ワークフローに関するQ&A:FFPE組織サンプルについての課題 

次世代シーケンサー(NGS)は短いシーケンスの詳細な解析が可能で、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織から分離した核酸の解析に用いる強力なツールとなり得ます。

シニアアプリケーションサイエンティストのJung Dohは、先日、NGSサンプル調製のワークフローにおける、扱いが難しいとされるFFPE組織を用いた作業についてのよくある10の質問に回答しました。以下にその回答内容と顧客に向けたヒントを紹介します。

1. NGSにおいて、新鮮凍結検体よりもFFPEサンプルを使用するのが適しているのはどのような場合ですか?

新鮮、または急速凍結サンプルはDNAの貴重なソースですが、その収集と維持には高いコストがかかり、用途を拡大することはできません。このように使用機会が限られていることから腫瘍についての大規模レトロスペクティブ試験のような、最終的には新規のがん治療薬の開発につながる可能性のある試験では使用されることがありません。 

その一方、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織サンプルは、患者が治療や処置を受けている期間中、日常的に蓄積されています。ある推計によると、世界中の病院および組織バンクには、4億1から10億を超えるFFPEサンプルが2保存されているとのことです。その多くには臨床的な注釈、すなわち一時診断名、治療レジメン、薬物反応、および再発状況などが付されており、臨床転帰および長期追跡調査結果の参照が可能になっています3

腫瘍組織の中には、FFPEサンプルが唯一のDNAソースである場合が多いものもあり4、研究者らに対して、希少ながんやその他の疾患に関する重大な情報を提供できるのが、これらのサンプルです5

2. FFPEサンプルを使ったNGSのデータ品質は、新鮮凍結サンプルを使ったNGSのデータ品質と同等ですか?

はい、現時点での多数の文献情報から同等であると言えます。実際、大量の短いシーケンスの解析に対するNGSの検出力は、FFPEサンプルから抽出される断片化した核酸に応用するための理想的な技術となる可能性があります6

1例として挙げるのが、最近のある研究で実施された、新鮮凍結(FF)サンプルとFFPEサンプルから抽出された消化管間質腫瘍の、全エクソームシーケンス(WES)解析です。修正RAPD PCR法によってFFPE DNAの完全性が評価され、サンプルの品質の高/低(HQ/LQ)の分類に役立ちました。LQ-FFPEについては抽出量およびインサートサイズが小さいにもかかわらず、両クラスのFFPEについてDNAライブラリーの作製およびエクソームの収集が可能でした。WESではFFおよびFFPEから同品質のデータが得られ、データの量もHQ-FFPEとFFサンプルで同等でした7

その他の研究からも、NGS解析におけるFFおよびFFPEサンプルのデータ間には、強力な相関関係があることが明らかにされており6、8、9、10、FFPE腫瘍組織からの少量のDNAからであっても、高品質のシーケンシングライブラリーおよびシーケンシング解析結果を得ることが可能であることが裏付けられています11

3.  FFPE処理は、包埋組織から抽出されるDNAの量や品質に影響を及ぼしますか?

その可能性はあります。もちろん、ホルムアルデヒド(ホルマリンの主成分)が組織サンプル保存のための優れた固定剤であることが確認された120年前には、このことは問題ではありませんでした12。病理学者らや組織学者らは1世紀以上にわたってホルマリンによる組織固定を行っていますが13、ホルマリンがタンパク質やDNAなどといった細胞内高分子間のクロスリンクを誘発することは、1970年代初頭まで明らかにされていませんでした14

このほか、ホルマリン固定によるDNAの損傷として、断片化が挙げられます。断片化が起こると、PCR増幅用の増幅可能なテンプレートが減少する可能性があります15。研究者らはまた、ホルマリン固定ブロックの長期保存には、環境条件への曝露による断片化の誘発の可能性があると考えています16、17

それにもかかわらず、多くの研究において、従来型のPCR法に基づく技術およびNGS技術の両方で、FFPEサンプルから抽出したDNAを用いることの実現性が報告されています5、18、19。断片化は、長いアンプリコンを用いるアプローチにおいては律速因子になル可能性があるのですが、研究者らは断片化したFFPE DNAの短いアンプリコンを上手く使ってきました20

