免疫研究で漁業の未来を変える - 研究の効率を上げるフローサイトメーター -

March 2018

東京海洋大学 海洋生物資源学部門
助教 加藤 豪司 先生

養殖漁業の未来を考える、魚類の免疫系のご研究についてお話を伺いました。

  

 

生物好きから魚類の免疫研究へ

北海道に憧れて、酪農家になろうと宇都宮大学 農学部に入学しました。当時はゲノム計画が終了し遺伝子工学が盛んになってきており、私も大学の研究室でマウスの褐色脂肪細胞の肥満遺伝子について研究していました。しかし、もともと生物が好きだったため、ヒトではなく農業や漁業に近いところで研究をしたいと思うようになり、海洋大学の中でも遺伝子を扱った研究を行っていらっしゃる廣野先生の研究室(ゲノム科学研究室)に進学してDNAワクチンについての研究を始めました。

DNAワクチン:

 

 

抗原遺伝子とその上流に宿主内で発現するプロモーターを組み込んだプラスミドで、このプラスミドが宿主細胞の中に入る。DNAワクチンはウイルス感染時と同様に宿主に入って遺伝子転写はするが、増殖することはなく、宿主内で目的の抗原を発現し、ウイルスの感染をまねることができるワクチンである。「DNAワクチンは接種された動物の細胞の核内には入るが、染色体に組み込まれないため、組換え動物とは言えない」とされている。DNAの排除やDNAが組み込まれた細胞の代謝により、魚類では90日程度でDNAの検出限界を超える。

魚類の獲得免疫

進化の中で、獲得免疫系を持つ一番下等な生物は魚類です。魚類の中でも、硬骨魚類(アジ、マダイ、ブリなど硬い骨を持っている魚)、それよりも進化的に古い軟骨魚類(サメ、エイなど)、無顎類(ヤツメウナギなど)までが免疫を持っており、無顎類よりも下等な生物は獲得免疫を持ちません。ちなみに、ヤツメウナギは、グラム陰性菌と陽性菌を分別する程度のVLR(Variable Lymphocyte Receptor)を持っています。

しかし、魚類の免疫系はヒトに比べると曖昧です。ヒトはグラム陰性菌外膜のLPS(lipopolysaccharide:リポポリサッカライド)に対して免疫系が応答するのですが、魚類はLPSに対する応答性が著しく低いことが分かっています。水中は空気中よりも菌やウイルスが非常に多い環境であるため、魚類は菌やウイルスをある程度許容していると思われます。無脊椎を含む魚の免疫は、その環境や進化における変化を含めて、とても面白い研究分野です。

 

 

養殖とワクチン

魚の養殖場、例えばブリの養殖場では、幅10m×10m×深さ10mの網のケージ内に3,000~5,000匹の魚がいます。かなり高密度な状態で養殖しているので、病気(魚病)が発生すると短時間で蔓延してしまいます。今までは、投薬することで魚病にならないようコントロールしてきました。しかし、最近では消費者から「あまり薬が入っている食べ物は良くない」という声が挙がってきています。また、抗生物質を大量に使用すると耐性菌ができてしまい抗生物質のコントロールが難しくなるため、できる限り使わない方が良いという方向になってきています。

 

(図1)

 

現在は、水産用ワクチンで魚病を予防することが主流になってきています。水産用ワクチン(不活性化ワクチン)が細菌やウイルスに対する免疫反応を引き起こし免疫細胞にメモリーされることで、免疫を保持し感染を予防します。現在18種類のワクチンがあります。2000年のワクチンの承認により、魚病は劇的に減少しました(図2)。

 

(図2)

 



ワクチンには、病原体を不活性化した不活性化ワクチンと、弱毒化した生ワクチンがあります。日本で魚に投与することが認められているワクチンは、不活性化ワクチンのみです。魚病の中には、ヒトの結核のように生ワクチンでしか予防できない病気もあります。また、生ワクチンは細胞性免疫を誘導するので予防効果が高くなります。しかし、魚の場合は投与後に水中に放流されるため、生ワクチンが魚から環境に漏れ出してその毒性が復帰してしまう危険性をはらんでいます。そのため、水産庁は生ワクチンの投与を認めていません。DNAワクチンは、細胞の中に抗原遺伝子を導入することにより細胞内で抗原を発現して生きている病原体を模倣し、細胞性免疫を誘導することができます。

