水田土壌細菌の菌体計測における コールターカウンターの有用性
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増田 曜子 先生 |
コールター法(電気的検知帯法)を原理とした粒度分布測定装置(Multisizer 4e)は、様々な研究や産業で使用される精度の高い粒子計測装置で、測定できる検体も無機材料から細胞・微生物まで測定実績があり、幅広い分野で使用されています。
また、菌数計測は、様々な学問の基礎研究における微生物分析や環境モニタリングなどの用途で使用されるだけでなく、産業分野においても食品・飲料、医薬品の品質評価などといった目的でも測定されており、菌体数はこれらの研究開発で重要なパラメータとなります。
そして、菌数計測法も、菌数計算盤による計測やコロニーカウンターによる直接的な検出方法や、濁度測定や重量測定といった間接的な検出方法など多岐に及びます。
本インタビューでは、土壌圏科学研究室で取り組んでおられる研究内容や、増田先生の取り組まれておられるご研究テーマについてお伺いし、ご研究の中におけるコールターカウンターの有用性についてお聞きいたしました。
ご研究内容について
土壌圏科学研究室で取り組んでいる研究内容に関して教えてください。
土壌は食料生産を支える土台であり、陸上生態系の基盤でもあります。そこには膨大な数の多種多様な微生物が生息し、物質循環を動かしたり、植物に養分を供給したりするなど、地球環境の保全や人間の生存に欠かせない様々な役割を果たしています。私が所属しております土壌圏科学研究室では、「土壌の生物的機能を明らかにして食料生産や生態系保全に役立てる」ことをミッションとして研究を行っています。
増田先生が取り組まれているご研究のテーマについて教えてください。
水田土壌の微生物は窒素および炭素循環に関与し、窒素肥沃度の維持や温室効果ガス(一酸化二窒素やメタン)の生成・消去反応を駆動しています。私は、実際の水田土壌においてそれらの反応を担う微生物群について、土壌中のRNAを直接解読するメタトランスクリプトーム解析を行いました。その結果、窒素固定反応やアンモニア生成型異化的硝酸還元(DNRA)反応、脱窒反応の一部のステップを駆動する微生物 として、これまで窒素変換反応への関与が全く着目されていなかった鉄還元菌(AnaeromyxobacterおよびGeobacter属細菌)が重要であることを見出しました。その後、同解析により提唱された鉄還元菌窒素固定を実証するとともに、水田土壌においてそれらの窒素固定活性を高め土壌の窒素肥沃度を高める応用技術を開発しました。この鉄還元菌窒素固定の実証において、Multisizerを大いに活用させていただきました。 また、窒素循環と同様に炭素循環においても、メタトランスクリプトーム解析を用いて水田土壌におけるメタンの生成と消去に関わる微生物群の統合的解析を行い、メタンの基質となる酢酸や水素の生成、メタン生成、さらにはメタン酸化を駆動する細菌・アーキア群集と各機能の時空間的変動の全貌を明らかにしました。現在は、遺伝子転写産物だけでなく分離した微生物の生理性状の解析を行うとともに、安定同位体標識した窒素および炭素化合物を用いて実際の土壌における物質動態の解析を合わせて行うことで、水田土壌における窒素循環および炭素循環をより包括的に捉えることを念頭において研究を進めています。
図1. 窒素・炭素循環の模式図
ご研究におけるコールターカウンターの重要性について
コールターカウンター(Multisizer 3、Multisizer 4e)を導入するまで、どのように菌体計測を行っていましたか?
