院内検査室におけるフローサイトメトリー検査 -国家公務員共済組合連合会 虎の門病院-
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小池 由佳子 先生 |
地域がん診療連携拠点病院である虎の門病院は、血液内科の病床数も多く造血幹細胞移植推進拠点病院となっております。今回、虎の門病院のフローサイトメトリー検査の実際について臨床検体検査部 部長の小池 由佳子 先生にお話を伺いました。
虎の門病院の特長
当院は国家公務員共済組合連合会の中核病院として1958年に設立されました。開院当初から、「医学への精進と貢献、病者への献身と奉仕を旨とし、その時代時代になしうる最良の医療を提供すること」という基本理念を掲げています。「臨床」「予防」「教育」「研究」という4つの柱をもって、分院(神奈川県)と連携しながら高度な先進医療を提供するとともに、医学研究や医療従事者の育成にも力を注いでいます。当院は令和元年に新病院に移転し、819床、38診療科、職員数は約2,000名という大規模で高い水準の医療を新しい環境で行うことが可能となりました。
当院の特長の1つとして、血液内科病床数が本院で120床と多く、造血幹細胞移植推進拠点病院となっており、急性白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫のような多岐にわたる造血器腫瘍の診療を行っている点が挙げられます。今回、お話の中心となるフローサイトメトリー検査(Flow Cytometry:以下FCM検査)は、造血器腫瘍の診断には欠かせない検査の1つですが、当院では院内検査を行っており、臨床検体検査部血液凝固検査科の技師が日々検査を担っています。
虎の門病院臨床検体検査部
当院臨床検体検査部は、血液凝固検査科、化学分析科、イムノアッセイ検査科、一般検査科、緊急検査科、中央採血科、検体受付管理科、情報処理科の8科で構成されており、医師1名と臨床検査技師52名(正規職員40名、臨時職員12 名)が在籍しています。当検査部は2020年2月に臨床検査の国際規格であるISO15189の認定を取得し、精度保証された正確な臨床検査データを臨床側へ提供するとともに、国際的にも通用する臨床検査室の管理運営に取り組んでおります。1年間に実施される検査件数は約800万テストに及び、多数の検査項目の分析を行っていますが、とりわけ血液内科、肝臓内科、間脳下垂体外科よりオーダーされる検査項目においては全国でも有数の検査件数となっています。
新型コロナウイルス感染症の影響により一時的に患者数は減少し検査件数も減少しましたが、現在ではコロナ禍以前の患者数・検査件数に戻りつつあります。新型コロナウイルスへの感染対策を徹底しながら検査業務を行いつつ、新たな検査機器・検査項目の導入も積極的に行うなど、数多く寄せられる臨床側のニーズに応えられるよう、経済効率と人的資源を常に考慮しながら最大限の臨床支援が行えるよう努力しています。
当院におけるFCM検査について
フローサイトメトリー検査(FCM検査)は、細胞膜表面に存在する糖蛋白などの抗原をモノクローナル抗体の反応性によって検出する検査法であり、異なる蛍光色素で標識した複数のモノクローナル抗体を用いて解析することにより、1つの細胞が発現するいくつもの抗原をマルチカラーで解析することが可能です。ポリクローナル抗体が使われることもありますが、特異性の高さからモノクローナル抗体が主流となっています。
解析に用いる主な抗体は CD 番号(cluster ofdifferentiation; 以下CD)で整理されており、現在CD371まで決まっています。その中から目的に応じた複数の抗体を選択し、組み合わせて解析します。多くの種類の抗体がありますが、通常、血液検査室において使用する抗体は、造血器腫瘍FCM検査においても30種類程度ですので、よく使用する抗体についてはどのような抗原を認識する抗体であるのかを知っておく必要があります。
当院では2003年から院内検査として造血器腫瘍FCM検査を開始しました。FCM検査の特長として、第一に、細胞浮遊液を作製することができれば、ほとんどの場合で解析が可能であることが挙げられます。検体は、血液、骨髄穿刺液、胸水・腹水・心嚢水などの体腔液、脳脊髄液、気管支肺胞洗浄液だけでなく、リンパ節や生検組織検体なども細胞浮遊液を作製することにより検査が可能です。また院内検査であれば検査当日に検査結果を確認でき、検査時間は検体採取から2 ~ 3時間程度と迅速に結果を得ることができます。陽性細胞比率を確認することが可能であるため、ある程度の定量性があるといえます。検出感度は10-2 ~ 10-4 程度で、1 つの細胞が発現している複数の抗原を同時に解析することができ、細胞の膜透過処理を加えることにより、一部の細胞質内抗原の発現も解析することが可能です。
