生殖生物学の基礎研究と現在の生殖補助医療

May 2020

桐蔭横浜大学 吉田 薫 先生

桐蔭横浜大学
医用工学部 生命医工学科 教授
工学研究科 医用工学専攻 教授

吉田 薫 先生

 

はじめに

私は、学部生の時に参加した公開臨海実習で海洋生物の受精の研究に魅了され、その後も様々な形で生殖の研究に携わってきました。現在はマウスを用いた受精機構の研究と男性不妊に関する研究プロジェクトに携わらせていただいております。今回は、私が行っている精子の受精能獲得に関する研究と、男性不妊に関する研究プロジェクトで得た経験などをお話しできたらと思います。

 

研究内容

私は、大学院生の時に三崎臨海実験所で研究生活を送りました。そこは、初めてウニの精子の先体反応を位相差顕微鏡を開発して観察された団ジーン先生がいらっしゃったこともあり、受精の研究者にとってはとても重要な場所です。私が所属していた森澤研究室では、精子の鞭毛運動に関する様々な制御機構を様々な動物種を使って研究していました。ウニなどの海産動物の受精は体外の環境に適用した形で行われますから、ヒトやマウスの受精より実験をコントロールもしやすいという利点があると思います。哺乳類での受精のメカニズムは、例えば生殖道内ではいろんな分泌物や温度の差であったり、それから、生殖道には流れがあったりとか、様々なファクターが影響するので、ほとんど何も分かっていないと言ってよいでしょう。私たちのグループはこのような全体のファクターを加味し研究を行わないと哺乳類の受精は分からないということを念頭に置き研究を進めています。

桐蔭横浜大学 吉田 薫 先生まず、精子が形成されてから受精までの過程を説明しますと、精子は精巣で作られ、精巣から精巣上体という器官を通じて、外分泌腺である精囊(せいのう)や前立腺の分泌物と混ざって外に出てきます。体外に出てきた精子は卵に向かい最終的には卵と結合(受精)します(Figure 1)。

精子は精巣で作られ精巣上体を通る間に、分泌物などの物質により様々な機能が付加されます。最後に精漿(せいしょう)という特殊な環境の中に入れられて外に出ることになります。精巣上体からは成熟させる因子があって、主に外側から細胞膜に付加されることにより精子の運動能を最終的に獲得させるのではないかと考えられています。また、体外へ出てきた精子は卵に向かって泳がなくてはいけないのですが、これは海産動物も共通な部分で、運動を活性化する因子や走化性を引き起こす因子が卵あるいは雌の生殖道から出ている場合があります。ま
た、精子は秒単位の反応が起こるので、ほかの細胞のいわゆる走性とは違う分子機構が備わっていると考えていています。

精子形成から受精に至る過程

 

この部分は共同研究でカタユウレイボヤという海産の脊索動物を用いて、卵からステロイド硫酸抱合体様の特殊な物質が出ていて、それが精子を誘引することが分かっています1)。もうひとつ受精の重要な現象として、精子が卵に結合するための変化を起こさなければ卵に結合はできません。その一連の変化のことを“受精能獲得”と呼んでいます。このように、精子は精巣でつくられ、その後すぐに卵に向かえるかというと、様々な障壁と長い道のりを乗り越える必要があるわけです。

私たちは、精囊分泌物が精子の運動を活性化する過程で何らかの影響を及ぼすのだろうと考え、そのひとつとしてセメノジェリンというタンパク質に着目して研究を行っています。セメノジェリンは精囊が作っているタンパク質で、その分解産物は様々な生理活性機能を持つことが分かってきています。その中に、精子の運動を阻害、あるいは受精能獲得を阻害する働きがあると考えられています。ちょっと考えると逆の働きのように思えて、変ですね(笑)。いつもそこで「?」と思われてしまいます。そもそものセメジェリンの機能は、精液をゲル化させることと考えられています。これは、ヒトでは進化の過程でこの機能の意味は薄れていますが、ヒト以外の霊長類では、ほかの雄が次に交尾して、ほかの子どもができることを防ぐ機構(生殖戦略)として働くと考えられています。

ヒトの検体を用いる実験には制限があるため、マウスを用いてセメノジェリンの相同タンパク質であるSVS2に関する研究も行っています。SVS2ノックアウトマウスでは表現型が雄性不妊となりました。マウスを交尾後に子宮を開いてみると、精子は普通卵管に進入してるのですが、SVS2ノックアウトマウスではそれは全く見られなくなり、精子は子宮の中で死滅していたという表現型だったのです。雌側からすれば精子は異物です。免疫系にとって精子は他人の細胞なので、できれば入ってきてほしくないわけです。子宮には精子を積極的に排除しようとする機能がそもそも備わっていて、それから精子を守るためにSVS2が周りをコーティングしているという考え方になります。この子宮が精子の排除に対抗する役割を持ち、それに抵抗する役割を精嚢分泌物が担っているという可能性については、以前に精囊腺を除去したマウスを用いた研究があり、その作用の本体がSVS2であることをノックアウトして明らかにしたということです2)

