iGEM 2021 Kyotoチーム : FLOWEREVER 学部生による合成生物学の社会実装に向けた技術開発

iGEM 2021 Kyotoチーム、北畠 真先生、ウォルツェン・クヌート 先生

合成生物学の「ロボコン」ともいわれるiGEMに毎年参加している、京都大学の学部生からなるKyotoチームのメンバーと、顧問の北畠真先生およびウォルツェン・クヌート先生にお話を伺いました。日本国内でも既存の化学合成などに代わり、合成生物学を用いるバイオものづくりの機運が高まっています。その基盤技術開発と社会実装に向けた教育の一環として、主に学部生により行われる世界的コンペティションであるiGEM 2021と、参加したKyotoチームの成果について詳細にご紹介をいただきました。

インタビュアー: 小野寺 純 [ベックマン・コールター]

 

合成生物学、iGEM、そしてBioBrickとは

合成生物学というのは非常に広範な概念で、分子生物学の知見をツールとして社会の役に立つものを作ろうという試み全てを含んでいると思います。iGEM(The InternationalGenetically Engineered Machinecompetition)は、この合成生物学の裾野を広げることを目的とした工学教育プログラムでありコンペティションです。工学からの産業発展には標準化が必須であり、ISO/IECなどの上に世界は成り立っているとも言えます。このiGEMでも合成生物学の有益なツール(DNA配列で表現される)をBioBrickという名前で標準化しています。iGEMではテーマとなる合成生物学の応用技術の開発とともに、ツール規格であるBioBrick拡充への貢献も求められ、新たなBioBrickのクオリティも評価の重要な基準になっています。

 

iGEM 2021 Kyotoチーム

京都大学の2021年のiGEMチームは、農学部、医学部、薬学部、理学部、工学部などダイバーシティに富んだ約20名の構成になっており、これが後述の成果に結びつくことになります。1 ~ 2年生が主にプロジェクトを進めて、3 ~4年生の先輩たちが指導役を担うというサイクルで毎年のiGEMプロジェクトを進めています。高校生物とiGEMレベルの合成生物学との間には大きな乖離があって、やはり初めて会議に参加した新入生メンバーは、先輩が何を話しているか全く分からないような状態です。必死にキーワードを調べて勉強して追いつき、そして、先輩たちから多くを教わり、プロジェクトに貢献できるようになります。そのように苦労して追いついたメンバーが後輩を親身にサポートするというサイクルがチームで長年機能しています。大学院で研究室に配属されて経験するような指導と学びのサイクルを学部生のうちに経験する、という感じですね。さらに、集団が1つの目的に向かうためには、個々のリーダーシップや調整力を含むマネジメントも必須ですが、iGEMではこれらの能力も涵養されます。iGEMは教育的にも大きな意味を持つ活動だと思います。

 

プロジェクトテーマ FLOWEREVERとDLA cycle

iGEM 2021 のプロジェクトテーマ‶FLOWEREVER” として学生たちが選んだのは、花の生産性です。花だけでなく食料となる植物は、その20 ~ 40%が病害虫により失われています。特にウイルス感染は深刻で、簡便な検出手段も無いために大きな経済的損失となっています。Kyotoチームは、花のダリアに感染するダリアモザイクウイルス(DMV)をモデル系として合成生物学での課題解決を目指しました。課題の設定にあたっては、京都市内の生産者や販売者、華道教室などを訪問し十分なフィールドスタディを行っています。

ダリアを植える前の球根の状態でDMVの感染検査を行うことができますが、畑での生育中にアザミウマなどの昆虫が媒介してDMV感染するケースが多く、十分な対策とはなりえません。ダリア葉の写真を撮影し、画像解析からDMVへの感染が疑われる個体のスクリーニングを行うシステムの構築を試みました。既存の解析ソフトや識別アルゴリズムなどは無く、開発を行う必要がありました。ここで工学部の情報系のメンバーが活躍します。今まで実際にプログラムを開発した経験はありませんでしたが、健康な葉とDMVに感染した葉の画像合計千枚以上について機械学習を行い、DMVに感染疑いのある個体を選抜するプログラムDLAEMON  (Diseased Leaves Assessment by Efficient Machinelearning On Neural network) の基本部分をわずか1日で開発することができました。まさにチームのダイバーシティの勝利と言えます。将来的には畑にドローンを飛ばして一度に沢山の葉の写真を撮影し、系統的なスクリーニングへの展開も考えています。

