FCMのための精度管理入門
精度管理の目的は、検体の測定結果が“正確”であることを保証すること、および測定方法とその管理方法の妥当性を測定結果の記録から証明することにあります。
こうした目的を実現するには、測定システムの機能やしくみを理解すること、測定システムの機能を維持管理すること、測定システムが異常検体も正しく測定しているか判断することなどが重要です。すなわち、精度管理データに異常と思われる測定値が出現した場合には過去のデータとの比較や統計学的な手法によって総合的な判断を行い、同時にその原因が何であったかを速やかに特定、改善する必要があります。また、こうした一連の取り組みおいては、精度管理データや使用した試薬のロット、その時の機器コンディション等を記録し保存しておくことも重要です。
近年では、こうした検体採取から測定値の報告に至る全体についての取り組みは「精度保証」あるいは「総合精度管理」と呼ばれることが多く、特に臨床検査においてはISO15189の発効もあり、こうした精度保証の考え方が広まってきています。
ベックマン・コールターでは、フローサイトメトリーによる臨床検査を主な対象とした外部精度管理プログラム、IQAP(Interlaboratory Quality Assurance Program)を提供しています。
<目次>
参考 : 施設間精度管理IQAP
I. 精度管理の目的(精密性と正確性)
精度管理の目的の1つは、「安定して正確な測定結果を得る」ことにあります。「安定して」とは、「再現性が良い」、あるいは「バラツキが小さい」という言葉に置き換えることもできます。したがって、安定しているかどうかは、再現性やデータのバラツキ程度を評価するのと同じ方法で評価することができます。同一の検体を複数回測定したときに得られる測定値が、ほぼ同じであり安定した測定値が得られている状態を、精度管理では一般に「精密性」が高いと言います。数値としては、多くの場合SD(標準偏差)やCV(変動係数)といった統計量が用いられ、これらの数値が小さいほど精密性が高いということができます。
測定値 = 真値 + 偶然誤差 + 系統誤差
一方正確性は、実際の測定によって得られた測定値(観測値)が、どの程度「真値」に近接しているかを評価することになります。真値とは、検体中に含まれる測定対象物質の真実の値を示す概念ですが、多くの場合真値を知ることは非常に困難です。そこで、多くの場合様々な条件(試薬構成や使用する測定機器、施設など)で測定した場合の測定値を真値に替わる値としてしています。外部精度管理プログラムであるコントロールサーベイで、全参加施設から報告された測定値の平均値を基準として正確性の評価が行われるのはこうした理由によります。測定値は真値に測定誤差を合わせたものと考えることができますので、正確性は誤差の大きさを評価していると考えることもできます。
*「中心極限定理」という統計学的な考えに基づいています。中心極限定理については、統計学の参考書をご参照ください。
II. フローサイトメトリーにおける誤差要因
I.の 精密性と正確性でも述べたとおり、測定値は真値と測定誤差の合計値と考えることができます。また、測定誤差は大きく系統誤差と偶然誤差の2つに分類することができます。系統誤差はいつも必ず同じように起きる誤差であり、たとえばサンプル調整に使用しているピペットの校正誤差や感度設定値の誤差などが考えられます。一方の偶然誤差は、毎測定時に発生し得る様々な誤差要因を指しており、いわば予測不可能な突発的に発生する誤差要因と考えることができます。
フローサイトメトリーによる測定においては、機器の感度設定や蛍光補正といった機器のコンディショニングに測定者の主観が入り込みやすいという点があり、また解析対象とする細胞集団を決めるゲーティングの部分でも主観が入り込みやすいという、他の測定方法とは異なる特殊性があります。これらの点は、「測定者に依存した誤差」という点で、系統誤差および偶然誤差の双方の要因になりえます。したがってフローサイトメトリーによる測定値には、他の機器分析よりも様々な誤差要因の入り込む余地が大きく、またその原因を特定し難い点があるということができます。
※ 感度設定やゲーティングなどは、測定者毎に異なる可能性があります。
III. 精度管理の方法
実際の精度管理は、内部精度管理と外部精度管理の大きく2つに分けることができます。内部精度管理は自施設内での取り組みであり、主に精密性の向上に力点があるといえます。一方の外部精度管理は、自施設と他施設の測定値を比較することが基本で、正確性の向上に力点を置いた取り組みということができます。
