高速冷却遠心機を用いたアデノウイルスベクターの効率的で再現性の良い調製方法

2017.09

学校法人慈恵大学・東京慈恵会医科大学
総合医科学研究センター 基盤研究施設(分子遺伝学)
准教授 鐘ヶ江 裕美 先生

ウイルスベクターは、動物細胞への効率のよい遺伝子導入法として、遺伝子治療や再生医療の研究分野で使用されています。このため、近年、ウイルスベクターの性能(遺伝子の導入効率)と安全性向上のための基礎的な研究開発が進められています。ウイルスベクター開発研究において、ウイルスベクター作製用のプラスミドDNA調製はルーティンな作業ですが、例えばアデノウイルスベクター作製用プラスミドは分子量が大きくコピー数も少ないため、回収量にバラツキがあり、高い回収率でかつ再現性が高い調製方法を確立することが必要です。研究者はウイルスベクター作製用プラスミドDNA回収操作の簡便性を求めて、遺伝子抽出キットを使った調製方法をよく利用します。

しかし、遺伝子抽出キットは微妙なロット間の差により、プラスミドDNAを再現性良く高回収率で調製できないリスクをはらんでいます。そこで、今回、東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 基盤研究施設(分子遺伝学)准教授 鐘ヶ江裕美先生にアデノウイルスベクターの遠心法を利用した調製方法についてうかがいました。

研究背景

私達の研究のテーマは、アデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療等に使用されるウイルスベクターシステムの開発と、作製したウイルスベクターを使用用途に応じて発現制御系と組み合わせてより安全でかつ有効性が高いウイルスベクターシステムを構築することです。特に、B型肝炎ウイルスによる肝炎を治療するベクターシステムの開発を手がけています。さらに、アデノウイルスベクター自体は、遺伝子治療の分野だけでなく、様々な研究分野でもよく使用されており、分化誘導系にも利用できることから、iPS細胞の研究を手がけられている先生とも共同研究をしています。

ベックマン・コールターの遠心機との出会い

帰国後すぐに、私は、幅広い遠心実験用途を1台でカバーできるベックマン・コールターの高速冷却遠心機Avantiを購入しました。

私は、ウイルス研究に長年携わってまいりました。ウイルスの研究開発実験では、超高速回転の遠心機をはじめ様々な遠心機を実験内容によって使い分けています。また、ウイルスベクターの精製の最終段階では超遠心分離が一般的に用いられています。

私が日本でこの研究を始めたころ、遠心分離技術を利用したベーシックなManiatisらのDNAの回収方法(Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor, NY)に改良を加えた変法を、東京大学医科学研究所・遺伝子解析施設の斎藤教授より教わりました。このとき、ウイルスベクター精製の最終段階では、ベックマン・コールターの超遠心機とスウィングロータSW 28やSW 41 Tiをよく使っていました。しかし、超遠心機以外の実験操作では他社メーカーの遠心機を使用していました。

1997年に私はアメリカのソーク研究所(サンディエゴ)に留学しました。そこの研究室では、ベックマン・コールターの高速冷却遠心機AvantiとスウィングロータJS-7.5があり、このJS-7.5を使用してアデノウイルスベクター作製用のプラスミドDNAを調製しようと試みました。JS-7.5は通常の50 mLチューブを用いた高速遠心が可能で、5,000 rpmで10分遠心しただけで大腸菌の回収が可能であり、非常に効率がよい方法だと思いました。超遠心機以外の遠心操作でベックマン・コールターの遠心機を使用したのは初めてでしたが、その便利さに感動しました。

