「人が一番ミスするところ」を 自動分注機に任せる― ASHBiゲノムコアが実践する自動化の要諦

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)特定准教授 辻村 太郎先生

辻村 太郎 先生

京都大学高等研究院
ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
特定准教授

京都大学ASHBiで1細胞・1分子レベルのゲノム動態を研究しつつ、ゲノムコアファシリティの運営を担う辻村 太郎先生。高度な1細胞解析を支えるのは、Biomek i-Seriesによる「人が最もミスする工程」の徹底的な自動化と、核酸鎖長解析と濃度測定を組み合わせた独自の高精度QCワークフローです。

本記事では、ロバストな遺伝子発現パターンの謎に迫る研究哲学から、日本の研究現場における自動化の壁、そしてASHBiが提供する柔軟な解析サービスの意義まで、辻村先生に詳しく伺いました。

インタビュアー:ベックマン・コールター株式会社 小野寺 純

ゲノム全体から紐解く、遺伝子発現のロバストな制御メカニズム

遺伝子の発現制御メカニズムに強い興味を持ち、研究を続けてきました。遺伝子の発現にはプロモーターだけでなく、多くの場合エンハンサーが重要であり、これらが相互作用することで発現が正確にコントロールされています。特に、発生過程の胚や生体の恒常性を支えるような遺伝子の発現を見ると、ビジュアル的にも非常に美しく、かつロバストと言えるような発現パターンが形成されています。

「なぜこれほどきれいな発現パターンができるのか」を考えたとき、ゲノムの中にそれを作り出すロバストな仕組みがあるはずだと推測しました。プロモーターやエンハンサーを単独で取り出して性質を調べる手法も有用ですが、それだけでは実験条件やゲノムへの挿入場所によって発現にばらつきが生じ、本来のゲノムが持つロバストさを完全には再現できません。ゲノム全体という大きな枠組みの中で、様々な機能を持つ領域を総合的に見ていく必要があると考えています。

分子レベルの動きとしては、2000年代中盤から3C法などを用いたクロマチン高次構造解析が進んでいます。ゲノムは長い分子であり、本来は多様な動きをし得るはずですが、結果としての遺伝子発現パターンは一定に落ち着きます。この「動きとしてはバラバラだが、パターンとしては一定に見える」というギャップの解明が、現在の私の研究の大きなモチベーションです。

1細胞レベルの解析とコアファシリティの運用

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 特定准教授 辻村 太郎 先生

こうした背景から、集団としての平均値ではなく、1細胞ごと、1分子ごとにゲノムの動きを見ていきたいと考えています。

現在、私はASHBiでゲノムコアファシリティの運営にも携わっています。1細胞ごとに細胞の状態をキャラクターライズする際、多くの方はトランスクリプトーム(細胞内RNAの発現全体像)を重視されますが、私はトランスクリプトームを決定づけているエピゲノムの状態も同時に見ていくことが重要だと考えています。ある種類の細胞で破綻が起きた際、それがゲノムDNAの変異に起因するのかなどを理解するためにも、両面からのアプローチが不可欠です。自分の研究興味を反映しつつ、様々な研究者の課題解決にも貢献したいという思いで、受託解析等のサービスを提供しています。

自動化機器導入の背景とBiomek i-Seriesの立ち上げ

私がASHBiに着任した際、すでにBiomek i-Seriesは導入されていましたが、特定のアプリケーションでの活用が難しかったなどの理由で、十分に稼働していない状態でした。しかし、自動化のポテンシャルは非常に大きいため、まずは自分たちで使いこなし、多くの人が活用するための下地を作ろうと考えました。

最初に手がけたのは、多くの研究者からの需要が見込まれるRNA-Seqの受託解析のセットアップです。ベックマン・コールターのアプリケーションチームにサポートいただき、実際に動かしてみると、非常にロバストな結果および系となっており、うまくいくことが確認できました。この成功が基となり、その後の1細胞解析(シングルセル解析)の自動化へもスムーズに移行することができました。

Biomek i-Seriesの強みと、品質を担保する厳密なQC・ノーマライズ手法

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 特定准教授 辻村 太郎 先生

自動化の最大のメリットは、「人がやると間違える」部分を正確に行ってくれる点です。特に384ウェルプレートなどを人の目で追って作業するのは限界がありますし、ミスは許されません。

