超遠心法によるウイルス精製の基礎

国立大学法人 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科
分子疫学分野

中込 治 教授

近年、ウイルス研究において、サンプルから市販キットを用いてゲノムの精製・解析を行い、ウイルスを同定するといった方法がスタンダードとなっています。過去の研究からどのウイルスがどのゲノムを持っているかが確立しているため、そのままの雑多な状態からでもウイルス同定ができます。しかし、ウイルスの性状を詳しく調べたいなどの目的で、ウイルス粒子の中にどのようなゲノムが存在するのかを調べるためには、まずウイルス粒子を高純度に精製する必要があります。弊社宛てにも、超遠心法によるウイルス精製について詳しい情報が欲しいという問い合わせが増加傾向にあることから、超遠心法を用いたウイルス精製にお詳しい長崎大学教授 中込 治 先生に「超遠心法によるウイルス精製の基礎」について伺いました。

 

 

先生の研究の背景を教えてください

私の専門はロタウイルスの分子疫学です。1970年代に至るまで乳幼児の下痢症のほとんどの原因はウイルスかどうかも含めて不明でした。1973年のロタウイルスの発見によって下痢症による小児科病棟の入院患者の半分がロタウイルスによることだと分かりました。これは、画期的な発見でした。ワクチンは紆余曲折を経て2006年に完成し、日本でも2011年以降使われています。現在、定期接種にするかどうか厚生労働省で検討しているところです。

ロタウイルスは11本からなる2本鎖のRNAをゲノムとするエンベロープのないウイルスです(Fig.1)。ほかのRNAウイルスと同様に、高速で進化し、また、ゲノムの多様性に富んでいる上に、ヒトばかりではなくいろいろな哺乳動物や鳥類にも感染します。1980年代に私たちが、動物ロタウイルスがヒトに感染し発病することを初めてゲノムレベルの分子疫学的方法により発見しました。ロタウイルスがヒトやほかの動物を宿主としながら、どのように進化し、また、感染を広げてきているのかを解明するのが研究の根幹です。そして、ワクチンの使用により、どう変化していくのかも調査しています。このような研究が、ウイルスゲノムを調べる分子疫学という学問になります。

Fig. 1. ロタウイルス粒子の構造とゲノムRNA
左:インタクトな粒子は赤と黄色のタンパク質からなる最外殻を持ち3 層構造をしているのでTriple-layered particle (TLP)と呼ばれ、これが剥離すると表面が青色のタンパク質からなる2層構造のDouble-layered particle (DLP)となる。
右:ロタウイルスのゲノムRNAは電気泳動で特徴的なパターンをもった11本の分節に分離される。

ロタウイルス粒子の図はBaylor医科大学Prasad教授のご好意によりご提供

 

超遠心法の必要性について教えてください

正統なやりかたでは、ウイルスゲノムを抽出するにあたって、まずウイルス粒子を精製します。その上で、粒子から抽出したウイルスゲノムの解析を行います。この過程で、超遠心法によるウイルス精製が重要な役割を果たします。その意味はお分かりでしょうか。ウイルス粒子を精製することによって、ウイルス粒子の中に存在するゲノムを扱っていると初めて確信できるからです。現在では、検体を精製することなく、いきなりゲノムを抽出して解析することがほとんどです。それは、ロタウイルス粒子の中にどんなゲノムが存在するか知っており、また、逆にロタウイルスに特徴的なゲノム(Fig.1, 右)が存在すれば、それはロタウイルス粒子の中に存在することを疑いのない大前提としているからです。しかし、感染細胞の中でどのような宿主細胞内小器官あるいはウイルスタンパク質とゲノムが会合しているかというような問題を扱おうとすると、これからお話しする超遠心法が必要になります。

また、新しいウイルスなどを研究する場合は、本当にそのウイルス粒子の中に、そのゲノムがあるのかということを調べる必要があります。このような場合にも、超遠心法による精製を行う必要があります。このため、超遠心法にかかわる浮上密度や、大きさ、沈降係数(Svedberg値、S値)がどれくらいかという情報が、ウイルス学の一番の基本となっています。これらの基本情報を、ウイルスの物理化学的な性状と呼んでいます。

 