さらに、その他の研究者らによって、ホルマリンに誘発された変性の一部は、部分的に逆転する可能性もあることが証明されており21、そのプロセスは現在FFPEサンプル用の多くの核酸抽出キットに含まれています10。代表例:いくつかの研究では、FFPEサンプルにおいてはシーケンスのアーチファクト発現率が高く(主としてC:GからT:Aへの塩基置換)9、22、23、24、他のサンプルではアーチファクトのエビデンスはほとんど認められないことが報告されています5、25。いずれにしても、C:GからT:Aへのシーケンスアーチファクトは主としてウラシルの損傷が原因であり、PCR増幅前のウラシルDNAグリコシラーゼによるFFPE DNAによって、本来の突然変異性のシーケンスの変化に影響を及ぼすことなく、これらのアーチファクトは著しく減少します4

また、FFPE組織は、その調製プロセスに室温での長期保存が含まれているため、DNAの突然変異が起こり、その結果、偽陽性の単一塩基変異(SNV)または塩基の挿入または欠損による遺伝的変異(indels)が検出される可能性があります。しかしこのような損傷は、DNA断片全体にランダムに分布していると考えられ、シーケンス深度を高くすることで修正可能です。したがって研究者らは、FFPEサンプルの解析に際しては、カバレッジを80倍以上にすることを推奨しています5

最後に、脱パラフィンに用いられる方法もまた抽出されたDNAの増幅能に影響を及ぼします26。融解温度が高ければ高いほど、二本鎖DNAの変性確率が高くなります。しかし融解温度が低すぎると、パラフィンが完全に融解しないため、核酸の抽出力が低下します。FFPE組織が異なれば、パラフィン融解温度、および時間も変える必要があるかもしれません。大事なのは、融解温度とDNAの品質および抽出量とのバランスを許容可能な範囲に維持することです。推奨最高温度は90°Cです。これより高い温度だと、一本鎖DNAの著しい断片化を招く可能性があります。一部の研究者らは、75°Cで5分間(パラフィンの融解には十分)として、二本鎖DNAを保護することを提案しています5

4  FFPEサンプル作成後の期間は、シーケンス可能なライブラリーの作成能力に影響を及ぼしますか?

一般的には、影響はありません。ただし、もともとの固定方法、保存環境、およびライブラリーの作成方法には影響を受ける可能性があります。
最近の研究では、作成から3年以内のサンプルでは、94%の確率でシーケンシング可能なライブラリーが作成されましたが、古くなったサンプル(14~21年)では成功率は50%に低下していました27。別の研究者らは、その年に作成されたサンプルと、作成後11~12年、5~7年、および1~2年間保存したサンプルから抽出された高分子に、著しい差は認められなかったことを明らかにし28、併せて、20年前に作成したFFPEサンプルから抽出したRNAからもライブラリーが作成されていることを報告しています6

5  本当に、10~20年以上前のFFPEサンプルでも、許容可能な品質のシーケンス解析ができると期待してよいでしょうか?

10年以上前に作成されたFFPEサンプルを使ったシーケンス解析における品質の低下は、ごくわずかと考えられることが29、14年前、および18年前に作成されたFFPEサンプルを使った過去の研究から確認されています25。一部では、NGS技術には、最大で20年間保存されたFFPE組織サンプル内のDNAおよびRNAの分子解析を可能にする安定性があることも確認されています6。いずれの場合も、解析の目的によって異なりますが、40年以上前に作成されたFFPE組織サンプルから抽出された核酸が分子の解析に利用できます30

6. FFPE DNAサンプルの品質はダウンストリームのゲノムアプリケーションに影響を及ぼしますか?

はい、及ぼします。ただし「どの程度影響を及ぼすか」という質問の方がより適切かもしれません。ホルマリン固定のプロセスで発現する、DNAからDNAおよびタンパク質へのクロスリンクによるポリメラーゼの停止、並びにDNA-DNAクロスリンクによる変性の阻害などが、ダウンストリームのゲノムアプリケーションに影響を及ぼす可能性があることは、研究者らの間ではかなり前から把握されています31。FFPE DNAサンプルの品質に関する懸念の多くは変異のスクリーニングに関するもので、その多く(アーチファクト、偽陰性変異体、変異コーリングアルゴリズムの異常など)が、いまだに完全な解明には至っていません32。したがって、その影響というのも明確になっていないのです。

はっきりしているのは、DNAの分解および誤って遺伝子変異と解釈され得るシーケンスアーチファクトによって、遺伝子変異の検出が妨げられてしまう恐れがあることです。また、分解に関する問題は、PCR検出法において短いアンプリコンを使うことで解決可能ですが、シーケンスのアーチファクトの問題についての確かな解決策は、PCR増幅前のウラシルDNAグリコシラーゼによるFFPE DNA処理が可能性として考えられる以外には、まだ確認されていません4

