を評価するのに有用です。

参考文献

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  2. Lässer et al. (2018). Subpopulations of extracellular vesicles and their therapeutic potential. Mol Aspects Med 60:1–14.
  3. Welsh et al. Minimal information for studies of extracellular vesicles (MISEV2023): From basic to advanced approaches. J Extracell Vesicles. 2024 Feb;13(2):e12404.
  4. Zhang H, et al. (2018) Identification of distinct nanoparticles and subsets of extracellular vesicles by asymmetric flow field-flow fractionation. Nat Cell Biol 20:332–343.
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  6. Bonafede et al. (2017) ALS pathogenesis and therapeutic approaches: the role of mesenchymal stem cells and extracellular vesicles. Front Cell Neurosci 11:80.
  7. Inamdar et al. (2017) Emerging applications of exosomes in cancer therapeutics and diagnostics. Bioeng Transl Med 2:70–80
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  10. Maring et al. (2019) Cardiac progenitor cell-derived extracellular vesicles reduce infarct size and associate with increased cardiovascular cell proliferation. J Cardiovasc Transl Res 12:5–17.
  11. Kumar et al. Extracellular vesicles as tools and targets in therapy for diseases. Sig Transduct Target Ther 9, 27 (2024).
  12. Brittain et al. A Novel Semiconductor-Based Flow Cytometer with Enhanced Light-Scatter Sensitivity for the Analysis of Biological Nanoparticles. Sci Rep 9, 16039 (2019).
  13. Po Yee Lui et al. Practical Considerations for Translating Mesenchymal Stromal Cell-Derived Extracellular Vesicles from Bench to Bed. Pharmaceutics 2022, 14(8), 1684

 

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