フローサイトメトリーを用いた海洋サンプル中植物プランクトンの正確な計数

G. Grégori (Ph.D.)
地中海海洋研究所(フランス マルセイユ)


はじめに

植物プランクトン(Phytoplankton)は海洋生態系の主要な要素の一つです(Richardson and Jackson,2007)。「Phytoplankton」は、ギリシャ語で「植物」を意味するphytonと、「浮遊物」を意味するplanktosを語源とする語です。植物プランクトンは光合成をおこなう微生物の大部分を占め、単細胞、コロニーまたはフィラメントとして存在しています。ほとんどの植物プランクトンはあまりに小さく、一つ一つを裸眼で見ることはできませんが、高密度で存在する場合には、植物プランクトン細胞内のクロロフィルやフィコビリタンパク質あるいはキサントフィルなどの補助色素によって、水の色が変わってしまうこともあります。

植物プランクトンはほぼ全ての海洋で真光層と呼ばれる表層に生息し、日光を使って二酸化炭素(CO2)を有機物に変換するという、生態系全体を支える光合成を行っています(図1 )


図1. 海洋生態系における植物プランクトンの役割


植物プランクトンが地球の光合成バイオマスに占める割合は約2%ですが、酸素(O2)の半分は植物プランクトンによって生み出されており、基礎生産の約50%は植物プランクトンが担っています(Field et al., 1998; Falkowski et al., 2003)。植物プランクトンは、先カンブリア時代以来、大気中のCO2 とO2 のバランスに影響を及ぼしてきました。そのため、植物プランクトンは、世界規模の気候変動の観点から重要な機能である、大気から海へのCO2の取り込みを促進する、効率のよいCO2 ポンプと考えられています。

植物プランクトンは、周囲の環境や気候の変化、人為的汚染に非常に敏感です。敏感であるが故に、環境変化に素早く対応でき、敏感であることが自らの利益となる場合は一部の種の出現や繁殖、また、不利益な結果となる場合は細胞死を引き起こします。植物プランクトンは、海洋環境の健全性を制御するものであり、指標ともなるのです。植物プランクトンの群集構造と動態は、その海域の変動を反映しているため、専用の機器を使って観察すれば、気候変動の影響を理解するのに役立ちます。植物プランクトンの構成は非常に多様で、水柱、海洋地理、季節によって存在数は大きく異なると考えられます。植物プランクトンの群集構造と動態は、物理的・環境的要素(水温、放射照度)、栄養、そして生態(捕食、ウイルス性溶解)に直接影響されます。光、水温、栄養は、植物プランクトン種の増殖・遷移において、きわめて重要な要素です。海水の組成は、そこに含まれる植物プランクトンという観点から見れば本質的にまばらであり、水平方向では10 m ~ 100 km、垂直方向では0.1 m ~ 50 m違えば、組成が異なることがあり得ます。そのため、植物プランクトンの多様性と分布を調べるためのサンプリング戦略は、多数のサンプルと、迅速かつ正確、高感度な解析方法を必要とする、複雑なものになります。

現在知られている植物プランクトンは、5,000種類以上と推定され、まだ発見されていないものが数多くあります。植物プランクトンは非常に多様性に富み、ほとんどの藻類は植物プランクトンに分類されます。通常、植物プランクトンは大きさによって細分類されます。ピコ植物プランクトンは、直径2-3 μm以下の全ての微生物、ナノ植物プランクトンは直径2-3 ~ 20 μm、マイクロ植物プランクトンは直径20 ~ 200 μmの微生物を指します。

植物プランクトンは多系統群で、多様な真核生物群と原核生物群で構成されます。大きさも1 μmのものから300 μmを超えるものまで幅広く、フィラメントを形成するものでは細胞長が数ミリにもなるものがあります。海洋中央部の栄養の乏しい海域に生息するシアノバクテリア類Prochlorococcus(<0.6 μm)は、1980年代半ばにフローサイトメトリーを使って発見された、最も小さく、かつ最も多く存在する光合成生物です(Chisholm et al., 1988)。

