マイクロバイオリアクターBioLector ProにおけるpH制御設定の調整
はじめに:微生物培養プロセスにおけるpH制御の課題
微生物の培養プロセスでは、高生産性の菌株がますます多く用いられるようになっています。これらの菌株にはそれぞれ至適pH値がありますが、その値を維持するために必要な条件は菌株ごとに異なります。例えば、大腸菌発酵では、酸化還元バランスを維持するため、酢酸、乳酸、コハク酸、ギ酸、およびエタノールが生成されます。培養プロセス全体を通じて安定したpH値を維持することは容易ではなく、そのためには迅速かつ正確なpH制御が求められます。そのため、培養条件に応じて調整できるpH制御が重要になります。BioLector Proでは、培養プロセスの要件に合わせてpH制御設定を変更できます。スケーラブルなBioLectorテクノロジーとマイクロ流体チップを組み合わせることで、これを実現しています。BioLector Proの特長は、 マイクロタイタープレート(MTP)フォーマットでのハイスループットなバッチ培養またはフェドバッチ培養と、バイオマス、蛍光、DO、pHのオンライン非侵襲モニタリングを組み合わせている点です。マイクロ流体MTP1枚あたり32ウェルを利用でき、それぞれのウェルでpHと流加を個別に制御できます。これにより、培養プロセスに必要な主要機能を、1枚の単回使用プレートに集約しています。
本テクニカルノートでは、BioLector ProのpH制御機能の概要を紹介します。あわせて、pH制御下で微生物培養を適切に実施するための手順を示し、各pH制御設定が培養プロセスに及ぼす影響について考察します。BioLector®を用いたpH測定の詳細については、こちらのアプリケーションノートをお読みください。
翻訳について
本ページは英語版コンテンツをもとにAI翻訳および翻訳者による編集を経て日本語化しています。原文の内容を正確に反映するよう努めていますが、内容に差異がある場合は英語版をご参照ください。
BioLector ProのpH制御機能
BioLector ProのpH制御機能は、 マイクロ流体MTPにおけるマイクロバルブポンプのストロークを閉ループ制御することで実現されています。これにより、pH補正のために培養ウェルへ添加される塩基または酸の量を制御します。
閉ループコントローラは、比例制御成分(Pバンド)と積分制御成分(積分器)で構成されています。Pバンドは、実際のpH値と補正量との線形の関係を表します。一般に、Pバンドを小さくするか、最大ポンプ容量(最大容量 [μL/cycle])を大きく設定すると、ウェルへ添加される酸または塩基の量が増え、pH制御に対する応答が、より速く、より強くなります。したがって、緩衝能の高い培地では、Pバンド値を低く設定することを推奨します。ただし低すぎると、pHセットポイントのオーバーシュートが生じ、pH制御性能が低下します。
閉ループコントローラの積分器では、制御偏差と補正量との間に固定的な対応関係はありません。積分器の値を下げると、ウェルへ添加される酸または塩基が減少し、応答はより遅く、弱くなります。Pバンドを大きくした場合にも、同様の効果が生じます。そのため、積分器はデフォルト値の1.0のままとし、pH制御はPバンドと最大ポンプ容量を変更して調整することを推奨します。
BioLector用ソフトウエアBioLectionによるpH制御パラメータの調整
pH制御設定はBioLectionソフトウエアからアクセスおよび変更できます。まず、BioLector Pro とコンピュータ間で同期を行います。その後、Figure 1に示すように、BioLectionソフトウエアの[Experiment Setup]タブ、次に[Microfluidics]タブをクリックします。
すると、[Microfluidic pH Control Configuration]メニューが表示されます(Figure 2)。このメニューには、デフォルトのpH制御設定が表示され、必要に応じてコントローラ設定の変更も可能です。
