会社年表

ベックマン・コールター社の歩み―年代順の出来事

設立前

1934年11月26日、National Postal Meter Company子会社として、National Inking Appliance Companyを設立。1935年4月8日、社名をNational Technical Laboratoriesに変更し、会社創立を検討。

Arnold Beckman光化学装置1935年Beckman博士がカリフォルニア州パサデナにてNational Technical Laboratoriesを設立。最初のベックマンpH計を販売;初年度の販売数87、収益11,215.95ドル。

1938年Model G、およびModel MのpH計導入。メーターインク、pH計の記録、酸素制御、スチームアイロン、化学温度計その他についての実験を継続しました。

1940年 南パサデナの自社ビルに移転。Beckman博士は、科学装置の開発、製造に専念するためにカリフォルニア工科大学を退職。2つの新製品を発表し、これが会社の成長の道のりを整えました。-Helipot®電位差計に続いて1941年、DU®分光光度計

1941年 DU® 分光光度計

1942年マサチューセッツ工科大学放射線研究所からNational Technical Laboratoriesに、秘密レーダーシステム用のHelipotsの製造が依頼される。

1943年 Helipot Corporation設立。

1946年南パサデナに敷地面積27,000平方フィートの別プラントの建設を開始。1941~1947年、売り上げが10倍以上に伸びて、2,675,712ドルを達成。

1950年Beckman Instruments, Inc.に社名を変更(1950年、4月27日)。

1952年初の株式公開:株式数371,553、1株12.50ドル。ニューヨーク・カーブ・エクスチェンジ(現アメリカン証券取引所)に株式上場。Helipot Corporation、および高速電子カウンターと放射線装置メーカーであるBerkeley Scientific Corporationを取得。

1953年ドイツ、ミュンヘンに、Beckman Instruments, GmbHを設立―会社初の海外子会社、かつ、バイエルン州における戦後初のアメリカの工場となる。

1954年ロサンゼルス、およびサンフランシスコ証券取引所(現、パシフィック証券取引所)に株式上場。ベックマン本社および主要業務をパサデナから、カリフォルニア州フラートンの新施設に移転。研究開発および特殊機器の製造に関する政府契約を専門に扱うArga Divisionを取得。

1955年ニューヨーク証券取引所(NYSE)に株式上場。遠心分離機メーカーであるSpecialized Instruments Corporation(SPINCO)、コネチカット州スタンフォードの非分散型赤外線分析装置メーカーであるListon-Becker Instrument Companyを取得、さらにショックレー半導体研究所を設立。 

1956年Watts Manufacturing Company(ウエストバージニア州のプロセスガス・クロマトグラフメーカー)、Lou-Bar Company、およびBelock Instruments Corporationを取得。

1958年
Beckman InstrumentsがArnold O. Beckman, Inc.を取得し、さらにHelipotをベックマンに吸収合併。スコットランド、グレンロセスにBeckman Instruments, Ltd.を設立。

1959年Kruger Instruments Co.(カリフォルニア州パサデナの大気質測定装置メーカー)、およびTool Lab, Inc.を買収。

1960年スイス、ジュネーブに、Beckman Instruments International, S.A.を設立。Shockley Transistor Corporationの資産をClevite Corporationに売却。

1961年イリノイ州シラーパークの直記式オシログラフおよび脳波計メーカーであるOffner Electronics, Inc.を買収

1962年東芝ベックマン設立。ベックマン製品の日本国内での製造・販売を目指した。Stevens-Evans Company(電圧計および電圧レギュレーター)を取得。 

1963年米国内で、小売業者を通さないラボラトリー装置の直販およびサービス組織を設立。カリフォルニア州ラホヤの核計装メーカー、Sharp Laboratoriesを取得。南アフリカ、ケープタウンにBeckman Instruments(Pty.)Ltd.を設立。フランスの装置販売業者Promesurを取得。パリに、Beckman Instruments France, S.A.を設立。

1964年カリフォルニア州ポータービルに製造工場を設立。

1965年William F. Ballhaus博士がベックマンの社長および理事会メンバーに就任。Beckman博士は理事長に指名される。売り上げが1億ドルを突破。ロンドンの分析装置および付属品メーカーであるGeneral Instruments Co., Ltd.を取得。ニュージャージー州シーダーグローブの伝導分析計およびその他の工業装置メーカーであるIndustrial Instruments, Inc.を取得(Beckman Cedar Grove Operations)。

1966年新たな子会社を設立。Beckman Instruments de Mexico, S.A. de C.V.(メキシコシティ)。サン・ファンにBeckman Instruments(Puerto Rico)Inc.を設立。

