iPS細胞由来ナチュラルキラー細胞の大量製造法開発における コールター原理の有用性

倉知 建始
株式会社ヘリオス 神戸研究所
研究部 工業化研究グループ

再生・細胞医療や遺伝子治療は、既存の医薬品では治療が難しい、あるいは治療法が確立されていない疾患に対して新たなモダリティとなる可能性があります。これらの新規モダリティが臨床応用され医療の現場で実用化されるためには、原料となる組織幹細胞、ES細胞、iPS細胞などの大量生産と安定供給を実現するための品質管理が求められます。

新規モダリティ用の培養細胞の品質管理には、細胞濃度(細胞数)、細胞体積、生存率、培地成分濃度など多くの管理項目があり、安定した細胞の大量生産には、これらの計測の簡便性と正確性が求められます。

コールター法(電気的検知帯法)を原理とした粒度分布測定装置は、ライフサイエンスから工業分野の幅広い領域で使用されている精度の高い粒子計測装置です。測定できる検体は、無機材料から細胞・微生物までの実績があり、粒子(細胞・微生物)数、サイズ(分布)、体積、濃度などの項目を短時間、かつ高精度で計測できるため、再生医療分野においては材料開発、研究開発、品質管理で使用されています。 

本日は、再生医療やがん免疫療法用医薬品の研究開発に取り組まれておられる株式会社ヘリオスの倉知様に、iPS細胞由来ナチュラルキラー細胞(以下、NK細胞とする)の大量製造の開発、ベックマン・コールターのコールターカウンター(Multisizer 4e)の有用性や、今後の展望について伺いました。

2024年4月

 

株式会社ヘリオスの研究内容

株式会社ヘリオスは、「『生きる』を増やす。爆発的に。」というミッションを基に、一人でも多くの患者さんに一刻も早く新しい治療法を届けるために、人体組織のあらゆる疾患領域の再生医療に対して技術開発を行い、主にiPS細胞由来細胞治療製品という形でiPS 細胞技術を具現化することを目指しています。具体的には、iPS 細胞由来細胞治療の将来の基盤技術となりうる新規技術・ノウハウをいち早く確立し、実用化を加速させるため、国内外の研究機関や企業との提携のみならず、自社研究開発にも積極的に取り組んでいます(Figure 1)。この方針の下、遺伝子編集技術を用いたヒト白血球抗原(HLA:Human Leukocyte Antigen)型に関わりなく免疫拒絶のリスクの少ない次世代iPS細胞であるユニバーサルドナーセル(Universal Donor Cell)の作製(Figure 2)や、iPS細胞技術と遺伝子編集技術を組み合わせた次世代がん免疫細胞の作製などの研究活動を進めています(Figure 3)。

 

固形がん治療を目指した遺伝子導入iPS細胞由来NK細胞の作製と評価

弊社にはさまざまなパイプラインがありますが、私が主に担当しているのは、NK細胞を用いた、がん免疫の領域です。免疫細胞にはさまざまな細胞がありますが、その中でサイトカイン放出症候群などの副作用がT細胞よりも少ないとされるNK細胞に着目して研究開発、治験製品製造準備等を進めています。
がん免疫細胞療法は、CAR-T療法を代表に、近年特に注目されています。しかしながら、既存のCAR-T療法は、血液がんに対して劇的な治療効果を示しますが、固形がんに対しては、現在のところ十分な治療効果は認められていません。一方で、がん疾患は日本人の死因1位となっており、がん疾患が原因で死亡したヒトの約90%が固形がんによるものといわれています。そこで我々は、iPS 細胞由来NK細胞を用いた固形がん治療を目標に、NK細胞の抗腫瘍作用強化に働くと考えられる6つの遺伝子(IL-15、CCR2B、CCL19、NKG2D、DAP10、CD16)を導入したヒトiPS細胞株を樹立し、その細胞株から分化誘導を行うことで、遺伝子導入NK細胞(eNK®細胞)を作製しました(Figure 4)。作製したeNK®細胞は、意図した通り、①IL-15の発現に起因する生存・増殖機能の向上、②CCR2Bの発現に起因するがん細胞への遊走能力の亢進、③CCL19の発現に起因する免疫細胞のリクルート機能、④NKG2D/DAP10の発現に起因するサイトカイン産生・細胞傷害活性の増強、⑤CD16の発現に起因する顕著な抗体依存性細胞傷害活性を示しています。以上のことから、iPS細胞より得られたeNK®細胞は、固形がんに対して、従来よりも高い抗腫瘍効果を示すことが期待されます。

Figure 1 株式会社ヘリオスの事業戦略

 

Figure 2 株式会社ヘリオスUniversal Donor Cell概要

 

