今さら聞けない マルチカラーフローサイトメトリーのコツ
~マルチカラーパネル作成方法の考え方~
1. マルチカラーフローサイトメトリーの概要
1-1. 背景
フローサイトメーターは1970年代に製品化されてから50年以上にわたり、技術発展を続けています。フローサイトメトリー技術が二択化しつつあるのは、特にこの数年の機器の進化からもご実感されていると思います。フローサイトメトリーの始まりは、複数あるコアテクノロジーのどこに着目するかで一元とはなりませんが、当社ベックマン・コールターでは、創業者の一人であるWallace Coulterが考案した「コールター原理」である、という立場をとっています。
1970年代頃から「フローサイトメーター」、「フローサイトメトリー」という名称となり、80年代のデジタル制御導入、90年代のデジタルデータへの転換、2000年から2010年の異軸方式、光軸調整の自動化やバイオレットレーザーの導入があり、そして2010年以降の新たな色素や新たな検出原理と検出器の導入と、50年以上にわたり飛躍的な増加を続けています。このような技術発展により、測定可能なカラー数は増加しており、パラメーター数20あたりまでが、いわゆる従来の蛍光フローサイトメトリー、40以上は新規要素技術が搭載されたサイトメトリー、例えばマス、スペクトル、イメージングサイトメトリー等です
1-2. マルチカラーフローサイトメトリーの特徴
①レーザー数および検出器数の多さ
広く普及しているフローサイトメーターに搭載されているレーザーは488 nm(Blue)、638 nm(Red)、405 nm(Violet)が多いですが、561 nm(Yellow)や375 nm(NearUV)、355 nm(UV)、808 nm(Infra-Red)が搭載された、4レーザー以上のモデルも増加しています。これに伴い検出器の数も増加しており、当社のCytoFLEXファミリーですと、4レーザーモデルで最大13カラー、6レーザーモデルで最大21カラーの検出器が搭載されています。マルチカラー測定が発展した理由の一つとして、同軸レーザーから異軸レーザーへの技術移行が寄与していると考えられます。同軸レーザー方式は流れてくるサンプルに対して、複数のレーザーを単一の光軸に統合し、同時に細胞に照射します。細胞を複数のレーザーで同時に励起し、その蛍光を一つの検出系で検出するため、波長の近い蛍光色素は同時に使用できず、チャンネル数を増やすことはできません。一方、異軸レーザー方式は、流れてくるサンプルに対してレーザーが順番に照射され、レーザーごとに独立した検出器で検出します(Fig.1)。そのため蛍光の漏れ込みが低減され、検出チャンネル数を増やすことが容易になり、現在多くのフローサイトメーターで異軸方式が採用されています。
Fig.1 同軸レーザー方式(左)と異軸レーザー方式(右)
②蛍光色素の選択の幅の広さ
レーザー数と検出器数の増加に伴い、使用可能な蛍光色素の種類は増え続けています。当社では、これまでの蛍光色素よりも高い輝度を示し、非特異的染色を抑えることが可能となる新規蛍光色素であるSuperNovaシリーズも登場しています。また、蛍光標識された抗体試薬のラインアップも増え続けており、ご使用の機器や実験の目的に沿った蛍光色素とマーカーを選択することが可能となっています。
③機器設定の最適化の重要性
マルチカラーフローサイトメトリーにおいて、感度設定や蛍光補正値はデータの品質に直結するため、重要な要素です。Fig.2は従来の検出器であるPMT(PhotomultiplierTube, 光電子増倍管)とより高感度なAPD(AvalanchePhotodiodes)検出器の感度設定値と平均蛍光強度の関係性を示しており、PMTの場合では、感度を上げると非線形性に蛍光強度が増加しますが、APDでは線形性に蛍光強度が増加することがわかります。もし測定対象のマーカーの発現量が低く陽性/陰性集団の分離度が弱い場合、PMTが搭載された機種では、2つの集団を分離できる最適感を経験的に探索する必要があります。一方、APDが搭載された機種では、直線性の範囲内であれば陽性/陰性集団は最大の分離度を保っているため、最適感度の探索の必要性が無くなります。よって、APD搭載機器におけるマルチカラーフローサイトメトリーは、感度設定の点において有利であると言えます。