当ファシリティで特に注力しているのが、ライブラリ調製におけるノーマライゼーション(濃度調整)とプーリングの工程です。この作業を人間が手作業で行うと、非常に膨大な仕事量になります。そして、人間による手作業ではミスを完全に排除することはできません。膨大な時間をかけた結果、希釈計算や分注においてミスが発生すると、さらに多大な時間を消費することになります。そこで私たちは、プレートリーダーによる濃度測定と、Agilent社のTapeStationによるフラグメント長の測定を組み合わせています。TapeStationで得られた長さの平均値と、プレートリーダーの濃度データを掛け合わせることで、サンプル中に「何分子あるか」を正確に算出しています。

この手法は、インサートサイズがバラバラなサンプルを扱う際にも高精度な定量を可能とします。qPCRの利用も一般的ですが、必ずしもインサートサイズのバラツキなどに対して安定的な定量結果とはなりません。私たちが普段扱うライブラリに限れば、本手法はqPCRによるよりも安定的な定量を実現していると考えています。また、TapeStationを用いることで、各サンプルのプライマーダイマーの量を把握でき、それを勘案日本の自動化事情と「適材適所」の機器運用してサンプルプールを実施することができます。これにより、プライマーダイマー除去の精製をサンプルプール後に一括で実施しつつ、効率よく各サンプルのシーケンスデータを取得することが可能になることも、本手法の大きなメリットです。

このようにして得られた厳密な数値を元に、Biomek上でノーマライゼーションを行っています。さらに、ライブラリへのインデックスの付加というヒューマンエラーが致命的になる工程もBiomekで自動化できることは、精神的にも非常に助かっています。

日本の自動化事情と「適材適所」の機器運用

現在、日本の研究現場では予算の問題等もあり、欧米ほど自動化機器が「汎用的なツール」として普及しきっていない現状があります。アメリカでは分注機が分光光度計と同じような感覚で標準的なツールとして導入されていると聞きます。一方で、日本では学生のマンパワーに依存したり、「機械よりも自分の手の方が早くて正確だ」と考える熟練者が多かったりで、優先順位の問題として、自動化装置の導入は後回しにされるという状況があります。

また、自動化というと数億円規模の完全自動化システムを想像してしまい、予算が合わずに諦めてしまうケースも少なくありません。しかし、すべてを1台の機械で自動化しなければなら施設紹介ないという固定観念に縛られる必要はありません。

例えば、1細胞解析で試薬コストを抑えるための1 µL以下の分注は、Biomekは必ずしも得意ではないかもしれません。このような特別な分注については別の方法(ベックマン・コールター注釈:弊社では25 nL単位での分注が可能な、音響式非接触・微量分注機Echo 525を販売いたしております)を考え、人がやるとミスが起きやすい24検体以上の磁性ビーズ精製やサンプルのノーマライゼーションはBiomekで行うなど、人間の判断で使い分ける「適材適所の部分的な自動化」こそが、最も現実的で効果的だと考えています。

今後の展望と読者へのメッセージ

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi) 特定准教授 辻村 太郎 先生

NGSのコスト低下に伴い、大規模にライブラリを作製し、多種多様な細胞を解析したいという需要は今後も確実に増えていきます。いかに1つの細胞から高い解像度で情報を得られるかが鍵となると考えており、RNA分子とゲノムDNA分子とを取り分け、それぞれでライブラリ調製を進め、トランスクリプトームとエピゲノム情報を同時取得するための大規模な流れを構築し、サイエンスに貢献していきたいと考えています。

すべての解析を外部の大型受託企業に丸投げしてしまうと、少し特殊な解析をしたい時に融通が利かなくなる懸念があります。だからこそ、私たちASHBiのゲノムコアファシリティのような、大学内で融通が利き、かつ安定して高いレベルの解析を提供できるサービスを活用していただきたいのです。学内はもちろん、学外からの受託解析も広く受け入れております。ロングリードシーケンスやゲノム抽出も含め、多様なニーズに応える体制を整えておりますので、ぜひ私たちのファシリティのホームページ(単一細胞ゲノム情報解析コア SignAC)をご覧いただき、お気軽にご相談ください。

京都大学 高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
施設紹介

京都大学 高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)

京都市左京区吉田近衛町

文部科学省のWPIプログラムの採択を受けて設立された、新しいヒト生物学の創成を目的とする世界トップレベルの研究拠点。ヒトの設計とその破綻機構の解明のために、iPS細胞モデルや霊長類モデルを活用しながら数理科学・生命倫理との融合研究を推進し、数多くの革新的研究成果を生み出している国際的な研究センターです。

ホームページ: https://ashbi.kyoto-u.ac.jp/ja/

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