超遠心分析法を活用した、薬物送達システムに使用する脂質ナノ粒子の特性評価
背景
超遠心分析法(Analytical ultracentrifugation: AUC)は確立された生物物理学的手法であり、高分子の特性評価に利用されます。 実際に、ウイルスベクターとして広く活用されているアデノ随伴ウイルス(AAV)のキャプシド内包状態 を解析する特性評価法のゴールドスタンダードであり1、最近では沈降速度法と密度コントラスト法を用いたAUCが脂質ナノ粒子(LNP)の特性評価に応用されています2,3 。どちらの手法も、純度や異なる製剤を比較するための情報を提供します。さらに、密度コントラスト法を用いた実験結果から、サンプルの密度や偏比容分布が得られ、中空粒子、LNP中のRNAコピー数、およびサイズ分布の特性評価を行えます。このように、LNPの特性解析にAUCを活用することで、他の解析法では得られないLNPの多様な物性情報が得ることができることから、より安全なLNP治療薬開発のための新たな可能性が拓かれます。
AUCの利点:
- 遠心力という最も基本的な原理を使って解析する手法である
- 遠心力によってサンプル中の粒子が分離されるため、不均一なサンプルでも高い分解能で結果が得られる
- 粒子のサイズ、形状、熱力学的特性に関する情報が得られる
- 最高回転数60,000 rpmまで任意にロータ速度を設定できるため、小さなペプチドから大きなウイルスベクターまで、幅広いサイズの粒子の特性評価が可能
- 測定波長190~800 nmの範囲で任意に波長を設定できるため、幅広い濃度・高分子の測定が可能
- 遠心力による粒子の流体力学的な分離と分光特性の測定を組み合わせることで、互いに独立した情報に基づいた特性解析が可能
- 水溶液中での非破壊的な測定方法で、またサンプルの染色や標準物質が不要
解析対象となるLNP製剤の特性:
- サンプルに含まれる中空LNPの割合
- LNPに内包されたmRNAのコピー数( mRNAコピー数分布)
- サイズまたは流体力学的半径分布
- 凝集体やより大きな粒子の有無
はじめに
脂質ナノ粒子(LNP)は、核酸、タンパク質、低分子などの治療用分子を脂質粒子内にカプセル化した先進的な薬物送達システムです。LNPは通常、薬効成分(API)を含むコアの周りを脂質シェルが取り囲む構造になっており、核酸のカプセル化・標的細胞内での放出を促進するカチオン性または中性のpH応答性脂質、骨格構造を形成するリン脂質、脂質二重層を安定化するコレステロール、循環血中での安定性を高め循環時間を延長するPEG化脂質で構成されます(Figure 1)。LNPのサイズは通常20~100 nmですが、使用するPEGの量や混合条件で調製できます5 。
LNPは、COVID-19 mRNAワクチンなどの供給に重要な役割を果たすことで大きな注目を集めるようになりました。LNPには、生体内における薬剤安定性の向上、標的細胞への取り込み効率改善、幅広い用途への活用が可能、生体適合性および生分解性が高いといった利点があり、遺伝子治療、がん治療、タンパク質の送達など、様々な分野で試験が行われています6 。
しかし、LNPの製造、スケールアップ、標的指向、特性評価には依然として課題が残っています。LNPの特性評価における課題のほとんどは、LNPの小ささと不均一性が原因です。LNP研究の拡大に伴い、中空粒子の割合、凝集や大型のLNPの存在、粒径や流体力学的半径分布、LNPが内包するmRNAコピー数分布など、様々な製剤特性の調査が行われています。全体として、LNPは、幅広い治療薬を送達することが可能な有望かつ汎用性の高いシステムであり、現代医学を進歩させる大きな可能性を持っています。