1967年 Rockwell Manufacturing CompanyのRepublic Divisionを取得。

1968年病院および診療所で使用できる製品の販売組織であるClinical Instruments Operationsを結成。Microbics Operationsを設立して酵素用器具を開発、製造。Beckman Instruments, G.m.b.H.(ウィーン);Beckman Instruments, Nederland, N.V.(アムステルダム);LKB-Beckman Instruments, AB(スウェーデン、ストックホルム)を設立。

Beckman Instrumentsのトレーラー1969年Analytical Instruments Sales and Service Division(AISSD)設立。

1970年Diagnostics Operationsを設立して臨床試験用試薬を開発および製造。Bioproducts Operationsを設立して合成ホルモンその他の生化学製品を製造。Oceanic Equipment Activityを結成、海洋調査用製品。フロリダ州マイアミのOceanic Equipment Corporationから複数の製造ラインを取得。Automation Products Activityの結成によって製品開発における先進的なコンピューター技術の導入を加速。イタリア、ミラノにBeckman Instruments Italiana S.p.a.を設立。

1971年ゴールウェイにBeckman Instruments (Ireland)Inc.を設立。Science Essentials Operationsを設立し、ベックマンおよびその他のメーカー製のラボラトリー装置やその他の機器を販売。

1972年スイス、ジュネーブにBeckman Instruments(Process)S.A.を設立。

1973年カリフォルニア州カールスバッドの新工場をBeckman Microbics Operationsが占有し、臨床検査試薬およびその他の生化学製品の製造を拡大。 アリゾナ州スコッツデールの平面型ガス放電表示メーカーであるSperry Rand CorporationのSperry Information Displays Divisionを取得。

1974年カリフォルニア州アーバインに、科学装置部門の新工場完成。ニューヨークのラボラトリー装置および器具の販売業者であるGreiner Scientific Co.を取得。3つの世界的事業グループ:Analytical Instruments、Process Instruments and Controls、およびElectro-Productsを設立。生物製剤および精密化学部門設立。スコットランド、グレンロセスにBeckman Instruments(Holding)Ltd.を設立。

1977年カリフォルニア州フラートンにAutomotive Test Instruments Operationsを設立。Electro-Products Sales Operationsを設立。東京にベックマン・ジャパンを設立。オランダ、マイドレヒトにBeckman Instruments(Process)B.V.を設立。

1978年
カリフォルニア州バークレーの高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)システムメーカー、Altex Scientific Inc.を取得。先進電子製品部門を設立。液晶(LCD)およびガス放出表示部門を統合して表示システム部門を設立。

1979年
カリフォルニア州ブレアの新工場に臨床装置部門を開設。 ベックマン役員2名がエルサルバドルでテロリストに拉致され身代金(未公表)の支払い後安全に帰還。2名のアメリカ人従業員が革命グループに拉致され、解放された後、エルサルバドルでの部品製造事業を中止。

1980年マサチューセッツ州のアンドーバーのプラズマ発光分析装置メーカー、SpectraMetrics, Inc.を取得。スウェーデン、ブロンマにBeckman Instruments ABを設立、香港、九龍にBeckman Instruments(Hong Kong)Ltd.を設立。

1981年中華人民共和国にベックマンの技術センター、Beckman/CSIMC, Beijingを設立。メルボルンにBeckman Instruments(Australia)Pty.Ltd.を設立。 メルボルンに処理装置および制御装置用の事業所、シドニーには分析装置用事業所を置く。Health Care Products Organizationを設立して、ベックマンが提供するすべての医療活動を統合および監督。Beckman Instruments Singapore(Pte.)Ltd.を設立。

1982年Beckman Instrumentsとペンシルバニア州フィラデルフィアのスミスクライン社が合併し、スミスクライン・ベックマン(SKB)となる。Beckman Instrumentsは新会社の子会社になる。Beckman博士は理事に選出され、引き続きSKBの副会長となる(1984年)。William F. Ballhaus博士退職。Louis T. Rosso氏が社長兼最高執行責任者に指名される。

1983年メリーランド州ポトマックの臨床微生物学製品製造会社、Micro-Media Systems, Inc.を取得。 ニュージャージー州ウォルドウィックの分析ラボラトリーオートメーション、プロセス制御、およびエネルギー分布制御用デジタルコンピューターシステムの設計および製造メーカーComputer Inquiry Systems, Inc.を取得。カリフォルニア州アナハイムのPhysiological Measurements OperationsをSensorMedics Corporationに売却。

1984年SKB Industrial GroupをEmerson Electric Coに売却[次が含まれる:Beckman Electronic Technologies、Process Instruments and Controlsグループ、Cedar Grove(N.J.)Operations。SmithKline Ultrasonicの製品:Krautkramer Branson、Branson Sonic Power Company、Branson Cleaning Equipment Company、およびBranson International Plasma Corporation]。Beckman EEG の生産ライン(イリノイ州シラーパーク)をニューヨーク州プレザントビルのTeca Corporationに売却。