この30年間で、フローサイトメトリーは非常にパワフルな解析手法に進化を遂げ、基礎細胞生物学から遺伝子学、免疫学、分子生物学、微生物学、環境科学に至るまで幅広い分野に大きな影響を与えるようになりました。フローサイトメトリーの原理は、シース液の中央を流れる細胞の光学的特性を測定する、という定義から簡単に理解できます。複数の光学フィルタを組み合わせ、放出される様々な光子を波長域別に分離し、特定の光検出器(通常、散乱光にはフォトダイオード、蛍光にはPMT(フォトマルチプライヤーチューブ)に送り込むことが可能です。最新のCytoFLEXはアバランシェ・フォトダイオードを搭載しており、散乱光と蛍光の両方を検出できます。次いで、測定した各粒子のパラメーターデータが表示され、統計解析に基づいた粒子のクラスタの解釈をします。フローサイトメトリー解析は非常に高速(毎秒数千の細胞を解析)で、一つのサンプルについて解析できる細胞数が非常に多い(最大1,000万細胞)ため、統計結果は、そのポピュレーションの典型的特性を示します。この特長により、海洋植物プランクトンの空間的および時間的研究において重要な要素である、「より多くのサンプルをより速く解析する」ことが可能です。フローサイトメトリーによる統計解析を使用することで、様々なクラスタを分別(統計的観点から)し、多変数の解析手法で検出することが可能です。データは定量的で、物理的(水温、塩分濃度)データあるいは化学的(栄養分含量)データなどの、植物プランクトンの環境を説明するのに使われる他のデータに相関させることができます。植物プランクトンのサイズクラス分布は散乱光で評価可能で、この解析から細胞存在数も分かります。キャリブレーション用マイクロ粒子によりピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンを分離することができるので、この両ポピュレーションを構成する全てのプランクトングループの細胞数を計数することができます。植物プランクトンが細胞内に持つ自家蛍光色素から、異なる蛍光発光を示すポピュレーションを分別することが可能です。

以上の特長から、フローサイトメトリーは、海洋生態系における植物プランクトンの構成と機能をよりよく理解するための特性評価に利用可能な、優れたハイスループットシングルセル解析手法です。さらに、ぺリスタリックポンプ搭載のフローサイトメーターは、簡単に細胞絶対数測定(一定の体積に対する測定した細胞数)が可能です。この直接絶対数計数は、in situにおける植物プランクトンの細胞動態と群集構造の研究に非常に有用です。


このアプリケーションノートで説明する内容
フローサイトメーター
CytoFLEX LX を用いた植物プランクトンの総合的解析手法をご紹介します。In situでのサンプリングステップ(固定・保存方法を含む)からラボでの解析まで、海洋サンプルの調製方法について説明します。
フローサイトメーター
CytoFLEX LX のセットアップ方法(フローレートから、散乱光および植物プランクトン細胞が発する蛍光の検出に使用するアバランシェ・フォトダイオードに適用するゲインまで)を説明します。
サンプル中に存在する可能性のある植物プランクトンの様々なポピュレーションを除外するためのデータ表示と解析について紹介します。


材料

海上でのサンプリングおよびサンプル固定の材料:

ーポリプロピレン製クライオチューブ(Nunc)

ー事前に調製したグルタルアルデヒド(25%)とポロキサマー(10%、プルロニックF-68とも呼ばれる)の混合液‐グルタルアルデヒド25%(OCHC3H6HCO)はElectron Microscopy Sciencesより調達しました( 製品番号:16220)。FISHER SCIENTIFICからも購入可能です。