BioLectionソフトウエアは3種類のデフォルト制御プロファイルが用意されています。また、[+]をクリックしてカスタム制御プロファイルを作成し、必要に応じてプロファイル名を変更することもできます。デフォルトプロファイルは、次の3種類です。
• [Slow]:低速制御プロファイル。最大容量8.00 μL/cycle、Pバンド2.00
• [Medium]:中速制御プロファイル。最大容量が12.0 μL/cycle、Pバンド1.00
• [Fast]:高速制御プロファイル。最大容量15.0 μL/cycle、Pバンド0.05
また、各デフォルトプロファイルには、開始容量(0.2 μL)、デッドバンド(0.05)、流体圧力(50,000 Pa)が設定されています。1サイクルあたりの最小容量は0.1 μLにプリセットされており、すべてのpH制御プロファイルにおいて、この設定値は変更しないことを推奨します。1サイクルあたりの最大容量は、pH制御の応答速度を決定します。最大容量を大きく設定するほど、pH制御の応答は速くなります。ただし、容量を大きくすると、pH設定値をオーバーシュートする可能性も高くなります。
したがって、実験プロトコルを設定する前に、適切なpH制御設定をあらかじめ決定し、調整する必要があります。これは、菌株ごとの酸生成特性や培地の緩衝能が、pH制御に影響を及ぼすためです。pH制御設定の調整後、目的に応じたpH制御プロファイルを使用して実験プロトコルを作成できます。プロトコルの設定については、「BioLector Pro ユーザーマニュアル」のChapter 5、またはTech Note 003に詳しく記載されています。
デフォルトのpH制御プロファイルを用いた大腸菌のバッチ培養例
大腸菌のバッチ培養実験を例に、BioLector ProによるpH制御の基本的な動作をFigure 3に示します。ここでは、pH制御は培養開始から1時間後に開始されます。オプトードが培地になじむための湿潤時間を設けることが重要です。ウェルに塩基(Volume B、3M NaOH)を添加することで、pH値はpH 7.00に調整されます。デッドバンドは±0.02に設定されており、pH値がこの範囲内にある限りpH制御は作動せず、酸(Volume A)または塩基(Volume B)は添加されません。培養時間の経過とともに、バイオマスは10時間にわたって指数関数的に増加しました。指数増殖期には、酢酸の生成などにより、微生物による酸の生成量が増加します。そのため、pH設定値を維持するには、より多くの塩基を添加する必要であります。定常期に入ると、微生物による酸の生成は停止します。その結果、定常期に添加された塩基によってpHがオーバーシュートします。すると、直ちに酸がウェルへ添加され、pH値が所定のpH設定値に調整されます。オーバーシュートのリスクを回避するため、Pバンドまたはウェルへの1サイクルあたりの最大送液量を調整して、プロセスパラメータを変更できます。
カスタムpH制御プロファイルを用いた大腸菌のバッチ培養例
Figure 4に、最大容量を1 μL /cycleに固定した大腸菌バッチ培養における、Pバンド値のpHに及ぼす影響を示します。Pバンドが0.1の場合、pHは設定値を中心とする指定pH値範囲内に維持されました。選択するPバンドが大きいほど、pH制御の応答は遅くなります。Pバンド値が0.01、0.1、0.5の場合は、いずれもpH制御開始後15分以内に速やかな反応が認められました。ただし、Pバンドが0.01の場合は、オーバーシュートが生じる可能性が高くなります。Pバンド値が5の場合はpH制御の応答が遅く、pHが設定値に到達するのに1.5時間を要しました。培養終盤には微生物による酸生成量の増加に伴ってpH値が低下します。しかしPバンド値が大きいため、pH制御の応答が遅くなります。
指数増殖期終盤に見られる不十分なpH制御は、1サイクルあたりの最大容量を大きく設定することによって回避できます。Figure 5には、最大容量を10 μL/cycleに固定した場合に、Pバンド値がpHに及ぼす影響を示します。大腸菌のバッチ培養には、緩衝液濃度50 mMのWilms-MOPS培地を使用しました。Pバンドが0.5の場合でも、pHは範囲内に維持されました。またPバンドが5の場合でも、1サイクルあたりの最大容量を大きくしたことでpH制御の応答が速くなり、pHのドリフトは小さくなりました。