管理検体による内部精度管理
内部精度管理では主に精密性の監視、向上を目的としており、このためには同一のサンプルを測定したときの測定値がいつでも一定であるかどうかを評価しなくてはなりません。最も広く行われているのが管理検体を用いた測定値のモニタリング(-R管理図法)で、市販のコントロール試料やオリジンを同一にする検体(管理検体)を一定の条件下に保存しておき、未知試料の測定時ごとにこの管理検体を同時に測定(二重測定)します。二重測定の平均()を毎回-R管理図にプロットして、前回測定時と同一の測定結果が得られているかをモニタリングしていきます。また、これと同時に管理検体を二重測定したときに得られる個々の測定値の差(R)をモニタリングします。最終的にはXおよびRの値の推移から、測定系の精密性が良好に保たれているかどうかを判断することになります。
なお、良否の判断基準として、あらかじめ測定したn=20程度の測定値から「管理限界」を設定しておくことも重要です。管理限界の設定方法にも様々な方法がありますが、最も汎用されている方法として、観測値(XまたはR)の平均値±2SDを利用する方法があります(平均値±2SDの意味については、Ⅴ-2.管理限界と平均値±2SDを参照してください)
図2:-R管理図の例
-R管理図は、臨床検査における精度管理ではLevey-Jennings chart と呼ばれることもありますが、この場合には日々の測定値X(ではない)を時系列順にプロットして行く方法を指すことがあります。
Levey-jennings プロット(Cytomics FC500 CXPソフトウエア)
管理検体を使用しない内部精度管理
内部精度管理の方法として、管理検体を使用しないいくつかの方法も利用されています。ただしこれらの方法は統計学的な確率論に基づいており、毎測定時に、安定して一定数以上の検体を得ることのできる条件が整っていることが必要になります。1日のうちに提出された検体の中から毎回同数(n=10程度)を精度管理用としても測定してその平均値やバラツキをモニタリングしていく方法で、小規模病院のような、毎回の測定数が少数の場合等には向きません。
なお、こうした管理検体を使用しない内部精度管理の方法には下記のようなものがあります1)。詳しくは、各種参考書をご参照ください。
① 反復測定法 | 基本的に精密性を評価する方法で、同じサンプルを再測定した場合には、同じ測定値が得られるはずであるという仮説に基づいています。特に管理用検体や多数の検体を用意せずに、ある1回(1日)の測定における、測定系の精密性を評価することができます。 |
② ナンバープラス法 | 毎測定時に対象とする検体の集団にある一定のバラツキがあり、かつ大きな差がない場合には適用できますが、実験的にある処理をした細胞群とそうでない細胞群の測定などが測定時毎に変化するような場合では適用できません。したがって、ある程度の検体数が安定して提出される臨床検査室向けの精度管理方法の1つということができます。 50検体程度の測定結果から最頻値(モード)を算出し、これを超える測定値の個数(ナンバープラス)の割合を日々モニタリングしていく方法です。 |
③ 正常者平均値法 | ナンバープラス法の改良版ともいえる方法で、「検体測定値の大半は正常値範囲に入り、その正常値範囲に含まれる測定値の平均値は安定である」という前提に基づきます。やはり、ある一定規模以上の臨床検査室に適した方法ということができます。 |
参考書籍
1) 林 長蔵 ほか 編:精度管理の方法,第二版,医歯薬出版株式会社,東京,44-98,1985
外部精度管理
外部精度管理は、自施設の測定値が他施設の測定値と十分な同一性を有しているかどうかの評価を主眼としており、最も簡便に実施できるものとしては複数施設間でのクロスチェックがあります。クロスチェックでは同一のサンプルを複数施設で測定し、その測定結果を比較することになります。また、大規模なコントロールサーベイはクロスチェックの延長線上にあると考えることもできますが、参加全施設の平均値を真値に代わるものとみなすことができることから、「正確性」の評価手段としても利用されます。
