小児白血病治療における中央診断 -小児白血病グループ研究統合の中での変遷-
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清河 信敬 先生 |
さまざまなタイプから成る小児白血病に対して効果的な治療法を選択するためには、精度の高い標準的な解析法により正確な診断を得ることが必要不可欠です。日本では、1年間に約1,000人の小児が発症する白血病に対して、オールジャパンで治療に取り組むためのシステムの中で中央診断が行われています。本日は、小児白血病の中央診断に携わっておられる、国立成育医療研究センターの清河先生に、中央診断の概要、小児白血病のグループ研究の中で中央診断を担当することになった経緯と現在までの変遷についてお話を伺いました。
中央診断の概要
現在、国内の小児がん診療施設のほとんどが日本小児がん研究グループ(JCCG)に参加し、小児がんの初期治療の多くはJCCG の多施設共同臨床研究として実施されています。JCCGには血液腫瘍と固形腫瘍の分科会があり、白血病の臨床研究は血液腫瘍分科会が担当しています。年間発症約1,000人と推測されている小児白血病にはさまざまなタイプが含まれており、最も発症頻度が高いB前駆細胞性急性リンパ芽球性白血病(BCP-ALL)でも年間発症400症例程度で、この中にはさらに種々の亜群が含まれています。小児白血病は全般に予後良好であり、BCP-ALLでは約9割が寛解し、そのうち8割が寛解維持可能な状況になっており、さらに有効な治療法の開発や晩期障害の軽減が求められています。
しかし、個々の診療施設単位での治療経験では効率的な治療法の進歩は難しいため、オールジャパンで協力して多施設共同臨床研究を推進することで、より良い治療法を開発し、治療成績を向上させる必要があります。
私たちは血液腫瘍分科会において、国内発症白血病の約9割の細胞マーカー初期診断を中央診断として担当しています。中央診断を必要とする要因として先ほど述べた白血病の多様性が挙げられ、治療研究を進める中で、同じ基準で診断を行い、不適格登録を防止して臨床研究の質を担保するためには中央診断が非常に重要だと思います。幸い年間の新規発症数が約1,000人の小児白血病は、中央診断にとって適度な症例規模と言えます。
中央診断立ち上げの経緯・変遷
白血病治療研究グループの統合と中央診断
1970年代には国内に地域ベースの20以上の小児白血病研究グループがあったということで、それぞれが個別に治療研究を行っていましたが、次第にそれらが統合され、1990年代には4つのグループに集約されました(図1)。
図1 小児白血病:治療研究グループの統合とマーカー中央診断
4つのグループのうち最も古いものは、1969年から東京小児白血病共同治療委員会(TCLSG)として活動を開始していた関東甲信・熊本のグループで、1980年に東京小児がん研究グループ(TCCSG)となりました。1972年に発足した九州小児白血病治療研究グループは、1980年から小児がん研究グループ(CCLSG)として全国規模に活動を拡大しました。これとは別に1984年には九州山口小児白血病研究グループ(KYCCSG)が発足しています。それ以外の地域のグループは、大規模な治療共同研究の実施を目的に統合し、1996年に日本小児白血病研究グループ(JACLS)が結成されました。
4つのグループの中央診断・検査に関しては、JACLSは結成時の1996年から三重大学と大阪大学で中央診断として細胞マーカー検査を実施し、検体保存を行っていました。 TCCSGでは、社会保険埼玉中央病院(慶應義塾大学関連)、東京医科歯科大学、当研究センターなどでグループ内からのマーカー検査の依頼を受けていましたが、2004年より当研究センターが正式な形での中央診断と検体保存を開始しました。CCLSG では、愛知医科大学がフローサイトメトリーの中央検査センターとしてグループ内からの依頼を受けていたと伺っています。
さらに2000年代に入ると、小児白血病の治療成績をさらに改善するため、研究グループ間の壁を超えた大規模臨床研究の必要性が認識されるようになり、わが国における造血器腫瘍のオールジャパンの共同研究体制確立への気運が起こりました。
中央診断体制の統一
2002年に発足した厚生労働科学研究費補助金「小児造血器腫瘍の標準的治療法の確立に関する研究」班(主任研究者:名古屋医療センター・堀部敬三先生)の支援のもとに4大研究グループが連携するグループ間共同臨床研究を支援する目的で、日本小児白血病リンパ腫研究グループ(JPLSG)が2003年に結成されました。
この中で、グループごとに実施されていた中央診断を一つにまとめようということになり、三重大学の駒田美弘教授が中心となって免疫診断ワーキンググループ(後の、中央検査診断委員会)が活動を開始しました(図2)。その中で、4施設の過去の解析結果をもとに、診断に有用な解析パネルの決定、診断基準の作成を行い、同じ検体に対する中央診断実施4施設と臨床検査会社3社の解析結果を比較・検討する外部精度管理を実施し、検査手技等の統一が図られました。
図2 国内の小児白血病マーカー中央診断の統一
上記のような経緯を経て、2005年から始まった小児急性骨髄性白血病(AML)治療研究AML-05の登録症例の全国の検体を三重大学、大阪大学、愛知医科大学および当研究センターの4か所で、同一抗体パネルを使った3カラー解析で診断する初めての全国規模中央診断が開始されました。その後、2011年には、三重、大阪および当センターで、T 細胞性ALL 治療研究(ALL-T11)の登録症例を対象とした共通項目、共通クローンによる中央診断を開始し、2012 年にはBCP-ALL 治療研究(ALL-B12)の登録症例も対象に含め、共通抗体同一パネルでの5カラーによる中央診断を実施しています。なお、JPLSGは2014年に固形腫瘍治療研究グループと統合し、JCCGの血液腫瘍分科会となっています。