ウイルスの超遠心法による精製の概要について教えてください

私たちが患者さんからロタウイルスを精製するにあたって、ウイルスと分離しなければいけないものは、細胞内小器官や生体高分子などのあらゆる粒子です。これらの粒子は様々な大きさと密度を持ちます。超遠心によるウイルスの精製は、“粒子のS 値に影響されるショ糖密度勾配遠心法”と“粒子の溶媒中における浮上密度(buoyant density) 影響される塩化セシウム密度勾配平衡遠心法(density equilibrium ultracentrifugation)”との組み合わせを使って、いわばほかの粒子が来ないような間隙を使うところにあります。Fig.2にBanding Density (密度勾配遠心時にバンドができる密度) とS値の関係を示しました。ミクロソームやリボソームなどのいろいろな細胞内粒子のちょうど間隙に、ウイルスが位置します。ウイルスは、タンパク質(浮上密度がだいたい1.3 g/cm3)、核酸(浮上密度がだいたい1.7 g/cm3)の複合体なので、浮上密度が1.35 ~ 1.4 g/cm3になります。その一方で、ウイルスの大きさはS値が100 ~ 1000 S のところに来ます。ミクロソーム画分のS値はウイルスと重なりますが(横軸)、密度による分離が可能です(縦軸)。このため、ショ糖や塩化セシウムなどの密度勾配超遠心法を使って分離します。ウイルス画分がミクロソーム画分より密度が大きいのは、核酸が入っているからです。また、ウイルスのサイズが大きいとS値が大きくなります。この2つのパラメータを組み合わせて精製するのが超遠心法ですので、物理化学的性状と密接にかかわることが解ります。

Fig. 2. ウイルス/細胞小器官の密度およびS値1)

 

この物理化学的性状を肌感覚で磨くためにも、遠心機というものが非常に重要です。電子顕微鏡で観察した大きさも確かにそのとおりなのですが、もし新種のウイルスがある場合には、遠心してどこに落ちてくるかというような感覚が重要になってきます。例えば、中型で100 nm程度のインフルエンザやロタウイルスは、高速冷却遠心機 Avantiクラスを用いて1万数千回転ぐらいで一晩回せば落ちます。しかし、ノロウイルスは30 nm程度なので、Avantiクラスでは落ちず、超遠心機 Optimaクラスが必要になります。もし、Avantiクラスで30 nmの粒子を落とそうと思ったら、塩析などの操作をして容量を減らしてから精製します。

また、どれだけの容量(出発材料)を処理できるかという観点からすると、分別遠心法(通常のペレティング)、クッション法、密度勾配法の順序に処理できる容量が小さくなります。具体的に言うと、クッション法はチューブの60 ~ 70%サンプルを乗せられますが、密度勾配遠心の場合は10~15%ほどの容量になります。このため、密度勾配法を用い、粒子の行動特性を知った上で、より多くの容量を処理できるようにクッション法を使用します。例えば、ロタウイルス粒子は30%ショ糖の層は通過しますが、70%のショ糖の層は通過しないので、30%と70%のショ糖の界面にウイルスを濃縮することができます(Fig.3)。

Fig. 3. ロタウイルス精製


具体的なウイルスの超遠心法による精製について教えてください

固定角ロータとスウィングロータの使い分け

固定角ロータとスウィングロータの絶対的な使い分けはないと思います。一般的には同じ遠心力を出せるロータ同士を比べると、固定角ロータの方が処理できる容量が大きいこと、および取扱いやすいことから、固定角ロータを使います。しかし、SW 32 Tiのようなバケットをロータの上から落とし込むようなトップローディング型のスウィングロータが開発されたので、扱いやすさの違いはなくなったと言えます。スウィングロータはチューブに蓋をする必要がないので、むしろスウィングロータの方が取扱いが楽とも言えます。

密度勾配遠心法でできたバンドをきれいに取ろうとすれば、絶対的に有利なのはスウィングロータです。固定角ロータでは、どうしても壁面にペレットが尾を引きますので、気にする人は気にするようです。特に最近は、解析する手法もリアルタイムPCRなど検出感度が上がっているので、以前はほとんど気にしなくても済んだようなレベルのコンタミネーションにも配慮する必要がでてきました。

つまり、容量が必要な場合は固定角ロータを選び、コンタミネーションを気にしたくない場合はスウィングロータを選択するのが良いと思います。


サンプル準備から粗遠心

培地からのロタウイルスの精製を例にとりお話しします。培地からウイルスをとろうとすると、収量の関係からスタートボリュームがどうしても1 Lくらいになってしまいます。そのため、まずは高速冷却遠心機である程度濃縮してから、フロア型超遠心機でスウィングロータ SW 32 Ti、SW55 Tiを用いて濃縮・精製するというステップになります。Fig.3に、私たちが行っている培地からのロタウイルス精製プロトコールを示しました。まず、1 Lの培地を6本に分け、固定角ロータ JA-14を用いて15,000 xg,10分間遠心処理して、細胞片を除きます。このステップは省略しても構わないのですが、このステップを踏まないと次の段階のクッション法による超遠心処理の際に不純物が多くなります。前処理をやればやるほど、後の操作が楽になる、つまり、きれいになります。また、不純物が多いと、不純物にウイルスが巻き込まれるため、収量も減ることが懸念されます。次に、細胞片などを除いた上清をさらに、固定角ロータ JA-14を用いて30,000 xg, 14~16時間遠心処理を行います。Overnightで安心して遠心できるのは、やはりベックマンだなと思います。急ぐときは超遠心機を用い、固定角ロータ Type 45 Tiであれば1回300 mL処理できますので、30,000 rpm/2時間、あるいは40,000 rpm/1.5時間でどんどん回します。

