Side population を指標にしたニジマス精原幹細胞に分取

フローサイトメトリーでの幹細胞解析に使われる手技の一つとしてSide Population(SP)解析があげられます。Hoechst33342は細胞膜透過性のDNA結合色素(A-Tに特異的に結合)で生細胞の解析の細胞周期等に利用されています。細胞表面上に存在するABCG2ポンプは、このHoechst33342を排出してしましいます。幹細胞ではABCG2によるHoechest33342の排出効率が良いので、結果としてHoechest33342の染色(蛍光)は通常の細胞より染まりが悪くなります。細胞周期のG0/G1(2N)の集団より染色(蛍光)の弱い細胞集団なのでSPと呼ばれる所以です。
このSPはマウス、ヒト等の血球細胞等からマーカーとしての抗体のない様々な組織細胞等の解析にも応用されてきました。本アプリケーションノートは魚類(ニジマス)の精原幹細胞の分取についてご紹介いたします。



はじめに

魚類の繁殖戦略は、他の動物群に比べ非常に多岐に渡ることが知られています。例えば、サケ(シロザケ)のように生涯において一度だけ配偶子を作る魚種もいれば、同じサケ科魚類でもイワナやニジマスのように、繰返し配偶子を作る魚種もいます。さらに、一部の魚種では性転換を行うことも知られています。配偶子幹細胞はこれらの繁殖戦略の根幹を担うにも関わらず、その研究はほとんどなされていません。その理由として、配偶子幹細胞と分化を開始した細胞を区別することが困難なことがあげられます。
私たちの研究室では、これまでに、配偶子幹細胞の中でも、特に将来、数千億という精子を生産する精原幹細胞を 機能的に同定する手法をニジマスで確立してきました1。精巣生殖細胞を孵化稚魚腹腔に移植すると、一部の精原細胞のみが生殖腺へと生着します。生着した精原細胞は、宿主生殖腺内で増殖し、継続して精子を生産し続けることから、生着した精原細胞こそが精原幹細胞であると考えられます。しかし、この生殖腺への生着能を有する精原幹細胞は、 移植実験後、retrospectiveに同定可能であるものの、精原細胞中のどの細胞が精原幹細胞であるかをprospectiveに同定する方法は確立されていません。
これまでの研究から、多くの組織幹細胞に共通してみられる特徴の一つとしてSide population(SP)が知られてい ます。例えば、造血細胞を細胞膜透過性の核染色試薬であるHoechst33342で染色すると、染色性の低い細胞集団(SP細胞集団)に造血幹細胞が濃縮されることがいくつかの動物種で知られています2。そこで、本研究では、魚類に おける精原幹細胞研究の第一歩として、Side population(SP)に着目することで、魚類精原幹細胞の濃縮を試みました。



材料と方法

・精巣細胞の調整

本研究では、生殖細胞特異的にGFPを発現するvasa-GFP遺伝子導入ニジマスを用いました。生後10〜15ヶ月の未成熟なvasa-GFP遺伝子導入ニジマスより採取した未熟な精巣(精原細胞と体細胞のみからなる)をトリプシンで酵素分散することで得られた細胞を、培養液に懸濁しました。培養液には、終濃度10%になるようにFBSを加えたL15培養液を用いました。

・Hoechst33342染色

細胞懸濁液に含まれる細胞数を計測後、1 x 106 cells/mLになるよう再懸濁したものを丸底の2mLチューブに1mLずつ分注し、インキュベーター内でHoechst33342染色を行いました。染色条件は、Hoechst33342濃度(5, 10, 15, 20, 25, 50, 100 μg/mL)、染色温度(10, 14, 16, 18℃)、染色時間(1.5, 2, 3, 4, 6, 8, 10, 12, 15時間)を検討することで、Hoechst 33342濃度5 μg/mL、染色温度16℃、染色時間10時間に設定しました。また、SPの表現型を担うABCトランスポーターを阻害する際には、verapamilを終濃度30 μg/mLで加えました。Hoechst33342で染色後、フローサイトメーターで解析する直前に、細胞の凝集を防ぐためにDNaseを終濃度75 U/μLで、死細胞を除外するためにヨウ化プロピジウム(PI)を終濃度1 μg/mLで加えました。

・Cellソーティング

355 nm Xcyte laserと488 nm sapphire laser搭載のMoFlo XDPを用いて、Hoechst33342の青色蛍光を457/50バンドパスフィルターで、赤色蛍光を670/30バンドパスフィルターで検出しました。また、生殖細胞特異的に発現するvasa-GFPの蛍光は、529/28バンドパスフィルターで検出しました。Cellソーティングは、100 μm径のフローセルを用いていて、シース圧30 pis下で、サンプルの流速2,000~5,000 counts/s で行いました。

・生殖細胞移植

MoFlo XDP を用いて分取した精原細胞の孵化稚魚腹腔への移植は、奥津ら(2006)1 の方法に従って行いました。生着率が飽和するのを避けるため、移植細胞数は、約150 細胞に限りました。



結果

・SP 細胞の検出

vasa-GFP 陽性精原細胞中の一部の細胞がSP の表現型を示すか否か明らかにするために、まず、Hoechst33342染色の条件を検討しました。通常、マウスの造血細胞においてSP 解析を行う際は、37℃下において、Hoechst33342濃度5 μg/mL で1.5 時間染色を行います2。しかし、本研究で用いたニジマスは低水温下で生息しているため、その細胞も20℃を越えると死んでしまいます。そこで、まず、温度のみを18℃に下げ、Hoechst33342 濃度5 μg/mL で1.5時間染色を行いました。その結果、十分な染色は得られず、G0/G1 のCV 値は20 以上でした(図1A, B)。そこで、低温化でもHoechst33342 の十分な染色を行うために、染色条件として、Hoechst33342 濃度(5, 10, 15, 20, 25, 50,100 μg/mL)、染色温度(10, 14, 16, 18℃)、染色時間(1.5, 2, 3, 4, 6, 8, 10, 12, 15 時間)の組み合わせを検討しました。その結果、温度16℃下において、Hoechst 33342 濃度5 μg/mL で10 時間染色を行うことで、生存率への影響が少なく、十分な染色が得られることが明らかになりました(図1C, D)。さらに、この条件下で検出されたSP 細胞は、ABC トランスポーター阻害剤であるverapamil を添加することにより、著しく減少することが明らかになりました(図1E)。


