高速培地環境分析装置 Vi-CELL MetaFLEXによる細胞培養モニタリング
はじめに
バイオロジクス産業(生物の機能を利用して製造した製品)にとって、高品質、高収量で製剤を作り上げることは大きな課題となっています。この課題を達成するためには、バイオリアクター中の培地の状態をモニターし、コントロールすることが必要です。高速培地環境分析装置 Vi-CELL MetaFLEX(以下、MetaFLEX)を使用することで、安定した細胞培養モニタリングを行うことができます。MetaFLEXは、哺乳類動物細胞や昆虫細胞の培養培地にとって最も重要な項目, pH、グルコース、乳酸、pCO2(二酸化炭素分圧)、pO2(酸素分圧)および電解質など, を自動分析することができます。MetaFLEXは、ラジオメーター社1 の臨床現場における優れた即時血液ガス分析技術を基盤としており、細胞の生存を維持するために必要な測定項目を即座に、安定的に測定することができます。
MetaFLEXは、わずか65 μLのサンプル量で35 秒以内に結果を表示します。また、内蔵のインレットプローブを使用してサンプル吸引を行うため、特別なサンプル容器を必要とせず、シリンジ、キャピラリーチューブ、テストチューブ、サンプルカップ、または類似した容器を使用し、素早く分析することができます。吸引されたサンプルは、即座にセンサーカセットに送られ、この小さなセンサーカセットに搭載された各種センサーを用いて各項目が測定されます。つまり、すべてのMetaFLEXによる分析は、このコンパクトなセンサーカセットを用いて行われています。 センサーカセットを維持するために必要とされるすべての溶液、コンポーネント(緩衝液、クオリティコントロール溶液、キャリブレーション溶液、廃液パック)が溶液パックに含まれています。センサーカセットや溶液パックの交換時期や有効期限は、機器モニターに表示されており、ユーザーは、これらの情報をいつでも、簡単に知ることができます。
検出方法
MetaFLEXで使用するセンサーカセットは、それぞれの測定項目に合わせたセンサー/ 電極および基準電極から構成されています。(Figure 1)
基準電極の安定した一定の電位は、サンプルの組成で変化せず、定電位が維持されています。そのため、変動したpHや各電解質に接した電極の電位の変化を電位差として測定することができます。基準電極は、塩化銀(AgCl)でコーティングされた銀-塩化銀電極であり、一定濃度の塩化物水溶液中においてAg+/Ag の平衡が維持されています。
1. ラジオメーター社は高度急性期医療における優れた技術を提供するリーディングプロバイダーであり、急性期医療検査における検査の自動化と測定の簡便さを実現してきました。
基準電極の構造については Figure 2 をご参照ください。
![]() Figure 2:基準電極の構造 |
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MetaFLEX は測定項目によって以下の分析手法を使い分けて測定しています。
Potentiometry(電位差測定):電位の変化を電圧計によって測定します。pH、pCO2、および電解質の測定に用いられています。
Amperometry(電流測定):センサーを流れる電流の大きさを、電流計によって測定します。グルコースおよび乳酸の濃度測定に用いられています。
Optical pO2 sensor(光学式測定):pO2 の測定に用いられています。
Spectrophotometry(分光光度測定):全血分析に関連する項目に対し、光の吸収スペクトルを測定しています。
pH、電解質、および pCO2 センサーは、PVC (polyvinyl chloride) メンブレンを基盤に組込んだ設計になっており、また、Cl- センサーはエポキシメンブレンを同様に基盤に組込んだ設計になっています。各々のセンサーは電位差の測定原理に従い測定されます。したがって、センサーのソリッドステート接点と基準電極との間の電位または電圧を測定することにより電位差を測定します。電位差測定センサーは、構造上の基本コンセプトは同じですが、各々で若干構造が異なっております。
![]() Figure 3:pHセンサーと電解質センサーの構造 |
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グルコースと乳酸濃度は、電流測定によって測定されます。電気回路において、センサー系を流れる電流の大きさは、電気回路におけるアノードまたはカソード電極の酸化または還元によって決まります。これらの反応は、グルコース、乳酸の濃度に依存しています。