Fig.2 感度設定値 VS 平均蛍光強度
1-3. マルチカラーフローサイトメトリーの利点と課題
以上の特徴を踏まえ、マルチカラーフローサイトメトリーの利点としては、①レーザー数および検出器数が多いことにより、1回の測定で同時に複数のパラメーターを解析可能であること、②複数のパラメーターにより、複雑な細胞サブセットの同定が可能であること、③ 1 回の測定で得られる情報量が多いため、測定数や検体量が少なくて済む、ということが挙げられます。一方、課題として、パラメーター数が増えれば増えるほど、パネルデザインやコンペンセーションの調整、感度の設定が複雑化する、ということが挙げられます。実際、これらに関連するお問い合わせを多くいただいているのが現状です。次の章でそれらの設定ついて詳しく解説します。
2. 蛍光色素の選択方法
マルチカラーフローサイトメトリーの実践において重要な要素の一つが、適切なパネル設計です。ここでは蛍光色素の選択方法を踏まえながらパネル設計のコツについてご説明します。
2-1.蛍光とは?
蛍光とは、物質に溜まったエネルギーが光として放出される現象です。蛍光色素にレーザーが当たると、光の持つエネルギーが蛍光色素に吸収されます。すると、蛍光色素分子は安定したエネルギー状態の基底状態から一時的に高いエネルギー状態である励起状態になります。励起状態は不安定なため、分子はエネルギーを放出して安定な基底状態に戻ろうとします。この時、差分のエネルギーの一部を熱として放出し、残りを蛍光として放出します。放出された蛍光はエネルギーを放出しているため、レーザー光よりエネルギーが低く、長波長になります。Fig.3のFITCの励起と蛍光スペクトルを例にあげると、FITCは488 nmのレーザーで励起されますが、蛍光波長はより長波長の525 nm付近となります。この時、Aが最大励起波長、Cが最大蛍光波長、差分であるBはストークスシフトと呼ばれます。ストロークスシフトが異なる複数の蛍光色素を用いることで、一つのレーザー光源によって励起される蛍光色素の数を増やすことができ、多チャンネルのマルチカラー解析を容易にすることができます。
フローサイトメトリーで使用する蛍光色素には、大別するとシングル色素とタンデム色素があります。シングル色素は一つの蛍光物質からなる色素でFITCやPE、PerCP、 APCなどがあります。比較的安定した色素で、各メーカーから多くの蛍光標識抗体が販売されています。タンデム色素は2つの蛍光物質をカップリングした色素で、PEにCy5やCy7が結合したPC5やPC7、APCにAPC-Alexa Fluor700が結合したAPC-Alexa Fluor700などがあります。タンデム色素は、1番目の蛍光色素がレーザーで励起され、最大エネルギー状態に達すると、そのエネルギーが2番目の蛍光色素に移動します。これにより、2番目の蛍光色素が励起され、1番目の色素より波長の長い蛍光を発します。 タンデム色素を利用することにより、一つのレーザー光で多くの蛍光を用いたマルチカラー測定が可能となります。
Fig.3 ITCの励起と蛍光スペクトル
2-2.蛍光色素選択方法のコツ
①各蛍光色素の蛍光強度を把握
Fig.4は同一クローンの抗CD8抗体にて、当社の各蛍光色素の明るさを比較したものです。同じCD8でも、用いた蛍光色素によって蛍光強度が異なることが分かります。
