細胞代謝活性モニタリングにおける Vi-CELL MetaFLEXの有用性
はじめに
培地中における細胞の代謝活性とグルコース量および乳酸量の関係については詳しく研究されていますが、培地組成の僅かな変化を再現性よく分析することは非常に難しいと言われています。1,2 ミラノにあるIRCCS-マリオ・ネグリ薬理学研究所 (IRFMN)協力の下、高速培地環境分析装置Vi-CELL MetaFLEXを使用し、様々な細胞の代謝活性分析および培地中の微小変化に対する検出感度評価試験を行いました。つまり、増殖している様々な細胞の代謝変化、および種々の実験系に由来する細胞の代謝変化が、培地分析を通して検出できるか調べました。言葉を変えると、細胞培養という重要な過程において、細胞培地分析にVi-CELLMetaFLEXが有効であるかについて評価を行いました。
本アプリケーションノートでは、Vi-CELL MetaFLEXを使用した培地分析および培地分析の重要性についてご紹介します。細胞培養中に変動する代謝産物のモニタリングを通じて、どのように細胞培養の最適化を図れば良いのかについて解説し、その重要性を論じます。
代謝研究の現状
長きにわたり、細胞の代謝研究は精力的に行われています。細胞は必要に応じてエネルギーを産生し、その代謝速度は代謝系の化学反応速度の制御により調節されます。がん細胞は、増殖に抑制・制御がかからないため、細胞増殖をし続け、グルコース消費を盛んに行います。また同様に、中枢神経系に存在するグリア細胞の一つ、アストロサイトや神経細胞は 神経活動を維持するためにグルコースを絶えず代謝しています。グルコース濃度変化は、細胞の状態を知る一つの指標になります。したがって、細胞増殖を制御する解糖系やその他の代謝変化は、治療、診断、細胞培養技術の確立、細胞の品質管理を行う上で重要な情報であるといえます。
分析装置の飛躍的な技術進歩により、質量分析機器や核磁気共鳴(NMR)装置などが開発され、がん研究の進展に寄与しています。分析装置によって、がん細胞代謝過程(解糖系および解糖系につながる代謝経路の解明)の詳細な研究ができるようになったことが大きな要因といえます。しかしながら、このような機器を用いた研究方法は、複雑でコストがかかり、時には膨大なデータにより、かえって解釈が難しくなることがあります。代謝研究で重要なことは、研究者がサンプル数やその解析データを細胞の代謝と関連付けられるように測定方法をデザインできていることです。
グルコースの取り込みや、乳酸の生成のような解糖系における小さな代謝変化を、簡単で迅速に、そして正確に分析できるようになることで、細胞培養時における細胞の代謝について新たな知見を得られる可能性が出てきます。このような情報は、新規細胞培養方法の確立や、培養実験がうまくいっているのか、あるいは培養方法の再検証が必要であるかの判断指標になります。したがって、細胞増殖に影響を与えることなく、経時的に細胞の代謝変化をモンタリングすることで、細胞の状態を知ることが求められるのです。さらには、様々な細胞培養にとって、測定結果に基づいた培養の最適化が必須です。つまり、細胞の状態を培地分析から評価し、培養の最適化を図ることは、細胞事業を確実に進める上でとても重要なポイントになります。
細胞代謝活性測定の課題
培養中の細胞における解糖流量は、グルコースの取り込みと乳酸の生成を測定することで定量することができます。細胞の代謝変化を培地分析から評価することで、その機器の性能を検証することができます。なぜなら、細胞の代謝により消費または生成される代謝産物は、培地によって希釈されてしまい、その微小な変化の検出は機器感度に依存しているためです。大抵、培地の変化を分析する実験では細胞濃度が低いため、細胞の代謝活性による培地の変化は、細胞の体積よりもはるかに多い量の培地によって、その変化が捉え難くなっています。リアルタイムでの培地分析では、サンプリングによって増殖している細胞に悪影響が出ないようにするため、極力必要サンプル量が少ない機器を選定すべきです。同じ理由から、極力素早く培地をサンプリングし、素早く分析を行う必要があります。サンプルのハンドリング時間が長くかかる場合、分析結果にバラつきがでることがあります。
Vi-CELL MetaFLEXによる代謝活性モニタリング評価
複数の成分を網羅的に分析できる機器を使って幅広く培地中の成分分析を行う前に、簡単で迅速に細胞の代謝活性の変化をモニタリングできる方法を探していたマリオ・ネグリ研究所は、ベックマン・コールターと協同でMetaFLEXの性能を評価しました。高速培地環境分析装置 Vi-CELL MetaFLEX3 を使用し、細胞の代謝活性に伴って変化する培地の微小な組成変化を評価しました。
