老舗の培地メーカーが挑む抗体開発と培地開発


極東製薬工業株式会社

極東製薬工業株式会社は、創業以来約90年に亘り、臨床検査薬関連の総合メーカーとして、臨床検査試薬(体外診断用医薬品)、細菌検査用培地・試薬、医療用器材、細胞培養関連等のバイオ関連製品の製造・販売を行っております。



極東製薬工業株式会社様では、抗体開発や培地開発などで弊社製品のフローサイトメーター(CytoFLEXシリーズ)超遠心機(Optimaシリーズ)をお使いいただいております。私たちベックマン・コールター社の製品が、極東製薬工業株式会社様の製品開発のどの様な場面で用いられているかに興味を持ち、極東製薬工業株式会社研究開発部門製品開発部新規事業推進課の黒澤様に本原稿をご執筆いただきました。



自社のノウハウを活かした抗体作製
~フローサイトメーターを活用した抗体開発~

極東製薬工業の研究開発部門は、2013年より組換えウサギモノクローナル抗体のカスタム抗体作製や抗体エンジニアリングを得意とするAbwiz Bio Inc.(米国カリフォルニア州サンディエゴ市)と連携し、ウサギモノクローナル抗体の性能解析や特長付けを行っております。ウサギモノクローナル抗体は、そのFab構造の特殊性から抗原エピトープの立体構造をきめ細かく認識し、高い特異性と親和性を有する特徴があります。Abwiz Bio社は、リン酸化研究に有用なウサギモノクローナル抗体を約180種取り揃えております。特にリン酸化PI3キナーゼに対する抗体は多くの支持があり、論文使用例や引用数が増えてきており、他社品よりもすぐれた検出率に定評があります1)
また、Abwiz Bio社は、独自のアフィニティーマチュレーション技術を用いた抗体の分子進化を通じて、さらに高親和性の抗体の作製やヒト化抗体の作製も行っており、日本国内の創薬志向のお客様にサービスを提供しております2),3)。この2、3年、その研究成果が国内外の研究機関から次々と論文発表され注目されております4),5)
現在、フローサイトメトリー解析可能なウサギモノクローナル抗体の中には、世界でも当社のみで販売されているものがあります。いずれものターゲットも従来のマウスモノクローナル抗体では、作製が難しいとされる細胞膜タンパク質であり、細胞外ドメインのごく限られたエピトープに対してもウサギモノクローナル抗体は、正確に認識する能力があることが実証されています。3種の抗体の実施例を示します(図1)
・7回膜貫通型GPCRのカンナビノイド受容体1
・6回膜貫通型でポアを形成する電位依存性カリウムイオンチャネルKv1.3
・1回膜貫通型のPlexin domain containing 2( PLXDC2) になります。



図1Aは、大麻成分のカンナビノイドの受容体の一つであるカンナビノイド受容体1(CB1R)をHEK293細胞膜上に発現させ、特異的なウサギモノクローナル抗体によるフロー解析した一例を示しています。この抗GPCR抗体は、アンタゴニスト抗体であることも細胞内cAMPの変動解析から明らかにしております(社内データ)。
図1Bは、電位依存性カリウムイオンチャネルKv1.3を株化ヒトTリンパ球Jurkat細胞に内因性に発現していることを予備実験のウエスタンブロット解析により明らかにした後、特異的なウサギモノクローナル抗体によるフローサイトメトリー解析した一例を示しています。この抗イオンチャネル抗体は、アンタゴニスト抗体であることも細胞増殖抑制作用から明らかにしております(社内データ)。
図1Cは、1回膜貫通型のヒトPLXDC2をHEK293細胞膜上に発現させ、特異的なウサギモノクローナル抗体によるフローサイトメトリー解析した一例を示しています。本ターゲットは、ヒト造血幹細胞の新たな表面マーカーとして血液学分野で注目されています6),7)。フローサイトメトリー解析可能なPE蛍光標識、APC蛍光標識抗体は、世界でも当社のみが販売しており、2021年発売後、問い合わせが増えてきております。また、ウエスタンブロッティングやELISAなどで使用可能なconformation specificなクローンも販売中であり、血液学や免疫学、癌研究に貢献しています5), 8)

