NGSライブラリ自動調製システム Biomek NGeniuS のエラー低減機能
概要DNAシーケンシング技術の進歩により、シーケンシングの費用は低下し、シーケンシングデプスは向上していますが、ライブラリ調製におけるヒューマンエラーが依然として大きな課題となっています。各ゲノム領域のシーケンシングを10~60倍のカバレッジで行うとすると、その分ライブラリ調製ステップでおきるエラーが増え、最終的なデータエラーは重大なものとなります。手動での方法と比較した場合、自動化装置はサンプル間のばらつきを軽減することによりNGSサンプル調製に伴うエラーを低減させますが、全ての自動分注機が、ヒューマンエラーを低減させるハードウエア・ソフトウエア機能を備えているとは限りません。本アプリケーションノートでは、ベックマン・コールターのNGSライブラリ調製システムと従来のロースループット自動分注機を比較します。従来の自動分注機※と比べ、Biomek NGeniuS システムは、NGSライブラリ調製エラーを大幅に低減させることを目的として設計された、様々なハードウエア・ソフトウエア機能を備えています。 ※従来型自動分注機は当社従来装置を示します。 |
はじめに
次世代シーケンシング(NGS)とも呼ばれるハイスループットシーケンシングの導入は、多種多様な生物に関するより深い理解を可能にし、生物学の分野に変革をもたらしてきました。この10年で大規模並列シーケンシングが登場したことで、シーケンシングの費用やシーケンシング情報を得るために要する時間が劇的に減ったため、分子生物を研究する多くのラボにとってNGSは利用すべき選択肢となりました。その結果、シーケンシングアプリケーションの数と範囲は飛躍的に増加し続けています。また、シーケンシング技術と共に、NGSライブラリ調製メソッドも進化してきました。しかし、こうした進展にも関わらず、NGSライブラリの調製は、手動で行った場合、依然として時間のかかる、ヒューマンエラーを引き起こしやすいプロセスとなっています(Ma et al., 2019)。
ライブラリ調製の目的は、核酸ターゲットを、使用するシーケンシングシステムに対応した形に変換することです。DNAシーケンシングの場合、まずDNAを物理的、酵素的または化学的切断法により断片化します。得られたフラグメントをサイズで選択し、シーケンシングプラットフォームとインタラクションさせるための特定の配列を含むシーケンシングアダプタにライゲートすることで、ライブラリに変換します。また、ハイスループットの調製に重要である、サンプルへのインデックス付加を容易にするために、ユニークなバーコードも追加します。最終的なサイズセレクションステップとして、通常はビーズベースのクリーンアップを行ってライブラリサイズを微調整し、アダプタダイマーなどのライブラリ調製アーティファクトを除去します。各ステップの詳細は、ライブラリ調製キットやワークフローによって異なります。アプリケーションによっては、NGSライブラリ調製プロセスに数時間~数日かかることもあります(Head et al., 2014)。
サンプルスループットが増加するにつれて、手動でのライブラリ調製は煩雑なものとなり、処理量に対応するためには、自動分注機でライブラリ調製を自動化することが不可欠になります。自動ライブラリ調製は、効率が向上するだけでなくヒューマンエラーも起こりにくくなるため、手動の方法に比べてデータの信頼性や一貫性が向上する可能性があります。ただし、ライブラリ調製のエラーを低減させるために自動分注機でサポートできる機能は様々です。本アプリケーションノートでは、ライブラリ調製エラーの一般的な原因を検討するとともに、NGSライブラリ調製エラーの低減に着目して2種類の自動分注機(ベックマン・コールターのBiomek NGeniuS 次世代ライブラリ調製システムと従来のロースループットの自動分注機)の機能を比較します。
方法
Biomek NGeniuS システムを用いたRoche Kapa HyperPrepプロトコルの自動化を、別の市販されているロースループット自動分注機と比較しました。マニュアル操作による作業回数、ピペッティングステップの数、追加のハードウエア・ソフトウエア機能など、自動化されたメソッドの技術的詳細を24個のサンプルサイズで比較しました。
Figure 1. Roche KAPA HyperPrepプロトコル(Roche.com)のワークフロー。断片化はオフデッキで実施。
結果
NGSライブラリ自動調製システム Biomek NGeniuSとロースループットの自動分注機で自動化したRoche Kapa HyperPrepプロトコルの比較をTable 1 に示します。Biomek NGeniuS システムでの自動化は、少ないマニュアルステップで、ウォークアウェイ時間を増やし、作業時間を減らすことができます。ロースループットの自動分注機とは異なり、Biomek NGeniuS システムはDynamic DeckOptix Systemでデッキ上をスキャンして一般的なセットアップエラーを発見します。
