
密度勾配自動作製装置OptiMATE Gradient Makerによるウイルスベクター精製におけるバラツキと作業時間の低減
本アプリケーションノートでは、密度勾配自動作製装置OptiMATE Gradient Maker を用いることで手作業時間を80% 以上削減し、アデノ随伴ウイルス(AAV)キャプシド精製を、精製効率を損なうことなく、結果のバラツキを最小限に抑えて高い分離能で分離できた事例を紹介します。


- 密度勾配作成に伴う試薬混合・分注・シーリング工程の自動化
- 高い一貫性と精度
- シンプルで分かりやすい操作画面
- 安全キャビネットや実験台に設置可能なコンパクト設計
AAV は遺伝子治療において強力な遺伝子送達ベクターとして使用されています1。しかし、AAV の製造時、核酸カーゴのパッケー ジング効率は低く、目的の遺伝子を内包するウイルス粒子の割合はごくわずかです2,3。 こうした完全体 AAV 粒子を精製・濃縮す るための下流工程の精製ワークフローは重要な工程です4。 15 ~ 60%(w/v)イオジキサノール(IDX)を用いた不連続密度勾 配超遠心法は、細胞由来の夾雑物質を除去し、AAV キャプシドを精製することができる重要な工程です5。
IDX の不連続密度勾配の作製作業は煩雑なため、作業者の熟練度によってバラツキが生じる可能性があります。この根源的な課題に対処するために、私たちは密度勾配作製を自動化する「密度勾配自動作製装置 OptiMATE Gradient Maker」を開発しました。このシステムは、不連続/連続密度勾配の作製に伴う濃縮試薬の調製、分注、チューブのシーリング等、密度勾配作製時の手作業工程を削減します。OptiMATE Gradient Maker を導入することで、再現性の高い分離を簡単に、かつ高い一貫性と精度で実施できます。
方法 I 密度勾配プロファイリング
まずはじめに、OptiMATE Gradient Maker が、AAV 精製に使用される標準的なIDX 不連続密度勾配を、手作業による分注と同等かそれ以上の正確さで実行できることを確認したいと思います。この実験では、AAV の代わりに超純水をコントロールとして使用し、密度勾配層を検出しやすくするために、食用色素を用いてサンプル層を黄色に、IDX 層を青色に着色しました。 Table 1 に示すように、密度勾配溶液OptiMATE Iodixanol、1M NaCl、1x Phosphate buff ered saline(PBS)、超純水を使用して、39 mL Quick-Seal® ポリプロピレンチューブに濃度15 ~ 60%(w /v)のIDX 不連続密度勾配を作製するメソッドプログラムを作成・実行することで、IDX 不連続密度勾配サンプルを準備しました。
比較のため、アンダーレイ法を用いて手作業で同一の密度勾配プロファイルとなるように密度勾配を作製・充填後、チューブの先端をQuick-Seal® コードレスチューブトッパーで熱シールし密閉しました。ロータの対角にセットするチューブのバランスを合わせるため、チューブの重量を電子重量計測器で斤量したのち、固定角ロータType 70 Ti にセットし、超遠心機Optima XPN-90で回転数63,000rpm(遠心力407,427 xg)、16℃で2 時間超遠心しました。遠心後、チューブの底に穴を開けて約1.5 mLのフラクションに分画して回収し、屈折計で屈折率を測定し密度を算出しました。
成分構成 | 体積(mL) |
---|---|
合計 | 39 |
サンプル(AAVまたは超純水) | 12 |
15%(w/v) IDX | 8 |
25%(w/v) IDX | 6 |
40%(w/v) IDX | 8 |
60%(w/v) IDX | 5 |
Table 1. 39mL Quick-Seal® ポリプロピレンチューブを使用した場合のIDX 不連続密度勾配の成分構成。
Figure 1. OptiMATE Gradient Maker を用いて作製したIDX 不連続密度勾配(左)と手作業で作製したIDX 不連続密度勾配(右)の比較。
サンプル層は黄色、IDX 層は青色に着色しており、緑色の層はサンプル層と15%(w/v) IDX 層の界面混合の影響によるものです。
方法 I AAV の精製
AAV 血清型2(AAV2)をHEK‐293 細胞を用いたトリプルトランスフェクション法により発現させました。AAV2 の発現後、細胞を破砕し、遠心分離によりデブリス除去を行いました。このAAV2 を含む清澄化した粗ライセートを、上述の密度勾配プロファイリングと同様に、15 ~ 60%(w/v)IDX 不連続密度勾配超遠心法で精製しました(Table 1, Figure 2)。
密度勾配自動作製装置 OptiMATE Gradient Maker を用いて、39 mL Quick-Seal® ポリプロピレンチューブに不連続密度勾配を作製しました。その後、チューブシーリングメソッドプログラムを用いて、自動でチューブの先端を熱シールし密閉しました。
