BioLector マイクロバイオリアクターを使ったプロバイオティクス細菌の嫌気培養プロセス
Introduction
プロバイオティクスとは、ヒトに対して健康増進や生体機能に影響を与えると言われている生きた微生物のことです。一般的にプロバイオティクスは、腸内で望ましい微生物を増やしたり、抗生物質治療後に腸内フローラを再生させたりするために使われます。このような理由から、プロバイオティクスや、プロバイオティック栄養補助食品の市場が大きく伸びています1。ヒトの腸内細菌叢と健康増進効果の研究分野は、栄養産業において特に重要視されています。そのため、腸内細菌叢のような条件下におけるプロバイオティクスの培養など、嫌気性または微好気性の培養技術に関する科学研究が必要になります。
プロバイオティクスには、Lactobacillus 属やBifidobacterium 属など、多くの嫌気性細菌が含まれます。さまざまなプロバイオティック細菌の中でも、Bifidobacterium 属の細菌は最も広く使用され、研究されている細菌です。この細菌は好気培養条件下では酸素呼吸ができないため、偏性嫌気性細菌に分類されます2。さらに、ヒトの腸内細菌叢の主要な細菌群になります3。この細菌の性状は、乳酸と酪酸を放出することで、自己増殖に有利なpHをコントロールします。このようにして、多くの潜在的な病原菌の増殖を抑えます4。母乳で育った乳児の腸管では、Bifi dobacterium 属は優占種で、腸内の微生物の80%以上を占めます1, 5。
Lactobacillus 属は200種以上が知られており、乳酸菌の中では最大かつ最も多様な属です。乳酸菌は、米国食品医薬品局(FDA)が「一般に安全と認められる(GRAS)」としています。Lactobacillus 属の細菌は、健康に応用できる可能性があるため、乳製品やプロバイオティクスの発酵スターターとして使用、研究されています6。
このアプリケーションノートでは、BioLector XT マイクロバイオリアクターとガス供給リッドを組み合わせた嫌気培養実験を紹介します。BioLector XTは、微生物培養におけるハイスループットスクリーニン グを実施できるベンチトップ型のバイオリアクターです。最も一般的な培養パラメータ、例えば生菌数、pH、培養液の酸素飽和度(DO)、さまざまな蛍光分子・タンパク質の蛍光強度などをオンラインでモニタリングできます。ハイスループットを実現するために、BioLector XTではSBS/SLAS標準フォーマットの48ウェルマイクロタイタープレートを用いて培養を行います。これにより、1台のシステムで最大48バッチを同時に培養できます。さらに、このアプリケーションノートでは、BioLector XTのガス供給リッド(図1)を使用することで、Lactobacillus casei、Lactobacillus plantarum、Bifidobacteriumbifidumといったプロバイオティック細菌の嫌気バッチ培養やフェドバッチ培養を簡単に実施できることも示します。BioLector XTのガス供給リッドの主な利点は、マイクロタイタープレート(MTP)に窒素(100% N2など)を直接流し、5~50 mL/分の間で流量を調節しながら、流加とpH調整を同時に制御できることです。
図1.マイクロ流体MTP向けのBioLector XTマイクロバイオリアクターのガス供給リッド
Methods
Lactobacillus株の嫌気培養
Lactobacillus 細菌(Lactobacillus casei DSM 20011またはLactobacillus plantarum DSM 20174)の培養は全てMRSブロス(Carl Roth社 ドイツ)を用いて37℃、嫌気条件下で行いました。MRSブロスには、培地中の残留O2を減少させることで酸化還元電位の還元剤として機能するシステイン塩酸塩を0.5 g/L添加しました。前培養は全て250 mLの三角フラスコを使用しました。前培養では、調整済みMRSブロス20 mLに凍結保存していた細菌1 mLを添加し、嫌気条件にて24時間以上培養しました。
本培養では、MRSブロス培地においてODstart=1を開始点としました。その後、BioLector XTマイクロバイオリアクターにおける培養は、pH制御バッチ培養およびフェドバッチ培養にNextGen-Microfluidic丸型ウェルプレートで行いました。また、培養温度37℃、振盪速度600 rpm、湿度制御可能な状態で培養しました。培養ウェルの開始容量は 2,000 μL、最大容量は2,400 μLに設定しました。生菌数(gain 3)、pH測定(LG1)、溶存酸素DO(RF)のオンラインモニタリングにはBioLector XTの機能を使用しています。L. caseiのフェドバッチ培養の詳細な条件を表1 に示します。
内容物 | マイクロ流体設定 | |
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リザーバーA(流加) | 500 g/L グルコース |
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リザーバーB(pH 制御) | 3 M NaOH |
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培養ウェル | MRS ブロス培地中の L. casei |
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表1. L. caseiの流加(フェドバッチ)培養条件
BioLector XTマイクロリアクターにおけるB. bifidumの嫌気培養
Bifidobacterium bifidum(SinoPlaSan AG社 ドイツ)の培養は全てMRSブロス(Carl Roth社ドイツ)を用いて培養温度37℃、嫌気条件下で行いました。MRSブロスには、培地中の残留O2を減少させることで酸化還元電位の還元剤として機能するシステイン塩酸塩を0.5 g/L添加しました。前培養は全て250 mLの三角フラスコを使用しました。前培養では、調整済みMRSブロス20 mLにカプセル1個分の保存しておいた細菌を添加し、嫌気条件にて24時間以上培養しました。