Figure 3 株式会社ヘリオスがん免疫療法戦略

 

Figure 4 eNK® 細胞の特徴

 

3次元自動灌流培養法によるeNK® 細胞の大量製造の開発

eNK®細胞の製造では、遺伝子導入iPS細胞スフェロイド作製から最終的なeNK®細胞になるまでの全工程を、3次元自動灌流培養装置を用いて実施しています。
3次元自動灌流培養法によるeNK®細胞の大量製造には、いくつかの重要なメリットがあります。
まず、3次元自動灌流培養装置では培地交換が連続的に閉鎖系内で自動的に行われるため、手動の培地交換による作業者間のばらつきやヒューマンエラーを回避できることです。特にiPS細胞スフェロイドの形成過程では、いかに効率よく培地交換を行うかが重要となります。培地交換のために培養装置を止めると、細胞およびスフェロイドは培養槽内底部に沈降して凝集し、スフェア径にばらつきが生じ、次工程で分化誘導する造血前駆細胞(HPC)の質に悪影響を及ぼす場合があります。この手動での交換は、個人差も多く発生し、大きな課題となっていました。一方で、3次元自動灌流培養装置では自動化された培地交換ができるため、培養装置停止による細胞・スフェロイドの沈降を起こすことがなく、作業者間のばらつきも発生せず、安定したスフェロイド作成が可能となっています。また、培地交換が自動化された閉鎖システムのため、ヒューマンエラーによるコンタミネーションのリスクも低くできる点も大きなメリットです。
さらに、3次元自動灌流培養装置では、培養槽内を攪拌して均一な状態にして、pH、溶存酸素濃度などの工程内管理値をリアルタイムでモニタリングしながら、連続的に培地交換を実施します。その結果として、グルコース、アミノ酸等の基質を一定濃度以上に維持しながら、乳酸、アンモニア等の老廃物を一定濃度以下に抑え、pH、溶存酸素等の培養環境も最適な状態で制御できるため、それぞれの工程で細胞が増殖、分化する環境を最適な条件で保つことができ、2D培養では達成することができなかった、高密度での大量培養を可能にしています(Figure 5)。
実際に我々が開発した方法でeNK®細胞を作製するには、遺伝子導入iPS細胞を浮遊細胞用の3次元培養容器に播種し、3次元自動灌流培養装置でiPS細胞スフェロイドを形成させるところから始まります。得られたiPS細胞スフェロイドを基に、各種成長因子およびサイトカイン存在下で自動灌流培養装置にFigure 5 3次元自動灌流培養法によるeNK® 細胞の大量製造概要4よる分化誘導を実施し、eNK®細胞を作製します。自動灌流培養装置により得られたeNK®細胞は、高い純度を示し、グランザイムBおよびパーフォリン等の細胞傷害活性に関わる因子も高く発現しており、in vitroでの細胞傷害活性試験で高い細胞傷害活性を示すだけでなく、モデル動物を用いた試験においても高い抗腫瘍作用を示しております(Figure 6、7)。
以上の通り、我々は3次元自動灌流培養装置を用いた高効率に大量培養可能なeNK®細胞製造プロセスを開発しましたが、その中でも基盤となるiPS細胞スフェロイドの品質は、重要な管理項目となります。我々はこの重要な管理項目をさまざまな方法で評価しましたが、最終的にベックマン・コールター社のコールターカウンターであるMultisizer 4eを採用しました。

 

Figure 5 3次元自動灌流培養法によるeNK® 細胞の大量製造概要

 

Figure 6 eNK® 細胞の抗腫瘍効果(胃がん腹膜播種モデル)

 

Figure 7 eNK® 細胞の抗腫瘍効果(中皮腫皮下移植モデル )

 

コールターカウンターの有用性

①コールターカウンターとは
コールターカウンターは、電気的検知帯法として知られるコールター原理を用いて、1回の測定で粒子・細胞の個数、体積、粒度分布を高精度に測定します。粒子・細胞を実測するため、色、形状、組成、屈折率などの影響を一切受けず、さまざまな粒子・細胞の個数、体積、粒度分布の測定が可能です。コールターカウンターは、電解質溶液に懸濁された粒子・細胞が小口径のアパチャーを通り抜ける際に生ずる電気抵抗の変化を検出し、粒子・細胞の数と容積をリアルタイムに算出します。電解質溶液に懸濁された粒子・細胞は絶縁体として機能するので、小口径の円筒状アパチャーを通過すると、アパチャーの両側に位置した2本の電極間の電気経路のインピーダンスが瞬時に変化し、電気パルスを生成します(Figure 8)。粒子・細胞によって生じる電気パルスの数は細胞計数を示し、電気パルスの高さは粒子・細胞の体積に依存します。

