超遠心分析を用いたバイオ医薬品インスリンのキャラクタリゼーション
Content Type: Application Note
Chad Schwartz Ph.D., Dean Clodfelter, M.S. | Beckman Coulter, Inc., Indianapolis, IN 46268
Abstract
インスリンは、糖尿病治療によく用いられる医薬品ですが、患者のニーズに合わせた薬物放出のタイミングを制御できるように、多くの処方検討が行われてきました。また、インスリングラルギンおよびLysProインスリン(Humalog)などの複数のインスリンアナログは、食事の際に即時放出される、または持続して放出されるインスリン誘導体として開発され、市販されています。こうしたバイオシミラーと呼ばれる医薬品の品質管理は、(近年に発行された)ガイドラインにより定められています。製薬企業は、数十億ドル規模のバイオ医薬品市場において、ガイドラインに沿いながら患者のニーズに応える医薬品の開発に取り組んでいます。バイオ医薬品のバイオアベイラビリティは、構造だけでなく、製剤条件にも強く依存します。現在、超遠心分析(Analyticalultracentrifugation; AUC)は、一般的な製剤処方条件下でのインスリン構造の有力な分析法として評価されています。
そして、米国薬局方(United States Pharmacopeia; USP)のヒトインスリン標準品の単量体、2 量体、および6量体形成におけるインスリン濃度、亜鉛、および亜鉛キレート剤EDTA添加の影響をAUC法により評価しました。亜鉛添加により形成されたインスリン6量体のEDTA濃度依存性が観察され、EDTA濃度の上昇に伴い、インスリンの2 量体および単量体含量が上昇しました。本アプリケーションノートでは、製剤処方検討での幅広い条件下でバイオ医薬品の評価に適用可能なBeckman Coulter 社の分析用超遠心機 ProteomeLab XL-I が有効に利用された例を紹介します。
Introduction
米国糖尿病学会の調査により、米国では2012 年に2910万人すなわち米国の人口の9.4%が1 型または2 型糖尿病を患っており、2010年の死亡数は6万9071 人に達し、糖尿病が死因の第7位となっています1。1 型糖尿病では、体内のインスリンの分泌が欠乏するため、インスリンを補充する目的でインスリン治療が行われます。一般的に、1 型糖尿病患者は毎日の食事中に何回もインスリンを注射する必要があります。しかしながら、注射用インスリン製剤は適切に投与された場合でも、その作用時間は自然に体内でつくられたインスリンのとは異なり、インスリンアナログ製剤の効果を高めるための開発が進められています。多くの研究から、インスリンの作用が製剤条件やヒトの体内への注射後の希釈条件下での分子の化学量論に依存することが示唆されています。
製薬企業では、複数の手法により溶液中における分散度や粒径評価を行います。AUCでは、サンプル溶液に遠心力をかけて、粒子が沈降する様子を観測し、取得したデータについてLamm方程式を用いた解析を行うことによって、粒子の大きさ、分散度、および摩擦係数比を求めることができます。以前に、製剤条件がインスリンの沈降係数に及ぼす影響をAUCにより評価できることは報告されていますが2、 3、インスリンの高次構造に対する亜鉛やキレート剤の影響に関する評価は未だされていませんでした。
Materials
リン酸二塩基ナトリウム、塩化亜鉛、EDTAおよびグリセロールはFisher Scientifi c 社から購入しました。水酸化ナトリウムはFlukaから購入し、塩酸はBDH Chemicals 社から購入しました。USPヒトインスリン標準品はFisher Scientifi c 社から購入しました。
ProteomeLab XL-I、沈降速度法用ダブルセクターセル、石英ウインドウ、An 60 Tiローター、An-50 Tiローター、トルクスタンドはすべてBeckman Coulter 社から購入しました。
Methods
非製剤化インスリンの濃度希釈系列についての測定:USPヒトインスリン標準品の濃度が50 mg/mLとなるよう40 mM HClで溶解した後、目的の濃度に希釈しました。参照溶液として、インスリンを含まないサンプルと同じ組成の溶媒を準備しました。参照溶液およびサンプルの両方を420 μLずつダブルセクターセルにロードし、セルをAn 60 Tiローター内にアライメントし、チャンバー内で20℃、1 時間以上の条件で平衡化させました。その後、60,000 rpm、20℃、連続モード、Abs 280 nm、4時間の測定条件でデータを取得しました。
