スフェロイドのサイズのコントロールと製品化へのサポート
はじめに
スフェロイド(細胞集合体、以下スフェロイド)は、細胞同士を意図的に凝集・接着させて3次元構造を形成した集合体であり、昨今、再生医療の分野でスフェロイドの実用化に向け急速に研究が進められ、その中で特にスフェロイドの基盤研究として、組織形成や機能についての研究が成果をあげております。しかしながら、現段階で生体内への導入はスフェロイドの機能面以外の点でいくつかの課題が残されています。
スフェロイドは大きさのバラツキによって機能低下を招く点や、スフェロイド形成時に生じるデブリスなどによる副作用を引き起こす可能性など、想定外の影響が懸念されています。その中で、スフェロイドの作製において、大きさをコントロールするための細胞塊中の細胞個数制御や、空隙の有無を把握する手法は産業分野において、現在でも開発段階にあります。今後、再生医療や細胞治療を社会実装するための基礎データとして、スフェロイドの構造や大きさと数、そしてデブリスの存在比を把握することが重要です。
スフェロイドは、その作製手法やその作製キットにより、形成される大きさやサイズ、そしてその効率が大きく異なりますが、今回は東洋製罐グループホールディングス株式会社の協力をいただき、コールターカウンタ―Multisizer 4eを用いたスフェロイド計測についてご紹介します。
<スフェロイド測定装置>
ベックマン・コールター株式会社製
精密粒度分布測定装置Multisizer 4e
測定原理:電気的検知帯法
測定範囲:(直径)0.2~1,600 μm
(体積)0.004~2.145×109 μm3
最大カウント数:500,000個
標準測定時間:30~60秒
使用溶媒:生理食塩水レベルの電解液
※細胞培養液でそのまま測定可能


特長
- 世界の標準法であるコールター原理(ISO13319 電気的検知帯法)を採用
- 粒子の体積を計測しているため、粒子の微小な変化でも検出可能
- アパチャーチューブの交換によりコールター原理において最大の測定範囲
- 個数、体積、面積の粒子径分布を測定
電気的検知帯法(コールター原理)
コールター原理は、電気的検知帯法を利用した原理で、細胞が検知帯(アパチャー感応領域)を通過する際に生じる、2電極間の電気抵抗の変化を測定します。電解質溶液中に懸濁させた細胞が、バキュームによりアパチャー(細孔)の検知帯を通過する際に、細胞体積分の電解液が排除されます。この排除された電解液の体積を電圧パルスとして測定します。このパルスの大きさが細胞体積(スフェロイドの場合はスフェロイド体積)に、パルスの発生数が細胞数(スフェロイドの場合はスフェロイド数)になります。これによって、細胞の正確な体積から細胞・スフェロイド径(細胞のサイズ分布)と細胞・スフェロイド数を測定することができます。(Figure 3) 国際規格ISO 13319「Determination of particle size distributions -Electrical sensing zone method」には、コールター原理を使った粒子の粒度分布測定に関する手引きが記載されています。

<スフェロイド形成機器>
東洋製罐グループホールディングス株式会社製
スフェロイド形成容器「ウェルバッグ」
50 cm2型ウェルバッグ 100 cells/well
50 cm2型ウェルバッグ 300 cells/well
50 cm2型ウェルバッグ 500 cells/well

特長
ウェルバッグは細胞を投入し培養を行うことで、均一で同形の細胞塊(スフェロイド)を大量に形成することが可能なスフェロイド形成容器です。投入する細胞濃度を変えることによってウェル毎に集約する細胞数を制御できるため、異なるサイズのスフェロイドを容易に作製することができます。今回は、3種類の細胞濃度について、ウェルバッグでスフェロイド作製し体積・個数を測定しました。


均一サイズのスフェロイドが形成できるため、スフェロイド回収後に分級等の操作を行う必要が無くなります。
1. ウェルバッグを用いて作成したスフェロイドの体積・個数測定
スフェロイド作製:50 cm2型ウェルバッグ 100 cells/well 2日間培養
装置名: Multisizer 4e(電気的検知帯法)
サンプル:スフェロイド(ヒト末梢血細胞由来のiPS細胞)100 cells/well
測定条件:スフェロイド:生理食塩水=10 mL:90 mLに希釈し4 mLの定量測定
測定時間:約30秒
アパチャーサイズ:560 µm
測定範囲:11.2 ~336 μm(スフェロイドのみ表示:50~200 μmの範囲で表記)
測定結果:スフェロイド径(最頻値):79.88 μm
原液スフェロイド濃度:17,386個
スフェロイド部分のみの表記の為、50~200 μmの範囲で拡大


