密度勾配自動作製装置 OptiMATE Gradient Makerを用いた迅速なアデノ随伴ウイルスの高純度精製
アデノ随伴ウイルス(AAV)は遺伝子治療において強力な遺伝子送達ベクターとして使用されています1。しかし、AAV の製造時、核酸カーゴのパッケージング効率は低く、目的の遺伝子を内包するウイルス粒子の割合はごくわずかです 2,3。こうした完全体AAV 粒子を精製・濃縮するための下流工程の精製ワークフローは重要な工程です。AAV を高純度で精製することが可能なゴールドスタンダードとして、塩化セシウム(CsCl)を用いた密度勾配超遠心(DGUC)法が選ばれます 4。 CsCl-DGUC 法は95% 以上の完全体AAV 粒子をルーティンで得ることができますが、等密度勾配から超遠心で密度勾配を形成させる(等密度勾配遠心法)には 、遠心時間が 16 時間以上かかることもあります5。この長い遠心時間によって、遠心工程の全作業時間が 2~3日に延長される可能性があり、スループットについても制限される可能性が考えられます。
この根源的な課題に対処するために、私たちは密度勾配自動作製装置 OptiMATE Gradient Makerを開発しました。本システム は、自動で連続密度勾配を作製することが可能です。従来の等密度勾配遠心法で遠心時間が長くなる主な原因は、密度勾配が形成されるまでに長い時間を要するためです。そこで、希釈溶媒の代わりにサンプルを使用して密度勾配試薬と混合しあらかじめ連続密度勾配を形成させて超遠心分離することで、短時間でバンドを形成させることができます。事前に連続密度勾配を形成させた場合の遠心時間は、主にサンプル粒子の移動時間(および遠心条件に基づく密度勾配様式のわずかな違い)によって決定されます。OptiMATE Gradient Maker は、密度勾配作製時の煩雑な手作業工程を削減し、一貫した操作性、正確性、使いやすさを追求した密度勾配自動作製装置です。
本アプリケーションノートでは、革新的な連続密度勾配作製とそのプロセスを自動化することにより、完全体AAV 粒子をわずか4 時間、かつ、高い分解能で精製できたことを実証しました。さらに、16 時間以上の遠心時間を要した従来の等密度勾配遠心法と比較し、重要な品質特性(CQA)について同等性を示すことができました。
方法
密度勾配プロファイリング
まず、OptiMATE Gradient Maker と手作業で作製した密度勾配プロファイルを比較しました(Figure 1)。この実験では、AAV 精製に一般的に使用される13.5 mL および39 mL Quick-Seal® ウルトラクリアチューブを使用しました。
密度勾配プロファイルに使用したパラメータを表 1 に示します。密度勾配溶液OptiMATE Cesium Chloride と希釈溶媒として超純水を使用して、OptiMATE Gradient Maker で密度の上限値と下限値(平均密度1.35 g/mL)の間に連続密度勾配を作製するメソッドを設定し、密度勾配サンプルを準備しました。並行して、手作業でOptiMATE Cesium Chloride と超純水を用いて密度1.35 g/mL 均一になるよう等密度勾配サンプルを作製し、コードレスチューブトッパーを用いてチューブの先端を熱シールしました。これらのチューブをフロア型超遠心機 Optima XPN-90で超遠心しました。OptiMATE Gradient Maker であらかじめ連続密度勾配を作製したサンプルは4 時間で密度勾配が形成されましたが、手作業で作製した等密度勾配サンプルは20 時間かかりました。超遠心分離後、チューブの底の穴をあけて内容物を分画し、屈折計で屈折率を測定して密度を算出しました。分注のばらつきを確認するため、OptiMATE Gradient Maker で作製した直後のチューブ内の密度勾配も分画し、屈折計で測定しました。
パラメータ | 13.5 mL チューブ | 39 mL チューブ |
---|---|---|
容量(mL) |
13.5 | 39 |
チューブタイプ | Quick-Seal®ウルトラクリア | |
ロータ | 固定角ロータ Type 70.1 Ti | 固定角ロータ Type 70 Ti |
回転数(rpm) | 60,000 |
|
遠心力(xg) | 329, 738 | 369, 548 |
平均密度(g/mL) | 1.35 |
|
事前形成密度勾配の上限密度(g/mL) | 1.2 | 1.14 |
事前形成密度勾配の下限密度(g/mL) | 1.5 | 1.56 |
分画の概算サイズ(mL) | 1.2 | 1.7 |
Table 1. 手作業およびOptiMATE Gradient Maker で作製したCsCl 密度勾配超遠心法のパラメータ