ーポロキサマー188(プルロニック)水溶液(10%)は、SIGMA ALDRICHから購入できます。

混合液は、グルタルアルデヒド(25%)3 mLにポロキサマー(10%)0.3 mLを加えて作製します。混合液は-20 °Cで数週間、凍結保存が可能です。

ー通常は、サンプルを採取後すぐに船上で解析することはないため、固定処理と凍結を行い、ラボに持ち帰って解析するまでの間、保存します。固定したサンプルは、液体窒素入りのタンク(必要な容量は、海上でのサンプル採取期間により異なる)で瞬間凍結した後、液体窒素内に保存するか、調査船に-80°Cの冷凍庫がある場合は、その中に入れて保存します。サンプルは解析時まで凍結しておく必要があるため、航海が終わったらドライアイス(CO2)を入れた専用箱(3 kgでサンプルを数日間冷凍状態に保てます)に詰め、ラボに輸送します。ラボへの輸送を急ぐ場合は、調査船に備えられた飛行機でラボに送ってもよいでしょう。

ーニスキン採水器またはその他のデバイス(船のポンプ、手作業によるサンプリング等)で採集した海水を入れるガラス瓶(250 mL)

ー1 mLピペットおよびチップ

ークライオチューブにサンプル名を記入するための専用ペン(Nalgene)

フローサイトメトリー解析に必要な材料

ー海洋試料(固定済または固定後凍結したもの)

ー5 mLポリスチレン製ラウンド(丸底)チューブ12×75 mm( Falcon、型番 352052)

ー2 μm蛍光マイクロ粒子(Fluoresbrite YG 2 μm, Polyscience Inc.)

ーTrucount™ チューブ( BD Biosciences)または同等品

ーCytoFLEX シース液( 製品番号:B51503 10 L)または蒸留水

ーCytoFLEX LXフローサイトメーター


このアプリケーションノートでは
海水のサブサンプリングに必要な試薬の調製法を説明します。 CytoFLEXのペリスタリックポンプを用いた絶対数計数の方法を説明します。 蛍光・散乱光検出のための検出器の設定方法を説明します。


注意すべきポイント

  • 海洋サンプルの保存は、良質なデータを得るためのカギを握る要素の一つです。そのため、保存方法が極めて重要です。本アプリケーションノートに記載のプロトコルは、Marie et al. 2014のプロトコルに基づいたものです。このプロトコルは、2015 年よりNational Network of the French Marine Stations(SOMLIT)がフローサイトメトリーによるピコ植物プランクトン、およびナノ植物プランクトンの長期モニタリングに採用しています。

  • 植物プランクトンの特性を保存するため、サンプリング後すぐにサンプルを事前調製したグルタルアルデヒド(25%)とポロキサマー(プルロニック:10%)の混合液を使用して固定します。Marie et al.(2014)に記載されているよう、最終濃度がグルタルアルデヒド0.25%、ポロキサマー0.01%になるよう、各サンプルチューブに、海水1.485 mLに混合液15 μLの割合で充填します。

  • ポロキサマー10%(プルロニック)は、細胞の培養や凍結保存に一般的に使用される、非毒性・非イオン性界面活性剤です。細胞がチューブ壁面に接着するのを防ぎ、凍結・解凍時に細胞を守る目的で、最終濃度0.01%(市販液の)で使用します。ポロキサマー10%(プルロニック)の使用により、フローサイトメトリーによる計数の精度が上がります。

  • ポロキサマーはEppendorf チューブに小分けし、-20°Cで凍結保存するのが良いでしょう。こうすることで、コンタミネーションを防いで、より良い状態で保存できます。

  • グルタルアルデヒドが常温で放出する毒性の蒸気吸入を避けるため、グルタルアルデヒドとポロキサマーの混合液は、サンプリングを行う数日前に安全なドラフトチャンバー下で調製します。この混合液15 μLをクライオチューブに小分けし、それぞれのサンプルの特徴を示す、一つ一つ異なる名前を付け、採取日、時間、場所、水深を記したラベルを貼付します。これで海上でのサンプリングがより効率的に行えます。

  • チューブは-20°Cで凍結します。凍結後は数週間保存可能です。凍結したチューブを船に積み込み、サンプルを添加するまで凍結状態のまま保存します。1 日で終了する海上サンプリングで、サンプル数が少なく、ラボまでの距離がそれほど離れていない場合、ラボまでサンプルを凍結したまま運べる液体窒素が船になければ、ラブトップクーラーを使ってもかまいません。ラボまで遠く、ラブトップクーラーではサンプルを凍結したまま運搬できない場合にはドライアイスを使います。