次に、手作業で密度勾配溶液OptiMATE Iodixanol を希釈して15%、25%、40%、および60%(w/v)IDX のストック溶液を作製し、シリンジと分注ノズルを使用してTable 1 に記載の構成と容量で39 mL Quick-Seal® ポリプロピレンチューブ内に15 ~60%(w/v)IDX 不連続密度勾配サンプルを作製しました。サンプルをチューブに充填してから、Quick-Seal® コードレスチューブトッパーを用いてチューブの先端を熱シールしました。各チューブには、2.08× 10 12 ウイルスゲノム(vgs)のAAV2サンプルを導入しました。
超遠心後、チューブの側面から注射針で穴を開けて完全体AAV 粒子のバンド(40%(w/v) と60%(w/v)IDX 層の境界面)を回収しました。回収したサンプルは、遠心式ろ過フィルタを使用して溶媒の置換を行いました。回収したバンドについて、RT-PCR(AAVPro 滴定キット、タカラバイオ社製)を用いてウイルスゲノム(vg)を定量し、回収率を算出しました。
Figure 2. IDX 不連続密度勾配超遠心法によるAAV2 精製実験スキームの比較。OptiMATE Gradient Maker を用いた15 ~ 60%(w/v)IDX不連続密度勾配の自動作製・分注(上)と手作業での分注(下)。
結果
充填・熱シール済みチューブの密度勾配サンプルの重量と屈折率を屈折計で測定し、密度を評価しました。重量から、OptiMATE Gradient Maker で分注したチューブの方がバラツキが小さかったことが分かります(Table 2)。一方、手作業で分注したチューブのバラツキも小さくはありましたが、作業者の熟練度が十分でない場合はバラツキはより大きくなる可能性があります。
Figure 3は密度vsチューブ体積の累積プロットを示しています。OptiMATE Gradient Makerで作製したIDX不連続密度勾配は、計算から求めた理論上の理想的なIDX 不連続密度勾配と比較すると、高精度かつ境界面がより明瞭で、ピペッティング手技間の誤差も許容範囲内であったことから、チューブ間のバラツキが小さかったことが分かります。どちらの方法でも層間に若干の拡散が見られますが、フラクション回収過程において生じる拡散に起因すると考えられます。
チューブタイプ | 重量(g) |
---|---|
OptiMATE Gradient Maker | 48.86 ± 0.07 |
手作業 | 48.21 ± 0.25 |
Table 2. OptiMATE Gradient Maker および手作業で作製したIDX 不連続密度勾配チューブの重量のバラツキ。バラツキの範囲は標準偏差で示しました (n=6)。
Figure 3. OptiMATE Gradient Maker(赤)と手作業(青)で作製したIDX 不連続密度勾配の密度勾配プロファイルの比較。ライトグレーで示した領域は、想定されるピペッティング誤差を考慮した各IDX 層の密度予想値に基づく理論領域です。曲線上に示した黒色の矢印は、AAV2 キャプシドのバンドの予想位置(40%(w/v)と60%(w/v)境界面)とUV 照明下でのチューブ内のバンドの検出位置を示しています。バラツキ範囲は標準偏差で示しました(n=3)。
Figure 4はOptiMATE Gradient Makerを使用した場合と手作業による試薬調製・分注にかかる所要時間の比較を示しています。39 mL Quick-Seal®ポリプロピレンチューブ2本分の全作業時間は、OptiMATE Gradient Makerを使用した場合では19分、手作業では31分かかり、OptiMATE Gradient Makerを使用した場合では、手作業よりも約12分速く完了することができました。特に試薬の混合・分注・熱シール工程は自動化されているため、OptiMATE Gradient Makerでは手作業時間がわずか5分(84%短縮)となり、労力を大幅に削減することができました。
Figure 4. OptiMATE Gradient Maker を使用した場合と手作業の場合の、39 mL Quick-Seal® ポリプロピレンチューブ2 本分のIDX 不連続密度勾配作製工程と所要時間の比較。灰色は試薬調製工程、濃い灰色は試薬混合・分注・熱シール工程。
コントロール勾配で同等性を確認した後、確立されたプロトコルとの整合性を検証するためにAAV実験を進めました。AAV2の精製 効率を評価するために、超遠心後、それぞれのチューブから回収したウイルス粒子を含むバンドをqPCRで解析を行い、比較しました (Table 3)。また、遠心後のチューブを目視で確認したところ(Figure 5)、予想通りの外観でした5。
OptiMATE Gradient Makerと手作業で作製したIDX不連続密度勾配サンプルで精製したAAVの回収率は同程度で(解析前のバッファ置換とろ過による損失については考慮していません)、一般的なIDX不連続密度勾配超遠心法による精製結果の予想値7と一 致していました。この精製実験の主な目的は、AAV2の中空体と完全体の分離ではなく、AAV2キャプシドと他の細胞由来の不純物とを分離すること(AAV精製工程の第一段階での検討)であったため、ウイルスゲノム(vgs)の回収率について特性評価と試験区の比較を行いました。