蛍光色素の輝度を数値で表す場合には、シグナルノイズ比(SN比)やStain Indexといった指標があります。シグナルノイズ比は「positive集団のMFI÷Negative集団のMFI」で求められます。MFIはMean Fluorescence IntensityもしくはMedian Fluorescence Intensityの略で、各集団の平均値もしくは中央値を示します。Stain Index は「(positive 集団のMFI - Negative 集団のMFI)÷Negative集団の標準偏差×2」で求めることができ、シグナルノイズ比より、Negative集団のばらつきを考慮して輝度を算出することができます。シグナルノイズ比とStain Indexはどちらも数値が高いほど輝度が明るいということを示します。蛍光色素の輝度は機器の光学フィルタ構成や蛍光色素の種類によって多少異なりますので、一度ご使用の機器と蛍光色素で輝度をランク付けしてみるのも良いかもしれません。
②蛍光漏れ込みの多い/少ないチャンネルの組合せを把握
蛍光漏れ込みとは、目的の蛍光色素の検出器に目的外の蛍光色素からの光が入り込んで偽陽性となることです。漏れ込んだ蛍光を差し引いて、目的の蛍光色素からの光だけになるよう、数学的な補正を加えることを「蛍光補正」または「コンペンセーション」といいます。Fig.5[上]は緑がFITCで、黄色がPEを示していますが、FITCの蛍光波長の裾野がPEの検出器に入り込んでいることが分かります。これがFITCからPEへの「漏れ込み」です。これをドットプロット(Fig.5 [ 下])で見ると、FITC陽性集団がPEの領域に入り込み偽陽性となっています。これに蛍光補正をかけると、Fig.5 右下の図のように漏れ込みを補正することができます。蛍光漏れ込みの多い、または少ない組合せを把握しておくことで、マルチカラーパネルを構成する際に漏れこみやすい組合せを避けるといった戦略をとることができます。
Fig.6はBlue、Red、Violetレーザーで励起される10カラーを用いたときの蛍光補正値のヒートマップになります。一番右側に凡例を示しておりますが、濃い赤色は蛍光漏れ込みが多い、濃い緑色は蛍光漏れ込みが少ないことを示しています。青色で囲った部分がBlueレーザー、赤色がRedレーザー、紫色がVioletレーザーで励起されるチャンネルとなりますので、同一レーザー内で蛍光波長が近い検出チャンネル同士で蛍光漏れ込みが多いということがお分かりになるかと思います。特にBlueレーザーのPE、ECD、PC5.5、PC7や、RedレーザーのAPC、APC-A700、APC-A750はお互いに漏れ込みが発生しやすい組合せのため、パネル構築の際は注意が必要となります。また、異なるレーザー間のチャンネルでは漏れ込みが全く無いというわけではありません。例えば、黒の点線で囲った箇所のように、PC5.5はRedレーザーでも励起され、蛍光波長の近いAPC-A700やAPC-A750のチャンネルでも検出されるため蛍光補正が必要となります。ここで、蛍光色素の組合せの注意点です。PE-Cy5はBlueレーザーで検出する方が多いかと思いますが、実はCy5がRedレーザーで励起され、APCの波長とかぶります。そのため、PE-Cy5とAPCの併用はお勧めいたしません。
Fig.6 蛍光補正値ヒートマップ
③抗原発現量と蛍光色素の組み合わせ
低発現マーカーは明るい蛍光色素と、高発現マーカーは比較的暗めの蛍光色素と組み合わせるようにします。Fig.7をご覧いただくと、抗原発現量の少ないCD25の場合、輝度の明るいPE、中程度のFITC、比較的暗めのPacific Blueを用いた場合で、CD25の染色パターンや陽性率が異なります。特にPacific Blueでは陽性/陰性集団の分離がよくないため、CD25陽性集団が正確に検出できておりません。一方で、抗原発現量が多めのCD20の場合、いずれの蛍光色素においても染色パターンや陽性率は特に変化しないことを示しています。しかしながら、明るい色素に高発現マーカーを組み合わせると、蛍光強度が強くなり漏れ込みの原因となるため、なるべく避けた方がよいと考えられます。