イオンプローブ
細胞内情報伝達には種々のイオンが関わっており、それらの検出を可能にする蛍光性イオンプローブは、医学、生物学研究に欠かせないツールとなっている。カルシウム、ナトリウム、塩化物イオン、亜鉛などのプローブが開発され、販売されているが、最も成功しているのはカルシウムプローブであろう。本章では、カルシウムプローブを中心に、イオンプローブについて概説する。
4-1. カルシウムプローブ
図2 (左) BAPTAの構造(青部分)、
(右)BAPTAとGEDTAのカルシウム親和性のpH依存性
図3 AMエステル体の細胞導入の模式図
図4 カルシウム濃度とシグナル強度の関係
表2. カルシウムプローブの特性
カルシウムは情報伝達物質として働き、その細胞内での挙動は大きな興味の対象となっている。1980年、カルフォルニア大学のR. Y. Tsienらは、細胞内カルシウムの濃度測定法としてQuin-2を用いる方法を発表した。その後もTsienらは、Fura 2、Fluo 3、Indo 1、Rhod 2などの改良されたプローブを開発し、これにより、カルシウム動態に関する研究は大きな発展を遂げた。
Tsienらの開発したプローブは次のような点で優れている。1つはマグネシウムに対する選択性を向上するためBAPTA構造を蛍光性発色に組み込んだことである。カルシウム選択性が高いのみならず、BAPTAは中性領域でカルシウム親和性が変化しないという特性も併せ持っている。これは、同様にカルシウム選択性が高いキレート試薬として知られているGEDTAのカルシウム親和性が中性付近では変動するのとは対照的である(図2)。もう1つ重要な点は、細胞膜透過性を付与するため、アセトキシメチル(AM)エステル体としたことである。AMエステル体は脂溶性が高いため細胞膜を通過することができ、細胞内のエステラーゼで加水分解されると、細胞外に漏れ出しにくい構造となる。このような特性が細胞内カルシウム濃度の測定に適した性能をもたらしている。
カルシウムプローブを選択する際に重要な特性は、解離定数(Kd)と励起・蛍光波長、及びレシオメトリーが可能かどうかである。解離定数はプローブとカルシウムの親和性を示す指標であり、測定したいカルシウム濃度域に近いものを選択する必要がある。適切で無いKdのプローブを用いると小さなシグナル変化しか得られない(図4)。
励起・蛍光波長は測定する実験系や機器に合わせて選択する必要がある。細胞へのダメージや自家蛍光が問題となる場合はより長波長のものが望ましい。Arレーザー(488nm)を励起光源に用いる機器では、Fluo 4はFluo 3の2倍の蛍光強度変化が得られる。これはFluo 4の極大励起波長がArレーザーにより適しているためである(表2)。
Fura 2やindo 1はレシオメトリー可能なカルシウムプローブである。Fluo 3やRhod 2などがカルシウム濃度変化によってその蛍光強度が変化するのみであるのに対し、Fura 2やindo 1は励起スペクトルや蛍光スペクトルの形状が変化する(図5)。増加する波長と減少する波長の蛍光強度の比は、色素濃度や光源の強度、細胞の大きさに依存しないため、正確なカルシウム濃度の測定が可能である。
ここで紹介したプローブ以外にも、より親和性の低いものや長時間滞留型のプローブ等が市販されている。用途に応じて選択して頂きたい。
4-2. その他のイオンプローブ
ZnプローブとしてはZinquin ethyl esterやDansylaminoethyl- cyclenが利用されている。 Zinquin ethyl esterは、Zn2+ 選択的蛍光プローブの最初の成功例であるTSQを元に考案された化合物であり、錯形成によって蛍光強度が約30倍に増強する。一旦、細胞内に導入すると、細胞内エステラーゼによってエステル結合が加水分解を受け、水溶性が増し細胞外へ漏れにくくなる。Dansylaminoethyl-cyclenは、Zn2+と1対1錯体のみを形成することと、水溶性であることが大きな特長である
BCECFはpKa=6.97であり、pH6.4~7.6の範囲内でpHと蛍光強度の間に直線関係が見られることから、細胞内pHプローブとして利用されている。細胞に負荷する際にはAMエステルが用いられる。
MQAEは、Cl-によりその蛍光強度が減少することを利用して、細胞内Cl-の検出に利用されている。高い水溶性と膜透過性を併せ持っており、他のアニオンやpHに影響されることなく0~50mmol/lのCl-濃度変化を追跡できる。SBFI、PBFIはそれぞれNa+、K+の検出に用いられる蛍光プローブである。
Na+やCl-は創薬研究などで重要な指標となるイオンであるが、現在市販されている蛍光プローブは、必ずしも十分な性能を有していない。今後、より高性能なプローブの開発が期待される。