方法

海水のサンプリング、固定、保存方法:

  1. ニスキン採水器、または船の海水ポンプで採取した海水を、250 mLガラス瓶にサブサンプリングします。サンプルを100 μmナイロンメッシュに通してろ過し、フローサイトメーターを詰まらせるおそれのある大きな粒子を取り除く方が良いでしょう。フローサイトメトリーに必要なサンプルはごく少量(通常は 1 mL 以下)なので、海水は100 mLほど採取すれば、均質なサンプルを得ることができます。

  2. クライオチューブを-20°Cの冷凍庫または、ラブトップクーラー(船に冷凍庫がない場合)から取り出します。注意:このクライオチューブには、グルタルアルデヒドとポロキサマーの混合液15 μLが入っています。チューブにはあらかじめ、専用のペンでサンプル名前、特性(サンプルを採取した日、時間、場所、水深)などが明記されています。

  3. ピペットでサンプル1.485 mLを対応するクライオチューブに加え、室温で15分以上暗所(色素を光から守るため)に保存します。これで、固定化が行われます。もっと多く必要な場合は量を増やしてもかまいませんが、サンプルと固定剤の量の比率が同じになるようにしてください。

  4. 船に液体窒素が用意されている場合は、液体窒素でサンプルを急速凍結します。サンプルはタンクに入れて凍結保存するか、船に-80°Cまたは-20°Cの冷凍庫がある場合は、15分以上経ってから移します。

  5. サンプルはラボで解析するまでの間、凍結保存します。サンプルを液体窒素タンクか、ドライアイスを詰めた専用箱に入れてラボに輸送することもできます。

  6. サンプルがラボに到着したら、フローサイトメトリー解析を行うまでの間、-80°Cの冷凍庫または液体窒素に入れて保存します。細胞の生存性や色素量の変化を抑えるため、サンプルを凍結保存することが非常に重要です。これは、良いデータを得るための基本です。質の悪いサンプルから良質のフローサイトメトリーデータを得ることはできません。

フローサイトメトリー解析のためのサンプル調製

  1. ビーズ液の調製には、サンプルと同じ塩分濃度となるよう、蒸留水に塩化ナトリウムを混合して人工海水(100 mL~1L)を作製する必要があります。海水をオートクレーブ滅菌し、0.2 μmのフィルタでろ過したものを用いることもできます。作製した人工海水は、暗所、4°Cで数日間保存できます(下記参照)。

  2. ポロキサマー188(プルロニック)液(10%)0.2 mL、人工海水9.8 mLの割合で混合します。この溶液を0.2 μmのフィルタでろ過し4°Cで保存します。

  3. サンプルを採取後、解析までの間凍結保存していた場合は、サンプルを37°Cで融解します。

  4. サンプル600 μLを12×75 mmのフローサイトメーター用チューブに分注します。チューブには必ず元のクライオチューブに貼り付けられていた情報を記載したラベルを添付します。ポロキサマーを加えた人工海水0.5 mLをTruCOUNT ™チューブに加えて得たTrucount™ビーズ懸濁液25 μLを、サンプルの入ったサイトメーターチューブに添加します。Trucount™ビーズはフローサイトメーターの安定性とフローレートを制御するための内部標準として使用します。Trucount™ビーズ溶液は4°Cで7日間保存できます。使用前に必ず、1 分間超音波分解します。

  5. サンプルとTruCOUNT™ビーズの入ったサイトメーター用チューブに、Fluoresbrite 2 μmワーキング・ソリューション10 μLを添加します。このワーキング・ソリューションは、ポロキサマーを加えた人工海水でストック溶液を10 倍に希釈して作製しました。ストック溶液は市販のビーズ溶液2 μLを分注し、ポロキサマーを加えた人工海水0.5 mLにポロキサマーを含まない人工海水を2.5 mL加えて希釈して作製しました。ストック溶液は暗所4°Cで数ヶ月間保存できます。ワーキング・ソリューションは4°Cで7日間保存できます。使用前に必ず、1 分間超音波分解します。

