スペクトルフローサイトメトリーでの自家蛍光の克服:埋もれていた自家蛍光シグナルを分離する

自家蛍光とは

自家蛍光(Autofluorescence)は、元々細胞に含まれる成分や代謝物が特定の波長の光で励起された場合に放出される蛍光です1。この内因性蛍光色素は一般的には、還元ピリジンヌクレオチド(NADH)、酸化フラビン補酵素(FMN、FAD)、ビタミン、芳香族アミノ酸(トリプトファン、フェニルアラニン、チロシンなど)を含むタンパク質などの環構造を有する化合物です。

さらに、組織では細胞外マトリックス中の構造タンパク質(コラーゲンやエラスチンなど)が自家蛍光特性を示します。脂質酸化が原因で形成されるリポピグメント(リポフスチンなど)が蓄積した細胞も自家蛍光を発します2。植物細胞や藻類細胞には、固有の自家蛍光化合物が存在します。植物はクロロフィル、フラボノイド類、リグニン、スベリン、スポロポレニンのような成分3により、藻類細胞は光合成に関与する色素(クロロフィル類、フィコビリタンパク質類、カロテノイド類など)により、固有の自家蛍光を示します4Figure 1は細胞の種類別に示した自家蛍光分子の蛍光波長で、蛍光スペクトルの多様さがうかがえます。

一般的な自家蛍光分子の蛍光波長範囲 

Figure 1 : 一般的な自家蛍光分子の蛍光波長範囲は、様々な細胞タイプ(ヒト、動物、植物)で300 ~ 800 nm の範囲。
*リグニンは、励起波長によって400 nm 付近および500 ~ 550 nm 付近の2 つの蛍光波長を持つ。色素(メラニンやリポフスチンなど)の蛍光波長範囲は広く、メラニンで450-650 nm、リポフスシンで460 ~ 630 nm。

これら天然の蛍光色素は染色や標識を必要としない内在マーカーとして機能し、細胞プロセス、代謝活性、生理学的条件の観察に使用されます。したがって、自家蛍光は細胞動態をモニタリングするための貴重なツールとなります。代謝の状態が変動し、それに関与する細胞や組織に変化が生じると、蛍光色素の量や分布が変わります。例えば、ヒト間葉系間質細胞、神経細胞、皮膚細胞をはじめとした様々な細胞で、自家蛍光の増加は細胞老化や加齢のマーカーとして確立されています。このような自家蛍光レベルの変化は、がん細胞でも観察されます。

フローサイトメトリーでの自家蛍光の課題

自家蛍光は細胞のプロセスや状態を知ることができる指標として機能し、従来の(コンベンショナル)フローサイトメトリーにおいては細胞集団の同定や細胞の健康および機能の評価に有用です。しかし、特定の蛍光マーカー、特にシグナル強度の弱い蛍光マーカーがマスキングされてしまい、測定が不正確になる懸念もあります。Figure 1に示すように、ヒト細胞や動物細胞に含まれる様々な化合物は、波長範囲400~600nmに自家蛍光を有すため、この波長領域のシグナル分解能と感度を低下させます。このため、FITCやAlexaFluor488のような一般的に使用される色素は大きな影響を受けます。

自家蛍光の強度は細胞の大きさおよび顆粒状態と直接相関しています。巨核球やマクロファージのような大きな細胞にはより多くの自家蛍光分子が含まれるため、高い自家蛍光を有します。さらに、自家蛍光は動的であり、細胞の代謝状態などの要因によって変動します。例えば、死細胞には自家蛍光化合物が蓄積されるため、一般的に自家蛍光レベルは高くなります。ある種の細胞では、特定の細胞成分が含まれることに起因して自家蛍光が元々高いことが知られています。例えば、自家蛍光化合物が多く含まれた顆粒が蓄積している骨髄系細胞やミトコンドリア含量が高い抗原提示細胞などは、どちらも高い自家蛍光を有します。Figure 2に示すように、染色されていない植物細胞懸濁液に高値の自家蛍光があることが分かった場合、下流の解析が複雑になることが示唆されます。また、実験の手順やアルデヒド固定などの染色時の処理、栄養分利用性も細胞の自家蛍光レベルに影響するため、解析の複雑さと自家蛍光の変動性は増大します。

植物細胞のフローサイトメトリー解析

 