高速冷却遠心機Avanti HP-30 Iは、4℃で最高回転数30,000 rpmまで遠心可能で、またロータのラインアップも多く低速遠心(大腸菌や細胞の回収、プレートの溶液交換)から高速遠心(ウイルスの粗精製)まで幅広い用途をカバーできるため、Avantiが1台あれば幅広い遠心実験が可能になります。例えば、培養液からの大腸菌や培養細胞の回収、DNAの抽出・回収作業用にはスウィングロータJS-7.5(Fig. 1 A)、ウイルス粗精製用(回転数10,000 rpmでの細胞のデブリス除去)には、固定角ロータJA-12(Fig. 1 B)を使用します。さらに、96穴タイタープレートを用いたウイルスの力価測定には、スウィングロータJS-5.9(Fig. 1 C)が使用可能です。

 

Fig. 1. Avanti用ロータ

左:A. スウィングロータ JS-7.5 とバケット 
中央:B. 固定角ロータ JA-12
右:C. スウィングロータ JS-5.9 96穴プレート用)

   

国後に所属した研究室では、ベックマン・コールターの高速冷却遠心機Avantiではなく、他社メーカーの高速冷却遠心機がありました。

そこで、私は、ソーク研究所で行っていた効率のよい大腸菌の集菌方法を再現したかったので、他社メーカーに高速冷却遠心機の仕様(培養液の入った50 mLコニカルチューブを5,000 rpmで処理できないか)について問い合わせました。他社メーカーからの回答は「ロータを支えている軸の強度が5,000 rpmに耐えられないため、3,000 rpmで運転してください」というものでしたので、そのメーカーの遠心機による5,000 rpmでの運転は断念しました。

米国では普通の研究室でごく普通に行っていた遠心実験の条件でしたが、当時の日本メーカーの遠心機では、求める遠心条件での運転が不可能であったことをこのとき初めて知りました。

そこで、帰国後すぐにベックマン・コールターの高速冷却遠心機Avantiの購入を検討しました。

 

Fig. 2. スウィングロータ JS-7.5、固定角ロータ JA-12が使用可能な高速冷却遠心機Avantiシリーズ

左:Avanti JXN-26 中央:Avanti JXN-30 右:Avanti J-26S XP

 

研究室の遠心機を購入することを考えた場合、ベックマン・コールターの高速冷却遠心機Avantiと超遠心機Optimaの2台でウイルスベクター調製時の遠心実験を網羅することがきますが、一方、他社メーカーの仕様で遠心機を揃える場合、細胞や大腸菌の回収操作ならびに96穴プレート用の低速遠心機が1台、細胞などのデブリス除去処理用の高速冷却遠心機が1台、ウイルスベクター高純度化用の超遠心機の計3台が必要になりますので、研究室の運営上、効率がよくありません。

現在でも、私は高速冷却遠心機Avantiを大腸菌や細胞の回収操作、大腸菌からのプラスミド抽出ならびに、ウイルスベクター精製の際の細胞等のデブリスの除去処理操作など、幅広い実験用途で使用しています。次の章では、高速冷却遠心機Avantiを用いたアデノウイルスベクターの調製方法をご紹介します。

アデノウイルスベクターの遠心法を利用した調製方法

Fig. 3に、私達の研究室で行っているアデノウイルスベクターの調製方法の概要を示しました。特に高速冷却遠心機Avantiを用いる重要なポイントについて解説します。

 

Fig. 3. アデノウイルスベクターの調製方法

 

① 大腸菌の中容量前処理での培養・集菌操作

滅菌済み50 mLコニカルチューブを利用した中容量前処理(最大容量600 mL)での大腸菌の集菌操作は、スウィングロータJS-7.5による高速遠心分離を利用することで、作業の手間と時間の効率化がはかれます。

大腸菌からのウイルスベクター作製用プラスミド抽出工程において、まず最初の面倒な作業が最初に大腸菌を集菌する作業だと思います。

DNA抽出キットの一般的な方法としては、滅菌したボトルに大腸菌培養液を移し、回転数3,000 rpmで20~30分間遠心し、さらに沈殿の洗浄と再度遠心を繰り返しますので、作業時間は40分間程度かかります。さらに、500 mLなどの中容量を処理する場合、500 mL容量のボトルをそのつど洗浄・滅菌・乾燥するといった準備作業が発生します。