よって、パネル構築の際は、低発現マーカーはPEのような明るい蛍光色素と、高発現マーカーはPacific Blueのような比較的暗めの蛍光色素と組み合わせるようにします。そのためには、各マーカーの抗原発現量を把握する必要があります。簡単な確認方法として、抗体試薬の取り扱い説明書や各メーカーのwebサイトに、発現パターンの図が掲載されており、陽性/陰性集団の分離度合いを大まかに把握することができます。他にも、使用のマーカーに合った文献を探していただくのもよいかと思います。
Fig.7 CD25とCD20を蛍光強度の異なる3色で染色
蛍光スペクトルアナライザー
当社Webサイトに蛍光色素の漏れ込みを確認するためのツールをご用意しています。
- ① ご使用のフローサイトメーターの機種を選択します。該当機種が無い場合、カスタムを選択するとレーザーを追加することができます。
- ② 検出したい蛍光色素を選択すると、上部に励起と蛍光スペクトルが表示されます。
- ③ ご使用の機種に合った光学フィルタを選択することで、各蛍光色素の漏れ込み具合を確認できます。
④発現パターンを考慮する
漏れこみやすいチャンネルの組合せには、共発現するマーカーは使わないようにします。ダブルポジティブの分画が、コンペンセーションに依存してしまうためです。Fig.8の通り、T細胞のマーカーであるCD3とCD4は共発現しますので、蛍光漏れ込みの起きやすいFITCとPEの組み合わせはなるべく避けた方がよいと考えられます。同様にT細胞のマーカーであるCD3とCD8は共発現しますが、FITCとPC7は蛍光漏れ込みが少ないため良い組合せといえます。また、CD4とCD8のように基本的に共発現が無い組合せですと、PEとPC7のような大きく漏れこむ組み合わせでも問題ないといえます。このように発現パターンを考慮してパネルを構成するのもテクニックの一つとなります。
Fig.8 発現パターン
⑤その他のコツ
ダンプチャンネルを設定するというものがあります。ダンプチャンネルとは不要なマーカーをまとめたチャンネルで、例えば、死細胞除去試薬や目的外の細胞のマーカーを一つのチャンネルにまとめます。そうすることで、ダンプチャンネルでは陰性集団が目的の細胞集団となり、そちらにゲーティングし解析するため、他チャンネルへの蛍光漏れ込みを気にする必要がなくなります。そのため、PC5やPerCP-C5.5のような他チャンネルへの影響が大きい蛍光色素をダンプチャンネルに設定するのがお勧めです。このチャンネルでの死細胞除去試薬は7AADが使えます。
次に、各レーザーの最も長波長のチャンネル、例えばPC7やAPC-A750には、抗原発現量の多いものを割り当てるといったテクニックがあります。基本的に蛍光の漏れ込みは長波長側に漏れこむという性質があります。PC7やAPC-A750のような各レーザーの最も長波長側のチャンネルには、同一レーザー内ではそれ以上漏れこむチャンネルがありません。そのため、抗原発現量の多いマーカーを割り当て蛍光強度が高くなってしまったとしても、他のチャンネルへの蛍光漏れ込みの影響を気にする必要がなくなります。
ここまでお伝えした全てのコツがあてはまるようにマルチカラーパネルを構築するのは非常に難しいかと思います。最も優先的に考慮していただきたいのは、低発現マーカーは明るい蛍光色素と、高発現マーカーは暗めの蛍光色素と組み合わせるということです。それを実施し、大まかにパネルが決まりましたら、他のコツも考慮していただければと思います。
3. フローサイトメーターの機器設定
3-1.感度調整方法