製剤化インスリン希釈系列についての測定:USPヒトインスリン標準品の濃度が50 mg/mLとなるよう40 mM HClで溶解した後、目的の濃度に希釈し、さらに150 μM ZnCl2、16 mg/mLグリセロール、1.9 mg/mL 二リン酸ナトリウムおよび2.2 mM NaOHを用いて調製を行い製剤条件を作製しました。参照溶液として、インスリンを含まないサンプルと同じ組成の溶媒を準備しました。参照溶液およびサンプルの両方を420 μ Lずつダブルセクターセルにロードし、セルをAn 60 Ti ローター内にアライメントし、チャンバー内で20℃、1 時間以上の条件で平衡化させました。その後、60,000 rpm、20℃、連続モード、Abs 280 nm、4時間の測定条件でデータを取得しました。
亜鉛濃度が異なる製剤についての測定:USPヒトインスリン標準品の濃度が50 mg/mLとなるよう40 mM HClで溶解した後、ZnCl2、16 mg/mLグリセロール、1.9 mg/mL 二塩基性リン酸ナトリウムおよび2.2 mM NaOHを加えて4 mg/mLに希釈しました。参照溶液として、インスリンを含まないサンプルと同じ組成の溶媒を準備しました。参照溶液およびサンプルの両方を420 μ Lずつダブルセクターセルにロードし、セルをAn 60 Ti ローター内にアライメントし、チャンバー内で20℃、1 時間以上の条件で平衡化させました。その後、60,000 rpm、20℃、連続モード、Abs 280 nmの条件で4時間データを取得しました。ローターを停止させ、サンプルを20℃の真空下に放置しました。15 日後、セルアッセンブリをローターから取り出し、溶液濃度が均一となるように激しく振とうし、同じ測定条件下で再測定を行いました。
EDTA濃度が異なる製剤についての測定:USPヒトインスリン標準品の濃度が50 mg/mLとなるよう40 mM HClで溶解した後、150 μMのZnCl2、16 mg/mLグリセロール、1.9 mg/mL二塩基性リン酸ナトリウムおよび2.2 mM NaOHを用いて2 mg/mLに希釈しました。異なる濃度のEDTAを配合したインスリン溶液を室温で20分間インキュベートしました。参照溶液として、インスリンを含まないサンプルと同じ組成の溶媒を準備しました。参照溶液およびサンプルの両方を420 μ Lずつダブルセクターセルにロードし、セルをAn 50 Ti ローター内にアライメントし、チャンバー内で20℃、1 時間以上の条件で平衡化させました。
その後、50,000 rpm、20℃、連続モード、Abs 280 nm条件で5時間データを取得しました。
データ解析††:AUC操作用コンピュータから取り出したデータをSEDFIT 14.7 g4(www.analyticalultracentrifugation.com)にインポートしました。最大エントロピー法正則化信頼区間を0.68に設定して、吸光度データについてc(s)解析を行い、沈降係数の分布を求めました。すべての解析において、良好なフィットでの結果が得られ、二乗平均平方根誤差が0.0016~ 0.0093となりました。アミノ酸組成を用いてプログラムSEDNTERP5(http://sednterp.unh.edu)によりインスリンの偏比容を算出しました。さらに、溶媒の密度ρおよび粘度ηもSEDNTERPにより算出しました。c(s)解析を行う際、摩擦係数比f/f0を変数として、偏比容のリファインを行いました。得られた沈降係数分布c(s) を、GUSSI(http://biophysics.swmed.edu/MBR/software.html)でs 値の最小値を0.3 Sとしてプロットしました。
図1. 40 mM HCl溶液におけるインスリンの沈降係数分布c(s) |
Results & Discussion
USPヒトインスリンを40 mM HClを用いて3つの異なる濃度に希釈し、それらのサンプルと参照溶液をダブルセクターセルに入れました。よく使われているソフトウエアSEDFIT を用いてc(s)、分布解析を行った結果、すべての濃度で沈降係数1.2 Sに主ピークが観察されました(図1 )。インスリンの濃度の減少に伴いシグナルが低下したことを示すため、c(s)値は規格化せずに示しました。得られた1.2 S の値は、Pohl et.al.の文献の値5 ならびに単量体の挙動と一致しており、インスリン単量体である可能性が極めて高いことがわかります6、7。
次に、一般的な製剤処方条件下で5 インスリンについて沈降速度法測定を行い、c (s) 解析を行いました。その結果、主ピークのs20,wは2.95~3.1 S を有していましたが、4.0 mg/mLの濃度においては、2.12 Sに全シグナルの8.3%に相当するマイナーピークが観察されました(図2)。この新たなピークは高い確率でインスリンの2 量体です。興味深いことに、高濃度条件下でも、インスリンは単量体に解離していたため、会合体形成は濃度依存的ではなく、添加剤が飽和していないこと起因すると考えられました。