造血器腫瘍の分類として、現在はWHO分類が主流となっており、臨床的特長と形態学的所見・細胞化学染色所見をもとに、免疫学的形質所見と細胞遺伝学的・分子遺伝学的所見を踏まえて診断し病型分類します。FCM検査は腫瘍細胞の免疫学的形質を決定する上で必須の検査法といえます。そのほか主病巣以外への広がり・浸潤の診断、治療効果判定のための微小残存病変(MRD; minimal residual disease)の検出などにも広く利用されています。悪性リンパ腫の診断・病型分類においては、病理組織診断がゴールドスタンダードですが、院内でFCM検査を施行することができれば、リンパ節などの生検施行当日にリンパ腫細胞の免疫形質を判断できる場合があり、診断の一助となる結果が得られることも多く経験します。特にB細胞腫瘍の診断において、その有用性は高いといえます。
図1. 虎の門病院におけるFCM検査件数の年次推移
当院における造血器腫瘍FCM検査件数の年次推移を図1に示します。2003年から2016年までは検査件数はおおむね増加傾向でした。近年はコロナ禍ということもあり、検査件数はやや減少傾向ではありますが、昨年の実績で造血器腫瘍FCM検査数は年間約1,770件、月平均約147件となっています。当院は現時点で未だ4カラー解析ですが、年内には6カラー解析を開始する予定です。FCM検査結果のサイトグラムは2次元表示であり、CD45などのゲーティングのための抗体を含めた3カラー解析でも、腫瘍細胞の発現抗原をとらえることができると思います。しかし階層ゲーティングによって腫瘍細胞の発現抗原をより正確に判断できることがあり、特に検体中の腫瘍細胞比率が少ない場合には、マルチカラー解析にメリットがあると考えます。
現在使用しているフローサイトメーターは、2019年に新病院に移転した時から使用しているベックマン・コールター株式会社の新機種、Navios EX*で、3レーザー搭載、10カラー解析まで施行可能です。当院では血液凝固検査科の技師が交代でFCM検査に携わっており、検体の細胞数調整や抗体処理、フローサイトメーターを用いてのデータ取得とデータ解析までを行います。FCM検査は特別な要員のみが施行するというわけではありません。経験が浅い技師も同じクオリティで検査ができるように、ISO15189に基づいて、FCM検査の項目ごとに標準作業手順書を作成しています。このほかにもNavios EXの機器操作手順書を作成し、その抜粋である作業シート(手順のフローチャートなど)をいつでも確認できるよう、フローサイトメーターの近くに常備しています。解析に用いるKaluza Analysis Flow Cytometry Software操作手順書も独自に作成しています。FCM検査を新しく覚える技師には、先輩技師のマンツーマン指導の下、標準作業手順書に従って機器の操作や検体の取り扱い、解析に必要な腫瘍細胞のゲーティングなどの指導を約1週間程度の期間受けてもらい、教育しています。独り立ちした後も施行した全てのFCM検査の解析結果を先輩技師が確認し、ダブルチェックを行っています。こうして解析された結果を臨床検査専門医がさらに確認、読影し、コメントをつけて臨床に報告しています。臨床の先生方の中にはFCM検査に精通していない医師もいるため、造血器腫瘍FCM検査の報告書には全検査に読影コメントをつけています。
解析に用いる抗体の選択に関しては、当院ではあらかじめ決まった抗体パネルを組んでいます。T細胞サブセット検査、T・B細胞百分率と造血器腫瘍白血病解析セット、リンパ腫解析全セット、B細胞リンパ腫解析セット、T細胞リンパ腫解析セット、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATLL)セット、有毛細胞白血病(へアリー細胞白血病;HCL)セット、多発性骨髄腫解析セットとがあります。造血器腫瘍FCM検査をオーダーする医師は、白血病解析セット、リンパ腫解析セット、多発性骨髄腫解析セットの3項目中から選択します。造血器腫瘍リンパ腫解析セットでオーダーを受けた場合には、リンパ腫全セット、B細胞リンパ腫セット、T細胞リンパ腫セット、ATLLセット、HCLセットのうちどの抗体パネルのセットでFCM検査を施行するのかは、検査を担当する技師が患者さんのカルテを確認して判断しています。