MetaFLEX を使用し、以下3項目を検証しました。
- 細胞培養液中のグルコースと乳酸の微小な変化を再現性よく検出できること
- マリオ・ネグリ研究所が所有する様々な細胞用培地(例えば、通常よく用いられる細胞培地からマウスの血液)を使用した幅広い実験系に対応できること
- 凍結したサンプルと凍結前サンプルの分析結果を比較し再現性があること
Vi-CELL MetaFLEXとは
Vi-CELL MetaFLEX は薄膜技術と小型センサーを用いた生化学分析機器です。これらの技術を使って、pH、 pO2、pCO2、グルコース, 乳酸、電解質、さらに種々のヘモグロビン、ビリルビンが測定できます。本検証において、すべての測定にはサンプルを65 μ L使用しました。
結果
以下に示す測定結果は、MetaFLEXが上記で記載した、評価項目(赤丸)をすべて満たしていることを示しています。
分析した培地中のグルコース、乳酸、電解質の小さな変化を再現性よく検出しました。MetaFLEXは測定したそれぞれの項目に対し、変動係数が4%以下でした(Fig. 1.)。培地中おける分析物質の量は細胞数に比例して、消費量、生成量が増加していました。
Figure 1. NCI-H1299細胞播種48時間後の培地中における、グルコース、乳酸、電解質の濃度の評価
ヒト非小細胞肺がん細胞(NCI-H1229)を培地( RPMI, 10% 胎児ウシ血清( FBS))を使って培養しました。細胞濃度を計数後、濃度が異なる3種類の細胞希釈液を作りました。(60*10-3,120*10-3 および240*10-3 細胞)。細胞播種48時間後、全細胞数をMultisizer 4e 4で計測しました。Data are expressed as cell number normalised mean± SD( n=3). ( データの提供 Brunelli L. & Caiola E)
MetaFLEXは、細胞培地中のグルコース、乳酸濃度の変化を正確に測定することができました(Fig.2)。
Figure 2. 乳癌由来細胞のモニタリング
乳癌由来細胞をフェノールレッド不含DMEM(Dulbecco's modifi ed Eagle's medium)培地で培養しました(DMEM + 5% FBS + グルタミン(2 mM)、37°C 、 5% CO2)。細胞を播種した後(100,000 cell/mL)、18 時間、72時間培養を行ったときの、培地中におけるグルコースと乳酸の濃度を計測しました。( データの提供 Burunelli & Paroni G)
以下のFig 3 ~ Fig 6は、細胞培養液やマウス血液など様々なサンプルを使って、種々の条件下におけるグルコースと乳酸の計測結果を示します。
Figure 3. 低酸素下における卵巣癌由来細胞のモニタリング
卵巣癌由来細胞を高濃度グルコース入りDMEM 培地で培養しました(DMEM+20% FBS+1% glu e +1% p/s(ペニシリン/ ストレプトマイシン))。細胞をコントロール条件下(37°C 、20% O2)、および低酸素条件下 (37°C、0.5% O2)で培養を行いました。乳酸、グルコース濃度はmmol/Lで示しています。(データの提供 Decio A. & Ghilardi C)
Figure 4. LPS を作用させたときの代謝への影響
マウス胚、胎生13 日の脊髄由来初代ミクログリア細胞にLPS(リポポリサッカライド)を作用させたときの代謝への影響を評価しました(参照: De Paola et al., 2012)。 24 ウエルプレートに、細胞濃度 40,000 cell/cm2(培養液:500 μL/well)になるよう播種しました。培養7 日目にLPS を添加し (LPS 濃度: 1 μg/mL)、24 時間作用させました。サンプリングした培地(DMEM/ F12 + FBS 10% v/v)は速やかに計測を行いました。4 independent experiments(three replicates / condition for eachexperiments). *** p <0.001 vs control condition(no treatment); unpaired t-test.( データの提供 Mariani A. & DePaola M.)