DNAワクチンは、カナダでは認可されています。体内から90日で検出限界以下となるので食品としての安全性が担保できており、環境や天然の魚への影響もないことが実験的に示されているためです。ただ、遺伝子工学的な技術を食品に応用していることで、遺伝子組み換え食品と同じような捉え方をされがちになっています。そのため、消費者意識が課題と言われており、日本ではまだ実験レベルとなっています。

 

 

ワクチンの投与方法には、注射法・浸漬法・経口法の3種類ありますが、現在の主流は注射法です。魚をベルトコンベヤーで流しながら、ワクチンを自動供給する連続注射器で1匹1匹に注射し、最後に人の手で養殖池に放します。

浸漬法は、不活性化した病原体液の中に、何百~一千匹程度を一度に浸漬させる方法です。この方法の良いところは、作業が楽になるだけではなく、魚のストレスが注射法に比べて少ないという点です。しかし使用できる魚病が限られており、日本ではビブリオ病にのみ、世界的にも4種類程度の魚病にのみ使用されています。

経口法は、餌に混ぜて魚に与えるのですが、胃でワクチン成分を分解してしまうため効果が良くないと考えられています(図3)

 


(図3)

 

 

魚のワクチン取り込み機序の研究

浸漬法でワクチンが取り込まれるのであれば、「魚のどこからワクチンが入っていくのか」ということに興味を持ちました。面白いことに、魚類の表面は全て粘膜です。魚の粘膜のどこからワクチンが侵入しているのかを確認したところ、消化管や体表ではほとんど見つけられませんでした。しかし、鰓では明らかに細胞がワクチンを取り込んでいることが分かりました。現在は、この細胞の研究を行っています(図4)

 


(図4)

 

哺乳類は、腸管粘膜表面にあるM細胞が抗原を取り込むと言われています。このM細胞はレクチンのUEA1で染色され、WGAでは染色されません(図5)。哺乳類のM細胞と魚類の鰓における抗原取込細胞とを比較解析することで、魚類独自の抗原取込システムを明らかにしようと研究を進めています。

抗原提示において、哺乳類の場合、粘膜上皮の下にパイエル板と言われるリンパ組織があり、リンパ組織の上にあるM細胞が抗原を取り込んだ後、マクロファージへの受け渡しが自動的に行われます。しかし、魚類の場合は、リンパ組織がなく、リンパ球はありますが組織化されていない状態です。GAS細胞が抗原を取り込んで、さらに抗原提示をするという2つの機能を担うことで、T細胞への抗原提示が効率よくなるのではないかと考えて研究しています。

(図5)

 

研究の効率を上げるフローサイトメーター

研究の中で、フローサイトメーターを使い始めたのはドイツの留学先でした。その時は、ベックマン・コールター社の製品ではなかったのですが、旧型ということもあり、とても使い方が煩雑でした。ゲイン調整やコンペンセーション調整など、サンプルの測定を行う前の調整に2時間ぐらいかかっていました。研究室に導入したCytoFLEXは、非常に簡便で使いやすいと思います。特に、この大学では、実際にフローサイトメーターを操作するのは研究初心者の学生が多いので、直観的に操作できるCytoFLEXはとても良いと思っています。さらにCytExpertソフトのプロット図は、そのまま論文や発表に使うことができるのも良い点です。また、3レーザー8カラーなので、以前のフローサイトメーターに比べると測定したいことは全てできるので助かっています。

 

 

漁業の将来のために

鰓の抗原取込細胞は、浸漬ワクチンで効果のある病原体(ビブリオ病とエロモナス)を取り込みます。しかし、これらの細胞は、浸漬投与しても効果が得られない病原体は取り込まない、ということが研究の中で分かりました。つまり、浸漬ワクチンの効果は、GAS細胞が取り込むか取り込まないかで決まってくるのではないか、と考えています。それが本当であれば、手で直接触れることができない魚(アユ、マグロなど)や注射が不可能な稚魚などにも簡単に投与できるのではないか、というビジョンを持って研究しています。

 


(図6)

 

 

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