また、外部精度管理を実施するに当たっては、内部精度管理を実施して、精密性を十二分に高めておくことが必要です。精密性が不十分な状態では、外部精度管理による評価用として提出した測定値が、必ずしも自施設の状態を代表しているとはいえない場合があります。すなわち、「偶然」の要因によって外部精度管理の評価結果が良好にも不良にもなり得ます。特にコントロールサーベイはある1回の測定値をもとに評価するため、こうした点に注意が必要です。
図3:精密性と外部精度管理の評価結果
精密性良好
どの測定値を用いても、ほぼ一定の正確性評価が可能。
精密性不良
どの測定値を用いるかによって、正確性の評価結は大きく左右される。
なお、ベックマン・コールターでは、フローサイトメトリーによる臨床検査を主な対象とした外部精度管理プログラム、IQAP(Interlaboratory Quality Assurance Program)を提供しており、正確性のみならず精密性をも他施設との比較によって相対評価する内容となっています(詳しくはこちらをご覧ください。)
施設間精度管理IQAPは、こちら
IV. 精度管理データの解釈
統計学的な異常
精度管理データは、何らかの統計学的な処理を利用して評価します。したがって、データの解釈には統計学的な知識が必要です。一方で統計学的な判断が絶対的なものではなく、統計学的な判断基準によっては異常と思われたデータも、十二分に説明のつく理由が明確であれば、測定値として異常ではないかもしれません。逆に、統計学的には異常でなくとも、測定系に明確な異常(たとえば、サンプル調整のミスや機器の整備不良など)が発生しているのであれば、その条件で測定した測定結果に十分な信頼性はないということになります。
こうした判断のためには、自身の測定系や実験系の特性、さらには測定条件等を十分に理解して、また記録しておくことが重要です。すなわち、統計学的なデータ管理はあくまでも自施設の測定値に信頼性をもたせ、もし測定系に異常が発生しているのであれば、それを速やかに発見するための一手段に過ぎないという点を十分に認識しておくことが大切です。
図4:Levey-Jennings chart の利用による“異常“の発見
赤線で囲ったデータのうち、統計学的にも“異常”といえるのはA,Bどちらの場合か?
逆に、“統計学的に”問題がない場合には、精度管理上の問題が全く起こっていないと判断して良いか??
管理限界と平均値±2SD
精度管理データの管理限界として、平均値±2SDが広く利用されていることはご存知の通りです。しかしながら、この管理幅が意味する点については意外に十分な理解がされていない場合が多いようです。
平均値±2SDという管理幅は、統計学的には全測定値の95.4%をカバーする範囲です。したがって、平均値やSD(標準偏差)を算出する元になるデータや、そのn数が変化すれば、平均値±2SDという範囲自体も変化することになります。さらに、全測定値の95.4%をカバーする範囲ということは、逆にいうと4.6%の測定値(およそ20回に1回の割合で出現)は、この範囲を外れることになります。もしある日の測定結果が平均値+2SDを上回ったとしても、次に測定した結果が範囲内に入るのであれば、測定系自体には問題がなく、系統学的には十分に起こりうるバラツキの範囲内での事象であった可能性もあります。逆に、その日を境に何度測定しても測定結果が管理幅を外れるのであれば、測定結果になんらかの異常が発生している可能性があります。
測定値の管理限界は、こうした統計学的な各数量の意味を十分に理解した上で設定すべきであり、場合によっては平均値±2SDと±3SD、あるいはR(重複測定時の各測定値の差)との組み合わせも考慮して設定すべきと言うことができるでしょう。ちなみに、平均値±3SDは、全測定値の99.7%をカバーします。
図5:平均値±2SDの範囲
平均値±2SDと3SD、あるいは複数測定値から得られるR等の組み合わせにより、適切な管理限界を設定することが重要です。さらには、こうした管理限界を超える測定値の出現頻度や、低値側または高値側への偏りをモニタリングしておくことも大切なポイントです。
V. 精度管理関連製品一覧
ベックマン・コールターでは、フローサイトメトリーの精度管理用として下記の製品を販売しています。用途に合わせてご利用ください。
精度管理関連製品はこちらをご覧ください。
関連リンク
・施設間精度管理IQAP
・アプリケーションノート:精度管理(QC)
・アプリケーションノート:フローサイトメーターの標準化の基本
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