超遠心分析法(AUC)はLNPの詳細な特性評価に使用され、サイズ、mRNAの充填状態、中空粒子の有無など、他の技術では得ることのできない情報を1回の実験で提供します。AUCは、遠心力を用いて質量、形状、密度に基づいて分離されたサンプルを測定することで、多くの情報を一度に得られる分析法です。遠心中、粒子には様々な力が働きます。遠心力によって高分子はAUCセルの底方向に沈降すると同時に、遠心力と反対に作用する摩擦力と浮力によって拡散します。これらの力が合わさって形成される沈降境界をAUC実験でモニタリングします(Figure 2)。溶液中の高分子の沈降挙動や拡散挙動を解析することにより、分子の大きさ、形状、質量、相互作用などの様々な物性が得られます。
超遠心分析沈降速度法(沈降速度法、SV-AUC法)は最も一般的なAUC法の1つです。この手法ではバッファに制限がほとんどなく、粒子の純度と物理的性質の測定や、異なるサンプル間またはバッチ間の比較が可能です7。
密度コントラスト法はSV-AUC法の原理を利用したもので、密度の異なるバッファでサンプルを複数回測定し、溶液中の粒子の密度または偏比容を計算します3 。密度コントラスト法は、LNPの密度分布を決定することが可能で、LNPのモル質量とサイズ分布だけでなくmRNAコピー数分布も計算することができ、製剤中に存在する可能性のある中空LNPの検出に役立つため、LNPの特性を詳細に評価できる魅力的な手法です8 。これらの手法を実行する際に役立つLNP実験のセットアップについてのガイダンスと推奨事項を以下に示します。
プロトコル
サンプル調製:
a. 沈降速度法:
沈降速度法(SV-AUC法)実験のためのサンプル調製は比較的簡単で、一般的には、測定で使用する任意の波長において、推奨される吸光度(OD)となるようにサンプルを希釈ないし濃縮をして調整します。分析用超遠心機Optima AUCによる測定実験では、測定波長を190 nm ~800 nmまで任意に設定できるため、幅広い濃度範囲のサンプルの測定が可能です。
なお、目的のサンプルを測定するのに最適な波長を選択し、この波長でサンプルのOD値を0.2~0.9となるように調整することをお勧めします。ベックマン・コールター社製 Epon Charcoal センターピースを用いた典型的なSV-AUC実験では1.2 cm(カタログ番号:Standard:306493、Flow-Through:392778)です。最適な測定波長ならびに理想的なサンプル濃度(OD値)が設定できれば、サンプル調整は完了し、AUCによる測定実験に移れます。 サンプルの濃度が高すぎると濃度依存性の非理想性が生じ、その結果、理論値から逸脱した沈降パターンとなる可能性があります。 非理想的なデータのモデリングを行うことのできるソフトウエアもありますが、濃度依存の非理想的な低減ないし排除をするために、可能な限り、最適に希釈したサンプルを測定することをお勧めします。
b. 密度コントラスト法
密度コントラスト実験でも、同様にサンプル調製を行います。ただし、サンプルは密度の異なるバッファ内で4回以上測定しなければなりません。LNP実験では、この密度の異なるバッファをD2OまたはH218Oを使用して作成します2,3,8,10。H2O、D2O、バッファ(20X)、濃縮ストックサンプルをご用意ください。
Step 1: LNPストックの必要量の決定:AUC実験に必要なLNPストックの量は、ストックサンプルを分光光度計で測定して決めることを推奨します。サンプルは、実験を行う波長での吸光度が1 OD未満になるよう希釈する必要があります。特にnanodropを使用する場合は、この測定を3回繰り返すことを推奨します。
Step 2: D2O:H2O比が異なるバッファでのサンプル調製:異なるD2O:H2O比を4点以上設定することを推奨しますが、使用する製剤とその密度によって、正確な比率は異なります。サンプル調製は、サンプルと塩の濃度を維持しつつも密度の異なるバッファで行わなければなりません。一般的に、RNAを内包するLNPの密度は水に近いため、LNPはAUCで沈降、浮遊のど ちらの可能性もあることに注意が必要です。Figure 3は、沈降粒子と浮遊粒子のシミュレーションデータの例です。
