ガイドラインとゲートキーパー:フローサイトメトリーにおける再現性
ガイドラインと組み込みセーフガードでフローサイトメトリーデータの再現性に確信を

何百もの細胞をスクリーニングし、その動的な分子活性の状態をリアルタイムで測定したり、極めて重要ではあるものの、わかりにくいことの多い細胞集団の情報が収集したりできる技術を想像してみてください。フローサイトメトリーなら可能です。ウエスタンブロットやPCRなど、プールされた細胞をサンプルとして使用する他の研究手法と異なり、フローサイトメトリーは個々の細胞の観察が可能で、必要に応じて細胞の分取(ソート)し回収をすることもできます。
回収した細胞は、シングルセルRNAシーケンシングなど、多くの下流のシングルセル解析に使用することができます。フローサイトメトリーとセルソーティングによって、フェノタイプや細胞の機能、代謝プロファイル、遺伝子発現など、他の解析手法では埋もれていたかもしれないくらい僅かで未発見だった細胞の変化をとらえることが可能となります。フローサイトメトリーの進歩に伴って科学的データ全体の再現性について懸念が高まる中、フローサイトメトリー研究者は、フローサイトメトリーで得られたデータのより一歩踏み込んだ信頼性が求められつつあります。
フローサイトメトリーに対する信頼性を得ようとすること、これは私にとってある種の宇宙である。
これまで(再現性のないデータに関する)報告を見てきて思うのは、(フローサイトメトリーは)正しく使えば極めて信頼性の高いものとなりうるということだ
ガイダンス
フローサイトメトリーの実験では、蛍光標識した細胞が安定した液流の中を流れます。細胞がレーザーの前を通過すると光の散乱が起こり、この散乱光を測定することで細胞の大きさと関連付けることができます。同時に、レーザーにより細胞表面の標識抗体と結合している蛍光色素分子が励起されます。励起された蛍光分子は特定の波長の光を放出するので、異なる蛍光標識を用いて細胞表面抗原や細胞内タンパク質を識別します。現在ではフローサイトメトリーで識別できる蛍光色素は20種類を超え、一度に複数の細胞パラメータを検出できます。
免疫学は、フローサイトメトリーの活用が最初に進んだ分野の1つで、現在も多岐にわたってこの技術が使用されています。多くの免疫学者は当初、このパワフルな研究ツールを完全に使いこなす方法を理解していませんでした。
問題は、フローサイトメトリーを実施する方法、つまりは、染色やその他すべてのステップの操作方法を誰かに質問したとしても、まともな答えは返ってこなかったということです。例えるならば、運転免許もないのにF1レースに参戦するようなものなのです。
こうした問題に対処するため、 ISACのCossarizza会長と同会員らが協働で、2017年にフローサイトメトリーの免疫学領域における適正な使用方法をまとめたガイドラインを策定しました1 。産学両方からの多数の著者により執筆されたこのガイドラインは、研究者に広く受け入れられました。2019年、Cossarizza会長とISACは免疫学研究者のためにガイドラインの更新版を提示しました2。 このガイドラインは、細胞種や研究分野を超えて適用できるものでした。「最初はこのガイドラインは免疫学領域の研究者のためのものでしたが、最終的には研究分野がリンパ球や単球、あるいは白血病やリンパ腫、その他何であろうと、技術は同じ、ということです。患者や研究テーマ、細胞数が変わるだけで、技術は全く同じなのです。」 (Cossarizza氏)
臨床の面では、国際臨床サイトメトリー学会(International Clinical Cytometry Society: ICCS)もまた、フローサイトメトリーのガイドラインを支持しています 3。 「研究者はこれら学会の会員であり、プロジェクト管理に関する専門知識を持った人々です。」とダナ・ファーバー癌研究所プロセス開発テクニカルディレクターで、 Cellular Technologies Bioconsulting, LLC の創始者であるRudd Hulspas氏は指摘します。
Caprion Biosciences社のLitwin氏は、学術分野、製薬産業、臨床研究所、製造業、政府などからの代表が参加し、領域を問わず一般的に使用できるフローサイトメトリーの新たなガイドラインを策定している別の大規模な学際的グループの議長でもあります。この新ガイドラインは Clinical and Laboratory Standard Institute (CLSI) の公式文書になると考えられることから、より広く認識され、重要な基準になるでしょう4。