中容量前処理での大腸菌の培養ならびに集菌操作を行っている研究者には、ベックマン・コールターのスウィングロータJS-7.5と高速冷却遠心機Avantiとの組み合わせはお勧めです。一般的な方法と比べて、作業時間の短縮ならびに作業工程の削減ができます(Fig. 4)。

Fig. 4. 従来の方法ならびにJS-7.5を用いた方法との作業工程・時間比較

 

JS-7.5を用いれば、回転数5,000 rpmでたった10分間の条件で、大腸菌の破壊も無く、短時間で効率のよい集菌ができます。しかも50 mL容量のコニカルチューブによる遠心処理ができる点もメリットの一つです。つまり、大腸菌を100 mLや500 mL容量で培養する場合、従来の方法なら、容量に応じた遠心ボトルを滅菌・乾燥する準備作業が必要となりますが、JS-7.5を用いて遠心をする場合には、50 mLの滅菌済みディスポーザブルのコニカルチューブを用いるだけです。最大12本の50 mLコニカルチューブを遠心できるので、容量に応じて本数を変えるだけで済みます。また容量が少ない場合は、バケットを変えるだけで15 mLコニカルチューブにも対応できます。このように、遠心ボトルをあらかじめ滅菌したり、使用後に洗浄したりといった実験の準備の手間が一切省けますので、効率的で何より楽です。この滅菌・洗浄操作を忘れてしまい、実験が1日ストップしてしまうリスクも回避できます。

また、500 mLの中容量の培養液からの大腸菌の集菌時には、よく固定角ロータが用いられますが、大腸菌のチューブ壁面への接触が原因となり集菌のロスにつながることがあります。一方、スウィングロータでは大腸菌のチューブ壁面への接触が軽減できるため、集菌のロスも軽減されます。

② ウイルスベクターDNAの抽出・回収

高分子量のウイルスベクターDNAの調製ではDNA抽出キットを使用せず、確立された伝統的な手法のほうがDNAを再現よく取得できます。

私たちの研究では、アデノウイルスベクター作製用プラスミドとして、約50 kbpの分子量の大きなコスミド(Cosmid)を使用します。

このウイルスベクター作製用プラスミドを大腸菌から抽出・回収する際に、DNA抽出キットを使用する人も多いのですが、キットにはロット間差があり、再現性よく高品質なDNAを高収率で取ることができないことがあります。じつは、このDNAの品質は、このあとのウイルスベクター精製効率に大きく影響を及ぼします。

キットで再現性よく高品質なDNAが回収できない理由について、メーカーに問合せをしましたが、メーカー側からはキットの内容物の開示をしてもらえず、原因究明に至ることができませんでした。もう一度実験を実施するとしても、ベクターのコピー数が高い大腸菌の場合であれば培養工程が1日程度で済み、コストの無駄も少ないのですが、コスミドの場合には、再度パッケージングを行うなどコストや時間の大幅な損失となります。このため、再現性よく高品質なコスミドDNAを回収するためにも、DNA抽出キットを使わずに遠心機を用いた手法を使用します。

遠心機を用いた手法では、どういう過程を経てコスミドDNAを回収してきたかが確認できますし、DNAも高品質で、さらに作業の再現性も高いです。また遠心機を用いた手法は一見煩雑なように見えますが、一旦習得しますと、簡単にできるようになります。実際、研究室の技官さんは何の苦労もなく行っています。私達のプロトコールをFig.5に示します。

 

Fig. 5. 高速冷却遠心機を利用したDNA抽出法

 