LNP製剤において、溶液中で沈降する粒子と浮遊する粒子の両方が混在していた場合、沈降係数がゼロまたはゼロに近い値を示します(Figure 4)。沈降係数がほぼゼロに近い分析対象物は、Lamm方程式を用いて分析ならびに検出が難しく、さらにベースラインの変動やノイズの原因となるため、このようなサンプルの状態を避ける必要があります。したがって、サンプルの大部分が沈降または浮遊するようなD2O:H2O比を設定することが推奨されます。Henricksonらは0~99%という広範囲のD2Oパーセントを用いて研究を行いました。これによって密度を推定できる範囲は拡がったものの、沈降ゼロの範囲を超えるサンプルがいくつかあったため、サンプルを2つの異なる速度で測定しなければなりませんでした3 。BepperlingとRichterは0~25%の範囲を用いたため、1回の実験で6つの異なるサンプルを測定することができました。
2. サンプルの測定
サンプル調製が完了したら、サンプルをAUCセルアセンブリにロードします。サファイアウィンドウ(カタログ番号:392773)またはクォーツウィンドウ(カタログ番号:392772)のどちらかを取り付けたEponセンターピース1.2 cm(カタログ番号:306493)(いずれもベックマン・コールター社製)を用いて一般的なSV-AUC実験を行いました。測定波長220 nm ~240 nmでの測定を行う場合は、2020年以降に購入したサファイアウィンドウまたはクォーツウィンドウを使用してください。
ロータは、回転数50,000 RPM以下の場合は8つのセルポジションを持つAN 50 Ti(カタログ番号:363782)、回転数60,000 RPM以下でUV-Vis強度モードで測定した場合は4セルポジションを持つAN 60 Ti(カタログ番号:361964)の2つのオプションがあります。
サンプルの測定に必要な回転数は、サイズ、質量、密度、LNPの充填状態によって異なります。mRNAを内包したLNPを測定する場合、ロータの回転速度は10,000~20, 000 rpmの範囲で行われます。設定した回転速度が、サンプルに適していたかどうかを判断するためには、ロータが設定した回転速度に到達し、スキャン測定が開始されてから最初の15分間をモニタリングし、Figure 3のようなデータになっているかを確認します。回転速度の調整が必要と判断した場合、装置を停止させた後、ロータからセルアセンブリを取り出し、サンプルを泡立たてないように数分間ゆっくりとセルアセンブリを回転させ、サンプルを均一な状態に戻します。サンプルとロータを装置に戻し、変更した回転速度で遠心を再開します。
スキャンデータは少なくとも25個以上収集し、測定終了後までに、粒子がセンターピースの上部もしくは底部に完全に移動した状態となっていることを推奨します。
解析
遠心が終了したら、データをOptima AUCからエクスポートして解析ソフトウエアに読み込ませることができます。最近では、浮遊と沈降を示すデータの解析にUltraScan11とSEDFIT12のどちらも用いられるようになってきました。LNPの粒径と密度特性によって、LNPの沈降ならびに浮遊する移動速度が速くなる傾向があり、その結果、拡散定数の測定精度が低下します。 このため、沈降係数の測定精度は高くなる一方、拡散定数の精度は低下します。
AUCデータの解析では、「溶媒の密度とイオン強度はLNPの内外で同じである」という仮定を前提とすることに注意することが重要です。この仮定はPBSなどの希薄なバッファでは成り立ちますが、高濃度の賦形剤(特に塩)を用いた製剤では核酸の偏比容が変化するため、解析の正確性に影響を与える可能性があります。
以下に、UltraScanとSEDFITについての簡単な説明と、拡散定数の分解能を向上させて、解析結果の精度を高めるための方法について、それぞれのソフトウエアの開発者が推奨する事項を示します。