このような流れで細胞マーカーの中央診断が行われてきましたが、2017年2月に大阪大学が、2018年3月に三重大学が中央診断から撤退することになりました。そこで、当研究センター小児がんセンターの松本公一先生が小児がん免疫診断科を新設され、三重大学から出口隆生先生を診療部長としてお迎えし、2018年4月より当研究センター1か所で中央診断を実施することとなりました。
2019年に当研究センターが単独で中央診断として検査した症例数は910例で(表)一部疑い症例も含みます。日本小児血液・がん学会の疾患登録のホームページでは、2020年の腫瘍性血液疾患登録数は912例となっていますが、全部が登録されているわけではなく、実際にはもう少し多いはずなので、全発症例の約9割の検体は当研究センターに送られてきていると推測しています。
表 白血病細胞マーカー中央診断症例数の推移
2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
施設 | 全国* | 生育 | 全国 | 生育 | 全国 | 生育 | 全国 | 生育 | 生育 | 生育 |
ALL | 528 | 238 | 549 | 235 | 545 | 231 | 511 | 236 | 453 | 481 |
リンパ腫 | 30 | 16 | 40 | 33 | 53 | 47 | 65 | 62 | 86 | 69 |
AML/MDS | 165 | 57 | 172 | 58 | 181 | 51 | 199 | 82 | 164 | 173 |
CML | 20 | 20 | 11 | 10 | 7 | 7 | 17 | 14 | 13 | 10 |
その他 | 15 | 8 | 122 | 64 | 136 | 87 | 125 | 97 | 165 | 177 |
(新規合計) | (758) | (339) | (894) | (400) | (922) | (423) | (917) | (491) | (881) | (910) |
44.70% | 44.70% | 45.90% | 53.50% | 20 | 29 | |||||
再発AML | 5 | 5 | 14 | 8 | 13 | 9 | 6 | 10 | 35 | |
TAM | 31 | 7 | 29 | 7 | 5 | 6 | 20 | 29 | ||
MRD | 1110 | 936 | 961 | 912 | 269 | 331 | ||||
合計 | 1495 | 1390 | 1428 | 1441 | 1247 | 1266 |
*全国=成育+三重大学+大阪大学 | ↓ | ↓ | ||||||||
2017年2月 大阪大学撤退 | 2018年3月 三重大学撤退 |
2018年4月、出口先生が三重大学から成育小児がんセンター 小児がん免疫診断科へ移籍され、当研究センターが中央診断を単独で担当することとなった
成育衛生検査センターの発足
初期診断以外に、当研究センターの小児がんセンター 小児がん免疫診断科 診療部長の出口隆生先生はALL の微小残存病変(MRD)の検出を、私はキメラ遺伝子の解析を行い、その結果を国内の小児がんの診療施設に提供しています。私たちが行っている解析は、一般の検査室では実施していない項目や新しい技術を含んでおり、迅速で正確な診断の確定や、治療反応性の予測法の開発に有用と考えています。
中央診断は、従来研究費を獲得して研究として実施してきましたが、今後継続していく上で財源の確保が大きな問題となっています。また、診療に必要な検査を医療機関に提供できるのは、法律上、病院の検査部門と都道府県が認可した衛生検査所に限られており、医療法の改正に伴いその厳格化が求められています。
そこで私たちは、体制を整備して世田谷保健所に衛生検査所登録を行い、2019年3月に成育衛生検査センターを発足しました。これにより検査結果を全国の医療機関に直接提供できるようになりました。また、保険診療で対応できる部分は有料検査として受託し、診断を継続するための財源に充てることが可能になりました。
中央診断の意義・必要性
患者さんのメリット
当センターに検体を送っていただければ、一般的な細胞マーカーの保険検査(通常20項目程度)に比べてより詳細な検査(標準58項目)を受けることができ、国内発症の全ての患者さんに共通の基準に基づいた正確な診断を提供することで、患者さんが最適な臨床研究へ参加することに役立つと考えています。
例えば、年間約900例の検体のうち約10例程度は、混合型白血病や分類不能型白血病などで、個々の医療機関で経験されることはまれであり、通常の保険検査で実施している項目だけでは判定が困難な場合がありますが、当センターの検査で、これまでの診断の経験に基づいて詳細な解析をすることによって正しい診断結果が得られることが期待されます。また、ほかでは実施していない項目を検査することで、治療反応性や予後に影響する要因を持っているかどうか推測することも可能です。
医療従事者のメリット
中央診断により診断の精度を担保することは、適切な治療プロトコールの選択に必要で、治療の均てん化・標準化、および患者さんのQOL維持のため不可欠です。当研究センターの検査では、治療プロトコールで定められた診断基準や、国際分類であるWHO 分類に必要な項目を網羅しており、国内の大部分の小児白血病の患者さんが同一の基準で診断されるので、臨床研究の質の担保に有用です。また、希少疾患や診断困難例に対して中央診断を行うことにより、その最終診断や治療上の処遇について治療研究グループとしてのコンセンサスを得るとともに、共通の方法で解析したデータを蓄積することで診断法/診断基準の改善、細胞マーカー検査の質の向上、予後予測や治療層別化に結びつく検査を確立することができます。さらに、同意を得た上で、国内発症の大部分の症例の検体が当研究センターに送付されることにより、体系的な検体保存が可能になります。
(左)出口先生、(右)清河先生
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