新ガイドラインはわかりやすく、データの再現性を保証するための段階的なデータ妥当性検証を組み入れています。Litwin氏と新ガイドライン策定グループは、すべてのフローサイトメトリーを使用した研究は、研究の目的に釣り合ったレベルの妥当性評価を取り入れることを推奨しており、臨床試験ではさらに多くの妥当性検証ステップを要求しています。「研究者が再現性のある結果を得たいと考える場合、このような検証をもっと少なくしても成果をあげることもできるかもしれません。けれども、その集団における変動性がどれくらいかは、最低でも確認すべきなのです」とLitwin氏は助言しています。
ゲートキーパー
実験を繰り返すことで、研究者はデータ内の意味のある傾向に関して理解を深め、研究結果に影響を及ぼす条件を特定できます。例えば、サンプルの安定性はデータの正確性や再現性に影響を与える可能性があります。すぐにフローサイトメトリーの測定ができない状況下でサンプルを採取するような場合は、細胞の生存率は保管日数によって変化し、結果に影響する可能性があります。
これは希少な細胞集団では特に重大です。「もし、細胞集団やサブセットが稀少であったり、あるいは治療や病状により稀少になると思われる場合、下限値を調べ、「どこで不正確になるか」を問うべきです。」とLitwin氏は言います。「そのうえで、結果をどう扱うかを決めるのです。」
フローサイトメトリーでは細胞をランダムに評価します。「1000個中1つの細胞が陽性という場合を想像してみてください。2000個の細胞の解析をすれば1個、2個、あるいは3個、4個の陽性細胞を見つけられるかもしれませんが、0かもしれません。これが意味するのは、より多くの細胞の情報を取得すべきであることと、その上で統計的に正確性が確保される最低数の算出に従って、測定しなければならない細胞の数を計算すべきということです。」と Cossarizza教授は言います。研究者はこの統計的下限または実験に必要な細胞数の最小数を、統計学的検定を実施して決定しています。特に、フローサイトメトリーを使用して希少な細胞集団の解析を行っている研究者は、ポアソン分布解析を実施して、確信の持てるデータを得るために必要となる細胞数を調べます。
フローサイトメトリーでは、細胞に結合した抗体を識別するために蛍光色素を用います。信頼性が高く、蛍光強度の高い蛍光色素を選ぶことで、フローサイトメトリーの信頼性は高まります。「稀少細胞の検出には、非常に明るい蛍光色素が必要ですが、ごく一般的な細胞、例えばCD4細胞などの検出の場合は、他のものほど明るくない蛍光色素を使うことも可能です。」 とCossarizza教授は説明しています。教授は、サンプル細胞の種類によって蛍光色素を選ぶための重要なガイドラインがあると言い添えます。誤った細胞同定を避けるため、研究者は、抗体パネルの予備実験を行い、使用する細胞集団や実験の条件において、常に最良の結果が得られる蛍光色素や蛍光色素の組み合わせを決定しています。
より信頼性の高いゲーティングをするためには、抗体と蛍光色素の確認するためのコントロール実験を行います。またフローサイトメトリー機器の定期的な校正も行われます。
「装置のレベルは非常に高いものとなっています。現在、私は様々な企業のフローサイトメーターを使用していますが、私はそのすべてに満足しています。私たちは同一のサンプルを複数の装置で解析するのですが、得られるデータはいつも同じです。まさに、あるべき姿になっているということです。」 (Cossarizza教授)
自身の研究にはどのようなタイプ(特長)のフローサイトメーターが必要かを知ることで、データの信頼性を最適化した実験を組むことができます。ある装置は大きめの細胞(~200 µm )の解析や、1細胞につき50の蛍光分子を検出するよう設計されているのに対し、別の装置は、より小さな細胞(80 nm以下)を認識し、1細胞につき200の蛍光分子を検出します。「実験の目的が何かによりますが、一般的には、高性能な機器を使うような特殊な実験でないのならば、現行のどの装置を使っても、サンプルの解析は問題なくできる、ということは言えると思います。」と、Cossarizza教授は述べています。
異なるフローサイトメーターを使用しても、それが下流のサイトメトリーによるデータ解析でのエラーの要因になる可能性は低いです。1984年、フローサイトメトリーの専門家はどの会社の装置から出力されたデータでも、どの解析ソフトウエアでも扱えるようデータ規格を定めました5。「データの規格がひとつに統一されていることは、他の技術ではなかなかできないことです。」とLitwin氏は言います。