Figure 5. 分化細胞にインスリンを作用させたときの培地の変化
コンフルエントに近い状態まで培養したマウス由来筋芽細胞(C2C12 cellline)を筋管に分化させ、低濃度グルコース入り培地(DMEM + 2% ウマ血清)で培養しました。培地中にインスリン(50nM)を添加し(t=0)、任意の時間で培地のサンプリングを行い、グルコースと乳酸の濃度を計測しました。(データの提供 Zito E. & Pozzer D.)
Figure 6. マウスの血液解析
マウス血中の電解質、グルコース、乳酸濃度を計測しました(サンプル 65 μ Lを使いました)。 Data are expressed as mean ± SD(n=3).( データの提供 Ricci F.)
Figure 7 は、凍結前と凍結融解後のサンプルを計測し、再現性があることを示します。
Figure 7. 凍結前後でのサンプルの再現性評価
高濃度グルコース入りの培地(DMEM + 20% FBS + glucose (final 20 mM))を、4℃および-20℃(24 時間)保管し、その後にMetaFLEX で計測を行いました。乳酸、グルコース濃度はmmol/Lで示しています。(データの提供 Decio A.and Ghilardi C.)
結論
マリオ・ネグリ研究所において、様々な実験系にVi-CELL MetaFLEXを使って培地環境を測定しました。その結果、細胞の代謝による小さなグルコース、乳酸濃度の変化を、培地分析を通して精度よく測定することができました。細胞を使った研究においては、細胞増殖をはじめとする細胞の代謝を知ることが求められます。Vi-CELL MetaFLEXは、培地分析から細胞の主要な代謝の変化を正確に捉えることができます。これらの代謝に関する情報は、細胞培養の主要な代謝を迅速に把握することにつながり、培養におけるトラブルを相当数避けることができます。細胞培養において、主要項目以外の代謝項目に原因があると特定できた場合は、代謝研究のゴールドスタンダードである、質量分析機器、NMRまたは分子生物学的アプローチを使ってメタボロミクス解析に注力し、より細かな代謝の変化を調べる研究にシフトすることが培養の最適化を進めるショートカットになります。今回の検証で細胞のわずかな代謝の変化を捉えることができた重要なポイントには、Vi-CELL MetaFLEXが正確で信頼性のある計測を行うことができたためといえます。Vi-CELL MetaFLEXが搭載する薄膜センサーによって、100 μLに満たないサンプル量でグルコースと乳酸濃度の測定を行えます。
マリオ・ネグリ研究所 (IRCCS-IStituto di Ricerche Farmacologiche Mario Negri) について
創薬研究を行うマリオ・ネグリ研究所は、非営利的なバイオ医薬研究所です。同研究所は1961 年にヒトの健康促進とヒトの命を救うことを目的として設立され、1963年2月1 日にミランで本格的に研究を開始しました。
研究所では分子レベルからヒト(個体)研究まで行うことができ、研究で得られた知見は新薬開発に生かされています。また、既存医薬をより効果的に使えるような研究開発も行っています。
主要研究はがん、神経・精神疾患、心疾患、腎臓病治療薬の開発であり、また環境に起因した疾患に対する治療薬の開発、さらには、疼痛緩和、薬物依存に関する研究も行っています。
マリオ・ネグリ研究所は、並行して実験室技術者や大学院生への教育プログラムを提供し、基礎研究、ヘルスケア、薬の有効な使用方法に関する情報の発信よってバイオ医薬の発展に貢献しています。
参考文献
- Warburg O. On the origin of cancer cells. Science. 1956;123(3191):309–314
- DeBerardinis RJ, Lum JJ, Hatzivassiliou G, Thompson CB. The biology of cancer: Metabolic reprogramming fuels cell growth and proliferation. Cell Metabolism. 2008;7(1):11–20
- Vi-CELL MetaFLEX is a brand name of Beckman Coulter Inc., Brea, USA
- Multisizer is a brand name of Beckman Coulter Inc., Brea, USA
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高速培地環境分析装置 Vi-CELL MetaFLEXは、素早く、簡単に培地の状態を分析できるように設計された培地分析装置です。pH、グルコース、乳酸、pCO2(二酸化炭素分圧)、pO2(酸素分圧)などの液中ガス濃度、およびカリウム、ナトリウム、カルシウム、Cl- などの電解質濃度などを自動測定することが出来ます。⼩スケールのみならず、⼤規模な細胞培養の⼯程管理にも安⼼してご使⽤いただけます。 |