次に、同じくマウスを用いて、SVS2にセメノジェリンと同様の精子運動および受精能獲得阻害作用がないかを検討しました。運動については現在研究を継続中なのでここでは割愛させていただきますが、受精能獲得への作用については精子膜のコレステロール量の調整を介していることが示されました3)。受精能獲得については、経時的な変化であることは観察されていますが、具体的な分子メカニズムの全貌が明らかになっているわけではありません。マウスでは精巣上体尾部の成熟精子をアルブミンを含む培地中で一定の時間培養すると受精できるようになります。精子の膜に精巣上体で付加されたコレステロールが、この培養の後、受精能獲得が終わった精子からは抜けているという現象が古くから知られています。ただ、このコレステロールを膜から取り除くという変化がどのような仕組みで起こっているかというのは、いまだにはっきりしていません。コレステロールが多い細胞膜というのは硬くて流動性が低い状態で、コレステロールが抜けると、流動性が高くなって細胞膜の分子が自由に動けるようになると考えられ、これが精子の内部に情報を伝達して、変化を引き起こすと予想できます。SVS2は、この受精能獲得の培地中に添加するとコレステロールの精子膜からの除去を阻害し、受精能獲得を阻害します。さらに、この作用は可逆性があり、コレステロールが除去された精子にSVS2はコレステロールを戻す作用も持っています。卵管から回収される精子膜にはSVS2もコレステロールもありませんので、SVS2は子宮内で受精能獲得が起こるのを防ぎ、卵管に入るところで何らかの仕組みにより精子膜から離脱し、精子は受精能を獲得して卵の周辺へ到達すると考えられます。受精能獲得後からは、私たちの研究ではないのですが、受精に至る分子機構が明らかになってきています。卵の周辺へ到達した精子は先体反応を起こします。先体胞は精子の頭部にあり、卵の細胞膜と融合するための構造ですが、エキソサイトーシスにより外側に露出して、この膜に存在する分子のIzumoと卵膜側のJunoが結合することが精子が卵に結合するために必要であるということが分かっています。ところが、膜融合はまた別の仕組みによって起こることやCD9等を含むマイクロエクソソームが重要な役割を担うことも明らかになっています。

精液凝固体と液化

 

Clinical Study: 精子膜上に残存するセメノジェリン(SEMG)測定の有意義性

男性不妊に関する研究は、先ほどの精嚢分泌タンパク質セメノジェリンの分解産物中に精子運動阻害効果があることから始まっています。男性不妊症の検査として行われる一般精液検査では、WHOの定める下限基準値*であれば精液正常と診断されます。この場合の精子運動率は、直進運動精子の割合を示します。私たちの研究で、実際にセメノジェリンはこの直進運動を阻害し、精子無力症患者では抗セメノジェリン抗体染色陽性の精子の割合が高く、運動率と逆相関を示すことが明らかになりました4)。受精能獲得に関する研究が進むにつれ、運動だけではなく、卵管に到達して受精できる精子にはセメノジェリンは結合していないのではないかということが予想でき、実際にパーコールで精子を洗浄した後に、抗セメノジェリン抗体染色陽性となる精子は受精できない精子と判定できる可能性が出てきました。臨床では受精能獲得に関しては普通、検査していません。ハムスター卵の膜に結合できるかどうかというテストがありますが、あまり一般的ではないです。精子の質とは何だろうと考えたときに、一番知りたいのはその精子が受精能獲得して実際に受精できるのかどうかということですが、現在の検査方法では直接評価できていないということです。

我々はこの受精能を獲得して受精に至ることのできる形質を「精子の質」と考え、これを包括的に評価できるのが精子膜上に残存するセメノジェリン分解物であると考えています。

これを証明するためには、先ほどお話ししたメカニズムの解明と合わせて、実際に臨床の先生方と協力して、患者さんのサンプルでも検証する必要があります。不妊症の治療、あるいは生殖補助医療の実施に関しては、その目標はお子さんができることですから、アウトカムを出産予後において検討を行っています。もちろん、妊娠・出産は女性側の要因が大きいことですので、明確な結果が出るとは私たちも思っていませんでしたが、体内(経子宮)受精群と体外(非経子宮)受精群を分けることができる可能性が出てきました5)。初診のときにこの検査を一回しておけば、その結果から予後がある程度見通せるということであれば、タイミング法やIUIを継続するか、すぐにIVFやICSIに進んだほうが良いかなどを判断できる根拠となる検査となればと思って研究しています。

*日本生殖医学会のWebサイト参照

精子膜上に残存するSEMG検査の臨床応用

 

現在の不妊治療の問題点

不妊症というのは病気として認められていないため、様々な技術発達により、よい治療や検査が出てきても保険適応がなく、患者さんに経済的な負担を強いることになるのが問題だと思います。また、臨床の先生方がいつもおっしゃられているのは、最初から男性が一緒に来られて男性も検査を受けて欲しいということです。同時に一緒に検査を行い、どちらの問題がどれだけということを最初に見積もった方が後の不妊治療の戦略が立てやすいということです。最近は昔に比べてご夫婦一緒に来られることが多くなったとのことですが、やはり男性の方が受診に対する障壁が高いということが依然としてあるようです。

この点に関しては、男性不妊のスクリーニング検査として在宅でできるキットや受託検体検査の開発を進め、受診につなげる工夫が検討されています。

 

展望: フローサイトメーターが不妊治療で役に立つか?