  6. フローサイトメーターCytoFLEXにはぺリスタリックポンプが搭載されているため、絶対数を直接計数できます。正確な値を得る為、最初にサンプルフローレートのキャリブレーションを行わなければなりません(ベックマン・コールターのマニュアルを参照してください)が、解析したサンプルの容量がすぐに分かります。カウントしたイベント数を解析したサンプルの容量で割ることにより、フローサイトメーターのソフトウエアCytExpert が、分析容量と細胞数を計算できるというこの特性は、非常に興味深いです。

  7. 全プロットの光散乱と蛍光シグナル両方に、全てのフローサイトメトリー変数(パラメータ)を対数スケールに設定します。

  8. 図2のように、488nmのレーザー光で励起される赤色蛍光(b690)のPrimary threshold(トリガーレベル)を設定します。

  9. 図 2. CytoFLEX LX NUVシステムの検出器の設定

  10. 地中海のような貧栄養海域から得たサンプルに適したフローサイトメーターCytoFLEX LXの標準的な設定を図3に示します。

  11. 図 3. 海洋サンプル解析のためのCytoFLEX LXのAcquisition Settings
    ※Acquisition Settingsの値は機器によって異なります。


フローサイトメトリー解析

  1. 海洋植物プランクトンの解析に、染色は必要ありません。光合成細胞にはクロロフィルやフィコエリスリン、フィコシアニンなどの色素が含まれ、適切な光照射により励起されると、この色素が特定の蛍光を発します。青色(488 nm)レーザーで励起した細胞は、クロロフィル蛍光により赤色を発光します。またフィコエリスリンの含有量に比例してオレンジ蛍光も示します。細胞を赤色(638 nm)レーザー光で励起すると、フィコエリスリンを持つ細胞は遠赤色蛍光を発します。細胞粒子径を反映する前方散乱光や、細胞が発する多様な蛍光シグナルから、図4に示すように様々な植物プランクトンのグループを識別することが可能です。2 μmビーズの前方散乱光の強度から、「ナノ植物プランクトン」(粒子径2-3 ~ 20 μm)と「ピコ植物プランクトン」(粒子径 2-3 μm以下)を分離できます。ピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンのポピュレーションを定義するため、FSCおよびクロロフィル蛍光(赤色 b690-A)の領域を囲んでいます。これで、(フィコエリスリンによる)オレンジ色蛍光と(クロロフィルによる)赤色蛍光から、これらのグループがピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンのどちらに属しているかを区別できます(図4)。
  2. 図4. CytoFLEX LXで取得した、地中海北西部海域の水深1m地点で採取した海洋サンプルの光散乱と蛍光の解析プロット。ProchlorococcusSynechococcus、picoeukaryotes、nanoeukaryotes、Cryptophytesを、それぞれの自家発光の蛍光により分離。細胞がレーザー光で励起されると、クロロフィルは赤色の波長域、フィコエリスリンはオレンジ色の波長域の光を発する。2 μmのビーズ(サイトグラム内に赤で表示)を内部標準としてサンプルに添加し、ナノプランクトンをピコプランクトンから分離。サンプルをサンプルフローレート60 μ L/分で5分間解析。


  3. 12×75 mmのサンプルが入ったフローサイト用チューブをフローサイトメーターにセットします。取得を開始し、フローレート(毎秒のイベント数)が安定するまで数秒待ってから、データ取得(FCSデータファイルへの記録など)を開始します。

  4. 自然由来の海水サンプルでは、フローレート60 μ L/分~ 120 μ L/分で、細胞数にもよりますが、2 ~ 5分でデータを収集できます。このセットアップで、様々な細胞がレーザー光を通過する際の分離とアラインメントが最適となり、フローサイトメトリーで解析した各グループの絶対数を正確に割り出せる十分なサンプルが得られます(図4)。