感度が低い場合は、陽性と陰性集団の間隔が狭くなり、弱陽性集団が正確に検出できません。感度が最適の場合は、陽性と陰性集団の分離が良く、弱陽性集団の弁別が可能となります。感度が高い場合は、陽性と陰性集団の分離は良く、弱陽性集団の弁別も可能ですが、陰性集団のばらつきが大きくStain Indexは下がってしまいます(Fig.9)。また陽性集団が測定レンジを超えてサチュレーションしてしまった場合は、陽性集団を正確に検出できないため感度を下げる必要があります。感度を決定する際は、陽性と陰性集団の分離が良くなる最適値を探索する必要があります。
Fig.9 蛍光チャンネルの感度調整
3-2.コンペンセーションの調整方法
Fig.10はFITCの単染色の結果をFITCの蛍光強度を横軸、PEの蛍光強度を縦軸で示しています。蛍光補正が不足している状態では、FITC陽性集団がPEの領域に入り込んでしまっているのが分かります。この時のFITCとPEのコンペンセーション値は25.83%ですが、29.47%へ増やすと、FITCからPEへの漏れ込みが解消されています。コンペンセーションを調整する目安ですが、陰性集団のMedian値と陽性集団のMedian値が同じくらいになるように調整します。中央の図の場合、陰性集団のMedianが915.7で陽性集団のMedianが911.6と同程度なので、コンペンセーションが適正といえます。コンペンセーションが過剰となった場合は、右の図のように陽性集団が軸に貼りついてしまい正確にゲーティングできないため、この状態は避ける必要があります。
Fig.10 コンペンセーションの調整
3-3.スプレッド
マルチカラーで蛍光補正を実施すると、集団が広がってしまうご経験がある方は多くいらっしゃるかと思います。この蛍光強度の増加に伴い、集団がラッパ状に広がる現象をスプレッドと呼びます。スプレッドが発生する理由は、蛍光漏れ込みが大きいものを無理やり蛍光補正することで集団が広がってしまうと考えられます。また、ダブルポジティブ集団が出現するマーカーの組み合わせにおいて、もしスプレッドが発生すると、ダブルポジティブ集団とスプレッド集団との分離度が悪くなるため、スプレッドは発生させないようにする方がよいでしょう。スプレッドの発生しやすい組合せは、蛍光漏れ込みの大きい組合せとも言えますが、PEとPC5.5、PC5.5とPC7、ECDとPC5.5、APCとAPC-A700などです。特にPC5.5はスプレッドが発生しやすいので注意が必要です。
スプレッドが発生した時の対処法① 漏れこまれているチャンネルの感度を下げる:
Fig.11は、横軸PE、縦軸ECDの蛍光強度で展開しており、PE陽性集団のスプレッドが発生しているプロット図となります。PEからECDへの蛍光漏れ込みが大きいことによりスプレッドが発生していますので、蛍光漏れ込みを低減できればスプレッドも低減させることができます。蛍光漏れ込みを低減するには、漏れこまれている側、Fig.11ですとECDの感度を小さくすれば蛍光漏れ込みが小さくなりスプレッドも低減されます。しかしながら、感度を下げると陽性/陰性集団の分離度が下がる場合もあるため、Stain Indexが下がらない程度に感度を下げていただければと思います。
Fig.11 PE陽性集団のスプレッド(左)
ECD感度調整後 (右)
スプレッドが発生した時の対処法② 抗体のタイトレーション:
抗体を希釈していくにつれ、スプレッドが低減されていきます。しかし、抗体添加量を少なくすると陽性/陰性集団の分離度が下がる場合もあるため、適切な希釈率をご使用される抗体で検討していただくのがよいでしょう。また、研究用か臨床検査用などの用途、ヒトやマウスなどの生物種、抗体の種類によってはタイトレーションをお勧めしない場合もあります。
スプレッドが発生した時の対処法③ FMOコントロール:
もし感度調整や抗体のタイトレーションを実施してもスプレッドが低減されない場合は、FMOコントロールを用いて陽性集団・陰性集団の境界線を判断することもできます。FMOコントロールとは、サンプルに添加する全ての蛍光色素から一つの蛍光色素を除いて染色したコントロールサンプルです。