次に、得られたペレットを26 mLのPBSに懸濁します。このときにペレットをどのくらいの濃度にするかは、経験と勘が重要となります。原則として、1つのステップで1対10以上の濃度にしないということです。例えば、スタートボリュームが1 Lだったら、100 mL以下に濃縮しない、例えばこれを10 mLにしてしまうと、ドロドロになってしまいます。どうしても楽をしたいと思うと、高濃度にしてしまいがちですが、必ず後で苦労します。あくまでも目安として覚えておいてください。

 

超遠心による精製

次に、大容量のスウィングロータSW 32 Tiでショ糖クッション法を用いて不純物を除きます。先にも述べましたが、30%と70% のショ糖の界面にロタウイルス粒子を濃縮することができます。38.5 mL UCチューブの底に70%ショ糖溶液 4.5 mLを入れ、その上に、30%ショ糖溶液 6.5 mLを重層し、その後、PBSで懸濁させた26 mLのウイルス懸濁液をさらにその上に重層します。Fig.3の条件で超遠心処理しますと、30%ショ糖溶液の上に不純物が大量に溜まって、70%と30%の間にロタウイルス粒子が溜まります。この白い中間バンドを採取します。この方法として、注射器を使用してバンドの下に針をいれて抜き取る方法、上から不要な液体を除いた後に必要なバンドを採取する方法、下から針を刺してフラクション分けする方法の3パターンあります。

さらに精製度を上げるため、小容量のスウィングロータ SW 55 Tiを用いて密度勾配遠心を行います。5 mL UCチューブの底に55%(w/v)セシウムクロライド溶液、次に、40%(w/v)セシウムクロライド溶液を等量重層させます。密度勾配というと複数の密度の異なる溶液を重層して作成するため、手間がかかるというイメージを持たれていると思います。しかし、2層だけでも密度勾配が可能です。ちょっとしたコツになります。この重層させたセシウムクロライド溶液の上に、クッション法で得られた0.5~0.8 mL ウイルス粗画分を重層し(この際の溶液量は、少なければ少ない方がよい)、257,000 xgで16時間から20時間超遠心処理します。16時間というのは、前日の夕方に遠心を開始し、翌朝に回収するということで、厳密である必要はありません。精製したウイルスのバンドは青白くて本当に綺麗なのです。私はずっと実験をやってきて、この色に魅せられています。

お気づきのようにロタウイルスのバンドは2本見られます。上のバンドが1.36 g/cm3のインタクトなロタウイルス(triple-layered particle:TLP)、下のバンドが1.38 g/cm3の最外殻が剥離してしまったロタウイルス(double-layered particle:DLP)になります。ウイルス粒子の中にはRNAがあります。DLPはタンパク質が少なくなり、核酸の割合が高くなるので重くなります。そして、さらに上にある青いバンドは、核酸の入っていないタンパク質だけの粒子(empty particle)となり、タンパク質なので浮上密度は1.3 g/cm3ほどです。実は、TLPから外側が外れてDLPになるとRNAポリメラーゼが活性化します。RNAポリメラーゼの実験をする場合は、外側が外れたDLPのロタウイルスを使います。

 

ロータ洗浄

重要なアドバイスとして、高濃度のセシウムクロライドなどを使いますので、ピンホールのような腐食を避けるため、使用後にロータをぬるま湯できれいに洗います。何十万Gという超遠心時の負荷は、通常の遠心機の負荷とは比べ物になりません。決して侮ってはなりません。

 

最後にベックマン・コールターについて一言お願いします

第一に信頼性が高いということですね。高速冷却遠心機を10,000 rpm以上で一晩遠心処理する際に毎回感じます。また、操作性が高く、容易に使用できます。その上、デザインが美しいですね。ほぼ毎日使用する際に目に入るものですから、デザインが美しいというのは重要です。機種選定理由には書けないですが、デザインが関係なければ、車なんて走ればいいんだって話になってしまいますからね。特に、SW 32 Tiは、デザインが美しく、操作性の観点からもDream rotorです。

分子疫学研究室のみなさま

 

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Optima XE Ultracentrifuge

超遠心機

ベックマン・コールターは1947年に初めて超遠心機(超遠心分離機)を販売開始し、現在では高い遠心力・回転数はもちろん、バイオセーフティモデルやリモートコントロール機能などを備えた超遠心機を取り揃えております。様々なチューブや容量に対応するロータやアクセサリ類も取り揃え、ウイルスの高純度精製やエクソソーム分離、その他幅広いアプリケーションのご要望にお応えします。

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