図1 抗体作製が難しいターゲットに対するウサギモノクローナル抗体を用いたフローサイトメトリー解
   析例


 カンナビノイド受容体1に対する特異的抗体CB1-H6( Cat#2521)による検出
   細胞抗原:HEK293細胞膜上に発現させたカンナビノイド受容体1
 電位依存性カリウムイオンチャネルKv1.3に対する特異的抗体26B-R4-D9(Cat#2556)による
   検出
   細胞抗原:株化ヒトTリンパ球Jurkat細胞の内因性のチャネル
 ヒトPLXDC2に対する特異的抗体 4G3(Cat#2531)による検出
   細胞抗原:HEK293細胞膜上に発現させたヒトPLXDC2



市場ニーズに応じた安定した培地供給体制と新規製品の開発
~フローサイトメーターCytoFLEX Sを活用した各種細胞の培地開発~

極東製薬工業は、1980年に世界初・純国産の無タンパク、無脂質の培地を製品化し、これまで国内外のアカデミア、医療機関、製薬企業に抗体医薬品生産培地や再生医療等製品生産用培地、各種製品を供給してきました9)
最近では再生医療の市場拡大にともなって、30年以上造血幹細胞の保存に使用されてきた細胞凍害保護液CP-1® HighGradeが、様々な治療用細胞の保存に幅広く使用されるようになってきております。
近年の新型コロナ感染症のパンデミックや世界情勢などにより、輸入培地の供給が滞り、培地の安定供給が求められています。極東製薬工業では、国内メーカーの利点を活かし、国産培地を安定供給することで、お客様の堅牢なサプライチェーンマネジメントの実現に貢献することを目指しています。
バイオ医薬や再生医療市場の拡大に合わせて、研究開発部門は、HEK293細胞、CHO細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞、多能性幹細胞(iPS/ES細胞)等の各種細胞の培地開発や細胞凍害保護液の開発も行っております。次に極東製薬工業の製品の性能評価をフローサイトメーターCytoFLEX Sで実施した一例を示します。



HEK293細胞用試作培地の評価

例えば、HEK293細胞用の一過性発現培地の性能評価項目の一つとして、細胞増殖能や細胞継代の安定性の他に、プラスミドで遺伝子導入した効率をGFPの蛍光を指標としてフローサイトメーターを用いて解析しています(図2)

図2 HEK293細胞用試作培地の性能評価
 HEK293細胞用の試作培地による細胞の増殖性と継代安定性の確認
 GFP遺伝子を導入したHEK293細胞の位相差顕微鏡像(左)と蛍光顕微鏡像(右)
 遺伝子導入効率のGFP発現細胞を指標としたフローサイトメトリー解析



細胞凍害保護液の性能評価

様々な製品評価基準を設けているなか、細胞凍害保護液の性能は、細胞分裂速度や細胞形態の確認に加え、凍結融解後の幹細胞の各種表面マーカーの発現が維持されていること、分化した細胞の割合などをフローサイトメトリー解析による発現強度や発現率を指標として客観的評価を行い、アプリケーションデータの取得や製品開発に活かしています(図3)。


  


図3 細胞凍害保護液 CP-1® High Gradeのヒト間葉系幹細胞凍結融解後の評価
 細胞凍害保護液 CP-1® High Grade
 凍結融解2日後の細胞形態
 凍結融解後の細胞表面マーカーのフローサイトメトリー解析