Figure 1: 密度勾配作製・確認実験スキーム。(a)OptiMATE Gradient Maker で事前に作製したCsCl 連続密度勾配と(b)手作業で作製したCsCl 等密度勾配。シリンジはチューブ底からの分画を表しています。
方法
AAV の精製
AAV 血清2は、HEK-293 細胞を用いたトリプルトランスフェクション法で発現させました。AAV2の発現後、細胞を破砕し、遠心分離でデブリス除去を行いました。アフィニティクロマトグラフィによる粗精製を行い、AVV2の全種類のキャプシドを回収し濃縮しました。本実験ではこの粗精製AAV2をサンプルとして使用しました。
手作業およびOptiMATE Gradient Maker の両方において、OptiMATE Cesium Chloride と希釈溶媒としてAAV2 粗精製サンプルを使用し、CsCl 密度勾配を作製しました(Figure 2)。13.5 mL チューブには5×1013 ウイルスゲノム(vgs)、39 mLチューブには1×1013 vgs の濃度でAAV2 粗精製サンプルを分注し、手作業およびOptiMATE Gradient Maker どちらの手法におい てもチューブあたりのAAV 量が等しくなるよう注意しました。密度勾配プロファイルに使用したものと同じパラメータ(Table 1 )をAAV 精製用のチューブにも使用しました。ただし、より拡散の少ないバンドが得られることが予想されたため、OptiMATE Gradient Maker を用いて作製した連続密度勾配サンプルの超遠心時間を5 時間に設定しました。プロセスの全体像はFigure 2 に示す通りです。
超遠心後、完全体AAV 粒子のバンドをチューブの側面から穴をあけ、回収した物質を1×PBS+0.01%ポロキサマー188 に緩衝液交換しました。分離の品質は、回収したサンプル中の完全体AAV 粒子の純度を、分析用超遠心機Optima AUC を用いて230 nm の吸光度を測定して評価しました。
Figure 2:(a)OptiMATE を用いたCsCl 連続密度勾配と(b)手作業でのCsCl 等密度勾配によるAAV 精製方法の比較。超遠心後にAAV は目に見えるバンド(中空体 – 青、完全体 – 赤)に分離されました。チューブの側面に注射器で穿刺し、バンドを回収しました。
結果
チューブ精製工程
Figure 3 はOptiMATE Gradient Maker を使用したCsCl 連続密度勾配の作製と手作業での等密度勾配の作製にかかる所要時間の比較を示しています。ここでは、一度限りの試験であるため、遠心条件の推算やメソッド作成にかかる時間は考慮されていません。また、実験に使用するチューブなどの材料は、使用できるように準備されていることを前提としています。手作業によるCsCl等密度勾配の作製は手間のかかる作業ではありませんが、OptiMATE Gradient Maker で作業を自動化することで、全体の工程を2 分(手作業時間は9 分)短縮することができます。
Figure 3:2×13.5 mL Quick-Seal チューブへの(a)OptiMATE Gradient Maker を使用した連続密度勾配と(b)手作業による等密度勾配作製の概略図。準備手順は薄灰色、分注とシール手順は濃灰色で示されています。
結果
密度勾配プロファイル測定
OptiMATE Gradient Maker を用いて作製した連続密度勾配の品質は、密度勾配プロファイル(チューブから回収したフラクションの密度に対する累積体積プロット)を測定することで確認できます(Figure 4)。作製した3 種類のチューブは、チューブの経路長にわたって測定した密度プロットがよく重複しており、目標とする密度勾配に適合しています。ただし、チューブ底部(密度1.5 g/mL 付近)の体積の一部は、フラクション回収自体の限界のため回収ができず、ここでは示されていません。これらのグラフは、OptiMATE GradientMaker による密度勾配作製プロセスの再現性と精度の高さが示されています。
Figure 4:OptiMATE Gradient Maker で作製した3 本の密度勾配プロファイルの比較。
超遠心後のチューブの密度勾配プロファイルをFigure 5 に示します。OptiMATE Gradient Maker で作製した連続密度勾配のプロファイルは、どちらのチューブサイズでも密度1.4 g/ml までは良好に一致していました(ただし、39 mL チューブでは、全体的に曲線間のギャップが大きくなっています)。したがって、自動作製した連続密度勾配サンプルは、手作業で作製した等密度勾配サンプルと比較して遠心時間が1/5 まで短縮(4 時間vs 20 時間)されただけでなく、中空体と完全体を純度高く分離する能力が保持されていると考えられます。Figure 4 および5 から、OptiMATE Gradient Maker で作製した連続密度勾配チューブ間で、超遠心前後の密度勾配プロファイルに若干の変化がみられることが分かります。特にチューブの底部に向かうほど、OptiMATE Gradient Maker と手作業での密度勾配プロファイルに差異が見られます。これは、AAV の完全体と中空体の分離精製では問題にはならないかもしれませんが、必要であれば遠心時間を延長することで、密度勾配プロファイルを改善できる可能性があります。 さらに、4 時間超遠心をした後の連続密度勾配のプロファイルは勾配曲線が緩やかであったことから、手作業による等密度勾配のプロファイルと同等かそれ以上の分離能を保持できる可能性があります。