  5. ゲートした全ポピュレーションの細胞絶対数(events/μL)は、フローサイトメトリーのソフトウエアCytExpert が直接計算します。装置のフローレートは、Trucount™ビーズでモニタリングします。サンプルは全て同じように調製されているため(下記参照)、ビーズの濃度は同じです。Trucount™ビーズの数を数えれば、サイトメーターで解析した容量と、CytoFLEXおよびぺリスタリックポンプで測定したコントロールの容量が分かります。

  6. クロスコンタミネーションを避けるため、一つのサンプルを流し終わったら次のサンプルの前にシース液を約15秒間バックフラッシュさせます。ほとんどの場合、これでサンプルラインは十分洗浄されるので、次に0.2 μmろ過済蒸留水を流します。平均フローレートが毎秒1 イベント以下の場合は、次のサンプルを流すことができます。イベント数がこれより多い場合は、再度、蒸留水をさらに1 分間240 μ L/分で流します。ほとんどの場合、自然由来の海水サンプルには、サンプル間のコンタミが起こるほど多くの細胞は含まれません。何らかの理由でまだ細胞が残っている場合には、活性塩素を1%含む次亜塩素酸ナトリウム溶液、次に蒸留水で2~3分サンプルラインをすすぎます。


  7. 結果と考察

    本アプリケーションノートに記述した例では、地中海北西部海域で採取したサンプルから得た5 種類の植物プランクトン群集をフローサイトメトリーで光学的に分離しました。様々なプランクトン群集を、固有の光散乱と蛍光強度から光学的に分離しました(図 4)。植物プランクトンは小さな生体粒子で構成されており、それぞれがフローサイトメーターから放射される様々なレーザー光と相互作用します。加えて、植物プランクトンは多様な種から成る多系統の群集で、それぞれが異なる光合成色素をもっています。そのため、それぞれの粒子(細胞)の光散乱と蛍光特性を組み合わせることで、植物プランクトンを3つの異なるピコ植物プランクトングループ(2つのprokaryotesProchlorococcusSynechococcus、つまり2つのpicocyanobacteria,とpicoeukaryotes)に光学的に分類することができます。

    ピコ植物プランクトンは、直径が0.2 ~ 2-3 μmの細胞です。ProchlorococcusとPicoeukaryotesは、共に、低散乱光強度、赤色蛍光強度、オレンジ蛍光の陰性から、光学的に分離しました(図 4)。Synechococcusはクロロフィルとフィコエリスリンを持つため、赤とオレンジの蛍光を発することで同定されました。ナノ植物プランクトンの2つのグループ(nanoeukaryotes およびCryptophytes)も検出されました。この2 つは直径が2-3 ~ 20 μmの細胞です。Cryptophytesのクラスタは、細胞内にフィコエリスリンを含有することで発せられる強いオレンジ蛍光から識別されました。

    黄緑のサイトメトリー用蛍光ビーズ(Fluoresbrite YG 2 μm、Polyscience Inc.)2 μmをサンプルに添加すれば、前方散乱光(FSC-A)および赤色蛍光(b690-A)のサイトグラムから、ピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンをより鮮明に光学的に分離することができます(図 4)。しかし、ビーズが存在する場所が、必ずしもピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンの境界でないことに注意が必要です。ビーズはポリスチレン製なので、細胞とは屈折率が異なります。サンプルを採取した場所や時期(1日のうちの時間帯や季節)によっては、2 μmビーズの位置と3 μmビーズの間が、ピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンの間の境界となる場合があります。また、ピコ植物プランクトンとナノ植物プランクトンの間の境界面が、picoeukaryotesとnanoeukaryotesのクラスタの形状を作っていることも珍しくありません。

    Trucount™キャリブレーションビーズは、装置の安定性のモニタリングと、フローサイトメーター(ぺリスタリックポンプ)での解析量を制御するため、内部標準としてサンプルに添加します。