本培養では、MRSブロスにおいてODstart=1を開始点としました。本培養はBioLector XTマイクロバイオリアクターで行いました。培養温度37℃、振盪速度600 rpm、湿度制御可能な状態でpH制御バッチ培養・フェドバッチ培養を行い、生菌数(gain3)、pH測定(LG1)、溶存酸素DO(RF)のオンラインモニタリングを行いました。B. bifidumフェドバッチ培養の条件を表2に示します。
内容物 | マイクロ流体設定 | |
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リザーバーA(流加) | 500 g/L グルコース |
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リザーバーB(pH 制御) | 3 M NaOH |
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培養ウェル | MRS ブロス培地中のB. bifidum |
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表2. B. bifidum の流加(フェドバッチ)培養条件
NextGen-Microfluidic 丸型ウェルプレートのレイアウト設定
フェドバッチ培養は全てNextGen-Microfluidic 丸型ウェルプレートにて行いました(図2)。
図2. NextGen-Microfluidic 丸型ウェルプレートの概要イラスト
A列にはグルコース流加溶液1,900 μLが、B列にはpH調整溶液1,900 μLを充填しました。BioLectorソフトウエアにて、水溶液(3 M NaOH)のポンプ容量は0.30 μL、粘性の高い流加溶液(500 g/Lグルコース)のポンプ容量は0.16 μLに設定しました。全てのフェドバッチ実験において、流加はタイムトリガーで行い、流加プロファイルは4 μL/hの一定流加に設定しました。また、pH制御は、pH6.0に設定しました。NextGen-Microfluidic 丸型ウェルプレート中の嫌気状態の維持は、BioLector XTのガス供給<リッドを使用しました。ガス供給リッドは、MTP(プレート)を用意してガス透過性の滅菌シリコンホイル(F-GPRSMF32-1)で密封した後、MTPに取り付けました。
Results
マイクロバイオリアクターにおけるLactobacillus caseiのフェドバッチ培養
図3に、MRSブロスにおけるLactobacillus caseiの培養プロセスを示します。上のグラフでは、生菌数のオンラインシグナルと溶存酸素(DO)シグナル、500 g/Lグルコースの溶液添加量が示されています。下のグラフでは、培養時間に対する、オンラインでのpH値とNaOH添加量のプロットが表示されています。
図3. BioLector XTにおいてガス供給リッドを用いたときのL. casei の培養
ここでは、1種類のバッチ培養と2種類のフェドバッチ培養の3種類の異なる培養設定を行いました。フェドバッチ培養の一つは流加開始が7.5時間後(図3、上図波線)、もう一つは10時間後(図3、上図波線)に設定しました。30 mL/分の流量でN2を連続的に流したところ、DOは徐々に低下しました。45分後、DOは5%以下になり、さらに低下しました。4.5時間後にはDOは0.5%以下になり、0%に向かって低下し続けました(図3、上図)。およそ6.7時間後の生菌数は、指数関数的な成長が止まり、定常期に入りました。この時点で、3種類の培養アプローチ全てにおいて生菌数シグナルは42 a.u.でした。
バッチ培養では、さらにゆっくりと成長しました。しかし、9.5時間後に最大44 a.u.に到達してからは徐々に減少し、培養終了時には最終的に38 a.u.の生菌数シグナルを検出しました。生菌数シグナルの増加は、流加溶液の添加と相関しました。一方、フェドバッチ培養では、流加が始まるとすぐに生菌数シグナルの増加が見られました。7.5時間のフェドバッチプロセスの生菌数シグナルは最終的に76.3 a.u.でした。10時間のフェドバッチプロセスでは、30時間後に生菌数シグナルが65.5 a.u.でした。
塩基性溶液の添加量は成長と相関がありました。3M NaOHの添加は、定常期の開始とともに停止しました。これは、成長停止によって細菌による酸の合成が行われなくなったことが理由です。溶液がコンスタントに添加されているときは、菌による酸の合成が続いたため、pH設定値であるpH6.0を維持するために塩基が必要でした。
まとめると、BioLector XTはガス供給リッドと、直接嫌気性ガスを送りながら連続的なpH制御と流加を同時に行うことにより、嫌気培養に適した機器であることが本実験から示されました。
BioLector XTマイクロバイオリアクターにおける嫌気条件の技術的・生物学的検証
酸素に敏感な生物を培養する場合、培養時間全体にわたって嫌気条件を維持することが重要になります。以下の実験では、BioLector XTマイクロバイオリアクターのガス排出口に外部酸素センサー(PreSensPrecision Sensing GmbH社のFTM Pst6 Sensor/Fibox 4 trace ドイツ)を設置し、BioLectorXTのガス供給リッドの技術的機能性を検証し、ガス供給リッドによる密閉性と、それによる嫌気状態を検証しました。
図4に、Lactobacillus plantarum(L. plantarum)をバッチ培養した実験データを示します。上のグラフは、オンラインによる生菌数シグナル(gain 3)を示します。下のグラフは、培養ブロス中の溶存酸素のオンラインシグナル、BioLector XTのガス排出口における酸素濃度、pHのオンラインシグナル、pH制御のために添加したNaOH量を示します。