サンプル | 濃度(vg/mL) | 回収量(vg) | vg回収率(%) |
---|---|---|---|
OptiMATE Gradient Maker | 1.57E+12 | 8.16E+11 | 39.24% |
手作業 | 1.76E+12 | 8.08E+11 | 38.84% |
Table 3. IDX 不連続密度勾配超遠心法により精製・回収したAAV2 のqPCR 解析結果。
Figure 5. 超遠心前後のIDX 不連続密度勾配チューブ。緑色の枠はAAV を抽出した場所(40 ~ 60% w/v 界面)。
おわりに
密度勾配自動作製装置 OptiMATE Gradient Makerは、不連続密度勾配を正確に作製できるだけでなく、密度勾配超遠心ワークフローの2大課題である、「労力」と「バラツキ」を低減させることができます。これは、密度勾配超遠心後のAAV2 vgの密度プロファイルの一貫性と期待される回収率によって実証されました。OptiMATE Gradient Makerは、これまで密度勾配作製時に必要であった高度な技術を習得する必要がなく、メソッドプログラムの作成等の簡単なトレーニングを受けるだけで、初心者でも初日から精度の高い密度勾配超遠心実験を開始することができます。また、迅速に装置のセットアップが完了するため、作業者への危険性の高い化学的および生物学的な曝露時間を最小限に抑えることができます。さらに、既存の手作業の密度勾配作製工程に対してシームレスに技術の置き換えができるため、高い品質を担保した密度勾配超遠心実験へのスキル障壁が無くなり、ウイルスベクターなどの精製プロセス全体の効率向上に役立ちます。
参考文献
- Wang, Jiang-Hui, et al. “Adeno-Associated Virus as a Delivery Vector for Gene Therapy of Human Diseases.” Signal Transduction and Targeted Therapy, vol. 9, no. 1, Apr. 2024, pp. 1–33
- Mietzsch, Mario, et al. “Improved Genome Packaging Efficiency of Adeno-Associated Virus Vectors Using Rep Hybrids.” Journal of Virology, vol. 95, no. 19, pp. e00773-21
- Wright, J. Fraser. “Product-Related Impurities in Clinical-Grade Recombinant AAV Vectors: Characterization and Risk Assessment.” Biomedicines, vol. 2, no. 1, Mar. 2014, pp. 80–97
- Administration UFaD. Chemistry, manufacturing, and control (CMC) information for human gene therapy investigational new drug applications (inds). 2020, Administration UFaD, 2021
- Zolotukhin, S., et al. “Recombinant Adeno-Associated Virus Purification Using Novel Methods Improves Infectious Titer and Yield.” Gene Therapy, vol. 6, no. 6, June 1999, pp. 973–85
- Graham, John. “OptiPrepTM Density Gradient Solutions for Mammalian Organelles.” The Scientific World JOURNAL, vol. 2, 2002, pp. 1440–43. Semantic Scholar, https://doi.org/10.1100/tsw.2002.840.
- Lam, Anh K., et al. “Comprehensive Comparison of AAV Purification Methods: Iodixanol Gradient Centrifugation vs. Immuno-Affinity Chromatography.” Advances in Cell and Gene Therapy, vol. 2023,
材料/装置 | 製品番号 |
---|---|
Quick-Seal® ポリプロピレンチューブ |
342414 |
密度勾配溶液 OptiMATE Iodixanol | D01358 |
固定角ロータ Type 70 Ti | 337922 |
Optima™ XPN-90 | A94468 |
密度勾配自動作製装置 OptiMATE Gradient Maker | D12917 |