図 1. ニジマス精原細胞中におけるSP 細胞の検出(林ら(2014)3 の図を改変)

ニジマス精巣細胞を、Hoechst 33342 濃度5 μg/mL、染色温度18℃、染色時間1.5 時間(A, B)、または、Hoechst 33342濃度5 μg/mL、染色温度16℃、染色時間10 時間(C, D, E)で染色した後、vasa-GFP 陽性精原細胞のヘキスト蛍光を、MoFlo XDP により検出しました。

(E)ABC トランスポーターを阻害するために、Hoechst33342染色時にverapamil を添加したサンプルの解析結果。(A, C)横軸に細胞数、縦軸にHoechst33342 の青色蛍光強度で展開した分布図。(B, D, E)横軸にHoechst33342 の赤色蛍光強度、縦軸にHoechst33342 の青色蛍光強度で展開した分布図。


・SP 細胞の移植実験

SP 細胞中に精原幹細胞が濃縮されているか否かを明らかにするために、移植実験を行いました。分取前の全精原細胞、分取したSP 細胞、非SP 細胞をそれぞれ約150 細胞ずつ孵化稚魚の腹腔に移植しました。移植20 日後に観察した結果、GFP で標識されたSP 細胞が宿主魚の生殖腺に生着している像が観察されました(図2A, D)。生着した個体の割合を調べてみると、非SP 細胞を移植した区では、約8%(N =70)であったのに対して、SP 細胞を移植した区では、46%(N = 93; P-value < 0.05; カイ2 乗検定)と有意に高い値を示しました。さらに、全精原細胞を移植した区(生着率: 約20%; N = 85)に対しても、SP 細胞を移植した区(46%; N = 93; P-value < 0.05; カイ2 乗検定)の方が、有意に高い生着率を示しました。さらに、宿主の生殖腺へ生着したSP 細胞は、移植100 日後には、宿主精巣で増殖し、コロニーを形成していることが明らかになりました(図2B, E)。また、雌個体に生着したSP 細胞も、全精原細胞を移植した時同様、宿主魚の卵巣で増殖し大型の卵母細胞へと分化していることが明らかになりました(図2C, F)。


図 2. SP 細胞を移植した宿主魚の生殖腺(林ら(2014)3 の図を改変)

移植 20 日後(A, D)と移植100 日後(B, C, E, F)に、宿主魚の生殖腺を観察しました。
GFP で標識されたSP 細胞が生着、増殖している像が観察されました。矢尻は移植20 日後に、破線で囲った宿主魚の生殖腺に生着したSP 細胞を示しています。A, B, C は明視野像を、D, E, F は対応する蛍光視野像を示しています。スケールバーは、20 μm(A, D)と、100 μm(B, C, E, F)。



考察

本研究により、魚類精巣において、SP を指標として、宿主生殖腺への高い生着能を有している精原幹細胞を濃縮できることが示されました。SP の検出は、核染色試薬であるHoechst33342 を用いて細胞を染色するだけで、マーカーとなる抗体を必要としないため、非常に汎用性の高い手法であると考えられます。
SP の検出においては、対象とする細胞種に合ったHoechst33342 の染色条件を検討する必要があると考えられます。実際、本研究においても、ニジマス精巣細胞に合ったHoechst33342 の染色条件を検討することにより、細胞の生存への影響が少なく、十分な染色が得られる条件を決めることができました。Hoechst33342の染色条件は、SP の検出だけでなく、分取した細胞を用いた解析においても影響を及ぼす可能性を有するため、SP解析において重要な過程であると考えられます。
本研究で用いた精原細胞移植は、クロマグロ等の水産有用魚種に応用することもできます。具体的には、クロマグロ(ドナー)精原細胞を、サバ(宿主)に移植することで、卵や精子を得ることが困難な魚種の配偶子を、成熟が容易な宿主魚に生産させることを目指しています。SP を指標として、移植時に高い生着率を有する精原幹細胞を濃縮する手法は、魚類精原幹細胞の研究においてだけでなく、サバにマグロを産ませることを目指した代理魚技術の効率化にも貢献するものであると考えています。

本研究の詳細は、以下の論文で報告しております。 Hayashi M, Sato M, Nagasaka Y, Sadaie S, Kobayashi S, Yoshizaki G. Enrichment of spermatogonial stem cellsusing side population in teleost. Biol Reprod 2014; 91:23.



参考文献

  1. Okutsu T, Suzuki K, Takeuchi Y, Takeuchi T, Yoshizaki G. Testicular germ cells can colonize sexuallyundifferentiated embryonic gonad and produce functional eggs in fish. Proc Natl Acad Sci USA 2006; 103:2725-2729.
  2. Goodell MA, Brose K, Paradis G, Conner AS, Mulligan RC. Isolation and functional properties of murinehematopoietic stem cells that are replicating in vivo. J Exp Med 1996; 183:1797-1806.
  3. Hayashi M, Sato M, Nagasaka Y, Sadaie S, Kobayashi S, Yoshizaki G. Enrichment of spermatogonial stemcells using side population in teleost. Biol Reprod 2014; 91:23.