    サンプルに含まれる植物プランクトンの最適な分析には、サンプルフローレートが非常に重要です。フローレートが高すぎると、シース液の流れの中央部に形成されるサンプルのコアが大きくなります。その結果、コアストリームが広くなり、細胞のシグナル強度のばらつきが大きくなります。図5の図で説明すると、2 μmビーズは、フローレート60 μ L/分では小さなクラスタを形成(図5 左)していますが、240 μ L/分での解析では、より大きなクラスタを形成(つまり、より分散した状態)しています(図5 右)。自然由来のサンプルでは、小さな粒子はより高密度で存在するため、粒子がレーザー光を同時に通過してしまう可能性が高くなり、光学的アボートや細胞計数の誤りにつながってしまうことから、これは好ましい状態ではありません。

     

    図5. CytoFLEX LXで同じ海洋サンプルから、異なるフローレート(:毎分60 μL、:毎分240 μL)で取得した二変量解析プロット。フローレート毎分240 μLのほうは、明らかに粒子のアラインメントが最適でない。2μmビーズが細長いクラスタを形成する一方、毎分60 μLのクラスタはそれほど広がっていない。それほど顕著ではないものの、細胞でも同じ現象が認められる。


    フローレートが上がるとポピュレーションのCVも上がり得ることを考慮し、多くの研究で、海洋サンプルのフローレートは50 ~ 100 μ L/分に設定されます。CytoFLEXには流体系のぺリスタリックポンプが備わっているため、光学プロパティや細胞数に関連するサンプルの解析結果にアーチファクトが入ることなく、フローレート60 ~ 120μ L/分でサンプルの解析が可能です。この絶対計数では、解析の前後にビーズ数に基づいた計算やサンプルの計量をしてフローレートを決める必要はなく、直接、細胞数を計測できます。5分間の測定で、300 μL~ 600 μLのサンプルを解析できます。これは、ピコ植物プランクトン、ナノ植物プランクトンのどちらにおいても、十分正確に存在数を計数できる量です。

    アバランシェ・フォトダイオードを搭載するフローサイトメーターCytoFLEXは、感度が極めて高く、非常に小さなProchlorococcusの検出も可能です(Brittain et al 2019)。バイオレットレーザーの側方散乱(VSSC)は、このような小さなシアノバクテリアの検出にも利用できます(図6)。図4と比較すると、バックグラウンドノイズ(ほとんどが、バクテリアや他の小さなデブリに由来)とProchlorococcus のクラスタが、よりきれいに区別されています。



    図6. 左は、バイオレットレーザーの側方散乱を使って検出されたProchlorococcus(ピンク)と、クロロフィルが発光する赤色蛍光(b690-A)。488nmレーザー光の側方散乱による検出()よりも、バックグラウンドノイズからの分離が優れている。


    データアノテーションは全て、Minimum Information about a Flow Cytometry Experiment(MIFlowCyt)に規定されるガイドラインに沿って行います。問題が生じた場合に簡単にアクセスできるよう、ローデータファイルはドラフトドキュメントとともに内部レポジトリに保管します。