Fig.12[左]から未染色コントロール、中央がPC7のFMOコントロール、一番右が全部の蛍光色素で染色した全染色サンプルを示します。全染色サンプルのようにPC5.5陽性集団がPC7側にスプレッドを発生していると、陽性・陰性集団のゲーティングをどこにすればよいか判断に迷うことがあるかと思います。その場合は、PC7のFMOコントロールを準備すると、スプレッドや他の蛍光色素からのバックグラウンド上昇の影響を考慮して、陰性集団の位置を確認することができます。すると、真の陽性集団の位置を確認することができ、未染色コントロールでは、他の蛍光色素からのバックグラウンド上昇の影響が考慮されていないため、この場合は陽性・陰性の境界線を判断するには不十分といえます。
Fig.12 FMOコントロール
4. 10カラーパネルの実践例
4-1.マルチカラーフローサイトメトリーのワークフロー
まずはじめにご使用の機器の光学構成を確認し、使用できるパラメーターを把握します。そして実験の目的に沿ったパネルを構築します。ここからは機器操作ですが、感度を設定したらネガコンと単染色サンプルの測定を実施し、それらのデータからコンペンセーションを設定します。その設定した条件でマルチカラーサンプルを測定し、データを確認します。調整が必要かどうか検討し、必要なければ測定完了、データ解析を実施します。調整が必要な場合は、まずはコンペンセーションの再調整を実施します。コンペンセーションの再調整のみでデータも妥当性が確認できるのであればデータの再取得は必要ありません。もしコンペンセーションの再調整のみでデータの妥当性が確認できない場合は、感度の再設定、ネガコン、単染色の再測定、コンペンセーションの再設定、マルチカラーサンプルの再測定が必要となります。もし感度を変更して再測定しても、まだデータが思わしくない場合は、パネルの再構築を実施し同様に再測定を実施していきます。
4-2. 10カラーパネルの設計の例
実践例としてFig.13に示す10種類のマーカーを、蛍光色素と組み合わせて10カラーパネルを構築します。まず、測定したいマーカーを、抗原発現量を少なめ、多め、中程度に分類します。その中から絶対に測定したい大事なマーカーを選び、優先的に蛍光色素と組み合わせていきます。今回は Kappa、Lambda、CD34の3つを大事なマーカーとして設定します。それぞれ抗原発現量少なめのもののため、なるべく明るい色素から選択したいところですが、KappaとLambdaは慣習的にFITCとPEの組み合わせで測定することが多いのでここに割り当てます。CD34は明るめのAPCに割り当てます。
次に、残りの発現量少なめのCD10とCD56から割り当てます。これらは明るめのPC7とPC5.5に割り当てます。次に発現量多めのものを暗めの色素から割り当てます。CD3とCD45を暗めのPBとKrOに割り当てます。CD19をモデレートなECDに割り当てます。最後に発現量中程度のCD5とCD20をAPCA700とAPCA750に割り当てます。
今回お話ししたパネル構築のセオリーから外れてしまうこともありますが、抗原によっては蛍光色素の種類が少ない場合もあるため臨機応変にパネルを組み合わせてください。
Fig.13 10カラーパネルの設計例
4-3.機器設定に必要なサンプル
①ネガティブコントロールサンプル
ネガティブコントロールには未染色コントロールもしくはアイソタイプコントロールがあります。未染色コントロールは、何も染色していないため、細胞の自家蛍光レベルを確認できますが、抗体の非特異結合のレベルを検出することはできません。アイソタイプコントロールは、免疫グロブリンを持ちながら目的タンパク質に対する特異性を欠いた抗体で染色するため、抗体の非特異結合のレベルを検出することができます。マルチカラーの場合には、抗体の非特異レベルもより上がりやすいので、アイソタイプコントロールをご使用いただくことをお勧めします。
②各蛍光色素で一色ずつ染色した単染色サンプル