Table 1. Biomek NGeniuS システムと従来の自動分注機によるRoche Kapa HyperPrepプロトコルの自動化比較
考察
大規模並列シーケンシング技術の進展により、シーケンシングの費用が低下し、多くのサンプルで深いシーケンシングカバレッジが得られるようになりました。これにより、複雑な生物学的現象を研究することが可能になりました。しかし、NGSの恩恵を十分に受けるためにはまだ多くの課題があります。大量のデータ処理におけるバイオインフォマティクスの限界や、シーケンシングエラー、NGSライブラリ調製のエラーなどを含め様々な課題を解決しなければなりません(Robasky, Lewis & Church, 2014; Ma et al, 2019)。大規模なデータセットのシーケンシングおよび解析には時間がかかるため、数ヵ月もの間、ライブラリ調製エラーがあることに気付けない可能性もあります。これは、貴重で、場合によっては入手困難なサンプルが失われるだけでなく、時間と費用も無駄になることを意味します。
理想的には、調製されるライブラリは遺伝物質の本来の複雑性を反映したものでなければならず、そのプロセス中に技術的なエラーが含まれることは避けなければなりません。ライブラリ調製中に生じたバイアスやバッチエフェクトはノイズをもたらす可能性があり、この場合、生物学的ばらつきを探り出すことが難しくなります。このようなNGSエラーを最小にする方法のひとつは、オペレータエラーをできるだけ少なくすることです。例えば、ピペッティング技術はオペレータによって差があることが知られていますが、それにより、分注量が不正確になり、このばらつきがNGSライブラリ調製に影響を及ぼす可能性があります(Artel.com)。自動化によりサンプル処理に一貫性を持たせてバイアスを減らすことで、ヒューマンエラーを最小限に抑えることができます。
ただし、自動分注機の中には複数回の手動ピペッティングステップやマニュアル処理ステップが必要なものもあり、ハンズフリーのソリューションを提供できる能力は装置によって様々です。本アプリケーションノートでは、ヒューマンエラーを低減できるハードウエア・ソフトウエア機能を識別するため、2種類のリキッドハンドラー(ベックマン・コールターのNGSライブラリ調製システム Biomek NGeniuSと従来の自動分注機)の機能を比較しました。その結果、Biomek NGeniuS システムは必要な作業時間が短く、ヒューマンエラーの可能性を検出できる機能を備えていることが分かりました(Table 1)。以下にNGSのサンプル調製エラーについて説明し、これらのエラーの低減に役立つBiomek NGeniuS システムの機能について考察します。
- Deck setup errors
ラベルミスや誤った試薬の使用などのハンドリングは、NGSライブラリ調製の失敗にも繋がります(Robasky, Lewis & Church, 2014)。特定の試薬を添加しなかった、または試薬を誤った順序で添加した場合、ライブラリ調製は失敗となってしまいます。例えば、シーケンシングアダプタのライゲーションはDNAの3'末端にAテールを付加することで容易になるため、アダプタの追加前にAテール付加試薬を添加する必要があります。このようなヒューマンエラーはBiomek NGeniuSの試薬識別システムによって大幅に減らすことができます。また、本製品のカローセルは業界で使用されている多くのバイアルやチューブに対応しているため、試薬を中間的なプレートやチューブに移す必要性を減らすことができます。本製品の光学的文字認識技術は、どの試薬がカローセルにセットされていて、必要なバイアルがどれだけ不足しているかを、バーコードの有無にかかわらず識別します。プログラミングされた順序でキットコンポーネントを処理し、キットメーカーが推奨するセーフストップポイントを適用できます。システム外でのアクションが必要な場合に備えて、Biomek NGeniuS システムには、実施中の運転/バッチに対して特別にデザインできるワークエイドを作成することができます。
- Labware placement
自動分注機では、誤ったラボウエアを誤った位置にセットすると、装置が故障、メソッドが停止し、最終的には貴重なサンプルや高価な試薬が失われて大事な時間が無駄になる可能性があります。Biomek NGeniuS ソフトウエアは、サンプル数に基づいて、デッキ上に必要な消耗品の数を計算します。Biomek NGeniuS システムに搭載されたDynamic DeckOptix Systemは、オンデッキカメラを使用してリアルタイムにデッキをスキャンすることで、ラボウエア配置をフィードバックし、ローディングエラーをほぼ解消します。従来のリキッドハンドラーの多くは、このようなデッキ検証機能を備えていないため、ユーザーの目視によるデッキ評価に依存しています(Table 1)。目視チェックはデッキローディングにかかる時間を増やし、ヒューマンエラーの防止にもあまり有効ではありません。