100 cells/wellのスフェロイドをMultisizer 4eと画像法のそれぞれの手法で測定した結果、Multisizer 4eが79.88 μmであり、画像法では78.3 μmと近似した結果が得られました。これにより、100 cellsで構成されたスフェロイドがMultisizer 4eを用いてきちんと測定できていることが確認できました。
スフェロイド作製:50 cm2型ウェルバッグ 300 cells/well 2日間培養
装置名: Multisizer 4e(電気的検知帯法)
サンプル:スフェロイド(ヒト末梢血細胞由来のiPS細胞)300 cells/well
測定条件:スフェロイド:生理食塩水=10 mL:90 mLに希釈し4 mLの定量測定
測定時間:約30秒
アパチャーサイズ:560 µm
測定範囲:11.2 ~336 μm(スフェロイドのみ表示:50~200 μmの範囲で表記)
測定結果:スフェロイド径(最頻値):116.2 μm
原液スフェロイド濃度:17,120個
スフェロイド部分のみの表記の為、50~200 μmの範囲で拡大


300 cells/wellのスフェロイドをMultisizer 4eと画像法のそれぞれの手法で測定した結果、Multisizer 4eが116.2 μmであり、画像法では116.0 μmとかなり近似した結果が得られました。これにより、300 cellsで構成されたスフェロイドがMultisizer 4eを用いてきちんと測定できていることが確認できました。
スフェロイド作製:50 cm2型ウェルバッグ 500 Cells/Well 2日間培養
装置名: Multisizer 4e(電気的検知帯法)
サンプル:スフェロイド(ヒト末梢血細胞由来のiPS細胞)500 cells/well
測定条件:スフェロイド:生理食塩水=10 mL:90 mLに希釈し4 mLの定量測定
測定時間:約30秒
アパチャーサイズ:560 µm
測定範囲:11.2 ~336 μm(スフェロイドのみ表示:50~200 μmの範囲で表記)
測定結果:スフェロイド径(最頻値):132.6 μm
原液スフェロイド濃度:14,460個
スフェロイド部分のみの表記の為、50~200 μmの範囲で拡大


500 cells/wellのスフェロイドをMultisizer 4eと画像法のそれぞれの手法で測定した結果、Multisizer 4eが132.6μmであり、画像法では139.2 μmと近似した結果が得られました。これにより、500 cellsで構成されたスフェロイドがMultisizer 4eを用いてきちんと測定できていることが確認できました。
スフェロイド作製:各細胞数で培養したスフェロイドのサイズ比較
Figure 13. 各スフェロイドの分布図
個々のスフェロイドが明確に分かれた形でピークが検出されているため、個々の大きさをきちんと捉えられていることが分かります。さらに、作製条件を変えたスフェロイド同士の混合等による分布の変化も、Multisizer 4eにより管理できる可能性があります。
2. スフェロイドの体積と構成する細胞数の相関
スフェロイド作製:スフェロイドの体積と分散した際の数の相関性
Multisizer 4eで求めた体積データ | 細胞計数装置で求めた細胞数データ | ||||
---|---|---|---|---|---|
測定したスフェロイドの総体積(μm³) ※スフェロイドの直径、個数から算出 |
カウントしたスフェロイド数 | スフェロイド1個当たりの 平均体積(μm³) | 細胞計数 (Cells/Wellbag) | スフェロイド1個当たりの
平均細胞数 ※スフェロイド数は18,000個と仮定する |
|
100 Cells/Well | 9.14E08 | 3477 | 2.63E+05 | 1.45E+06 | 80.4 |
300 Cells/Well | 2.66E+09 | 3359 | 7.92E+05 | 6.12E+06 | 340.0 |
500 Cells/Well | 3.44E+09 | 2749 | 1.23E+06 | 9.90E+06 | 550.0 |


