第8回 遺伝子治療用ベクターへの超遠心分析の利用
野田 勝紀 1,2, クラユヒナ エレナ 1,2, 内山 進 1
1大阪大学 大学院工学研究科
2株式会社ユー・メディコ
はじめに
第4 回までに、超遠心分析の基本測定原理、沈降速度法(SV-AUC)と沈降平衡法(SE-AUC)の解析方法を紹介しました。第5 回では、超遠心分析によるバイオ医薬品の凝集体評価をご紹介し、第6 回では、相互作用を伴った超遠心分析についてご紹介しました。また、第7 回では生体分子以外の測定対象として、ナノ粒子の超遠心分析例についてご紹介しました。
第8 回では、遺伝子治療用ベクターへの超遠心分析の利用についてご紹介します。
遺伝子治療用ベクターとは
遺伝子治療とは、厚労省の遺伝子治療臨床研究に関する指針によると、「疾病の治療を目的として遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること」と定義されています。遺伝子治療用ベクターとは、対象となる遺伝子が組み込まれた発現ベクターのことを指します。発現ベクターに組み込まれる遺伝子は、タンパク質をコードする遺伝子であるため、数kbps 以上の長い核酸を含む事が多く、発現ベクターに組み込まれた遺伝子がコードするタンパク質がヒトの体内で発現することにより治療効果を示します。
現在までに、遺伝子治療用ベクターとして用いられているベクターは、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(AAV:Adeno-Associated Virus)、センダイウイルス、プラスミドなどがあります。レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクターは、染色体挿入のための酵素を持つため、ベクター上のタンパク質をコードする遺伝子は染色体へ挿入されてからこの遺伝子が発現します。一方、アデノウイルスベクター、AAV ベクター、プラスミドなどのベクターでは核内でタンパク質をコードする遺伝子が発現し、センダイウイルスベクターでは細胞質でタンパク質をコードする遺伝子の発現が行われます。レトロウイルスベクターはこれまで300 以上の臨床プロトコルにおいて使用された実績がありますが、数例で副作用と考えられる症例が報告されています。近年では遺伝性疾患や難治性の遺伝子治療用ベクターの主流がレトロウイルスやアデノウイルスからレンチウイルス、AAV ベクターに移行しており、遺伝性疾患を中心に多くの成功例が報告されています。このように、今後様々な疾病への適応が期待される遺伝子治療用ベクターですが、これまでご紹介したバイオ医薬品と同様に、品質、安全性の担保が重要です。品質、安全性の評価としては、確認試験、純度試験、製造工程由来不純物試験、目的物質由来不純物試験、安全性試験、力価試験、含量の確認などが含まれます。これらは、FDA(アメリカ食品医薬品局)、EMA(欧州医薬品庁)ではガイドラインとして示されており、日本国内では「遺伝子治療用製品等の品質及び安全性の確保に関する指針」に示されています。AAV ベクターの場合、キャプシドとよばれるタンパク質性の20 nm 程度の外殻とその内部にゲノムDNA が含まれた粒子であり、AAV ベクターには、完全な構造を持つ粒子以外に、DNA 断片を含む粒子や、空のキャプシド、さらに凝集体などの粒子サイズが異なる不純物が含まれ、こうした不純物は、治療効果の低下や副作用につながる可能性があります。そのため純度試験として完全な構造を持つ粒子とそれ以外の粒子の割合を正確に把握する必要があります。
これまでウイルスベクター評価方法として、透過型電子顕微鏡による観察が利用されてきました。つまり、ウイルス粒子を酢酸ウランなどの核酸染色剤で染色と、完全な遺伝子を持つウイルス粒子(完全粒子)は黒く染まり、一方空の粒子は白く色が抜けた構造として透過型電子顕微鏡下で観察することができるのでこれらの数を測定することで完全粒子と空粒子の比が求められていました。しかし、この方法では染色などの試料調製の段階でアーティファクトが生じる可能性があること、また完全長の遺伝子が含まれるウイルス粒子と、遺伝子の一部が欠損したウイルス粒子との差を見分けることが困難などの問題点があります。そのため、近年、ウイルスベクターの評価方法に超遠心分析を使用する事例が増えてきました。