センサー系には、一定の分極電圧がかけられており、電気回路を流れる電流を電流計で計測します。溶液中のグルコースと乳酸分子はセンサーに浸透し、グルコン酸とピルビン酸に変換されると同時に、H2O2 が生成されます。センサー系に電位を加えると、H2O2 の酸化によってH2O2 の量に比例する電流が発生し、この電流の変化は、グルコース、乳酸の濃度に直接関係しています。
![]() Figure 4:グルコース、乳酸センサーの構造 |
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pO2 センサーは他のセンサーと構造が大きく異なり、光学システムを搭載しています。pO2 センサーの光学システムは、O2 による光強度の低減とサンプルに接触する発光染料による燐光の測定データから測定結果をレポートしています。
![]() Figure 5:pO2 センサーの構造 |
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緑色のLEDが発した励起光は、ダイクロイックミラーで反射されpO2 センサーに照射されます。燐光による赤色の光はダイクロイックミラーを通過し光検出器に入射されます。光検出器は、光強度に比例した電気信号をアナログ/デジタルコンバータ、およびpO2 濃度を計算するデータ処理ユニットに送信します。
MetaFLEXの測定結果フォーマット
MetaFLEX は測定結果を機器スクリーン、またはプリントで表示します。データログに関しては、サンプルの測定結果、クオリティコントロールの測定結果、キャリブレーションの測定結果、およびユーザーが行った活動の記録をすべて機器内に記録します。結果およびデータログは、csvフォーマットでエクスポートすることができるため、種々のプログラムで閲覧、解析が可能です。
信頼性・精度・正確性
前段で述べたとおり、Qualicheck 5+シリーズ溶液は機器に任せずに、ユーザー自らMetaFLEXのクオリティチェックを行うことができます。つまり、これらの溶液は、MetaFLEXの精度、正確さを評価することにも使うことができます。各々のQualicheck 溶液はガラス製のアンプルに2mL入っており、MetaFLEXの測定範囲内の濃度既知の測定項目群が含まれています。Qualicheck 溶液の各項目の濃度等は、製品に添付されているデータシートに記載されています。内部クオリティコントロールチェックと異なり、ユーザーによるQualicheck 溶液を用いたクオリティチェックには新しいQualicheck 溶液を使って実行してください。なぜならば、いったんQualicheck 溶液を開封して時間が経過すると、この溶液が空気にさらされることになり、Qualicheck 溶液に含まれるpO2、 pCO2およびpHの値が変化するためです。
複数のMetaFLEX 機器間(MetaFLEX (Unit1)、MetaFLEX (Unit2))におけるデータの相関を調べるため、Qualicheck5+ 溶液のlevels 1-3を用いて検証実験を行いました。すべての測定で新しいQualicheck 溶液を使用し、各々の溶液を3回測定しました。各Qualicheck 溶液の測定結果から平均値を計算し、その測定値がQualicheck 溶液の濃度範囲内に入っているか評価しました。結果の精度を比較するため、各測定項目に対する変動係数(CV)を表にまとめました。
Qualicheck5+ 溶液を使用したMetaFLEX (Unit1) の検証結果:
Table 1. Qualichek Level 1 data - Unit 1, n=3
Table 2. Qualichek Level 2 data - Unit 1, n=3
Table 3. Qualichek Level 3 data - Unit 1, n=3
Qualicheck5+ 溶液を使用したMetaFLEX (Unit2) の検証結果:
Table 4. Qualichek Level 1 data - Unit 2, n=3
Table 5. Qualichek Level 2 data - Unit 2, n=3
Table 6. Qualichek Level 3 data - Unit 2, n=3
MetaFLEX (Unit1, Unit2) によるpH、pCO2 、pO2、グルコースおよび乳酸測定の平均値を以下に示します。(Figures 6-10)
![]() Figure 6:pHデータの比較 (levelは各々のQualicheck5+溶液) |
![]() Figure 7:pCO2 データの比較 (levelは各々のQualicheck5+溶液) |