- Insufficient reagents
試薬バイアル内の試薬量が不十分な場合、予期せぬ試薬エラーが生じる可能性があります。Biomek NGeniuS システムの8チャンネルピペッターは液面検知(LLS)機能を備えていますので、試薬の液面を検知し、試薬量が不十分であればユーザーに警告します。サンプル処理前のこのチェックポイントにより、不十分な試薬を発見し、運転開始前に必要な調整を行うことができるため、ダウンストリームのサンプル処理問題を回避することができます。
- Manual pipetting
手動ピペッティングは技術的なばらつきをもたらし、誤ったライブラリが調製される可能性があります。例えば、速すぎる操作や不十分なトレーニングはピペッティングエラーをもたらす原因となります(Artel.com)。このようなピペッティング技術のばらつきにより、必要量よりも多いまたは少ない量が分注され、最終的にライブラリ調製エラーが生じる可能性があります。また、アダプタが多すぎると、その後のPCR増幅での分離・増幅が困難なアダプタダイマーが形成されやすくなります。アダプタが不十分だと、全くアダプタが付加されていない断片が生じます(Head et al, 2014)。従来の自動分注機を用いた試薬やマスターミックスの手動分注では、ピペッティングエラーやピペッティングにおけるバッチ間のばらつきが生じる可能性があります。Biomek NGeniuS システムの試薬インプットカローセルは、試薬の手動操作を大幅に減らします。試薬の多くは元のチューブのままカローセルにセットできるため、エラーが起きる可能性が低くなります。Biomek NGeniuS システムで試薬を分注し、オンデッキでマスターミックスを調製します。それに対し、従来のロースループットの自動分注機では、全ての試薬を手動で分注しなければなりません(Table 1)。
- Manual data entry errors
マルチプレックスディープシーケンシングは、多数のサンプルを一度にシーケンシングできる強力な手法です。一つずつシーケンシングするのではなく、ライブラリにバーコードを付けてプールしておき、ハイスループットシーケンシング装置を用いて一度にシーケンシングを行います。しかし、バーコードが正しく追加されなかった場合は、バーコードやアダプタのエラーがNGSシーケンシングエラーの重大な原因となります。バーコードとプーリングの組み合わせを手動入力すると、エラーは起こりやすくなります(Robasky, Lewis & Church, 2014)。Biomek NGeniuS ソフトウエアでは、ユーザーがサンプル情報をcsvファイル形式でアップロードすることができます。ファイルのアップロード後、ソフトウエアがエラーをチェックします(インデックス、濃度範囲など)。これにより、サンプルパラメータが試薬メーカーの推奨に合致していることを再確認できるため、ライブラリ調製時の問題低減に役立ちます。例えば、ユーザーが重複するインデックスを入力した場合、システムはcsvファイルにフラグを立てて、ユーザーに入力内容を確認するよう促します。
- Sub-optimal sample processing conditions
NGSサンプル処理の一貫性は、技術的なばらつき(サンプル調製条件や測定によるばらつき)を低減するために重要です。技術的なばらつきを減らすためには、各サンプルを同じ方法(同一の処理条件、タイミングなど)で処理することが重要です。最初のサンプルへの試薬添加と最後のサンプルへの試薬添加の間に時間差がある場合、技術的なばらつきは大きくなります。自動ライブラリ調製は、手動操作と比べて、サンプルを並列処理することにより、こうしたばらつきを減らすことが可能です。しかし、それでもなおサンプル処理条件がライブラリ調製の成功に影響を及ぼすことがあります。例えば、サンプルが蒸発または分解されると、インプット濃度が変化する可能性があります(Akbari et al, 2005)。PCRにおけるDNAテンプレートのインプット量が少ないと、誤った変異が生じ、シーケンシング結果に影響が生じる可能性があります。温度感受性の高い試薬や温度感受性反応の場合、望ましい結果を得るためには最適な条件で処理しなければなりません。温度管理された一体型の試薬ストレージにより、試薬を正しい温度で保管でき、分注中のインプット試薬の温度を同じにする(2~65℃)ことが可能です。また、これらのストレージは、未使用試薬の保管ポジションとして使用することも可能です。オンデッキのサーマルサイクラーは、長時間に及ぶハイブリダイゼーションキャプチャプロトコルの間も蒸発を最小限に抑えることができます。また、使用済みのライブラリを4℃で保管しておき、後にユーザーがそれらを取り出して、サンプル処理条件の最適化にまとめて使用することも可能です。