感染疑いの葉について、RNAウイルスであるDMVの存在有無を調べる必要がありますが、ダリア農家にRNA抽出設備やサーマルサイクラーを設置するのは非現実的です。そこで、RT-LAMP法と CRISPR-Cas12aを組み合わせた、現場で容易に分子診断を可能とする方法を開発しました。葉からのRNA抽出は2019年に中国のiGEMチームが開発したマイクロニードルを用いる極めて簡便な方法を使用し、そのサンプルをRT-LAMPによるcDNA化および増幅を行いました。この反応は63℃の恒温反応で可能であり、サーマルサイクラーを必要としません。Figure 1に示すとおりCRISPR-Cas12a系によってDMV由来のdsDNA断片が検出されると、蛍光物質とクエンチャーをリンクしたssDNAが切断され、蛍光物質からクエンチャーが離れることにより蛍光検出が可能となります。

Figure 1. CRISPR-Cas12a系による、RT-LAMP法によるDMV由来の増幅dsDNAの検出

 

蛍光検出装置も一般的には高価なものですが、チームではDLAMI (Diseased Leaves Assessment, Machine Interface) というデバイスの開発によりこの問題も解決しました。Figure 2に示す暗箱であり、PCRチューブをラックした後方に励起光としての青色LEDを照射する穴と、前方にはスマートフォンのカメラで撮影を行うための穴が開いています。カメラで撮影された蛍光像は、同じく開発した画像解析ソフトウエア NOBITA  (Numericalization Of Brightness of Image for one Touch Assessment) により最終的な分子検出判定が行われます。

Figure 2. 蛍光検出のための暗箱デバイスであるDLAMI

 

DLAEMONによって葉の画像解析がされた個体のDMV分子検出結果が、NOBITAにより蛍光強度という定量的データとなるため、このデータを蓄積することによりDLAEMONアルゴリズムを進化改良することが可能となります。DLAEMONアルゴリズムが十分に強化されれば画像解析のみで判定を得られるようになり、wet実験の回数を減らし、さらなるコストダウンが可能となるこのサイクルをDLA cycle と名付けました(Figure 3)。

Figure 3. DLA cycleによるDLAEMONアルゴリズムの進化

 

社会実装に向けた合成生物学にかかるコスト削減への試み

今回のFLOWEREVERプロジェクトでは、DLA cycleだけではなく、さまざまなアプローチから花の生産性向上を目指して合成生物学的な提案を行い、一部について検証を行っています。社会実装に向けては何よりもコストが課題となりますが、上述のDMVを増幅するRT-LAMPで使用する逆転写酵素と鎖置換型のBst DNAポリメラーゼについては、特許の切れた酵素を大腸菌で発現および精製を行い、実際のアッセイで使用できることを実証しています。また、DMVを媒介する昆虫であるアザミウマはRNAiで駆除可能なことは既に示されていますが、殺虫剤となるdsRNAを高コストなin vitro 合成から大腸菌によるinvivo合成へのシフトによる大幅なコストダウンを目指しました。実際に大腸菌で殺虫剤となるdsRNAを合成し、アザミウマの駆除効果を確認しています。

大腸菌に酵素や核酸を合成させるような狭義の合成生物学実験では、酵素反応後のDNA精製や大腸菌からのプラスミド抽出などの実験を多数のサンプルで行う必要があります。今回のプロジェクトでは、ベックマン・コールターのSPRI磁性ビーズ式のDNA精製キットAMPure XPとプラスミド抽出キットCosMCPrepの提供を受けました。磁性ビーズ式キットは遠心機を使う回数が少なく、ハイスループットの実験に適しています。さらに、新製品のEMnetik 24システムでは、DNA精製とプラスミド抽出工程がさらに簡便化されており、ピペッティングによる煩雑な混合作業が自動化されているのは魅力的です。さらに、新型のSuper-SPRI磁性ビーズが一瞬で電気磁石に引き寄せられるという動画も見ており、この新製品には注目しています。

 