バッチ培養中のpHを安定させる別の方法として、緩衝能の高い培地を使用することができます。Figure 6に、緩衝液濃度200 mMのWilms-MOPS培地を使用した場合の散乱光シグナルとpH曲線を示します。pH制御では、最大容量を1 μL/cycleに固定し、異なるPバンド値を設定しました。緩衝能の低い培地を使用した場合(Figure 4)と比較すると、Pバンド値が0.01の場合に見られたオーバーシュートは完全に回避されました。また、緩衝液濃度を高くすることで培地のpHがより安定し、Pバンド値が0.5および5の場合にみられるpHのドリフトも小さくなりました。

大腸菌フェドバッチ培養プロセスにおけるデフォルトpH制御設定を比較します。フェドバッチ培養では、MTP上のリザーバウェルのうち1列のみをpH制御に使用できます。そのため、培養実験を開始する前に、塩基と酸のどちらを使用するかを決める必要があります。大腸菌のように、グルコースまたはグリセロールを用いて増殖する際に酸性副産物を生成することが知られている微生物の場合は、塩基を選択します。
大腸菌フェドバッチ実験における片側pH制御の適用例をFigure 7に示します。上図には、散乱光シグナルと供給量(500 g/Lグリセロールを3 μL/hで供給)を培養時間に対してプロットしています。pH制御は、1M NaOHまたは3M NaOHを用い、いずれもデフォルトpH制御プロファイル(Slow、 Medium、Fast)で行いました。散乱光シグナルには、NaOH濃度の違いによる影響が見られます。pH制御に低濃度のNaOH溶液を使用した培養では、高濃度のNaOH溶液を使用した培養と比較して、散乱光シグナルが低くなりました。これは、より多量の塩基をウェルに添加する必要があり、希釈の程度が大きくなるためです。指数増殖期では、微生物の増殖に伴って酸産生量が増加するため、必要な塩基の量も増加します。1M NaOHを使用した場合はpH設定値に維持できず、pHが徐々に低下しています。一方、3M NaOHを使用した場合は、設定値を下回るpHのドリフトは小さくなりました。反対に、3M NaOHを使用した場合は、1M NaOHを使用した場合と比較して、pHのオーバーシュートが大きくなりました。そのため、流加開始時には、1M NaOHでpH制御した培養のほうがpHは早く安定しました。また、NaOH濃度にかかわらず、より低速のpH制御プロファイルを使用するほど、pH値は早く安定しました。指数増殖期では、より低速のpH制御プロフィルを使用するほど、pHが設定値を下回る方向へのドリフトが大きくなりました。1M NaOHを用いた低速pH制御プロファイルでは、pH=6.82まで低下するドリフトが見られます。3M NaOHを用いた低速pH制御プロファイルでは、ドリフトは小さいものの、pH=6.9まで低下しました。培養開始10時間後には、pHプロファイルが高速になるほど、塩基性側へのpHのオーバーシュートが大きくなることが示されました。NaOH濃度が高いほど、オーバーシュートは大きくなります。例えば、3M NaOHを用いた高速pH制御プロファイルでは、pHは7.16まで上昇しました。これに対し、1M NaOHを高速pH制御プロファイルと組み合わせて使用した場合は、オーバーシュートは小さく、pH = 7.05まで上昇しました。
以上のように、BioLector Proでは、柔軟にpH制御を設定できます。複数のデフォルト設定から選択できるほか、個々の実験条件に合わせてpH制御プロファイルをカスタマイズすることも可能です。使用する培養物の要件や、培養条件をあらかじめ考慮することが重要です。良好な培養結果を得るとともに、バイオマスの希釈やpHのオーバーシュートなどの望ましくない影響を避けるためには、それぞれの培養条件に適したpH制御を設定する必要があります。