固定全血サンプルのスペクトルシグネチャー

Figure 2 : 細胞に内在する様々な自家蛍光。
A. 植物細胞のフローサイトメトリー解析:植物細胞で観察された自家蛍光のドットプロット。細胞成分や色素が異なるため、様々なチャネルでの自家蛍光の違いが 見られる。クロロフィルなどの自家蛍光色素に固有の蛍光特性に関連するチャネルで最大の蛍光が検出されている。植物抽出物はGalbraith法 5でPBS 緩衝液を用いて調製し、フローサイトメーターCytoFLEX LX で測定。(データはUniversity College Dublin( UCD)フローサイトメトリーコアテクノロジーディレクター、Alfonso Blanco 博士より提供)
B. スペクトルフローサイトメーターで見られる未染色の固定全血サンプルのスペクトルシグネチャー。

自家蛍光はフローサイトメトリーにおける大きな課題であり、様々な研究分野でマーカー検出と定量の精度に影響を与えています。がん研究では、診断や治療の発展に重要なマーカー、特に存在量の少ないマーカーを埋もれさせてしまいます。同様に、免疫学でもリポフスチンなどによる自家蛍光が原因で免疫細胞サブセットの正確な特性評価を困難にし、免疫応答や疾患に関する研究を複雑にします。代謝活性のある幹細胞も自家蛍光が高いため、幹細胞の動態や分化経路を理解するために不可欠なマーカーの検出が自家蛍光によって妨げられています。微生物学では、特定の細菌や真菌に内在する蛍光が原因で、微生物の同定や定量が複雑になり、微生物生態学および病因の研究に影響します。植物生物学では、クロロフィルやフラボノイド類に由来する自家蛍光によって、細胞構造、光合成メカニズム、環境への植物応答の研究が妨げられます。

これらの複雑さに対処することは、蛍光による検出の方法を洗練させ、測定の正確性を高め、結果を信頼するために不可欠です。高度な測定技術の発展や、より明確に区別可能な蛍光スペクトルを持つ新しい蛍光色素の開発、研究目的に最適化されたプロトコルの確立などが、自家蛍光を軽減するために取り組まれています。コンベンショナルフローサイトメトリーでは自家蛍光を除外できないため、スペクトルフローサイトメトリーによるアンミキシングで自家蛍光を除きます。

スペクトルフローサイトメトリーでの自家蛍光の課題

スペクトルフローサイトメトリーは、各蛍光色素の蛍光スペクトル全体を幅広い波長にわたって捕捉することで、コンベンショナルフローサイトメトリーを大幅に上回る性能を提供することができる先進技術です。これは、たくさんの検出器を並べ、各蛍光体をスペクトルデータとして収集し、固有の蛍光スペクトルシグネチャーを生成することで実現します。この固有のシグネチャーを使って、マルチカラーサンプルのスペクトルデータから各蛍光分子固有のスペクトルを分離して同定します。しかし、バックグラウンドに大きく寄与する細胞内在性の自家蛍光がある場合は、スペクトルフローサイトメトリーデータの解析はややこしくなります。自家蛍光バックグラウンドがある場合、特に低発現マーカーを調べる場合やdimポピュレーションを同定する場合に、目的の蛍光シグナルの正確な検出を妨げる可能性があります(Figure 3)。その結果、目的の細胞とバックグラウンドを分離することが困難となり、このポピュレーションを実際よりも過少に見積もってしまう懸念があります。

自家蛍光が高くなると、弱い蛍光マーカーを検出する感度が低くなるため、陰性・陽性のポピュレーションを正確に同定することが困難になります6。このようなケースでは自家蛍光を適切に除かないと、陰性と陽性のポピュレーションがほとんど区別できないように見える場合があります。したがって、正確性と信頼性の高い結果を得るには、スペクトルフローサイトメトリー解析における自家蛍光の影響を軽減する効果的な方法の開発と実装が不可欠となります。

スペクトルフローサイトメトリーでの自家蛍光の共通課題の概要図

Figure 3 : スペクトルフローサイトメトリーでの自家蛍光の共通課題の概要図。
A. 様々な種類の細胞に由来する不均一な自家蛍光プロファイル。内在する蛍光体や細胞構成成分の発現レベルが変化し、自家蛍光シグナルも複数存在する。
B. 自家蛍光が高いため、弱陽性ポピュレーションとバックグラウンドの分離が困難。
C. 目的の蛍光標識と自家蛍光のスペクトルシグネチャーがオーバーラップし、シグナル干渉を引き起こす。