図2. インスリン製剤の希釈系列における沈降係数分布c(s) インスリン濃度が0.25 mg/mL(黒色)、1.0 mg/mL(青色)および4.0 mg/mL(緑色)の製剤について沈降係数分布を求めた |
図3.( 沈降速度法)亜鉛濃度が異なるインスリン製剤における沈降係数分布c(s) 亜鉛濃度が0 mg/mL(青色)、0.041 mg/mL(黒色)および0.082 mg/mL(緑色)のインスリン製剤について沈降係数を求めた |
最後に、インスリン6量体形成における亜鉛の影響を確認するために、亜鉛のキレート剤であるEDTAを異なる濃度でインスリン製剤に添加しました。その際、インスリンと亜鉛の濃度は6量体が安定に形成される条件に固定した上で、EDTAを添加して20分間インキュベートしました。EDTAの濃度上昇に伴い、インスリン6量体は単量体および2 量体に解離しました(図4 )。
75 μMのEDTA添加により、6量体の約1 1%が単量体に解離しました(表1 )。150 μ M EDTAでは、さらに15%の6量体が解離し、単量体のシグナルが26.4%まで増加しました。300 μM EDTAでは、6量体は約60%の単量体と40%の2 量体へと完全に解離しました。最後に、600 μMでは約68%の単量体および32%の2 量体のインスリンが存在していました。
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図4.( 沈降速度法)固定したインスリン濃度に様々な濃度のEDTAを添加することで作製した製剤条件における沈降係数分布c(s) | 表1. EDTA処理後のインスリンオリゴマーの重量平均シグナル |
Conclusions
インスリンは、世界中の多くの異なるメーカーによって生産され80年以上にわたり糖尿病治療に用いられている、よくキャラクタライズされたバイオ医薬品です。現在、バイオ医薬品企業は、効果、投与方法、および作用時間を改善するインスリン誘導体および新規製剤を産出するために、多大な努力をしています。今後、インスリン類似体の開発において、亜鉛のような添加剤が、バイオ医薬品の凝集状態に及ぼす影響についても調べる必要があります。こうした影響については、複数の分析手法により評価を行うことができます。
従来、インスリン凝集体含量は、ヒトインスリンモノグラフSEC(size exclusion chromatography)法により管理されてきました。この手法では、遊離アミンのN末端および、もしくは遊離リジンの縮合反応の結果として形成される共有結合性の2 量体などのインスリン凝集体の測定が可能です。またジスルフィド結合の開裂や掛け違いにより、さらなる共有結合性の凝集体が形成されることがあります。しかし、この方法では、インスリン単量体に対するインスリン6量体など非共有結合性の凝集体の相対量を測定することは不可能です。これは、その非共有結合性の凝集体は、SEC用のサンプル調製中や、分析中に解離するためです。このアプリケーションノートでご紹介したように、AUC法はインスリン6量体などの非共有結合性の凝集体の相対量を評価するために有用な手法です。こうして、一般的なバイオ医薬品の高次構造を直接得られる手法を紹介しました。SEC法などのほかの手法では、サンプル調製や分析の影響を受けやすく、大量の溶媒による希釈や、サンプルとカラム担体との相互作用により、サンプルの凝集状態が変化する可能性があります。また、SECは、簡便さや感度などの観点から共有結合性の凝集体測定において優れた手法ですが、AUCの分析可能な分子量範囲はおよそ数百~109 Daであり、SECの分析可能な範囲をはるかに上回ります7。さらに、AUCは、40~50 mg/mLに近い高濃度における、分子量、形状、溶媒和8、翻訳後修飾9、構造変化10 などのタンパク質の特性に関する定量的な情報を得ることができます。つまり、AUCはSECと原理が異なる分析手法であり、バイ
オ医薬品において従来はSECにより行われてきたバイオシミラー製品(後発バイオ医薬品)の評価、凝集体定量、ロット間差、製剤条件検討などに利用可能な手法です7。
†このセクションで使用したソフトウエアから得られた結果につきましては、Beckman Coulter 社による保証はございません。
ソフトウエアの免責事項につきましては、ソフトウエアの提供元にご確認ください。
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