Figure 5:13.5 mL Quick-Seal チューブ(上)と39 mL Quick-Seal チューブ(下)の密度勾配プロファイルの比較。両プロットは、OptiMATE Gradient Maker で事前に連続密度勾配を作製し4 時間超遠心した後の密度勾配(赤)と、手作業で等密度勾配を作製し、20 時間の超遠心後に形成された密度勾配(黒)の曲線を示しています。エラーバーは標準偏差を示します。グラフの青色と赤色のバンドは、各チューブ内の中空体と完全体のバンドが形成される予想位置の範囲を示しています。
AAV 精製結果
Figure 6 とTable 2 にOptiMATE Gradient Maker を用いた連続密度勾配と手作業による等密度勾配によるAAV2 サンプルの分離精製結果を示します。

Figure 6: 13.5 mL チューブ(左)および39 mL チューブ(右)で20 時間超遠心した等密度勾配サンプルと5 時間超遠心をした連続密度勾配のAAV バンドの画像。
手作業で作製した等密度勾配のチューブとOptiMATE Gradient Maker で作製した連続密度勾配チューブの間には、バンドの形成に違いが見られます。特に中間体バンドと完全体バンドの広がり、およびこれらのバンドと中空体バンドとの分離に顕著な違いが認められます。また、中空体バンドと完全体バンドとの分離の程度は、目視での確認および注射針での回収には十分なレベルです。回収したサンプルの純度を、AUC を用いて確認しました(Figure 7)。AUC 解析のc(s)プロットを積分し、精製分画中の完全体の割合を算出しました。
Table 2 に示す完全体の分離精製効率結果(手作業で作製した等密度勾配およびOptiMATE Gradient Maker で事前に形成した連続密度勾配の両方で90%以上)から、事前に形成した連続密度勾配では超遠心時間5 時間と、非常に短時間で完全体の高純度精製を達成しました。これは、約75%の時間短縮になります。さらに、事前に形成した連続密度勾配の更なる最適化により、中空体、中間体、および完全体の視覚的な分離を改善することも可能になります。
おわりに
密度勾配自動作製装置OptiMATE Gradient Maker は、これまでCsCl 密度勾配超遠心実験のボトルネックであった遠心時間を解決することができる装置です。超遠心前に事前に連続密度勾配を作製することで、従来の等密度勾配遠心法のように重力によって密度勾配を形成させる必要がなくなるため、遠心時間を短縮できより迅速かつ効率的な精製が可能となります。遠心時間の短縮により、2 ~ 3 日かかる精製プロセスを1 日に短縮でき、精製プロセスのスケールアップが容易になります。さらにセットアップ時間の短縮により、オペレータの操作時間を最小限に抑え、全体的な効率を向上させることも可能です。
本アプリケーションノートでは、OptiMATE Gradient Maker を使用することで、AAV 完全体粒子を従来の半分以下の時間で高純度に精製できることを示しました。ただし、ご自身のハードウエアおよび消耗品の構成に最適な OptiMATE Gradient Makerのメソッドを使用することで、さらに時間短縮が可能となる場合があるため、独自の最適化研究を実施することをお勧めいたします。
Type 70.1 Ti

Type 70 Ti

Figure 7: OptiMATE Gradient Maker による連続密度勾配遠心(赤)および手作業による等密度勾配遠心(黒)からのAAV キャプシド画分のAUC データのC(s)プロット。13.5 m L チューブ(左)および39 m L チューブ(右)の両方で、中空体の有意なピークを示していません。
チューブサイズ(mL) | サンプル | 完全体比率(AUCで測定) |
---|---|---|
13.5 | OptiMATE Gradient Makerによる連続密度勾配遠心(5時間) | 91.21 ± 2.11% |
手作業による等密度勾配遠心(20時間) | 90.66 ± 2.54% | |
39 | OptiMATE Gradient Makerによる連続密度勾配遠心(5時間) | 93.58% |
手作業による等密度勾配遠心(20時間) | 93.80% |
