がん微小環境の1細胞解析におけるクラウドベース解析ソフトウエア Cytobankの貢献

東京大学 定量生命科学研究所 分子情報研究分野 共同研究員
(TAK -Circulator株式会社 事業開発本部 主任研究員兼務)

小田 健昭 先生

がん微小環境の1細胞解析という、先進的で複雑性の高いご研究を精力的に推進されている東京大学定量生命科学研究所の小田健昭様にお話を伺いました。従来の解析技術や集団単位での解析では見えなかった、腫瘍内のがん細胞と免疫細胞との複雑な関係性を解き明かそうとするご研究の一端とその解析についてご紹介くださいました。

インタビュアー:中根 優子(ベックマン・コールター)

 

がん微小環境の1細胞解析とは

小田先生:腫瘍組織の中には、がん細胞だけではなくてFigure 1 のように色々な細胞が存在しています。がん細胞はもちろん、免疫細胞や血管内皮細胞、線維芽細胞などが含まれており、これらの細胞が複雑に相互作用することで、腫瘍組織が構築され維持されています。これらのがん細胞以外の細胞で構築される環境をがんの微小環境と称しますが、がんを正しく捉えるためには、この微小環境を正しく捉えること大切だと言えます。ただ、今までは、技術的な制限から、がん細胞を含めた集団(バルク)の情報しか解析することができず、微小環境は限られた範囲でしか解析されてきませんでした。しかし、最近の技術革新によって1 細胞解析ができるようになり、多様な細胞を個別に解析することが可能になりました。長い間、がんを研究してきた我々秋山研でも、がんの微小環境を理解するために、1細胞解析の技術を使って、近年研究を進めてきました。

Figure 1 腫瘍の微小環境
M.R. Junttila et al., Influence of tumour micro-environmentheterogeneity on therapeutic response, Nature 2013 Sep19;501(7467):346-54.doi: 10.1038/nature12626より引用

Q:バルクの中の不均一性を捉えようと?

小田先生:そうです。しっかりと1 細胞ずつで捉えていこうということが、今の、がん研究の一つの流れですし、秋山研でもその流れで研究を進めています。

Q:腫瘍内のがん細胞に不均一性があるとは認識しており、そちらの方だけなのかと思ったのですけど、それプラス、その腫瘍の中にいる免疫システムだとか、あとほかにもシステムがあるのかもしれないですけど、そういった細胞も含めて、その環境として捉えようっていうお話ということですか?

小田先生:そうですね、当然、がん細胞の中でも、少し前にがん幹細胞という話が出てきて今でも研究されていますけど、その頃から、「がん細胞」って一口で言っても、もともとの起源は1 個のはずなのに、それが分裂して増殖するうちに、雑多な集団、ヘテロジェネイティーになっていくので、当然それも1 細胞解析が必要だという一つの話になると思います。一方で、微小環境も不均一性があり、多様な細胞集団から形成されています。特に免疫細胞については、すでに多様な細胞が存在していることが明らかになっています。もちろん、以前から腫瘍内部には多くの種類の細胞が内包されていることは分かっていたことですけれども、それを包括的に解析する手段はありませんでした。しかし、1 細胞解析が発達したことによってそれを解析することができるようになってきたということだと思います。

Q:T cell, B cell, マクロファージなどたくさん存在しますよね?

小田先生:そうです。T cellはかなり以前から複数の種類に分類されることが分っていましたし、B cellやマクロファージの中でも多くの種類に分類されます。がんの微小環境を正確に捉えるためにはそのような多様な免疫細胞それぞれをしっかりと解析することが必要だと考えています。そのために我々は1細胞解析の技術を用いています。

 

腫瘍内免疫細胞の多様性

Q:具体的にはどのような技術になるでしょうか?