    実験の概要
    目的/ゴール/仮説
    • フローサイトメーターCytoFLEX LXを用いた海洋植物プランクトンの解析
    実験変数
    • 488nm(青色)レーザーの前方散乱光および側方散乱光
    • オレンジ色(b585)赤色(b590)蛍光
    • 405 nm(バイオレット)レーザーの側方散乱光
    結論
    • CytoFLEX LXは海水に存在するほとんどの植物プランクトンを分離する十分な感度を有する。
    • CytoFLEX LXソフトウェアで制御されるぺリスタリックポンプは絶対数計数の効率的な方法である。
    精度管理
    • 取得前にキャリブレーションビーズを使って装置の精度管理を実施。
    • 解析中、キャリブレーションビーズ(2 μmビーズおよび Trucount™ビーズ)は内部標準として使用。
    サンプル/検体
    材料
    • 海水(水深1m)
    採取元/生物種/採取地
    • カシス湾(フランス)表層海水に含まれる植物プランクトン
    処理
    • サンプルはグルタルアルデヒド(最終濃度0.25%)とポロキサマー(最終濃度0.01%)の混合液で固定し、クライオチューブに入れて液体窒素で凍結し、ラボでの解析まで-80°Cで凍結保存。
    試薬/被検物質/検出器/プロモーター
    • 染色不要
    • グルタルアルデヒドをサンプルの固定に使用(保存のため)
    データ解析
    リストモードデータ
    • 20180115-Cassis-2um-TestFR-60μL_mn
    コンペンセーション
    • コンペンセーションの適用なし(染色を行っていないため)
    ゲーティング
    1. 2 μmビーズの前方散乱光強度から、ピコ植物プランクトン(細胞径2-3 μm 以下)とナノ植物プランクトン(細胞径2-3~20 μm)を識別することができます。ピコ植物プランクトンを片側に、ナノ植物プランクトンをもう一方にゲートするため、FSCおよび SSCのゲートを設定します。
    2. 次に(フィコエリスリン)オレンジと(クロロフィル)赤色蛍光強度から、プロトコルに記載のとおり、植物プランクトンの様々なグループを分離することができます。
    記述統計
    • 絶対数計測と前方散乱光、オレンジ色蛍光および赤色蛍光の平均蛍光強度
    装置の詳細
    装置のモデル
    • CytoFLEX LX
    流体系の設定
    • シース液、サンプルフローレート:60 μL/分
    検出器設定

    感度設定

    ※ Acquisition Settings の値は機器によって異なります。



    結論

    植物プランクトンは海洋生態系の重要なパラメータであり、その研究は、地球規模の気候変動や海洋への人為的圧力を理解する上で特に重要です。植物プランクトンのほとんどが裸眼では見ることのできない微生物であるため、解析や特性評価にはツールが必要です。顕微鏡を使えば植物プランクトンを見たり数を数えたりすることはできますが、そのような解析は、作業量が多く、時間がかかり、非常に主観的です(ミスも増えます)。その顕微鏡法に代わる手法がフローサイトメトリーです。これまでの30年で、フローサイトメトリーは海洋微生物の解析に非常に適したツールとしての地位を確立し、現在では海洋における植物プランクトンの群集構造および分布を調べるルーチンの手法となっています。

    本アプリケーションノートでは、革新的技術を備えた次世代のフローサイトメーターを使用しました。散乱光や蛍光によって生成された光子はPMT(フォトマルチプライヤーチューブ)で測定するのが一般的ですが、CytoFLEXプラットフォームではアバランシェ・フォトダイオードを採用した革新的な波長分割多重方式(WDM)で、すぐれた検出力を実現しています。海洋微生物などの極小粒子を扱う際に重要となるサイトメーターの感度も、開口数>1.3のアパチャーと共に使用するよう設計されたアラインメント不要の光学クオーツフローセル(特許出願中:420 μm× 180 μ m ID) により向上しています。

    さらには、従来用いられてきた青色側方散乱光(SSC)と比較して、バイオレット側方散乱光(VSSC)は、Prochlorococcus のような非常に小さな細胞をバックグラウンドノイズからより鮮明に分離できます。本アプリケーションノートにおいて、CytoFLEX LXを海洋植物プランクトンの解析に使用できることを実証しました。流体系によって継続的なフローが得られ、様々な植物プランクトンがそれぞれどのくらい存在しているのかが、体積測定で即座に分かります。複数のレーザーを搭載しているため、クロロフィルa、フィコエリスリン、アロフィコシアニンなど、植物プランクトンの種類によって異なる内在色素を励起することが可能です。

    フローサイトメーターは流体系を備えたコンパクトな解析装置であるため、調査船に持ち込み、細胞の生存性や生理機能を損なわないよう、船上でサンプルをできるだけ早く、あるいはサンプルに処理を行わずに、解析を実施するのに適しています。



    参考文献

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