スペクトルフローサイトメトリーでの自家蛍光の克服と活用

自家蛍光は、細胞の特性評価に使用できる場合もあれば、フローサイトメトリーの結果の正確性に大きな影響を及ぼす場合もあります。この問題を軽減するには、自家蛍光と重複しないチャネルを選択するか、細胞の自家蛍光よりも明るい蛍光色素を使用することが考えられます。また、別のアプローチとして、検出器の電圧を下げることで自家蛍光による見かけ上の干渉を最小限に抑える方法もあります。しかし、この方法では目的の蛍光色素に対する検出器の感度も低下させることとなり、測定の精度を低下させる懸念があります。これらのアプローチは従来のバンドパスによるフローサイトメトリーでは可能ですが、スペクトルフローサイトメトリーでは原理上現実的ではありません。

      • 自家蛍光が均一なサンプルの場合:未染色細胞の自家蛍光は、固有のスペクトルシグネチャーを有しています。サンプルに固有の自家蛍光の特性を同定し、その自家蛍光のスペクトルシグネチャーを内在性色素としてパネルに追加することで、より最適化されたパネルを設計することができます。これによって、自家蛍光によるスペクトル干渉を分離し、目的のシグナルからの減算が可能となります。自家蛍光シグナルの除去後は、特定のマーカーやターゲットの蛍光を正確に解析できます。自家蛍光除去は、低発現マーカーの同定と特性評価、dimシグナルの明瞭化、低発現マーカーのばらつきやサブセット分布をより精緻に視覚化することによって、陽性ポピュレーションの分布の解像度を高めます7

      • 自家蛍光が不均一なサンプルの場合:スペクトルフローサイトメトリーでは、自家蛍光シグネチャーを正確に把握することが、染色した細胞を適切にアンミキシングして信頼性の高い結果を得るために重要です。しかし、多様な自家蛍光シグネチャーを持つ混合細胞サンプルに、1つの平均スペクトルを適用したのでは、アンミキシングは失敗となりえます。これは、様々なレベルの自家蛍光を有するタイプの細胞が複数含まれる場合に特に顕著です。

        さらに、単一のサンプルであっても、細胞はそれぞれの代謝状態、大きさ、組成、または環境からの影響が原因で不均一な自家蛍光プロファイルを示すことがあり、普遍的なコンペンセーションやアンミキシングの実行は困難です。この不均一性は、未染色の生データで高い自家蛍光として、細胞やサンプルによって各々異なるスペクトルシグネチャーを示すため、スペクトルフローサイトメトリーでの解析をややこしいものにします。このような場合は未染色コントロールを複数用いることが重要です。そうすることで、細胞タイプによって自家蛍光強度に固有のばらつきや変動があることを考慮に入れることが可能です。

        近年、スペクトルフローサイトメトリーでサンプルから複数の自家蛍光シグナルを検出する方法についての興味深い研究が発表されており7,8,9、この分野への高い関心を示唆しています。主なアプローチは、自家蛍光強度の変動が大きい複数のチャネルを使用してマニュアルゲーティングでポピュレーションを区別する方法か、アンミキシング技術の自家蛍光抽出を使用して蛍光色素やゲーティングで識別可能な各ポピュレーションの自家蛍光を表示する方法です。さらに、次元削減アルゴリズム、次にメタクラスタリングを行えば、十分なイベント数を持つクラスターにフォーカスされたより多くのゲートポピュレーションを同定できます。トータルの自家蛍光は複数のタイプの細胞が集まったものであるため、様々な未染色コントロールサンプルからの自家蛍光プロファイルを用いて解析すれば、内在性自家蛍光の高い細胞ポピュレーションを区別することができます。識別の際、自家蛍光シグネチャーの最も正確な数値と組み合わせをアンミキシングマトリックスに組み込むことができます。ユーザーは後でアンミキシングの結果をチェックして、サンプルから自家蛍光が正しく分離されたかを確認できます。

      • ターゲットとの結合時にスペクトルが変化するサンプルの場合:多くはないものの、タンデムポリマー色素など一部の蛍光色素は、結合するターゲットによってスペクトルが変化しやすいものがあります。このような場合、ビーズベースか細胞ベースのコントロールで検証を行えば、最適なアンミキシングの結果が得られます。これにより自家蛍光シグナルの同定やゲートアウトができるため、マーカー陽性ポピュレーションの検出と解析への影響を最小限にすることが可能です。