スフェロイドを構成する細胞数を推測できるか検討を行った。
今回の測定ではスフェロイドの測定数が少なかったため、安定性に関しては今後検討の必要がありますが、1個当たりの体積とスフェロイドを構成する細胞数の関係が線形に近い傾向が得られました。
3. スフェロイド作製に関する一般的なバイオリアクターとウェルバッグとの比較
スフェロイド作製:他社バイオリアクター式スフェロイド製造 2日間培養
装置名: Multisizer 4e(電気的検知帯法)
サンプル:スフェロイド 他社製バイオリアクター式製造機
測定条件:スフェロイド:生理食塩水=10 mL:90 mLに希釈し4 mLの定量測定
アパチャーサイズ:560 µm
測定範囲:11.2 ~336 μm(スフェロイドのみ表示の為50~200 μmの範囲で表記)
測定結果:スフェロイド径(最頻値):112.5 μm
スフェロイド部分のみの表記の為、50~200 μmの範囲で拡大


他社バイオリアクター式を用いて培養したスフェロイドをMultisizer 4eと画像法のそれぞれの手法で測定した結果、Multisizer 4eが112.5 μmであり、画像法では117.1 μmでした。計測されたスフェロイド化した細胞数は216個でした。
Figure 17. 原液1mL/ 個数の3種類のスフェロイドサイズ別分布図
考察:
今回ご協力いただいた、東洋製罐グループホールディングス株式会社製50 cm2型ウェルバッグを用いて作製したスフェロイドは、1ウェル内に播種する細胞数を投入濃度でコントロールして目的の大きさのスフェロイド形成を行えました。スフェロイドの製造管理において、スフェロイド形成のサイズ・統計数値の管理に、Multisizer 4eが有用であるという結果が得られました。
4. スフェロイド作製時のデブリス確認
また、今回の測定の中で、スフェロイドのコントロール以外にもMultisizer 4eを用いることで、形成されなかった細胞や異物の集合体であるデブリスの定量的な測定が行えた点もとても重要です。これは今後の実用化に向けて、デブリス発生による細胞内酵素の流出のCell Viabilityへの影響や、デブリス等の不純物による再生医療等製品の性能評価の観点からこのデブリスの混入の確認や、条件変更等によるデブリスの増減もMultisizer 4eを用いることで確認できる可能性があります。
右記デブリスを抑制するよう培地等の条件を検討し、よりデブリスを少なくすることでスフェロイド品質の向上につながるという意見が多く存在します。
※原液で測定した理由としては、希釈によりデブリスの分散や溶解などを懸念して原液の状態で実施しました。
次に、細胞数の異なるスフェロイド同士の分布の幅は本来であればほぼ同じか、細胞数が増えるほど結合の差が生じるため、分布の幅が広くなると予想されますが、測定結果は細胞数に反比例してシャープになっていました(細胞の培養期間が2日間であるため、細胞数の増減や結合数の変化は考えにくい)。
大きさの違うスフェロイドの分布位置を同じ中央値に合わせて分布幅の違いに焦点を置いて比較した場合、明らかに細胞数が多いほど分布幅がシャープな傾向(よりばらつきの小さいスフェロイド径の分布)であることが確認できます。


S.D(標準偏差) | |
---|---|
スフェロイド_100 cells | 11.41 μm |
スフェロイド_300 cells | 8.49 μm |
スフェロイド_500 cells | 7.40 μm |
これは、細胞数が多いほど密集する性質がある可能性があります。
つまり、細胞が集まるほど各細胞間の空隙が小さくなり、その隙間の個体差が小さくなるため、形成されたスフェロイドの大きさが揃いやすくなるのではないかと考えられます。

※結合具合の差で分布の幅が広がります。

※隙間が無く全細胞体積の理論値に近いので、分布の幅が狭くなります。
今後、さらなる研究により、スフェロイドの空隙状態の把握、さらには細胞間の密着具合の把握に繋がることを期待します。
本アプリケーションノートは、東洋製罐グループホールディングス株式会社様にご協力いただき作成致しました。
東洋製罐グループホールディングス株式会社
人々のくらしに欠かせない
容器包装のリーディングカンパニー
東洋製罐グループは、1917年創業以来100年以上にわたり、金属・プラスチック・紙・ガラスなどの素材を生かし、高品質・高機能な容器を世の中に送り出している会社です。容器で培った技術を応用して、新しい細胞培養用バッグ技術に取り組んでいます。
スフェロイド形成容器「ウェルバッグ」
アプリケーションノート PDFダウンロードはこちらから
Multisizer 4e
Multisizer 4eは、0.2~1,600 μm の範囲で測定ができる高精度で多機能な粒子・細胞径の分布・計測装置です。粒子・細胞を実測するため、色、形状、組成、屈折率などの影響を一切受けず、様々な粒子・細胞の個数、体積、面積粒度分布の測定が可能です。