②eNK® 細胞の大量製造におけるコールターカウンターの有用性
Multisizer 4eを導入するまでは、iPS細胞スフェロイドの品質は、主に顕微鏡を用いて評価しておりました。主な測定項目はiPS細胞スフェロイドの粒子径とスフェロイド密度となりますが、顕微鏡を使ってそれらの項目を計測するうえで、測定に時間を要する点、測定者の主観的な判断による測定者間差が発生する点、測定する細胞数が数百程度であるため、統計的に信頼性が低い点、などの問題が発生しておりました。我々はこれらの問題を解決すべく、コールター原理に着目し、コールターカウンターの調査を実施しました。その中で、iPS細胞スフェロイドのサイズに対応し、我々の要望を満たした機器が、アパチャーのサイズバリエーションが多く広範囲をカバーできるMultisizer 4eでした。
Multisizer 4eを用いる利点の一つに、短時間で測定可能である点が挙げられます。実際にiPS細胞スフェロイド培養液をサンプリング後、Bufferに希釈するだけでサンプル調製は終了し、その後、装置にセットしてすぐに、iPS細胞スフェロイド濃度およびスフェロイド径の測定が完了します。eNK®細胞の製造において、iPS細胞スフェロイドは、大きすぎるとスフェロイド内に栄養や酸素が十分に浸透せずネクローシスを起こす可能性があり、小さすぎるとスフェロイドが形態を維持できず、次工程の分化誘導が不安定になるため、iPS細胞スフェロイドの粒度を一定の範囲に制御することが重要です(Figure 9)。
iPS細胞スフェロイドの粒度がばらつくと、HPCの質が悪くなり、最終的に高品質のeNK®細胞を作製することができません。また、次工程のHPC分化誘導工程では、スフェロイドの密度も重要です。そのため、スフェロイドの粒度が測定できるだけでなく、スフェロイド密度も同時計測できるMultisizer 4eは、当社のeNK®細胞製造プロセスには欠かせない装置となっています。そして、今後当社が、医薬品としてeNK®細胞の製造を進めていくにあたって、 Multisizer 4eが FDA 21 CFR Part 11に準拠していることも、利点の一つに挙げられます。Multisizer 4eのソフトウエアで、「FDA 21 CFR Part 11」のオプション機能を選択すると自動的に、電子署名の構成と管理、ユーザ権限の管理、ID・パスワードの管理、履歴の管理など、この規制に準拠するために必要なレベルのセキュリティが構成されます。当社は、eNK®細胞を研究するだけでなく、医薬品として製造販売まで進め、多くの患者さんに新しい治療法と希望を届けることを目指して研究開発を進めていますので、FDA 21CFR Part 11に準拠できる点も安心して使用できる点でした。

 

Figure 8 Multisizer 4eを用いたiPS細胞スフェロイドの解析

 

Figure 9 Multisizer 4eを用いたiPS細胞スフェロイドの解析

 

今後の展望

当社は、これまで3次元自動灌流培養法により遺伝子導入iPS 細胞から細胞傷害活性を有するeNK®細胞を効率的に、かつ、大量に製造する方法を確立しました。当社のeNK®細胞は凍結保存が可能であり、解凍後も良好な細胞傷害活性を示すことから、自家細胞を用いる既存の方法と比べて安価なoff-the-shelf 免疫細胞療法の手段として今後も開発を進めていきたいと思います。現在、キメラ抗原受容体(CAR)を導入した新たな細胞株(CAR-eNK®)も研究開発を進めています。新規細胞株においても3次元自動灌流培養法での製造を考えており、その中でもiPS 細胞スフェロイドの評価は、Multisizer 4eを使用していく予定です。

 

最後にベックマン・コールターについて一言

ベックマン・コールターのMultisizer 4eは、3次元自動灌流培養装置でiPS細胞スフェロイドを形成させるなかで、iPS細胞スフェロイドの粒子径、および濃度を短時間に計測できるという点で、我々にとっては必要不可欠なすばらしい装置です。Multisizer 4eが今後もiPS細胞を用いた再生・細胞医療分野で普及していくことを願っております。

 


倉知 建始
株式会社ヘリオス 神戸研究所研究部
工業化研究グループ

株式会社ヘリオス

ホームページhttps://www.healios.co.jp/

 

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 Multisizer 4e

Multisizer 4e coulter counter for particle characterization

Multisizer 4eは、0.2~1,600 μm の範囲で測定ができる高精度で多機能な粒子・細胞径の分布・計測装置です。粒子・細胞を実測するため、色、形状、組成、屈折率などの影響を一切受けず、様々な粒子・細胞の個数、体積、面積粒度分布の測定が可能です。