結論
本アプリケーションノートでは、NGSライブラリ自動調製システム Biomek NGeniuSと従来の自動分注機を比較し、ライブラリ調製エラーの低減に役立つハードウエア・ソフトウエア機能を確認しました。また、ライブラリ調製エラーの一般的な原因について検討し、自動化によりそれらをどのように最小限にできるかを考察しました。Dynamic DeckOptix System、試薬識別システム、温調試薬ストレージ、マルチチャンネル液面検知、サンプルインプットトラッキングなどのBiomek NGeniuS システムの特別な機能はヒューマンエラーを最小限に抑えることができ、時間と費用の節約に役立ちます。
参考文献
- Artel.com Retried from https://www.artel.co/learning_center/pipetting-technique-as-source-of-error/
- Akbari, M., Hansen, M. D., Halgunset, J., Skorpen, F. & Krokan, H. E. (2005). Low copy number DNA template can render polymerase chain reaction error prone in a sequence-dependent manner. J Mol Diagn, 7:36–39. doi: 10.1038/nrg3655
- Head, S. R., Komori, H. K., LaMere, S. A., Whisenant, T., Van Nieuwerburgh, F., Salomon, D. R., & Ordoukhanian, P. (2014). Library construction for next-generation sequencing: overviews and challenges. BioTechniques, 56(2), 61–passim. doi: 10.2144/000114133
- Ma, X., Shao, Y., Tian, L. et al. (2019) Analysis of error profiles in deep next-generation sequencing data. Genome Biol 20, 50. doi.org/10.1186/s13059-019-1659-6
- Robasky, K., Lewis, N. E & Church, G. M. (2014). The role of replicates for error mitigation in next-generation sequencing. Nat Rev Genet, 15(1):56-62. doi:10.1038/nrg3655
- Roche.com Retrieved from https://sequencing.roche.com/content/dam/rochesequence/worldwide/resources/brochure-kapa-hyperprep-kits-SEQ100003.pdf
重要:本アプリケーションテンプレートにおいて、ベックマン・コールターは、明示または黙示を問わず、特定の目的や商品性への適合性の保証、本アプリケーションテンプレートが他者の権利を侵害していないことの保証を含め、いかなる種類の保証も行いません。全ての保証は明示的に放棄されます。本アプリケーションテンプレートはお客様ご自身のリスクのみにおいて使用されるものとし、ベックマン・コールターは一切の責を負いません。本アプリケーションテンプレートは、アプリケーションが選択・作成された時点で示されていたケミストリーキットのバージョンとリリース日についてBiomek NGeniuS システムでの使用を確認したものですが、ベックマン・コールターは疾患やその他の臨床状態の診断への使用についての検証は行っていません。
製品および本書に示したアプリケーションは、診断手順での使用を意図しておらず、検証も行っていません。
研究目的のみ - 診断目的の使用はできません。
Beckman Coulter およびBeckman Coulter ロゴは、Beckman Coulter, Inc. の登録商標です。
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NGSライブラリ自動調製システム Biomek NGeniuS は、次世代シーケンサー用ライブラリ調製の自動化システムです。煩雑で時間の掛かるNGSのライブラリ調製を、少ない作業時間、高い柔軟性を持つシステムで運用したい研究室に適しています。ユーザーフレンドリーなソフトウエアは高度なプログラミングスキルを必要としないため、簡単に誰でもセットアップできます。 |