私たちの研究では、抗体染色による測定にフローサイトメトリーを用いています。従来の精液検査が検査技師による用手法によるものであり、検査としての精度管理が施設間で難しいことが問題となっており、やはり検査として堅牢なものを作るためにはフローサイトメトリーが適切であろうと考えたからです。また、最近ではDNAの損傷を測定するのも重要であるということでSCSA(Sperm Chromatin Structure Assay)によるDFI(DNA fragmentation index)の測定結果を、生殖医療における治療法の選択基準に加えている施設も増えてきているようです。今後の展望としては、個々の検査を行うのではなく、受精能と核の正常性、形態など、複数のパラメーターを組み合わせて一度に評価できるような検査法を検討することも考えられ、手間や負担の軽減、費用の削減につながるのではと期待しています。

アクリジンオレンジ染色によるDNA損傷測定例

 

CytoFLEXを体感

吉田先生とCytoFLEX

Gallios(アナライザー)をお持ちの吉田先生にCytoFLEXを体感していただき、ご評価いただきました。

サンプルを吸うための大型のコンプレッサーなどがないのでGalliosに比べコンパクトで静穏である点や、操作方法がより直感的になっている点など非常に使い勝手がいいと思いました。また、検出器のアップグレード(ライセンスでのアップグレード)も近年機器予算が削減される昨今としてはよく考えられた仕組みであると思いますね。

絶対数測定をカウンティングビーズフリーで行える機器は少ないのですが、CytoFLEXのビーズフリーの絶対数測定(event/μL)の有用性についてお聞かせください。

そうですね。例えば、精子数は訓練された検査技師さんが計算盤を使用して測定するのですが、目視なので個人差があります。しかしいまだにWHOの基準では、画像処理による自動精子計測(CASA)は標準プロトコルではありません。機器間の精度管理がなされていないことや画像取得までの希釈や使用チャンバーなど条件の統一が難しいためです。もちろん、CytoFLEXを用いる計測法を検討する際にも前処理、例えば液化の完了等、いくつかの条件はばらつきが見られるかもしれませんが、絶対数測定やカウントのダイナミクスレンジが広い利点を生かしてCytoFLEXを使うことを検討してみたいですね。

 

参照文献

1)Yoshida M, Murata M, Inaba K, Morisawa M. A chemoattractant for ascidian spermatozoa is a sulfated steroid. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Nov. 12;99(23):14831-6. Epub 2002 Oct 31. PubMed PMID: 12411583; PubMed Central PMCID:PMC137504.
2)Kawano N, Araki N, Yoshida K, Hibino T, Ohnami N, Makino M, Kanai S, Hasuwa H, Yoshida M, Miyado K, Umezawa A. Seminal vesicle protein SVS2 is required for sperm survival in the uterus. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Mar. 18;111(11):4145-50. doi: 10.1073/pnas.1320715111. Epub 2014 Mar 3. PubMed PMID:24591616; PubMed Central PMCID: PMC3964112.
3)Araki N, Trencsényi G, Krasznai ZT, Nizsalóczki E, Sakamoto A, Kawano N, Miyado K, Yoshida K, Yoshida M. Seminal vesicle secretion 2 acts as a protectant of sperm sterols and prevents ectopic sperm capacitation in mice. Biol Reprod. 2015 Jan;92(1):8. doi: 10.1095/biolreprod.114.120642. Epub 2014 Nov 13. PubMed PMID: 25395676.
4)Terai K, Yoshida K, Yoshiike M, Fujime M, Iwamoto T. Association of seminal plasma motility inhibitors/semenogelins with sperm in asthenozoospermia-infertile men. Urol Int. 2010;85(2):209-15. doi: 10.1159/000315976. Epub 2010 Aug 18. PubMed PMID: 20720384.
5) Yamasaki K, Yoshida K, Yoshiike M, Shimada K, Nishiyama H, Takamizawa S, Yanagida K, Iwamoto T. Relationship between Semenogelins bound to human sperm and other semen parameters and pregnancy outcomes. Basic Clin Androl. 2017 Aug. 8;27:15. doi: 10.1186/s12610-017-0059-6. eCollection 2017. PubMed PMID: 28794880; PubMed Central PMCID: PMC5547539.

 

施設紹介

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