おわりに

フローサイトメトリー、特にスペクトルフローサイトメトリーにおいて、自家蛍光は蛍光シグナルの検出や定量、解釈を複雑にします。細胞の種類や成分によって異なるという自家蛍光の不均一性は、解析をさらにややこしくしています。これに対処するためには、サンプルの包括的な理解、過不足のない実験系の設計、厳格なアンミキシング、データの正確性と信頼性を向上させる適切なコントロールが要求されます。複数の蛍光体に由来する自家蛍光シグナルの区別に複数のチャネルを使用することは重要で、この点において、複数の自家蛍光シグナルを同時に処理することが可能であるスペクトルフローサイトメーターは有用です。さらに、高度なスペクトルアンミキシングアルゴリズムと適切なコントロールを用いれば、ノイズからより真に近いシグナルを分離できるため、フローサイトメトリー実験の精度と信頼性を大幅に向上させます。

参考文献

  • Monici, M. 2005. "Cell and Tissue Autofluorescence Research and Diagnostic Applications." Biotechnology Annual Review 11: 227-256.
  • Katz, M. L., and W. G. Robison Jr. 2002. "What Is Lipofuscin? Defining Characteristics and Differentiation from Other Autofluorescent Lysosomal Storage Bodies." Archives of Gerontology and Geriatrics 34, no. 3 (May-June): 169-184.
  • Donaldson, L. 2020. "Autofluorescence in Plants." Molecules 25, no. 10: 2393.
  • Takahashi, T. 2019. "Routine Management of Microalgae Using Autofluorescence from Chlorophyll." Molecules 24: 4441.
  • Galbraith D., Villalobos-Menuey E. Analysis of Plant Genome Sizes Using Flow Cytometry: A Case Study Demonstrating Dynamic Range and Measurement Linearity. Available online: https://www. mybeckman.ru/resources/reading-material/application-notes/plant-genome-size-flow-cytometry- analysis
  • Lokwani, R., R. Chaudhari, et al. 2022. "Spectral Cytometry on Highly Autofluorescent Samples." Nature Reviews Methods Primers 2: 71.
  • Jameson, V. J., et al. 2022. "Unlocking Autofluorescence in the Era of Full Spectrum Analysis: Implications for Immunophenotype Discovery Projects." Cytometry Part A 101, no. 11: 922-941.
  • Kharraz, Y., et al. 2022. "Full Spectrum Cytometry Improves the Resolution of Highly Autofluorescent Biological Samples: Identification of Myeloid Cells in Regenerating Skeletal Muscles." Cytometry Part A 101, no. 10: 862–876.
  • Peixoto, M. M., et al. 2022. "Identification of Fetal Liver Stroma in Spectral Cytometry Using the Parameter Autofluorescence." Cytometry Part A 101, no. 11: 960–969.

コンベンショナル&スペクトルフローサイトメーター
CytoFLEX mosaic システム

CytoFLEX-mosaic 
スペクトル⇔コンベンショナルの切り替えが容易
フローサイトメーターCytoFLEX S*/LXに
接続するだけのスペクトル検出モジュール

複雑な作業を簡単に
最小限のトレーニングで操作をマスターできる
ソフトウエア

信頼できるデータ
自動アンミキシングチェック等のQC機能。
FDA 21CFR Part11にも対応可能

ハイパフォーマンス
弱陽性集団や複雑な多色染色解析を可能にする
優れた蛍光感度

*CytoFLEX S V-B-Y-R シリーズのみ対応

詳細はこちら


クラウドプラットフォームサイトメトリー解析ソフトウエア
Cytobank

クラウドプラットフォームサイトメトリー解析ソフトウエア 
スペクトル・マス・コンベンショナル・その他の
 機器からのデータに対応可能

様々な機械学習アルゴリズム解析ツール
(次元削減、クラスタリング、自動ゲーティング、
データQC他)

クラウド上でデータ・解析・ファイルを
 自動保存・一元管理

ハイパフォーマンス
弱陽性集団や複雑な多色染色解析を可能にする
優れた蛍光感度

高セキュリティなデータ共有・共同作業環境

詳細はこちら

お問い合わせ