フローサイトメトリーのデータの再現性を保証するため、研究者は教師付き(spervised)及び教師なし(unsupervised)解析の両方を行うことがあります。データが再現可能なものであれば、どちらの解析も同じ結果に至ります。また、客観的な立場の研究者にデータの再解析を依頼することもできます。
セーフガード
Cytometry は、フローサイトメトリーのデータに関する基準を具体的に定めた最初のジャーナル(専門機関紙)の1つですが、現在では他の多くのジャーナルも検証のため、論文を投稿する研究者にゲーティングストラテジーと生データの提出を義務付けています。これらを査読者に送り、再解析してもらうのです。フローサイトメトリージャーナルのなかには、生データをリポジトリに格納することを義務とするものもあります。「ファイルをリポジトリに入れると、誰でもデータを閲覧することができるのです。」と Cossarizza教授は説明しています。
フローサイトメトリー界には強力なゲートキーパー(管理者)がいる。それはジャーナルだ。
フローサイトメトリーは今も発達を続けています。今日においてフローサイトメーターが測定できる蛍光色素はますます多くなり、多数の細胞パラメータを一度に検出することができるようになっています。フローサイトメトリーが進歩を続ける一方で、専門家は、フローサイトメトリーの基本原理は変わらないという立場を守っています。「私たちがガイドラインに盛り込んだのは、全ての基礎を成すものです。ですから、もし20カラーで解析を行っている場合でも、8または18カラーで行う場合のガイドラインを参照し、それらに従って、最適なアッセイを開発する必要があります。」(Litwin氏)
フローサイトメトリーは、入念に設計された実験デザインと正確に校正された装置によって極めて信頼性の高い科学的データを提供することができる手法です。

私たちが(ガイドラインに)盛り込んだのは、全ての基礎をなすものです。ですから、もし20カラーで解析を行っている場合でも、8または18カラーで行う場合のガイドラインを参照し、それらに従って、最適なアッセイを開発することを提案します。
私たちは、非常に高感度で高い特異性と正確性を持つ測定ができます。CD4細胞全体を観察しても何の違いもありませんが、サブセットに分けることで、この集団内の変化を見ることができます。
これはとても意味のあることです。なぜなら、細胞のフェノタイプに基づくと、それらは異なる生物学的役割を持つ細胞だということを知っているからです。何かの反応がある。そこから私たちは生物学的意味を探ることができるのです。
参考文献
- Cossarizza, H-D. Chang, A. Radbruch, et. al. Guidelines for the use of flow cytometry and cell sorting in immunological studies. European Journal of Immunology 2017;47(10):1584-1797.
- Cossarizza, H-D. Chang, A. Radbruch, et. al. Guidelines for the use of flow cytometry and cell sorting in immunological studies. 2nd ed. European Journal of Immunology 2019;49(10):1457-1973.
- Free Educational Resources. International Clinical Cytometry Society, https://www.cytometry.org/web/education-public.php.
- Wayne, PA. Validation of assays performed by flow cytometry. In Clinical Laboratory Standards Institute 1st ed. 2020. CLSI document H62. In press.
- J. Spidlen, P. Shooshtari, T.R. Kollman, and R.R. Binkman. Flow cytometry data standards. 2011. BMC Res Notes.