小田先生:Mass-cytometry(CyTOF)とSinglecell RNA-seq(scRNA-seq)を利用しています(Figure 2A)。どちらの技術にも一長一短があり、二つの解析結果を統合し補完し合うことで、より正確で解像度の高い解析結果を得ることが可能になると考えています。Figure 2Bは、がん細胞をマウスに移植してできた腫瘍の中の免疫細胞を、CyTOFで測定してCytobankで解析したものです。viSNEで次元圧縮した結果をプロットすると、時計でいう7時から12 時の位置にあるマクロファージ/モノサイトの集団が存在し、細胞数が多いことが分かりました。マクロファージ/モノサイトの集団は広範囲にプロットされており多様性が高いことが分かります。また、FlowSOMを利用してクラスター解析をすると、マクロファージ/モノサイトの集団は多くのクラスターに分けられています。

Figure 2  がん微小環境1細胞解析の流れ(A)
  腫瘍内免疫細胞をCyTOFで測定し、CytobankでFlowSOMメタクラスターをviSNEマップ上に表示(B)

 

Q:B cellやNK cellと比較しても多くのクラスターに分かれていますね。

小田先生:この解析ではCyTOFの抗体セットをマクロファージに注目して組んでいるので、マクロファージが多くのクラスターに分かれています。ですから、ほかの細胞集団と比較してマクロファージが特に多様性が豊かかどうかということはこの解析からは分かりません。ただ、マクロファージが多様な集団であることははっきりしていると思います。

Q:これらのマクロファージのそれぞれのクラスターは性質まで分かるのでしょうか?

小田先生:腫瘍内のマクロファージはいくつかのグループに分類できることが明らかになっています。特に腫瘍の増殖に対して抑制的に働くマクロファージと促進的に働くマクロファージが存在することが明らかになっていて、これらのマクロファージを把握することが腫瘍内免疫細胞を理解する上で大切になってくると考えられます。我々の実験系でもこれらのマクロファージの集団を個別に捉えることができています。

 

マシンラーニング解析(viSNE & FlowSOM)で見えてきたもの

小田先生:例えば、Figure 3AはviSNEマップ上にCD206抗体の染色強度をヒートマップで表示した図になります。Figure 2Bの図と合わせてみると、FlowSOMによってクラスタリングされたクラスター15と18の細胞集団でCD206の発現が亢進していることが分かると思います。CD206は腫瘍の増殖に対して促進的に働くマクロファージのマーカーの一つです。一方、Figure 3Bで示すようにCD86はクラスター14で発現が多いことが分かります。CD86は抗腫瘍的なマクロファージのマーカーの一つですので、この細胞集団は腫瘍の増殖を抑制していることが推測できます。viSNEとFlowSOMによって、マクロファージの機能的な分類が可能になっていると思います。


Figure 3 CytobankでCD206(A)とCD86(B)の染色強度をviSNEマップ上にヒートマップで表示

 

Q:ほかのクラスターはいかがですか?

小田先生:12時の方向にあるクラスター4はLy-6Cの発現が強い細胞集団なので、モノサイトだと考えられます。ほかには、例えばクラスター20は特徴的な染色パターンを持つ細胞集団だったので、注目したのですが、CyTOFの解析からは機能は分かりませんでした。しかし、scRNA-seqの結果と併せて解析すると、この細胞集団はB cell の浸潤などを制御するマクロファージの細胞集団であることが推測されました。

Q:scRNA-seqとCyTOFの両方を利用して解析したメリットが出たのですね。

小田先生:その通りだと思います。一方でCyTOFのデータをCytobankで解析することによって、機能は分からないまでも、しっかりとした一つのクラスターとしてこの細胞集団が分類できたことは興味深いことだと思います。B cellも腫瘍の増殖に影響を及ぼすことが明らかになっていますから、このクラスター20は間接的であっても、腫瘍の増殖に影響を与えている可能性が考えられます。ここで紹介したクラスター以外にもいくつかの興味深いクラスターが有ります。中にはこれまで報告されていないような特徴を持ったクラスターも存在しており、興味深いと考えています。今後これらのクラスターも含めて腫瘍内免疫細胞の解析を進めていきたいと考えております。

 