今回は、アデノウイルスベクターならびにAAV ベクターについて超遠心分析で評価を行った例をご紹介します。
アデノウイルスベクターについての超遠心分析の測定例
まずは、BerkowitzとPhilo が行ったアデノウイルスベクターについての超遠心分析(超遠心沈降速度法:SV-AUC)についてご紹介します1。
アデノウイルスベクターの生産を行う際でも、前述のAAV ベクターと同様に、遺伝子が含まれない空のキャプシド(Empty capsid、以下EC)が生じます。また製造工程ならびに溶媒種によっては、その他のバイオ医薬品と同様に、ウイルス粒子の凝集体が形成されます。これらの空のキャプシドや凝集体は、イオン交換クロマトグラフィー法や、CsCl(塩化セシウム)を用いた密度勾配遠心分離法などを使用することで除去することができます。これらの製法によって高い純度に精製した遺伝子治療用ベクターを実際に患者に投与する際には、その定量が重要になります。
遺伝子治療用ベクターの定量法には、前述した電子顕微鏡下での観察による定量の他、静的光散乱、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、フィールドフローフラクショネーション(FFF)などが検討されてきました。しかし、それぞれの定量・分析技術には一長一短があり、彼らは、新たな分析技術としてSV-AUC 法を試みました。
ウイルス粒子の沈降観測では、UV 吸収検出系ではなく、レイリー干渉検出系を用いて測定を行いました。レイリー干渉検出系を採用した理由としては、レイリー干渉を用いた測定から得られた含量は、各成分の存在量を直接反映するためです。つまり、干渉縞の移動量は比屈折率の増分(δn/δc)に依存しますが、δn/δc の値はタンパク質、核酸、さらにタンパク質と核酸の複合体であるアデノウイルス完全体のいずれも類似した値を持ちます。このため、レイリー干渉検出系を用いた測定から得られた含量は、概ね、それぞれの成分の存在量として解釈することができます。図1に測定結果を示します。
アデノウイルス完全体の単量体は470 S付近に観測されています。図1.(B)では、それ以外に、大きなS値を持つ成分と小さなS値を持つ成分が確認されています。大きなS値を持つ成分はアデノウイルスの凝集体と考えられます、一方、小さなS値の成分はウイルスタンパク質の凝集体や、遺伝子の一部が欠損したアデノウイルス成分、もしくは遺伝子を含まない空のキャプシド成分と考えられます。しかし、これらの成分について、レイリー干渉検出系を用いた測定データのみでは、どの沈降係数の成分がタンパク質、核酸、ウイルスであるのかを明らかにすることは出来ません。また、レイリー干渉検出系での遺伝子治療用ベクターの測定には、いくつか問題点があることがBerkowitzらの研究から示唆されています。一つ目の問題点は、非常に多くのウイルス粒子が必要になります。実際、Berkowitzの測定では、高濃度のアデノウイルス粒子が分散した溶液(約0.5 mg/mL)を用いて行っています。二つ目の問題点は、測定時のリファレンスセルとサンプルセルで完全に溶媒組成を一致させる必要があります。このため、測定前にサンプルを溶媒に透析するなどの操作が必要になります。しかし、アデノウイルスサンプルについて透析などの操作を行うことは、容易ではありません。
次に、吸光度検出系を用いてAAVの沈降速度法を行った例をご紹介します2。AAVベクターは、搭載する遺伝子にもよりますが最大でも アデノウイルスベクターよりもゲノムサイズが10分の1程度(約4.7 kb)と小さい遺伝子治療用ベクターです。