判断に迷った場合には、先輩技師や臨床検査専門医と相談の上、解析するセットを決定します。さらに決まった解析セットでの検査施行後に、結果を確認した先輩技師または検査専門医が個々の患者さんの腫瘍細胞の抗原発現をより詳細にとらえるための抗体パネルで追加検査を依頼することもしばしばあります。また、白血病解析セットでオーダーを受けた場合に、当院初回の骨髄検査で芽球が20%以上存在する場合には、再発症例であっても全例で白血病解析セットに加えて細胞質内抗原解析を追加で施行していることも、当院の造血器腫瘍FCM検査の特徴といえると思います。勉強になる症例は検査当日に皆で確認を行い、また積極的にセミナーや関連学会に参加するなど、幅広い知識を得るようにしています。
*Navios EX ハイエンドクリニカルフローサイトメーター
製造販売届出番号:13B3X00190000050
FCM検査の有用性について
院内FCM検査の有用性に関しては先に述べた通りですが、もう少し具体例をお示ししてお話しします。造血器腫瘍FCM検査は、腫瘍細胞の発現抗原から、細胞の系統(lineage)および分化段階(differentiation)を決定することができ、造血器腫瘍の診断・病型分類に必須の検査であることは既にお話ししました。また主病巣以外への広がり・浸潤の診断にも広く利用されています。FCM検査を最大限に活用するためにはどのようなことに注意すべきか、質の高い診療支援を目指すポイントとして、解析抗体パネルの工夫、細胞数が少ない検体の扱いや体腔液への浸潤の有無の評価、階層ゲーティングの有用性に関して話したいと思います。
抗体パネルを選択する際に、考慮してほしい組み合わせの例として、急性白血病であれば白血病芽球でしばしばみられる、正常細胞からみると変則的な抗原の発現の組み合せを活用することが有用です。
図2. 当院における白血病解析セットの実際 AML-NOS( FAB M2)検体:骨髄
図2に急性骨髄性白血病症例の実際の解析例をお示しします。本症例の白血病芽球は、CD7、CD56の変則的な抗原の発現がみられました。芽球比率が高い初発時にCD7/CD34のパネルを用いて解析しておくことで、治療後の芽球比率が低下した骨髄においても、正常骨髄芽球と白血病芽球との鑑別が可能であり、MRDの解析に有用であった症例です。成熟B細胞腫瘍であれば免疫グロブリン軽鎖発現の偏り(IgL-κ/IgL-λの偏り)の確認がクロナリティの判定にもっとも重要で、おおむねκ(Kappa)/λ(Lambda)比が>3 または<0.5で軽鎖制限ありと判断します。
図3. リンパ腫解析セットの実際 濾胞性リンパ腫 検体:リンパ節
図3にお示しした症例は、濾胞性リンパ腫の症例ですが、リンパ節生検当日にFCM検査結果を確認し、検体中の約85%がCD19、CD20のB細胞で軽鎖制限を認めたことから成熟B細胞腫瘍を考え、CD10の発現を認めたことから臨床経過も考慮して濾胞性リンパ腫を疑った症例です。のちに病理結果を確認したところ、濾胞性リンパ腫の診断でした。このようにFCM検査は、病理診断の結果を待たずに迅速にリンパ腫であるかどうかの判断ができることがあり、臨床に非常に有用な情報を提供できる手段であると思われます。また、腫瘍細胞はしばしば主病巣以外への広がり、浸潤がみられますが、検体中の腫瘍細胞数が少ない場合にもFCM検査は威力を発揮します。
図4. びまん性大細胞型B細胞リンパ腫
図4にびまん性大細胞型B細胞リンパ腫症例の解析例を示します。本症例は、骨髄にリンパ腫細胞の浸潤があり、腫瘍細胞の発現抗原はCD19、 CD20陽性、IgL-κ陽性、IgL-λ陰性であることが髄液検体の解析前にわかっていたため、細胞数の少ない髄液検体の解析パネルを選択して検査を施行し、髄液浸潤を確認することができた症例です。このように事前にわかっている腫瘍細胞の情報を利用することで、細胞数が少ない検体においても有用な結果を確実に得ることができます。
図5. 階層ゲーティングの有用性 マントル細胞リンパ腫 検体:骨髄