1985年Beckman Microtox製造ライン、および毒性検査用微生物基盤のセンサー技術をカリフォルニア州カールスバッドのMicrobics Corporationに売却。放射免疫測定事業をマサチューセッツ州ビレリカのCambridge Medical Technology Corporationに売却。

1988年ニューヨーク証券取引所(NYSE)に公開会社として再上場;スミスクライン・ベックマンの16%。Louis T. Rossoを社長兼最高経営責任者に指名。 

1989年スミスクラインからの分離独立(1988年)後、独立法人として再度ベックマンを設立。

1991年アイルランドのゴールウェイ、カリフォルニア州フラートン、ブレア、カールスバッドにおけるベックマンの事業がヨーロッパ共同体(EC)の公認機関であるアイルランドの国家規格機関(NSAI)から品質システムの認証(Quality System Certification)を受ける。普通株を最大100万株買い戻す。スコットランドのグレンロセス、およびカリフォルニア州サンラモンの工場を閉鎖。カリフォルニア州ターザナのPorton Instrumentsを取得。

1992年Model pHI™ 12pH計で、会社初のCEマーク取得。Beckman博士が押印。次の6つの科学装置でCEマークの取得を申請:pHI™ 10、11、および12;DU®640および650; Oligo 1000 DNA合成装置、およびSYNCHRON CX®3臨床化学アナライザー 

  • ニュージャージー州アレンデール、カリフォルニア州パロアルトおよびポータービルでのラボラトリーオートメーション事業(LAO)がEC1992の品質規格を満たしてISO 9000施設として登録される。 
  • イギリスのハイウィカム、およびオランダの子会社がISO 9000登録。 
  • ドイツ、ミュンヘンの子会社がECの取引要件を満たしてISO 9000/EN 29000登録。 
  • イタリア、ミラノの会社がISO 9000の品質規格適合の承認を受ける。 
  • フランスのガニー、スペインのマドリッド、スイスのニヨンの会社がISO 9000/EN 29000登録。 
  • オーストラリア、グレイデスビルの会社がDatnor-Norski-VeratisからISO 9000/AS 3900品質規格準拠の承認を受ける。

1993年株価本位の積立式従業員給付金制度のために、3年間で300万株(年間100万株)の買戻しが承認される。スウェーデン、ブロンマ事業所;ドイツ、ミュンヘンの配送センター;カリフォルニア州パソロブレス、およびSKD-サンノゼ事業所;およびペンシルバニア州の事業所がISO承認を受ける。 

1994年
アイルランド国家規格機関(NSAI)がBeckman South Africaの事業に対してISO 9001の承認を推薦、ISO 9000登録施設数が23になる。スイス、ニヨンにBeckman Eurocenter S.A.の設立を発表。 パソロブレスの事業をJIT Manufacturingに売却。Beckman Singaporeの事業について、DNVがISO 9002登録を推奨。ISO 9000登録施設数が合計24に。 

1995年マサチューセッツ州マールボロのBioSepraの親会社、Sepracor, Inc.に500万ドルを投資。

1995年 3年かけてGenomyx, Inc.(ジェネンテック社の筆頭株主)取得する意思を発表。World Wide Webのサイトを発表。がん、心血管疾患、内分泌系疾患および感染性疾患の診断、治療管理、およびモニタリング用の体外診断テストの開発、製造、販売を行うHybritech Incorporatedを、イーライリリー・アンド・カンパニーから取得する意思を発表。アイルランドの国家規格機関(NSAI)が、ポーランド、およびオーストリアでのベックマンの事業について、ISO承認を推薦し、ヨーロッパ地域における事業すべてのISO登録が完了。 

1996年Beckman Irvineを閉鎖し、モノクローナル抗体開発事業をサンディエゴのHybritecに移転。ORCA™ ロボットシステムおよびSAMIソフトウェアと併せて、ベックマンのBiomek® 2000ラボラトリー自動ワークステーションに関して、インディアナ州インディアナポリスのSAGIAN, Inc.との販売契約の締結を発表。アイルランドの国家規格機関(NSAI)がBeckman European Administration CenterのISO承認を認可。カリフォルニア州フォスターシティのGenomyx, Incの買収完了。インディアナ州インディアナポリスのSAGIAN, Inc.のラボラトリー・ロボティクス部門の従業員75名、および純資産を取得。

1997年アイルランド国家規格機関(NSAI)がHybritechのISO 9001承認を認可。Sanofi Diagnostics Pasteurから、ミネソタ州チャスカのACCESS®免疫化学製品製造ラインを取得する計画を発表。