Table 2. 超遠心後に回収したAAV2の純度解析。誤差値は、n=3 の13.5 mLチューブについて計算され、39 mLチューブについては 誤差バーは計算されていません。
手作業によるCsCl 密度勾配プロトコルからOptiMATE Gradient Maker に移行する場合の考慮事項
- 手作業による等密度勾配で使用した均一なCsCl 溶液の密度を確認してください。
- 手作業でのCsCl 密度勾配プロトコルによる遠心実験を行い(サンプルを緩衝液に置き換えてもよい)、超遠心後、チューブからサンプルの分画を行い、フラクションを回収します。
- 各フラクションの密度を測定します。または、屈折計で屈折率を測定し、Density=(RI–1.2388)/0.0946 の式(International critical tables6 より引用)を使用して密度に変換してもかまいません。
- 測定した密度をプロットし、密度勾配プロファイルを作成します。このプロファイルから密度勾配の上限値と下限値を求めます。密度勾配プロファイルを見ると、チューブの底部に向かって非線形的に上方にカーブする傾向があります。このため、グラフのカーブ部分に対して線形フィッティングを行い、チューブの底部の密度の値を外挿することによって、密度勾配の上限値を推算することができます。この非連続な部分は正確に一致させる必要はありません。
- CsCl 等密度勾配プロトコルのプロファイルから推定した上限値と下限値に近い値で、OptiMATE Gradient Maker で事前に作製する連続密度勾配の上限値と下限値の目標値を設定します。目標の上限値と下限値は、等密度勾配プロファイル(曲線)から等距離に位置する密度の値を設定します。つまり、自動で作成する連続密度勾配の平均密度が、手作業で作製した等密度勾配の密度と等しくする必要があります。これにより、従来のプロトコルと同じような位置にバンドが現れます。従来の等密度勾配プロトコルの実験結果と同様のチューブの位置にAAV 粒子のバンドを出現させることが可能です。
- OptiMATE Gradient Maker でメソッドを作成する際には、連続密度分布を選択し、目標密度の上限値と下限値を設定します。
- メソッドの入力が完了したら、超遠心分離時間を短縮できるような、CsCl 連続密度勾配のサンプル作製が可能になります。
参考文献
- Wang, Jiang-Hui, et al. “Adeno-Associated Virus as a Delivery Vector for Gene Therapy of Human Diseases.” Signal Transduction and Targeted Therapy, vol. 9, no. 1, Apr. 2024, pp. 1–33
- Mietzsch, Mario, et al. “Improved Genome Packaging Efficiency of Adeno-Associated Virus Vectors Using Rep Hybrids.” Journal of Virology, vol. 95, no. 19, pp. e00773-21
- Wright, J. Fraser. “Product-Related Impurities in Clinical-Grade Recombinant AAV Vectors: Characterization and Risk Assessment.” Biomedicines, vol. 2, no. 1, Mar. 2014, pp. 80–97 4.
- Nascimento, André, et al. “Purification of AAV8 through a Scalable Two-Step Monolithic Chromatography Approach.” Journal of Chromatography A, vol. 1740, Jan. 2025, p. 465586
- Strobel, Benjamin, et al. “Comparative Analysis of Cesium Chloride- and Iodixanol-Based Purification of Recombinant Adeno-Associated Viral Vectors for Preclinical Applications.” Human Gene Therapy Methods, vol. 26, no. 4, Aug. 2015, pp. 147–57
- International Critical Tables of Numerical Data, Physics, Chemistry and Technology. National Academies Press, 1930