複雑で膨大な情報のデータ解析を可能とするためのソリューション

小田先生:解析する目的のクラスターがはっきりしている場合は古典的なFACSなどでも解析は可能など思います。しかし、我々が目標としたのは腫瘍内免疫細胞を俯瞰的な解析と未知の細胞の発見でしたから、1 細胞解析は必須でした。実際にこれまで報告がなく、興味深いクラスターが見つかっていて、今後の解析で新しい発見ができるのではないかと期待しています。ただ、1 細胞解析の難しい点はその解析にもあると思います。解析手法も近年非常に発達してきていて、そのほとんどはプログラミング言語を利用したものとなっています。これらのデータ解析については、私は全然ドライをやってこなかったので今でも苦手なのですけど、Cytobankは非常にそういう意味では使いやすい。ドライに全然明るくなくても、直感的に動かすことができるので。

Q:主にコマンド入力がない部分でしょうか?

小田先生:そうですね。本当に楽です。クラウドなので、いくつかの解析を同時並列で計算できるメリットもありますし、非常に良い。簡単なFigureなら描いてくれるし。お見せしたviSNEマップとかはCytobankのものです。

Q:そのままFigureにお使いくださっていて嬉しかったです。

小田先生:そう。論文とかプレゼンとかに使えるレベルでいいですよね、分かりやすく使えるので。

Q:ありがとうございます。お使い始めのきっかけはデータサイズの大きさでしょうか?

小田先生:はい。そうです。

Q:PCインストールタイプのほかのソフトだと動かない、パソコンのスペックにもよりますけど、データサイズが大きいとほぼ動かないですもんね。気に入っている機能とかっていうのはありますか?

小田先生:何が気に入っているかと言われると難しいところはありますが、今のところは充分だと思っています。解析の全体の流れとしては、もうゲーティングからviSNEしてFlowSOMしてというのを全部通して、ルーチンのように一連の解析をたくさん数がこなせるという感じです。最初はSPADEも試してみましたが、それよりもFlowSOMの方が何か分かりやすい気がしています。

Q:メタクラスターにもしてくれますし、あと計算処理が速いですよね。拝見した図のようにクラスタリング結果をviSNEマップ上に表示するのも簡単ですし。数値データの結果もcsvで出力されますしね。

小田先生:そうそう。その後の解析のためにも数値は必要です。FlowSOMでクラスタリングすることによって、このクラスター20みたいなところもちゃんと認識することができました。シングルセルRNAシークエンスの結果とも、マッチするような形で出てきてくれたので、正しい解析ができていると思います。あと、この状況下だとCytobankはクラウドなので、どこでもできるのもいいですよね。

Q:ありがとうございます。iPadとかタブレットのブラウザで使われたりもされてますか?

小田先生:それはさすがにしてないですけど、自宅でも解析できるし、パソコンの能力を要求しないので助かります。今回お話しした研究と別の仕事の話ですが、群間比較のできるCITRUSも面白そうですし、あと統計計算にLog2 Ratioが用意されているなど充実しているのでもっと使いこなしたいですね。

 

複雑な生命現象の解明とその先を見据えて

Q:最後に、今後研究をどう展開されるかをお伺いできれば幸いです。

小田先生:そうですね、今回お話ししたのは、解析をして見えてきたという段階なのです。なので、次はその見えてきたものが、本当に鍵となっていることなのかどうか、本当に最後の腫瘍の増殖や抑制に重要なのかというのを確かめたいと思っています。直近としては。その先は、大きな話になってしまいますが、メカニズムの解明によって新しい治療の開発などにつながると良いと思っています。

Q:研究として非常に複雑で面白いだけでなく、その先の貢献も見据えられている、とても素晴らしいお話を拝聴いたしました。誠にありがとうございました。

小田健昭先生(中央)と東京大学 定量生命科学研究所 分子情報研究分野のみなさま

 

Beckman Coulter、Beckman Coulter ロゴは、Beckman Coulter, Inc. の登録商標です。
CyTOFは、フリューダイム株式会社の登録商標です。

 

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