最後に図5に階層ゲーティングが有用であった一例を紹介いたします。骨髄の塗抹標本で、異常リンパ球疑いの細胞を2.4%カウントしていましたが、FCM検査でリンパ球領域をゲーティングした解析結果を見た際に、IgL-κ陽性B 細胞比率がIgL-λ陽性B細胞比率と比較して高いものの、κ/λ比が3以下で、浸潤ありとするべきか判断に迷った症例でした。CD5とCD20のパネルとみると、CD20陽性B細胞はCD5の発現により2つの細胞集団に分かれています。そこでCD5、CD20、IgL-κ、IgL-λを同時に添加して検体を作製し、階層ゲーティングによる解析を追加しました。CD5の異常発現を示すCD20陽性B細胞をゲーティングするとIgL-κ陽性、IgL-λ陰性のクローナルなB細胞であるとわかります。腫瘍性の異常リンパ球と考えられます。一方、CD5陰性CD20陽性B細胞は、IgL-κ、IgL-λの偏りがみられず、正常Bリンパ球であると思われます。このように階層ゲーティングを行うことで、明確に異常なBリンパ球を評価できた症例です。本症例は、FCM検査の数週間後にマントル細胞リンパ腫の骨髄浸潤ありと病理診断されました。当院では現在、4カラー解析でFCM検査を行っているため、本症例の階層ゲーティングには追加パネルでの検査が必要でしたが、マルチカラー化が進み、多くの発現抗原を同時に解析することができれば、追加の検査を施行しなくても階層ゲーティングにより多くの情報を得ることができるようになると思われます。
以上のような解析セットを当院では現状施行しているわけですが、現在外注となっているものの今後院内検査を検討していこうと考えているFCM検査の1つに多発性骨髄腫のMRD検査があります。これに関しては臨床医とも相談しつつ、院内検査施行を考えていきたいと思っています。
精度管理
ほかの検査と同様にFCM検査においても精度管理は重要です。特にISO15189認定検査室においては検査室間比較のために外部精度管理プログラムへの参加が推奨されています。当院では機器メーカー推奨の機器精度管理用の標準蛍光ビーズを用いて毎日の機器立ち上げの際に内部精度管理を行っています。また、リンパ球サブセット検査のCD3、CD4、CD8などは、参照値範囲が設定されている市販の血球コントロールを用いて、測定値が期待値の範囲内であることを確認することにより内部精度管理を行うなどの方法もあります。当院検体検査部では現在、ベックマン・コールター社のIQAP(Interlaboratory Quality Assurance Program)に参加しています。
今後の展望と課題
1.FCM検査の標準化への考え
FCM検査の標準化は、以前からの課題の1 つとなっています。日本ではJCCLS(日本臨床検査標準協議会)の FCM ワーキンググループによって2003 年に「フローサイトメトリーによる造血器腫瘍細胞表面抗原検査に関するガイドライン(JCCLS H2-P V1.0)」、2006年に「フローサイトメトリーによる末梢血リンパ球表面抗原検査に関するガイドライン」、 2007年に「フローサイトメトリーによるCD34陽性細胞検出に関するガイドライン」が提案され、後二者は既に承認されています。造血器腫瘍細胞表面抗原検査に関するガイドラインは、JCCLS H2-P V1.0をもとに、日本サイトメトリー学会標準化委員会において、現在見直しや検討が始められています。今後、各施設間の分析上のばらつきを減らし、的確な診断を行うための標準化を目指して、シンプルでかつ実際の現場で役立つガイドラインの提案と承認を目指しています。
2.メーカーに求めるもの
FCM検査を正しく解析・判断するためには、機器調整や蛍光色素間相互の蛍光漏れこみ補正(コンペンセーション)を適切に行うことが必要です。今後院内FCM検査開始を考えておられる施設があれば、機器の設定やコンペンセーションなどに関して、各社メーカーの学術からサポートを受けることが可能だと思います。最近のフローサイトメーターは以前と比較しての急な不具合などは非常に少ないと思いますが、これら緊急時への対応や定期的なサポートなども各社メーカーの方に改めてお願いしたいところです。当院でも今後さらにマルチカラー化が進めば、装置の設定や蛍光色素の組み合わせなどに、より詳しい知識と訓練が必要になると思われますので、今後も継続的なサポートを引き続きよろしくお願いします。加えて、今後、標準化への検討が進んでいく中で、標準化プロトコルの普及や標準化パネルのカクテル抗体の開発なども、併せてご協力いただければと思います。
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院臨床検体検査部のみなさま
前左から: 山口 ちひろ 先生、原山 彩 先生
後左から: 大岩 恵理 先生、小池 由佳子 先生
右から: 斎藤 悦子 先生、積田 桂子 先生、小林 康予 先生、青谷 美奈子 先生
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