超遠心機Optima XE-90を活用した巨大タンパク質複合体の精製

通常のクロマトグラフィーでは精製が不可能とされるウイルスや細菌の超巨大分子複合体の精製には、CsCl密度勾配超遠心法などを遠心機本体Optima XE-90にスウィングロータSW32.1Tiを用いて行っております。免疫抗原や体外診断薬IVDの原材料や標準品の調製に利用しています。なお、精製した巨大タンパク質複合体は、当社が最近開発したアガロースネイティブゲル電気泳動法により分析し10)、さらに構造特異的な抗原認識するウサギモノクローナル抗体の新しいウエスタンブロッティング法により評価も行っております5), 8)

  

図4 超遠心機を用いた検討
 超遠心後の分画された巨大タンパク質
 巨大タンパク質のアガロースゲル電気泳動による解析


極東製薬工業の抗体開発や培地開発は日々進んでおり、これらの開発においてフローサイトメーターや超遠心機は、欠くことができない分析装置の一つです。今後もたゆまぬ努力を重ねながら新製品の開発を進めていきたいと思っています。今回の紹介により、多くの方が我々の研究やCytoFLEXやOptima XE-90にご興味を持っていただけることを期待しています。

極東製薬工業株式会社 研究開発部門(左)柴田 様、(右) 黒澤 様



極東製薬工業様からいただいたベックマン・コールター製品への声

コンパクトフローサイトメーター CytoFLEX S
ベックマン・コールター社の3レーザー 9カラーモデルの CytoFLEX Sは、これまで使用していたフローサイトメーターと比較して非常にコンパクトであり、設置スペースを1/4程度まで縮小でき、作業スペースの確保の一助となりました(図5)。また、今回は多検体処理が可能なプレートローダーも搭載しましたので、常に機器の傍に待機している必要もなく、多検体分析が行えるようになり、作業時間の確保にもつながりました。フローサイトメーターを動かすオペレーションシステムソフトウエアも直感的、感覚的に扱えるようになり、フローサイトメーターの扱いが苦手な人や不慣れな人にとって困難であった細胞ごとのフローサイトメーターのパラメーター設定に要する時間も短くなり、とても扱いやすくなった印象があります。

図5


超遠心機Optima XE-90
超遠心機Optima XE-90は、タッチパネルによる操作で理解しやすく、また、スウィングロータSW32.1Tiでは、遠心パケットを横から設置するのではなく、上から設置するなど作業者のチューブの設置のエラーを最小限に抑えた安全設計であり、安心して使用できます。

   



参考文献

  1. Yin Y et al. Demonstration and implications of IL-3 upregulation of CD25 expression on human mast cells. Journal of Allergy and Clinical Immunology (2022) 149 (4), 1392.
  2. Callaway H.M et al. Bivalent intra-spike binding provides durability against emergent Omicron lineages: Results from a global consortium. Cell Rep (2023) Jan 12; 42(1), 112014.
  3. Kevin C.E et al. Rapid engineering of SARS-CoV-2 therapeutic antibodies to increase breadth of neutralization including XBB.1.5 and BQ.1.1. Antibody Therapeutics (2023) tbad006 (13 April).
  4. Ishi M et al. Structural basis for antigen recognition by methylated lysine–specific antibodies. J. Biol. Chem (2021) 296, 100176.
  5. Akuta T et al. A new method to characterize conformation-specific antibody by a combination of agarose native gel electrophoresis and contact blotting, Antibodies (2022) 11(2), 36.
  6. Tanaka Y et al. Prospective isolation of mouse and human hematopoietic stem cells using Plexin domain containing 2. bioRxiv (2021) Sep27.
  7. 久保田 寧ら, 高純度の造血幹細胞分離を可能とするマウス・ヒトに共通するマーカー、Plxdc2 の同定. 日本輸血細胞治療学会誌 (2022) 68(2), 319.
  8. Sakuma C et al. Western blotting of native proteins from agarose gels. Biotechniques (2022) May;72(5), 207.
  9. 松橋 佑子, 極東DM-160 培地, 極東DM-170 培地の使用方法および応用面. 組織培養 (1981) 7(8), 287.290.
  10. 荒川 力,芥 照夫, アガロースゲルによるネイティブ電気泳動. 生化学 (2021) 93(4), 566.


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