UltraScan III11はユーザーが独自のグリッド設定を使用することができるため、沈降や浮遊を示すサンプルの解析の際に、Lamm方程式が適用できない0S領域を除外して解析ができます。拡散定数の分解能低下を改善するために、異方性因子(f/f0)の値を1ないし1.1に固定することを推奨します。特に、著者らは異方性因子の決定のために、LNPの球状度の電子顕微鏡観察による確認を推奨します。カスタムグリッド法を用いることで、f/f0を固定し、沈降速度と偏比容を数値解析により求めることができます。加えて、UltraScanには密度マッチングモジュールが搭載されており、密度コントラスト実験データから偏比容、流体力学的半径、モル質量などの分布を算出するために必要な複数の解析ステップを自動的に実行します。UltraScanを用いたLNP解析の詳細は、Henrickson, A.らの文献3をご参照ください。
SEDFITにも最近、拡散効果を取り除いて高い分解能で解析することができる沈降・浮遊分布解析手法が導入されました12 。この手法では、流体力学的半径や拡散定数を決定することが可能な二次的な方法(DLS、NTA、FFF、EMなど)を活用し、浮遊係数の決定と拡散効果の分離解析を行います。この方法は、2次的な手法で得た拡散定数や流体力学半径の値を活用することで、浮遊層の移動境界を正確に解析でき、浮遊成分の沈降係数を比較的高い精度で解析することができます。この手法の有用性は、Zhao, H.らの押出リポソームの実験モデルおよび市販のLNP製品を対象とした文献12で実証されています。
mRNAコピー数分布の決定
密度コントラスト法を用いて、粒子とその水和層を含んだ偏比容分布(沈降係数を0に外挿したときの溶媒密度の逆数)とLNP製剤の分子量分布を数値解析により求めることができます。これらの分布関数をもとに、BepperlingとRichterが示した方法でmRNAコピー数分布を計算できます8 。この方法によって、LNPに封入されたmRNA鎖の数を算出することができますが、完全なRNAと分解されたRNAを区別できないことに注意が必要です。簡単に説明すると、以下の式から、LNP製剤中の脂質の相対的な割合を算出することができます。
ここで、v(Loaded LNP)はRNAを内包するLNPの偏比容分布の各点を表し、vRNAはRNAの偏比容、vLipidは中空のLNPの偏比容を表します。100から脂質成分の割合を差し引くことによって、製剤中のRNAの相対的な割合を求めることができます。
分布全体におけるRNAの割合を算出した値を用いて、AUCによって得られた分子量分布データから、各分子量におけるRNAによる分子量の寄与量が算出できます。最後に、これらの値をRNAの理論分子量で除算することで、RNAのコピー数分布を求めることができます。
おわりに
超遠心分析法(AUC)はLNPサンプルの特性を包括的に評価できる、強力な生物物理化学的な分析手法です。沈降速度法は、これまでに様々なLNP製剤の特性評価に用いられ、多分散なmRNA-LNP製剤中に存在する複数の成分を検出できることから、その有用性が示されています。Thallerらは異なるストレス要因によるLNPへの影響についても調べ、製剤の変化の検出においてAUCはDLSよりも正確に検出できることを明らかにしました。また、密度コントラスト法では、mRNAコピー数分布と粒度分布測定、中空LNPとカプセル化されたAPIの検出が可能です3,8,10,15,16 。これらの研究から、AUCがLNP製剤の特性 評価のための高感度で正確な分析手法であることが示されています。
参考文献
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LNP特性評価のための密度コントラストAUCについての本アプリケーションノートはデモンストレーションのみを目的としており、ベックマン・コールターによる検証は行っておりません。本プロトコルに関して、ベックマン・コールターは、明示または黙示を問わず、特定の目的への適合性、商品性、またはプロトコルの特許権不侵害の保証を含め、いかなる保証を行うものではありません。このメソッドの使用はお客様の責任のみにおいて行われるものとし、ベックマン・コールターは一切の責任を負いません。
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