図2に、吸光度(測定波長260 nm)を用いて測定を行った結果を示します。測定サンプルは、AAVベクターの遺伝子を含まない空のキャプシド(空粒子)と、AAVの全遺伝子を含む完全なウイルス粒子(完全粒子)を1:4の割合で混合した溶液となります。図2(A)が沈降パターン、図2の(B)がC(s)解析を行った結果となります。図2.(C)は、空の粒子のみを測定しC(s)解析を行った結果、図2(D)が完全な粒子のみを測定しC(s)解析を行った結果となります。(C)および(D)の結果を踏まえて、各ウイルス粒子を混合したサンプルのC(s)解析の結果{図2の(B)}をみると、空の粒子と完全な粒子が観測されていることがわかります。しかし、これらのピーク面積を比較すると当初の各ウイルス粒子の混合比1:4を反映していない結果であることが分かります。これは、測定波長でのモル吸光係数が、空の粒子と完全な粒子で異なることが原因です。測定波長260 nmでの完全なウイルス粒子のモル吸光係数は、以下の式1で表されるとの報告がされています。
完全粒子のモル吸光係数 = 20 × DNAの分子量 + 3.72 × 106 (M-1 cm-1) 式1
ここで空粒子のモル吸光係数は、3.72×106(M-1 cm-1) となります。モル吸光係数を用いて、C(s)解析より明らかになったパーセントについて式2、3を用いて再計算を行います。

以上の式を用いて、空の粒子と完全な粒子を1:1で混合した溶液について、C(s)解析を行い、%の再計算を行った結果を図3に示します。図3(A)は、同一サンプルについて、レイリー干渉検出系を用いた測定から得られたC(s)解析の結果となります。前述の通り、δn/δcの値が、空の粒子と完全な粒子で類似の値をとるため、レイリー干渉検出系を用いた測定・解析で得られた含量が実際の空の粒子と完全な粒子の含量に対応することとなりますます(図3(C))。図3(B)は吸光度検出系を用いて測定・解析を行った結果を示します。このデータから、明らかに空の粒子の比率が低くなっていることがわかります。この成分比率%に対して、モル吸光係数を用いた補正を行った結果を図3(C)に示しています。この補正を行うと、レイリー干渉検出系を用いた測定系と同程度の値が得られたことから、吸光度検出系でもレイリー干渉検出系と同様に純度解析が可能であることが示されました。


以上の報告により、遺伝子治療用ベクターの超遠心沈降速度法(SV-AUC)において、吸光度測定系が使用可能であることが分かります。
最後に、ベックマンコールター社の最新の分析用超遠心機Optima AUCを用いた測定例をご紹介します3。先行研究では測定波長230 nmを用いて測定を行い、AAVベクターの完全なウイルス粒子と、空のキャプシド、遺伝子の一部が欠損した不完全なウイルス粒子を定量しています。Optima AUCを使用することで、回転半径方向の分解能が上昇し、加えて吸光度測定系を用いることで、以前より微量のサンプル量に対して、精度の高い測定が可能となっていることがわかります。
おわりに
今回は、遺伝子治療用ベクターへの超遠心沈降速度法の応用例をご紹介しました。遺伝子治療用ベクターは、次世代のバイオ医薬品として着目されています。遺伝子治療用ベクターは、抗体医薬品を代表とするバイオ医薬品以上に品質管理が求められています。超遠心沈降速度法は、その品質管理に大きく貢献できる分析法の1つと考えられます。また最新機であるOptima AUCは同時に多波長測定が可能であり、キャプシド粒子に含まれる遺伝子量が異なる分子種について詳細に解析可能となると期待されます。今後の遺伝子治療用ベクターに対する分析用超遠心機の利用法の発展については、また改めてご紹介いたします。
参考文献
1. S.A. Berkowitz,J.S. Philo, Anal. Biochem. 362 (2007) 16–37
2. Burnham B, Nass S, Kong E, Mattingly M, Woodcock D, Song A, Wadsworth S, Cheng SH, Scaria A, O'Riordan CR. Hum Gene Ther Methods. (2015) Dec;26(6):228-42.
3. Fu X, Chen WC, Argento C, Clarner P, Bhatt V, Dickerson R, Bou-Assaf G, Bakhshayeshi M, Lu X, Bergelson S, Pieracci J. Hum Gene Ther Methods. (2019) Aug;30(4):144-152.