1997年5年契約、2300万ドルで情報システムをSystems Management Specialists(SMS)に外部委託。SMSはインフラの提供およびMIS戦略的方向性の提供に合意。血液およびその他の細胞分析システムの主要メーカーであったコールター社を取得(現金8億7500万ドル、借入金は推定1億7500万ドル)。買収により17億ドル規模の企業が生まれ、臨床診断において最も頻繁に使われる試験の75%が可能になった。

1998年社名をベックマン・コールター株式会社に変更。Lou Rossoが最高経営責任者を退職。John P.(Jack)Warehamが社長兼最高執行責任者に指名される。次の4つの不動産を売却し、長期リース契約を締結:カリフォルニア州ブレアおよびパロアルト、ミネソタ州チャスカ、フロリダ州マイアミ。

2000年サンディエゴに新規事業体Immunomics Operationsを設立し、細胞の免疫応答技術を専門に事業を展開。2000年12月7日、0.080ドルから0.085ドルへの現金配当の増加を発表し、100%株式配当の形式で1株を2株に分割することを宣言。

2001年一連の生物医学試験で連携する3部門の設立を発表:ライフサイエンス研究、専門試験、および臨床診断。オーストリアに拠点を置くマイクロプレートリーダー、洗浄機、および撹拌器メーカーAnthos Labtec Instruments, G.m.b.H.を取得。細胞分析装置の製造をフロリダ州ハイアレアからケンドールへ移転、再編成して、コールター社の買収による統合業務を完了。 

2002年Scott Garrettを臨床診断部門リーダーに指名。Elias Caroを生物医学研究部門リーダーに指名。

2003年ライフサイエンス研究と専門試験部門を統合して、生物医学研究部門を創設。1997年にBeckman Instruments, Inc.がコールター社を買収した際に開設したエスクロー勘定に対して正味決済2690万ドルを受領。Peoples Genetics, Inc.の技術を取得したことで、1人の患者のDNAから大容量の保存サンプル(最大100,000)の分析が可能になる。Flextronics International Ltd.との和解契約を締結し、契約違反その他の苦情に対する補償および懲罰的損害賠償金として、ベックマン・コールター社に2300万ドルが認められた。Q3DM Inc.から細胞イメージングプラットフォーム、ソフトウェア、および細胞イメージングアプリケーションなどの資産を取得。

2004年Arnold O. Beckman博士、104歳で永眠 Jack Wareham退職。Scott Garrettが社長兼最高執行責任者に指名。四半期の配当性向18%上昇、13年連続で四半期配当金が上昇。

2005年2月21日、Scott Garrettが最高経営責任者に指名される。 四半期の配当性向7.7%上昇。ベックマン・コールター理事会が、Betty Woodsを非常勤会長に指名。Agencourt Bioscience Corporationを取得し核酸サンプル調製技術を取得。

2006年Agencourt Personal Genomics(APG)の少数株主持ち分をApplera Corporationに 5000万ドル(現金)で売却。臨床診断およびライフサイエンス研究における高感度試験用の新規検出化学製品の開発および製造業者、Lumigen, Inc.の買収契約に合意。転換社債で6億ドルの発行によって債務を借り換え、約1億ドルの会社普通株(約170万株)を買戻し。

2007年カリフォルニア州パロアルトからインディアナ州インディアナポリスへの遠心分離事業の移転を発表。BEC株約279,000株を、1株平均69.5ドルで買い戻し、さらに1株平均69.71ドルで買戻し株を追加して、買戻し権利を持つ250万株の買戻しを完了。Dako Denmark ASのフローサイトメトリー事業を取得。

2008年「1つの会社」構想に基づき、2部門(臨床診断およびライフサイエンス部門)を断念。

2009年東京に拠点を置くオリンパスの、ラボベースの臨床診断事業体を取得-アメリカ企業がこの規模で日本のメーカーを買収したのはこれが初めてと報告された。カリフォルニア州オレンジカウンティの施設を統合して、カリフォルニア州ブレアに新たな国際統括本部を開設。

2010年Scott Garrettが社長、会長およびCEOを辞任。Bob Hurleyが暫定社長兼CEOに就任し、Glenn Schaferが会長に就任。

2011年 BECがS&P MidCap 400インデックスから外れる。ダナハー社(NYSE:DHR)がベックマン・コールター社を1株83.50ドル、68億ドルで取得し、ベックマン・コールター社はダナハー社の完全所有孫会社になった。ベックマン・コールター普通株のニューヨーク証券取引所での取引が終了。

2013年 インドのReaMetrixのフローサイトメトリー事業の取得によって顧客に提供する技術の幅を拡張し、 HIVモニタリングおよび臨床研究の規模を拡大。

2014年中国のサイトメーター製造業者Xitogen Technologiesの大連および蘇州の全従業員と施設を取得。

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