これらのサンプルはコンペンセーション調整のために用いるため、陽性集団・陰性集団の分離度が良く、陽性細胞が集団として認識できる程度のイベント数が得られることが条件となります。希少なポピュレーションを対象としたマーカーで陽性イベント数を十分取得できない場合は、他のマーカーを用いて単染色サンプルをご準備いただいても問題ありません。
③マルチカラーで染色したサンプル
先ほどの10カラーパネルで測定するときは、ネガティブコントロールサンプルと、10本の単染色サンプル、マルチカラー染色サンプルの合計12 本が必要となります。とはいえ、測定するサンプルの細胞数が十分に得られない場合などにネガティブコントロールや単染色サンプルが準備できない時もあるかと思います。その場合は、様々な動物種の抗体およびアイソタイプをキャプチャできるコンペンセーション用ビーズを細胞の代わりに使用できます。
4-4.サンプルの測定
サンプルが準備できたら、まずはネガティブコントロールから測定していきます。全てのパラメーターの組み合わせの二次元プロットを展開し、四分割ゲートを設定しておくと蛍光補正しやすいです。感度調整はネガティブコントロールの時点では大まかで構わないので、陰性集団が四分割ゲートの左下の領域に入るように合わせます。後に単染色サンプルを測定して必要に応じて感度を微調整することになります。
次に単染色サンプルを順番に測定していきます。もし単染色を測定して陽性・陰性集団の分離度が良くない場合や、陽性集団がサチュレーションしている場合は感度を調整し、ネガティブコントロールから測定し直します。Fig.14はFITCの単染色サンプルを測定したプロット図を示します。この時、赤丸で囲ったFITCからPEへの漏れ込みが発生しています。またFITCからPEの漏れ込みが発生していることにより、緑色で囲ったPE偽陽性の集団も出現しています。これにコンペンセーション値26.34%を適用すると、赤丸で囲ったFITCからPEの漏れ込みが解消されます。同時に一番右の緑色で囲ったPE偽陽性の集団も解消されます。次にPEの単染色も測定していきます(Fig.15)。
Fig.14 FITCの単染色サンプルの測定
Fig.15 PEの単染色サンプルの測定
コンペンセーション前ですと、赤丸で囲ったPEからFITCへ少し漏れ込みがあり、中央のプロットの緑の丸で囲った部分にFITC偽陽性の集団がいるように見えます。これにPEとFITCのコンペンセーション値0.67%を適用すると、赤丸で囲ったPEからFITCの漏れ込みが解消されています。同時に中央の緑色で囲ったFITC偽陽性の集団も解消されています。
同様にAPCの単染色を測定していきます(Fig.16)。APCはFITCとPEへの漏れ込みは見られないようですので、特にコンペンセーションの調整は必要としません。この要領で10カラーの単染色サンプルの測定を繰り返し、コンペンセーションを設定していきます。
Fig.16 APCの単染色サンプルの測定
全ての単染色サンプルを測定し、コンペンセーションが調整できたら、いよいよマルチカラーサンプルを測定していきます。マルチカラーサンプルを測定すると、単染色で合わせたコンペンセーションと微妙合わないことがありますので、最後に必ずコンペンセーションの確認、微調整を行います。パラメーター数が多くて大変ではありますが、全てのパラメーターの組み合わせの二次元プロットを展開し、コンペンセーションの確認と微調整を行います。もし蛍光補正がうまくいかず、スプレッドが発生するときは、感度が高すぎることがあるため、漏れこまれているチャンネルの感度を下げると解消されることがあります。それでも解消されない場合は、抗体試薬のタイトレーションを実施し、漏れ込みを低減させます。それでも解消されない場合は、パネルの組み合わせ変更をご検討ください。