遅滞期が2.86時間あった後、指数関数的な成長が始まりました。定常期に入った7.96時間後の最終生菌数シグナルは155.865 a.u.(OD600 = 9.01 ± 0.07)でした。L. plantarumの増殖中では乳酸が合成されます。この酸合成の増加と、pH 6を維持するために添加されたNaOH量は相関がありました。N2を30 mL/分で連続的に流すと、DOは徐々に低下しました。
図4. ガス供給リッドを用いたBioLector XTによるL. plantarum の培養
39分後、DOは5%以下になり、さらに低下しました。4時間後にはDOは0.5%以下まで下がり、0%に向かって低下し続けました。培養から16時間後、外部センサーが示した最終的な酸素濃度は0.029%でした。
この培養例において、機器の技術的な機能性を評価しました。しかしながら、Lactobacillus 属は好気条件下でも生育し、酸素を代謝できるため、BioLector XTによる嫌気培養の生物学的検証に対する十分なエビデンスとはなりません。そこで、偏性嫌気性のBifidobacterium bifidumを培養しました。
図5. ガス供給リッドを用いたBioLector XTによるB. bifidum の培養
この菌株を培養できることによって、BioLector XTの嫌気培養に対する生物学的な評価が可能になります。図5に、B. bifidumのバッチ培養とフェドバッチ培養の実験データを示します。上のグラフでは、培養時間に対する生菌数のオンラインシグナルと流加量をプロットしました。下のグラフは、pHとDOのオンライン(オプトード)シグナル、3 M NaOH添加量、酸素シグナル(マイクロリアクターのガス排出口に外部酸素センサーを設置しました)を示します。
遅滞期が2.4時間あった後、指数関数的な成長が始まり、バッチ培養では生菌数シグナルが最終的に147.57 a.u.(OD600 = 8.3 ± 0.57)に達しました。フェドバッチ培養では、バッチ培養と異なり、指数関数的な成長が続きました。この成長は、培養開始6時間後にはすでに流加が始まっており、培地に大量のグルコースが存在したからです。培養23時間後、最大生菌数は227.3 a.u.(OD600 = 15.93 ± 0.69)に達しました。B. bifidumの増殖中は乳酸が合成され、成長と相関します。このことは、pH 6を維持するために添加したNaOH量の曲線から観察されます(図5 下)。N2を30 mL/分で連続的に流すと、DOは徐々に低下しました。
Conclusion
BioLector XT マイクロバイオリアクターと嫌気性ガス供給リッドを組み合わせ、Lactobacillus 属やBifi dobacterium 属細菌などのプロバイオティクス培養の技術的・生物学的検証を行いました。m2plabsのマイクロ流体チップ技術と、ガスリッドによる窒素ガスの直接供給を組み合わせることで、小規模な培養システムにおけるpH 制御、流加、窒素ガスの直接供給を同時に行うことができます。よって、BioLector XT は、嫌気性細菌の培養に適したシステムとなります。
参考文献
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- Shimamura S, Abe F, Ishibashi N, Miyakawa H, Yaeshima T, Araya T, Tomita M. Relationship between oxygen sensitivity and oxygen metabolism of Bifidobacterium Species, Journal of Dairy Science, 1992, 75(12): 3296-3306. https://doi.org/10.3168/jds.S0022 0302(92)78105-3
- Sakurai T, Yamada A, Hashikura N, Odamaki T, Xiao JZ. Degradation of food-derived opioid peptides by bifidobacteria. Benef Microbes. 2018; 9(4):675-682. https://doi.org/10.3920/BM2017.0165
- Hidaka H, Eida T, Takizawa T, Tokunaga T, Tashiro Y, Effects of Fructooligosaccharides on intestinal flora and human health. Bifidobacteria Microflora. 1986, 5(1), 37-50. https://doi.org/10.12938/ bifidus1982.5.1_37doi: 10.12938/bifidus1982.5.1_37
- Kato K, Odamaki T, Mitsuyama E, Sugahara H, Xiao JZ, Osawa R. Age-related changes in the composition of gut Bifidobacterium species. Curr Microbiol. 2017;74(8):987-995. https://doi. org/10.1007/s00284-017-1272-4
- Hill D, Sugrue I, Tobin C, Hill C, Stanton C and Ross RP (2018) The Lactobacillus casei group: History and health related applications. Front. Microbiol. 9:2107. https://doi.org/10.3389/fmicb.2018.02107
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