しかし現時点でこうした問題があるにもかかわらず、多くの研究者らは、単一遺伝子33、34、全エクソーム5、35、および全ゲノム25のターゲットシーケンシングを用いた、コピー数解析や遺伝子変異の検出において、FFPE DNAサンプルを使った研究を成功させています。また、遺伝子発現研究において、新鮮凍結サンプルに替えてFFPEを使っても研究が成功する可能性があることも示唆されています8

7. NGSを成功させるにはFFPE DNAがどれくらい必要ですか?

この質問に対する回答は、希望する解析データのタイプによって大きく異なります。インプット量250 ng以下のFFPE DNAでは適切なエクソームカバレッジには不十分と報告されていましたが35、最近実施された99のFFPEサンプルを用いた研究では、著者らが16 ng程度の少量のFFPE DNAのインプットでもエクソームのシーケンシングに成功したことを報告しています36。また他のいくつかの研究では、10 ng程度の少量のインプットでシーケンシングが行われましたが、10 ngのFFPE DNAのインプットにおける全ゲノムシーケンシングで成功したのは、コピー数の変化の解析に限られました37。さらに、シーケンス解析用の断片ライブラリーの作成のために、FFPEサンプルから5 ng程度の少量のテンプレートDNAが使用され、 1 mgのテンプレートDNAから作成された核型と区別がつかないコピー数核型が提供されました37

このようなシーケンシングの成功の多くが、FFPEサンプルから回収可能な比較的短いDNA断片から有用なデータ(一塩基変異、挿入/欠失、および転位など)が抽出できるというNGSの能力に起因しているということについては、多くの研究者の同意が得られています29、38

8.  FFPEサンプルからのRNAやmiRNAの抽出は可能ですか?

はい。しかし、RNAはDNAと比べて安定性に劣るため、FFPEサンプルからのRNAシーケンシングは難しいです。FFPEサンプルは、他のアプリケーションで用いられるRNAサンプルと比較した場合に品質が劣っている可能性がありますが、miRNAプロファイリングについては、FFPEサンプルからも高品質なシーケンスリードが得られます39。miRNAはサイズが小さいことから、分解や変異が起こりにくいと考えられ、FFPEサンプルにおけるそれらの解析では、mRNAサンプルと比較して、新鮮凍結組織で得られるであろう観察結果が、より正確に複製されたものが提供される可能性が高いです。 

17種類の組織と65のFFPEブロックから分離した272の非依存性RNAを用いたある試験では、miRNAは、保存状態が悪い臨床サンプルの分子の特性を明らかにするため分析物として適しているのはもちろんのこと、非常に優れているという可能性も指摘されています40。新規miRNAの検出を目的とする場合に推奨されるプラットフォームは、おそらくNGSとなります。NGSでは、多くのデータの解析が可能で、検出されるシーケンスについての予備知識を必要としていません39

9.  過去の疾患の集団発生から、ウイルス性DNAを検出するためにFFPE組織を使うことはできますか?

これについては、まだ明確な判断が出ていません。新たな技術の開発によって、FFPEサンプルからの既知のウイルスシーケンスの検出が可能になり、その1つとして1918年のスペイン風邪(インフルエンザA/H1N1)ウイルスの復元などが含まれています。過去の大流行時の被害者の肺組織のFFPEサンプルから抽出されたRNAを用いることで、ウイルスの特性が明らかにされ、逆遺伝学によって復元されました41。また、NGSと組み合わせてシーケンス非依存性の増幅が用いられ、様々なFFPEサンプルから新規のウイルスが検出されましたが、これと同じ技術が、この種のサンプルにおける既知または未知のウイルスの検出に応用できるかどうかは、現時点では不明です42、43、44

10 FFPEサンプルのNGS用のバイオインフォマティクスツールの信頼性はすべて同じですか?

いいえ。既に多くの研究者が第三世代のシーケンシング技術の可能性に期待を寄せていますが、NGSデータ解析法のゴールドスタンダードとして広く受け入れられるには至っていません45。また、シーケンスデータの品質管理についての合意済みの規格もありません46。NGSデータ用のバイオインフォマティクス解析ツールとしては様々なものが開発されていますが、再現性に関しては一層の改善が必要です47

現在市販されているNGSプラットフォームのエラーの種類や発生率は様々で、ユーザーはダウンストリームのデータ解析に影響が及ぶ可能性を最小限に抑えるために、各エラーの種類を慎重に評価してそれらに対応する必要があります。バイオインフォマティクスのストラテジーを変えることもまた、NGSデータ解析に影響を与えます。したがって、ユーザーはまた、結果に最大限の自信をもてるようにするために、それらのツールの原理や利点、制限について理解しなければならないのです46

参照文献: 

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