コールターカウンターを導入するまでは、主に菌体の計測に濁度測定(OD600)をしておりました。培地の種類によっては菌体の生育が弱く濁度測定に適さないものや、細菌以外の粒子が混在しているものも多くあります。その場合は、菌体を培養した培地からDNA抽出を行い16S rRNA遺
伝子のコピー数の変化を測定することで細菌の増殖を確認
する手法や、CFU(Colony forming unit)法を利用した
菌数測定を行っておりました。
導入するまで、菌体計測の際に感じていた課題について教えてください。
先ほど申し上げました鉄還元菌であるAnaeromyxobacter属細菌の窒素固定能の実証には、まず気体中の窒素を唯一の窒素源として生育できるかを確認することが必要でした。しかし、Anaeromyxobacter属細菌は難培養性であり、これまで多く窒素固定活性を解析されてきた微生物群とは培養条件や生育速度が異なっていました。
従来の様にAnaeromyxobacter属細菌の増殖曲線を描く際にOD600を用いますと、Yoon et al., 2016(https://doi.org/10.1128/AEM.00409-16)にも示されている通り、対数増殖期が過ぎても0.01 程度の値にしかなりません。もちろん対数増殖期には視覚的に増殖していることは確認できるのですが、OD600を用いて濁度を測定した際には値の変化が極めて微小であり、測定誤差も大きくなっていました。そのため、
Anaeromyxobacter属細菌がどの程度増殖しているのかを詳細に把握する際には手間のかかる手法、すなわち、先ほどお伝えしたDNA抽出を行い16S rRNA遺伝子のコピー数を測定するという手法を主に用いていました。しかしDNA抽出を介した手法では、手間と時間だけでなく抽出効率等のバイアスが気になっておりましたし、実際に測定誤差が大きくなることも多数ありました。
コールターカウンター(Multisizer 4e)について
「 精密粒度分布測定装置 Multisizer 4e」を導入するきっかけについて教えてください。
Anaeromyxobacter属細菌の濁度測定に苦労していた際に、研究科内で行われたセミナーで、実際にMultisizer 3を使用されている研究室の学生さんにお話を伺ったのがきっかけです。
「精密粒度分布測定装置 Multisizer 4e」を選んでいただけた理由を教えてください。
Multisizerを用いた菌体数の計測は、菌体を含む液体培地をISOTONというMultisizer用の電解液で希釈し、その中に含まれる粒子数(菌数)と粒度分布を測定するというとてもシンプルなものです。測定に要する時間は1 分程度ととても短く測定が迅速にでき、測定誤差も小さいという利点もありました。
「精密粒度分布測定装置 Multisizer 4e」を導入後、研究や業務に変化はございましたか。
私たちが特に注力しておりました「水田土壌に優占している鉄還元菌Anaeromyxobacter属細菌の窒素固定能の実証」には先行機種であるMutisizer 3が不可欠でした。窒素固定能の実証ですので、用いる培地にはNH4+やその他窒素源となる物質を添加しません。私たちはminimal medium(Masuda et al., 2020)を用いて唯一の窒素源をNガスとした培地を用いて培養を行っておりました。この際、増殖および生育は視覚的に確認できるのですが、増殖が他の培地における大腸菌等の細菌の生育と比較して極めて弱く、濁度測定が困難でした。つまり、論文でよく目にします、対数増殖期を示す濁度と日数の図を描くことができませんでした。そこで、菌体計測にMultisizer 3を導入したところ、唯一の窒素源をN2ガスとした培地における増殖曲線をダイレクトに描くことができました。その後は、属細菌だけでなく、同様に濁度測定が難しい他の細菌についてもMultisizerを利用しています。
図2. 土壌細菌サンプルをMultisizer 4eで測定したデータ
(20 μmアパチャー使用、ISOTON IIで100倍希釈、定量測定)
図3. Anaeromyxobacter 属細菌
図4. 窒素固定細菌Anaeromyxobacter sp.267株の時間依存的細胞数増加の曲線
今後の展望について
今後のご研究について、教えてください。
私は今後も、オミクス法によりこれまで知られてこなかった土壌というブラックボックス、すなわち物質循環 -土壌微生物の生態および機能の一端に光を当てるだけでなく、実際の物質動態解析および微生物の単離培養や生理性状解析を行うことで推定された事象を検証するという、Dry–Wet双方から「土壌」の本質に迫りたいと考えています。さらに、これにより得られた知見を、持続的な作物生産の礎となる技術に応用していきたいと考えています。微生物の単離培養や生理性状解析といった側面では、現在水田土壌から分離した窒素循環や炭素循環に関与する新規な細菌について研究を進めているところです。その 中にはAnaeromyxobacter属細菌と同様に濁度測定に適さないものが多く含まれており、Multisizerを用いた測定が必須となっています。
ご意見・ご要望について
ベックマン・コールターやMultisizer 4eに関して、ご要望などございますでしょうか。
現在はアパチャーの径が小さなものを使用しておりますが、詰まりやすいところが難点かと思っています。いくつか詰まりを取り除く手法がありますが、サンプルによっては何度も連続して詰まってしまうことがあります。コールター法を原理とするMultisizer 4eは、菌体を、迅速かつ簡便に測定できるのが利点ですので、その部分が改善されるとより利用し易くなると思います。
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増田 曜子 先生 |
略 歴
東京大学大学院農学生命科学研究科, 応用生命化学専攻 博士課程 博士(農学)
東京大学大学院農学生命科学研究科, 応用生命化学専攻特任研究員
東京大学大学院農学生命科学研究科, 助教
専 門
土壌微生物学
所属学会
日本土壌肥料学会、日本土壌微生物学会、日本微生物生態学会
農学生命科学研究科応用生命科学専攻
土壌圏科学研究室
土壌の生物的機能の全貌を明らかにし、診断・制御・利用する事は、土壌を健全に保ち、人類が生存するための重要な課題です。土壌圏科学研究室は「土壌の生物的機能とそのしくみを明らかにして持続的食糧生産や生態系保全に貢献する」ことを使命として研究・教育活動を行っています。
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Multiseizer 4e Multisizer 4eは、0.2~1,600 μm の範囲で測定ができる高精度で多機能な粒子・細胞径の分布・計測装置です。粒子・細胞を実測するため、色、形状、組成、屈折率などの影響を一切受けず、様々な粒子・細胞の個数、体積、面積粒度分布の測定が可能です。 |