![]() Figure 8:pO2 データの比較 (levelは各々のQualicheck5+溶液) |
![]() Figure 9:グルコース データの比較 (levelは各々のQualicheck5+溶液) |
![]() Figure 10:乳酸データの比較 (levelは各々のQualicheck5+溶液) |
複数のMetaFLEXを用いた測定結果から、各項目に対してCV値を計算したところ、その値が極めて低いことが明らかです。これらの結果は、MetaFLEXの機器間で測定結果に対して高い相関性があること、加えて、MetaFLEXの測定精度が極めて高いことを示しています。
Qualicheck 溶液を用いた測定に加えて、DMEM培地におけるグルコースおよび乳酸の重量換算での濃度を測定しました。 前回の試験と同様に、培地中のグルコース濃度は複数のMetaFLEX (Units A & B)で測定を行い、機器間での測定値の差(%) を計算しました。一方、乳酸に関しては複数のMetaFLEXを用いずに、一台のみ (Unit C)で測定を行いました。また、この実験における測定値が、直線状にプロットされるか、精度に一貫性があるかを調べるため、測定結果をプロットし、表を作成しました。その結果、測定値が直線状にプロットされることが示されました。結果は以下に示します。(Table 7 & 8、Figure 11 & 12)
Table 7. グルコース濃度の測定結果と機器間の変動係数および誤差 ![]() |
![]() Figure 11:グルコース濃度の測定値は直線上にプロットされる |
Table 8. 乳酸濃度の測定結果と変動係数および誤差 ![]() |
![]() Figure 12:乳酸濃度の測定値は直線上にプロットされる |
以上の実験結果から、MetaFLEX はグルコース、乳酸の濃度を変えて測定しても、濃度に応じた直線性(傾きはそれぞれ、0.89および0.92、R2 値はともに0.99)を示す結果となりました。また、2台のMetaFLEX による測定のCV値は3%以下であり、測定値の差は10%以下であることから、MetaFLEXは機器間の誤差が少なく、精度の高い測定を行うことができることが示されました。
細胞培地での結果
MetaFLEXの有用性の高さを証明するため、GFPを発現するCHO (Chinese Hamster Ovary) 細胞を用いて培地の測定を行いました。細胞を培地で増殖させ、培地の分析を1 日毎に10日間にわたって測定を行いました。経時的に培地を測定することで、培地の成分の変化を調べました。グルコース濃度、乳酸濃度およびpHに注目してください(Figure 13 & 14)
![]() Figure 13:GFP発現CHO細胞の培地におけるグルコース、乳酸濃度の経時的変化 |
![]() Figure 14:GFP発現CHO細胞の培地におけるpHの経時的変化 |
上記のグラフから、 予想と一致し、時間の経過とともにグルコースの濃度が減少する一方、乳酸濃度が増加していることがわかりました。pHの変化は予想よりも変化が小さく、pH低下の度合いはわずかでした。以上の結果は、MetaFLEXが細胞培養の培地環境を分析することができることを示しています。
結論
高速培地環境分析装置MetaFLEXは、哺乳類動物細胞や昆虫細胞の培養環境を簡便に分析できる優れた分析装置であり、細胞の増殖にとって最も必要なpH、グルコース、乳酸、pCO2、pO2、および電解質などの測定項目を確かな精度で測定を行うことができます。MetaFLEXはスモールスケールでの培養からラージスケールでの培養に至るまで対応可能であり、何より測定に必要なサンプル量が65 μLと非常に少量です。また、全項目の測定結果を35 秒以内に表示します。 解析には特定のサンプルの容器を必要とせず、シリンジやキャピラリーチューブ、テストチューブ、サンプルカップなど、様々な容器に対応しています。
参考文献
Vi-CELL MetaFLEX Instructions for Use. 2016. Beckman Coulter Inc. Indianapolis, IN.
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高速培地環境分析装置 Vi-CELL MetaFLEXは、素早く、簡単に培地の状態を分析できるように設計された培地分析装置です。pH、グルコース、乳酸、pCO2(二酸化炭素分圧)、pO2(酸素分圧)などの液中ガス濃度、およびカリウム、ナトリウム、カルシウム、Cl- などの電解質濃度などを自動測定することが出来ます。⼩スケールのみならず、⼤規模な細胞培養の⼯程管理にも安⼼してご使⽤いただけます。 |