50 mL容量のコニカルチューブを用いたコスミドDNAの抽出作業では、固定角ロータを用いて高速遠心をかけた場合、DNAの沈殿が硬くなり回収しづらかったり、上澄みの除去(デカンテーション)によって沈殿がはがれてしまったりして、DNAの回収がうまくいかないことがあります。一方、スウィングロータを用いた場合、回転数5,000 rpmで10分間の遠心処理で、DNAの沈殿はチューブの底面に硬くなりすぎずにしっかりと吸着してくれるので、沈殿が流れることなく安心してデカンテーションでき、ロスすることなく効率よくDNAを回収できます。AvantiとJS-7.5の組み合わせは、DNAの抽出作業でも有用に活用できます。

③ ウイルスベクターの高純度化の前処理

高速冷却遠心機Avantiは、いつも細胞やデブリスを十分に除去できるため、品質の高いウイルスベクターの取得が可能です。

ウイルスベクター作製用コスミドDNAから作製したウイルスベクターの精製過程では、高速遠心機を使って確実に細胞や死滅したデブリス(細胞片)を落とす前処理工程は非常に重要です。この高速遠心分離による前処理でいかにきれいにデブリスが除去できているかによって、次の超遠心分離によるウイルスベクターの高純度化(Fig. 3 作業工程④)で取得したウイルスベクターの品質が低下します。

つまり、高速遠心分離による前処理は、ウイルスベクターを含む培養液を出発材料として、回転数10,000 rpmの高速冷却遠心分離を10分行います。このとき、回収した上清にデブリスの持ち込みが多いと、次の超遠心分離によるウイルスベクターの精製純度が低くなります。超遠心分離の代わりにカラムで精製する場合でも、デブリスをどこまで除去できるかで、ウイルスベクターの純度が決まります。すなわち、高速冷却遠心分離による前処理工程は、ウイルスベクター精製純度に非常に影響しますので、高速冷却遠心機の性能はシビアに効いてきます。

高速冷却遠心機Avantiは、いつもきれいに細胞やデブリスが沈降し、十分に除去できるので、高い有用性を感じています。

研究者にとって大切なこと

世界中のどこの研究室でもやっていける基礎的な技術を、次世代の研究者に身につけてもらうことは非常に大切です。

「A社のキットでうまくいかないから、次に違うキットで実験する」という繰り返しをしている研究者もいらっしゃると思いますが、私は、伝統的に実施されている基本的な方法に戻って実験をするということも非常に大切だと思っています。

私は、自分の学生に学外へ出ても不自由なく研究ができるようになってもらうことを研究者育成の前提としており、最初はベーシックなきちんとしたプロトコールを教えるようにしています。世界中のどこの研究室に行っても、キット以外の方法の理解と技術習得ができていれば、研究でうまくいかない時でも、適切な対応ができると思っています。

例えば、DNA調製法のベーシックなプロトコールとしては、Maniatisらの方法(Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor, NY)があります。私が東京大学医科学研究所に所属していた時の斎藤教授は、Maniatisの方法を自分で改変しながら工夫していた研究者で、私もこの研究室でこの技術を教わり、留学したときでもこの技術を知っていたおかげでとても助かりました。

ベックマン・コールターの遠心機の魅力

ウイルスのベクター開発をやっている研究者は、一度、高速冷却遠心機Avantiの良さがわかると、絶対使い続けてしまいますね。

私がウイルスベクター開発でこれまで様々な遠心機を使用してきた印象なのですが、Avantiは他社の遠心機と比較してみると、細胞の落ち方が違いますね。短時間できれいに細胞やデブリスが沈降していると思います。

ベックマン・コールターの遠心機は、軸の強度も強く、またロータの加減速のかかり方がしっかりしているので、スウィングでも揺れが少なく、そのおかげで、きれいに細胞を沈降できるのだと思います。

ウイルスベクターの研究者は、AvantiとJS-7.5ロータを保有していれば、実験の幅を広げられるので、非常に有用と感じていただけると思います。私も高速冷却遠心機Avantiの良さを理解しておる一人として、これからも使い続けていきたいと思います。

 

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