スプレッドが起きやすい組合せには、共発現しないマーカー同士を組み合わせます。共発現しないマーカーでスプレッドが発生している場合は、ダブルポジティブとの分離を気にする必要がありませんので、スプレッドはさほど気にしなくても問題ありません。どうしてもスプレッドが直らない場合は、全ての蛍光色素から一つの蛍光色素を除き、染色したFMOコントロールを用いてスプレッドとダブルポジティブ集団のゲート位置を確認するとよいでしょう。
マルチカラーフローサイトメトリーでは数回の修正は前提と考え、うまくいかない場合は感度調整、コンペンセーション調整、パネル変更を繰り返していく必要があります。また、パネルの設計はデータの品質に直結するため、パネルを変更することで漏れ込みが解消されるということもあります。パネルの変更は手間と時間がかかりますが、総合的に見れば短時間でマルチカラー測定が完了できることもありますので、データが思わしくない場合は早めに判断して変更することをお勧めいたします。
Fig.17 マルチカラーフローサイトメトリーのワークフロー
コンペンセーション用ビーズ
VersaComp Antibody Capture Bead Kit
- ・サンプルの代わりに使えるため、貴重なサンプルを消費しません。
- ・サンプルの抗原発現量に依存しないため、レアなポピュレーションを対象とした抗体でも使えます。
- ・細胞に近い低い自家蛍光レベルを示すため、正確に蛍光補正ができます
5. マルチカラーフローサイトメトリーのためのソリューション
5-1.フローサイトメーターCytoFLEX ファミリー
CytoFLEXファミリーは、最適なレーザー励起と蛍光検出系により少ない光ロスと高感度を実現したフローサイトメーターです。検出器にAPDを使用することで、実験に合わせてゲイン値を変更しても、自動的に蛍光管のコンペンセーション値を最適化することができます。初心者からエキスパートまでのあらゆる研究者が容易にマルチカラー解析を行えるよう、直感的なソフトウエアを備え、マルチカラー解析を加速します。
5-2.ドライ抗体試薬DURAClone
もしパネルを設計することが難しいと感じられる場合は、既に抗体試薬がミックスされたキットを使用することもご検討ください。当社ではDURACloneという製品名で販売しており、プレミックスされた抗体が乾燥状態でチューブ底部にコーティングされています。
抗体パネルは専門家とともに抗体の組み合わせを徹底的に検証して開発しております。Fig.18に示す通り、免疫系研究のためのパネル以外にも、幹細胞や希少なアブノーマル細胞の同定や特性評価のためのパネルも取り揃えております。もし皆さまのご研究に沿ったパネルがあればご検討いただけますと幸いです。
Fig.18 ドライ抗体試薬DURACloneパネル
5-3.ハイパラメータ解析のための解析ソフトウエア Cytobank
サンプルの測定が完了すると、次にデータ解析という大仕事が待っています。パラメータ数が増えれば増えるほどデータ解析はより複雑となり、またバイアスの影響を受けることがあります。仮に20カラー用いて測定した場合、二次元で展開した際の組み合わせは20×19÷2で190通りとなり、一つずつデータを確認していくのは大変です。そこで近年、ハイパラメータのデータに対して機械学習を利用し次元削減を用いた解析手法がよく行われています。ハイパラメータを次元削減による2次元ビジュアライズができ、類似性の高い細胞はランドを形成し視覚的に分類が可能となります。当社ではクラウドベースのサイトメトリー解析ソフトウエアCytobankでFig.19に示したtSNEとFlowSOM以外にも機械学習による様々な解析アルゴリズムが実装されております。機械学習アルゴリズムでの解析のみならず、論文や外部発表に必要な生データから統計検定までの様々なツールが実装されており、自動化だけでなく、データ解析ワークフローの作業効率および信頼性の向上を一貫して追求しております。
Fig.19 tSNEとFlowSOM解析例
※本記事は2023年8月に実施しましたWebセミナーを書き起こしたものです。