多段階での発現制御を可能する連続培養BLOOMの開発

これまでお話ししてきたDLA cycleやRNAi殺虫剤の産業利用可能性を高めるためには、さらに酵素や核酸の生産コストを下げなくてはなりません。そこで、チームではこれらの物質を生産する大腸菌の培養手法の改良という、別側面からの合成生物学アプローチであるBLOOMの開発を試みました。最も単純なバッチ培養では、薬剤による発現誘導など制御はかけやすい利点はありますが生産性は高くはありません。連続培養の生産性が高いことに異論はありませんが、多段階の制御をかけづらいという欠点があります。私たちのチームでは、連続培養において制御をかける方法としてAsymmetric Plasmid Partitioning(APP)に着目しました。APPとは複数のプラスミドを持った大腸菌が分裂するとき、娘細胞の片方は必ず全てのプラスミドが継承され(幹細胞)、もう片方の細胞は何らかのプラスミドが欠落する(分化細胞)という細菌の分化システムです。2段階での遺伝子発現制御を例として説明します。1 つのプラスミドに目的の発現遺伝子を2つ配置し、もう1つのプラスミドにそれぞれの目的遺伝子のリプレッサーとなる遺伝子を2つ配置しておきます。リプレッサーを持つプラスミドを欠落し、目的遺伝子を持つプラスミドのみを保持した分化細胞は、供給の止まったリプレッサータンパクの分解により目的遺伝子の発現を開始します。このとき、この2つのリプレッサータンパク質の寿命(分解速度)を工学的に制御することにより、目的遺伝子の発現タイミングを変化させられると考えました。

リプレッサーが早く分解し、先に発現する遺伝子Aの産物は最終的に精製を行う標的タンパクAとします。リプレッサーが遅く分解し、時間が経ったあとで発現する遺伝子Bは大腸菌の表面に発現するタンパクBとします。菌体表面に発現したタンパクB同士は結合する性質を示し、これによりタンパクBを発現した大腸菌同士が凝集を起こすような設計としました。Figure 4に示すとおりに、精製標的タンパクAが十分に発現し、かつタンパクBの作用により凝集を起こした菌体のみがフィルタリングにより回収される仕組みとなっています。APPの幹細胞が連続培養系に残る限り、このBLOOMシステムは持続的に連続培養を行うことができます。

 

Figure 4. BLOOMのアプリケーションの一形態

 

残念ながら現段階でのBLOOMはdryでの予備検証のみまでしか行えておらず、wetは未検証となっています。成功すれば合成生物学に大きなインパクトを与えられる可能性もあり、今後も何らかのかたちで開発を続けていければと考えています。

 

Gold Medal受賞とBEST SOFTWARE TOOL賞へのノミネート

46の国と地域から350チームが参加したiGEM 2021で、私たちKyotoチームは目標であったGold Medalを獲得することができました。これは非常に嬉しいことなのですが、日本からの参加がわずか7チームというのはあまりにも寂しいと言わざるを得ません。中国はiGEMに非常に熱心で非常に多くのチームが参戦しており、上海だけで7チーム、日本と同じ数です。前半でお話したとおり、ダイバーシティ溢れるチームの中で、専門知識習得や技術開発だけでなく、人間関係や調整力を含むリーダーシップやマネジメント能力を磨いて、これはなかなか普通の教育範疇では得られる経験ではありません。学生生活と掛け持ちするチームメンバーにとっても日常業務に忙しい顧問にとっても、費やす労力は莫大なものにはなりますが、得られるものはそれ以上です。是非とも新たにチームを結成し、iGEMにご参加をいただけたらと強く思っています。

さらに、DLA Cycleの中核を支えたソフトウエアであるDLAEMONとNOBITAに対して受賞こそはなりませんでしたが、BESTSOFTWARE TOOL賞にノミネートされるという結果を得ることができました。これは生物学のプロジェクトの中で、情報系のメンバーが活躍するというダイバーシティ&インクルージョンのベストプラクティスとなりました。生物専攻の人が情報学を学ぶことや、情報専攻の人が逆に生物学に興味を持つように、専門の垣根を積極的に越えていくことが、科学技術の発展加速に今後ますます重要になると感じました。

最後となりますが、Kyotoチームは今後も継続的にiGEMへの参加を行い、さらなる好成果を目指していきますので、ご注目、ご参加、そしてご支援のほどよろしくお願いいたします。

左から、福嶋 陸斗さん(理学部)、 古賀 大翔さん(理学部)、田中 風帆さん(工学部)

iGEM 2021 Kyotoチームの詳細は下記Webサイトをご覧ください

  • iGEM 2021 Kyoto チーム:FLOWEREVER
  • iGEM × 京都 = ∞
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